異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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二百七十五話

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 南軍の将たちに焦りの色が見えた。
 それは瞬く間に部下たちも伝播でんぱしてゆく。
 誰もが、葛藤かっとうの先にある猛りを包み隠しきれないようだ。
 ある者は項垂れ、ある者は拳を固く握りしめる。

 彼らからすれば、究極の二択……このまま進むか、引き返すだ。
 選択次第で、全てが変わる。

「アンタらの事情に踏み入るつもりはない。東軍から何を脅されているのか? 僕は知らないが、どうするかはアンタたちで決めればいい」

「ギデ殿、我々の内情を何処から聞いたのですか? 東軍との関係は幹部にしか伝えられていないはずです!」

 今にも身を乗り出そうとするパスバインの動きを遮る腕があった。

「ジャスベンダー殿……」

 彼女に対して、眼鏡をかけた魔導士が無言で首を振る。
 前に出るなという警告を示唆する鋭い眼光により、パスバインが委縮してしまっている。

「僕の要件は、それだけだ。南軍がどう動くかは知らないが、北軍は北軍で好きにさせてもらう、それじゃあな」

「待たんか! 他所の軍の陣地に無理やり潜りこみ、言いたいことを言ったから帰るだと!? 北の者だと言ったな、貴様! はい、そうですかと、優しく見逃す我々ではないわ!! 」

 帰ろうとするギデオンをムッシュ、パンテノールが引き留めた。
「このままでは自分たちの沽券こけんに関わる」と鼻の穴を広げたまま、一歩も下がろうとはしない。

「じゃ、どうすれば」背後を振くギデオンが眉をしかめる。

「シット! 無事に帰してもらえると思うなよ、その脆弱な根性、叩き直してやる」

 パンテノールが手で合図を送ると棍棒を手にした、部下の兵士たちが駆けつけてきた。
 ギデオンを取り囲む様子からして、パンテノールはギデオンにここでをつけさせる気だ。
 南軍の陣地に緊張の一瞬が訪れた。

「……痛い目に合わせようと考えているのなら、止めておけ。怪我じゃすまいぞ」

「笑止、貴様こそ、泣きながら自分の否を認め、もう二度と致しません、許してくださいと懇願するまで、この制裁は終わらんから覚悟しておけよ。者どもかかれぃ」

 パンテノールの悪趣味を否定する者は誰も一人としていなかった。
 日頃から、制裁と称し気にいらない相手を傷つけてきたのだろう。
 むしろ、自分のしていることは正しいことだと、自己暗示にかかり、意気揚々と襲い掛かってくる。

「ムッシュ、お止めなさい」

「ジャスベンダーよ、こればかりは止められんわ。我が軍を荒らし、不遜な態度を取ったコイツを調教しなければ、誰も納得はせん。コイツに獅子の尾を踏んだことを後悔させ――――ぴぃぎゃ! ぴぃぎぃ! ぴがぁ!」

 次の瞬間、パンテノールの顔面が連続で横殴りされ、大きく歪んだ。
 潰れかかった饅頭のようになり、口元から泡を噴き出していた。
 兵士たちに棍棒で殴り飛ばされたのは、ギデオンではなく彼自身だ。
 予期せぬハプニングに、兵士たちも互いの顔を見合わせて当惑していた。

「パッ……パンテノール様ぁああ。何故だ? あのガキを狙ったはずなのにぃぃ――――どうしてパンテノール様を殴ってしまった?」

「だから、言ったんです。貴方たち、ムッシュを連れて下がりなさい」

「属性練功か……いやなモンを、持っていやがる」

 沈みよく上官を担ぎながら退散する兵士。
 その光景を目の当たりにして、銃皇とジャスベンダーはまるで苦虫を噛み潰したかのような顔になっていた。
 ギデオンは何事も起こらなかったかのように、悠然とその場を去ってゆく。

「若、どうですか? 北の王位継承候補の感想は?」

「こうなる前に、始末しておくべきだったな。この短期間で、さらに強くなりやがって……」

 ぎりっと口元を噛みしめる。
 銃皇にとって、今のギデオンは脅威でしかない。
 身体から放出される尋常ならざる高密度の闘気は業火の炎にも見える。
 微弱なプラーナしか持たない者にとっては、それは毒に等しい。
 目にしただけで、本能が強い拒絶反応を起こし、今のような事態を引き起こす。


「終わったようだな」

 ギデオンが南の本陣を出ると、兵士を引き連れたランドルフが待機していた。
 彼の面持ちは決して、穏やかなものではない。
 説教を受ける覚悟で身を固めていたギデオンだったが、予想外にも素っ気ない反応が待っていた。

「ランドルフ、怒らないのか?」

「怒るも何も、それが必要だと思って行動したんだろう? なら、そうでいい。お前のそういう気質が、時として活路見出すからな。なっ! なんだ、その顔は?」

 ランドルフにしては珍しい前向きな意見に、ギデオンはくすくすと笑っていた。
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