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六十五話

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「あのう……いい、いきなり何を?」

面識もろくにない相手に触れられ、ティムは反射的に身体を丸めた。
ずっと、この三人にイジメられていたのだろう。
意識よりも先に肉体の方が自身を守ろうとしている。

「うおぃ! お前。ソイツといい、アンネリスといい、俺様のツレに何やってんだぁ、コラ!?」

「そうだぞ。育ちがいいからっていい気になるんじゃねぇぞ! 温室が」

さすがに二人目となると、彼らも黙っていなかった。
他の冒険者たちが遠目から威圧をかけようが、お構いなしだ。
リーダー格の男が、ギデオンの襟首を掴もうと腕を突き出す。

「あっだだだああ!! ギブギブギブゥ――――」

「何だ、その鍛えたりてない細腕は? 危うく、へし折るところだったぞ。足が臭いマイケル」

力の差は歴然だった。
伸ばした腕は即座に捻り返されてリーダー格の男、マイケルは悲鳴を上げた。
直後、ギデオンの足払いが飛び彼は座席に顔を埋めて倒れ込んだ。
まさに、赤子の手をひねるとはこの事だ。
元より肉体を作り上げてきた年月からして大きく差がある。
武術の心得がない者が彼に勝てる要素などどこにもない。
手を出せば、このマイケルのように醜態をさらすだけだ。

「お前は、かかって来ないのか?」

「いえっ!! 滅相もありません!!」

取り巻きの方は冷静に戦力差を見極めていた。
無理だと判明すると、素直に降参の意を示し両手をかかげた。

「くそおおおおお! 放せ、放しやがれ!!!」

「まだ、理解できてないのか? 本当に折ってやろうか?」

「ぐあああああっ……ウソ、嘘ですぅ――――もう、騒がないし暴れたりもしません」

「神に誓えるか?」

「誓います! もう悪事も働かないし、足も洗うと誓うんで、どうかお許しを……」

これ以上、無抵抗な相手を痛め続けるのは無意味だ。
ギデオンは改心を条件に、マイケルを解放した。

「す、スゴイ……」その様子に一人呟くティム。

その腕を再び掴み取られ、安眠しているアンネリスのそばに放りこまれた。

「どうやら、この女は君に不満があるらしい」

「ぼ、僕にどうしろ……?」

かけた眼鏡の奥からティムの恐怖心が垣間見える。
いくら、自分をイジメていた連中がコテンパンにされても、彼にとっては支配者が変わっただけだ。
そう言いたげな顔をしている彼にギデオンはさらりと述べた。

「コイツは君のモノだ。好きにしていいぞ」

「すすす好きにって……どういう事?」

「イジメの仕返しをしてもいいし、それ以上の事をしてもいいんじゃないか? ただし、自己責任でな。これは君たちの問題だ。そこに僕が口を挟むのはおかしいだろう? だから、ティム。考えない時間は終わりだ、裁量は君に任せる」

「僕は……僕は……ハハッハ…………何でだろう? 嬉しくもないのに、顔がニヤけてしまう」

自身の変化にティムは戸惑っている様子だった。
無防備なアンネリスに何もできず、ただジッと彼女の寝顔を見つめているだけだ。
どうするのかは、彼次第だ。
ギデオンはアンネリスの隣にティムを座らせる。
同時に、彼の腕へ蔦のロープを巻きつけシートのひじ掛けに固定した。

「何しているんですかあ!!」

「一応、逃げないようにな。互いに伝えたい事があるんだろう? なら、逃げずに話しておくべきだ……手遅れになる前にな。アンネリスがイラついていたのは、それが原因なんだろう?」

「あの……どちらへ?」

「僕は、しばらく席を外す。これ以上、君たちのいざこざに関わるのはゴメンだ」


ギデオンが席を離れ車両の最後尾へと向おうした――――

その時だった!!

車体が大きく上下に揺れ、ガッタガタガタガタガタ!! っと振動音を立てた。

「くっ、ハンマーブローか……」

車体が安定していない。
誰もがそう考えた。

けれど、そうではなく……これは、異常を告げる合図だった。

「おい、マイケル? どうしたんだ?」

「ッガアアアア! ガガガピイィィイ――――!!」

突如、奇声を上げるマイケル。
彼だけはなかった。
この車両に搭乗している数名の冒険者たちが、彼とほぼ同じタイミングで自我を失い壊れ始めた。
症状は、ギデオンがエリエ地区で遭遇したものと同一のモノだった。
どうして、全員ではなく特定の人間に発現するのか見当もつかない。
が……とにかく、事態を鎮静化させなければならない。


「おいおいおいおい! 止めろおぉぉぉぉ――――!!」

搭乗口の傍で冒険者の悲鳴が上り、遠ざかっていく。
それは異様な光景だった。
開いたままの扉が左右に揺れている。
瞬く間に、どよめきが車内へと広がってゆく。

「マジかよ……皆! おかしくなった奴を取り押さえろ!! コイツら全員、外に飛び降りようとしているぞ!!」

自我を失った仲間の暴走を止めるべく、冒険者たちはそれぞれ数名がかりで抑え込んだ。
ギデオンもまた、気がふれてしまったティムの身体をシートに押しつけていた。

「な、何なのよ!? コレ……」

飛び起きたアンネリスがパニックを起こしかけていた。
当然ながら、彼女にかまけている余裕などはない。
皆、発狂した連中をどうにかするので手一杯だ。

「不味いな、正気を取り戻す様子は全く見受けられない。それに何故、列車は止まらない? 早く停止させなければ犠牲者が増える一方だぞ」
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