275 / 362
二百七十五話
しおりを挟む
南軍の将たちに焦りの色が見えた。
それは瞬く間に部下たちも伝播してゆく。
誰もが、葛藤の先にある猛りを包み隠しきれないようだ。
ある者は項垂れ、ある者は拳を固く握りしめる。
彼らからすれば、究極の二択……このまま進むか、引き返すだ。
選択次第で、全てが変わる。
「アンタらの事情に踏み入るつもりはない。東軍から何を脅されているのか? 僕は知らないが、どうするかはアンタたちで決めればいい」
「ギデ殿、我々の内情を何処から聞いたのですか? 東軍との関係は幹部にしか伝えられていないはずです!」
今にも身を乗り出そうとするパスバインの動きを遮る腕があった。
「ジャスベンダー殿……」
彼女に対して、眼鏡をかけた魔導士が無言で首を振る。
前に出るなという警告を示唆する鋭い眼光により、パスバインが委縮してしまっている。
「僕の要件は、それだけだ。南軍がどう動くかは知らないが、北軍は北軍で好きにさせてもらう、それじゃあな」
「待たんか! 他所の軍の陣地に無理やり潜りこみ、言いたいことを言ったから帰るだと!? 北の者だと言ったな、貴様! はい、そうですかと、優しく見逃す我々ではないわ!! 」
帰ろうとするギデオンをムッシュ、パンテノールが引き留めた。
「このままでは自分たちの沽券に関わる」と鼻の穴を広げたまま、一歩も下がろうとはしない。
「じゃ、どうすれば」背後を振くギデオンが眉をしかめる。
「シット! 無事に帰してもらえると思うなよ、その脆弱な根性、叩き直してやる」
パンテノールが手で合図を送ると棍棒を手にした、部下の兵士たちが駆けつけてきた。
ギデオンを取り囲む様子からして、パンテノールはギデオンにここでケジメをつけさせる気だ。
南軍の陣地に緊張の一瞬が訪れた。
「……痛い目に合わせようと考えているのなら、止めておけ。怪我じゃすまいぞ」
「笑止、貴様こそ、泣きながら自分の否を認め、もう二度と致しません、許してくださいと懇願するまで、この制裁は終わらんから覚悟しておけよ。者どもかかれぃ」
パンテノールの悪趣味を否定する者は誰も一人としていなかった。
日頃から、制裁と称し気にいらない相手を傷つけてきたのだろう。
むしろ、自分のしていることは正しいことだと、自己暗示にかかり、意気揚々と襲い掛かってくる。
「ムッシュ、お止めなさい」
「ジャスベンダーよ、こればかりは止められんわ。我が軍を荒らし、不遜な態度を取ったコイツを調教しなければ、誰も納得はせん。コイツに獅子の尾を踏んだことを後悔させ――――ぴぃぎゃ! ぴぃぎぃ! ぴがぁ!」
次の瞬間、パンテノールの顔面が連続で横殴りされ、大きく歪んだ。
潰れかかった饅頭のようになり、口元から泡を噴き出していた。
兵士たちに棍棒で殴り飛ばされたのは、ギデオンではなく彼自身だ。
予期せぬハプニングに、兵士たちも互いの顔を見合わせて当惑していた。
「パッ……パンテノール様ぁああ。何故だ? あのガキを狙ったはずなのにぃぃ――――どうしてパンテノール様を殴ってしまった?」
「だから、言ったんです。貴方たち、ムッシュを連れて下がりなさい」
「属性練功か……いやなモンを、持っていやがる」
沈みよく上官を担ぎながら退散する兵士。
その光景を目の当たりにして、銃皇とジャスベンダーはまるで苦虫を噛み潰したかのような顔になっていた。
ギデオンは何事も起こらなかったかのように、悠然とその場を去ってゆく。
「若、どうですか? 北の王位継承候補の感想は?」
「こうなる前に、始末しておくべきだったな。この短期間で、さらに強くなりやがって……」
ぎりっと口元を噛みしめる。
銃皇にとって、今のギデオンは脅威でしかない。
身体から放出される尋常ならざる高密度の闘気は業火の炎にも見える。
微弱なプラーナしか持たない者にとっては、それは毒に等しい。
目にしただけで、本能が強い拒絶反応を起こし、今のような事態を引き起こす。
「終わったようだな」
ギデオンが南の本陣を出ると、兵士を引き連れたランドルフが待機していた。
彼の面持ちは決して、穏やかなものではない。
説教を受ける覚悟で身を固めていたギデオンだったが、予想外にも素っ気ない反応が待っていた。
「ランドルフ、怒らないのか?」
「怒るも何も、それが必要だと思って行動したんだろう? なら、そうでいい。お前のそういう気質が、時として活路見出すからな。なっ! なんだ、その顔は?」
ランドルフにしては珍しい前向きな意見に、ギデオンはくすくすと笑っていた。
それは瞬く間に部下たちも伝播してゆく。
誰もが、葛藤の先にある猛りを包み隠しきれないようだ。
ある者は項垂れ、ある者は拳を固く握りしめる。
彼らからすれば、究極の二択……このまま進むか、引き返すだ。
選択次第で、全てが変わる。
「アンタらの事情に踏み入るつもりはない。東軍から何を脅されているのか? 僕は知らないが、どうするかはアンタたちで決めればいい」
「ギデ殿、我々の内情を何処から聞いたのですか? 東軍との関係は幹部にしか伝えられていないはずです!」
今にも身を乗り出そうとするパスバインの動きを遮る腕があった。
「ジャスベンダー殿……」
彼女に対して、眼鏡をかけた魔導士が無言で首を振る。
前に出るなという警告を示唆する鋭い眼光により、パスバインが委縮してしまっている。
「僕の要件は、それだけだ。南軍がどう動くかは知らないが、北軍は北軍で好きにさせてもらう、それじゃあな」
「待たんか! 他所の軍の陣地に無理やり潜りこみ、言いたいことを言ったから帰るだと!? 北の者だと言ったな、貴様! はい、そうですかと、優しく見逃す我々ではないわ!! 」
帰ろうとするギデオンをムッシュ、パンテノールが引き留めた。
「このままでは自分たちの沽券に関わる」と鼻の穴を広げたまま、一歩も下がろうとはしない。
「じゃ、どうすれば」背後を振くギデオンが眉をしかめる。
「シット! 無事に帰してもらえると思うなよ、その脆弱な根性、叩き直してやる」
パンテノールが手で合図を送ると棍棒を手にした、部下の兵士たちが駆けつけてきた。
ギデオンを取り囲む様子からして、パンテノールはギデオンにここでケジメをつけさせる気だ。
南軍の陣地に緊張の一瞬が訪れた。
「……痛い目に合わせようと考えているのなら、止めておけ。怪我じゃすまいぞ」
「笑止、貴様こそ、泣きながら自分の否を認め、もう二度と致しません、許してくださいと懇願するまで、この制裁は終わらんから覚悟しておけよ。者どもかかれぃ」
パンテノールの悪趣味を否定する者は誰も一人としていなかった。
日頃から、制裁と称し気にいらない相手を傷つけてきたのだろう。
むしろ、自分のしていることは正しいことだと、自己暗示にかかり、意気揚々と襲い掛かってくる。
「ムッシュ、お止めなさい」
「ジャスベンダーよ、こればかりは止められんわ。我が軍を荒らし、不遜な態度を取ったコイツを調教しなければ、誰も納得はせん。コイツに獅子の尾を踏んだことを後悔させ――――ぴぃぎゃ! ぴぃぎぃ! ぴがぁ!」
次の瞬間、パンテノールの顔面が連続で横殴りされ、大きく歪んだ。
潰れかかった饅頭のようになり、口元から泡を噴き出していた。
兵士たちに棍棒で殴り飛ばされたのは、ギデオンではなく彼自身だ。
予期せぬハプニングに、兵士たちも互いの顔を見合わせて当惑していた。
「パッ……パンテノール様ぁああ。何故だ? あのガキを狙ったはずなのにぃぃ――――どうしてパンテノール様を殴ってしまった?」
「だから、言ったんです。貴方たち、ムッシュを連れて下がりなさい」
「属性練功か……いやなモンを、持っていやがる」
沈みよく上官を担ぎながら退散する兵士。
その光景を目の当たりにして、銃皇とジャスベンダーはまるで苦虫を噛み潰したかのような顔になっていた。
ギデオンは何事も起こらなかったかのように、悠然とその場を去ってゆく。
「若、どうですか? 北の王位継承候補の感想は?」
「こうなる前に、始末しておくべきだったな。この短期間で、さらに強くなりやがって……」
ぎりっと口元を噛みしめる。
銃皇にとって、今のギデオンは脅威でしかない。
身体から放出される尋常ならざる高密度の闘気は業火の炎にも見える。
微弱なプラーナしか持たない者にとっては、それは毒に等しい。
目にしただけで、本能が強い拒絶反応を起こし、今のような事態を引き起こす。
「終わったようだな」
ギデオンが南の本陣を出ると、兵士を引き連れたランドルフが待機していた。
彼の面持ちは決して、穏やかなものではない。
説教を受ける覚悟で身を固めていたギデオンだったが、予想外にも素っ気ない反応が待っていた。
「ランドルフ、怒らないのか?」
「怒るも何も、それが必要だと思って行動したんだろう? なら、そうでいい。お前のそういう気質が、時として活路見出すからな。なっ! なんだ、その顔は?」
ランドルフにしては珍しい前向きな意見に、ギデオンはくすくすと笑っていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました
言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。
貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。
「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」
それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。
だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。
それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。
それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。
気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。
「これは……一体どういうことだ?」
「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」
いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。
――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる