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第32話 至高のスイーツ
しおりを挟む夜の訓練をしているダリウスの元へ直撃し、少し休憩にしないかと誘う。
誰もいない夜のテラスに設置されたテーブル席の一つに座り、話をすることにした。
「珍しいな、ルーカス。お前も身体鍛えたくなったのか?」
「いや、そうじゃない。実はダリウスに頼みがあってきたんだ」
「何か困りごとか? いいだろう、兄ちゃんが相談に乗ってやるぞ」
「これを、食べてみてくれないか?」
保存容器からザッハトルテを取り出して、創造魔法で創り出した皿に盛り付けフォークと一緒に渡す。
持参していた水筒から、ブラックコーヒーをつぎわけて横に添える。
「ちょうど小腹が減ってきた所だ。ありがたく頂戴しよう」
いただきますと両手を合わせた後、ダリウスはフォークでザッハトルテを切り分けて口に運んだ。
「どうだ? 美味いか?」
「普通に美味いぞ」
「苦くないのか?」
「後味に来るこの苦みが癖になる」
人の味覚ってほんとそれぞれ違うんだな。
「じゃあダリウス、このケーキをホールで食えって言われたらどうだ?」
「それはちょっとキツイな」
「どの辺がキツイんだ」
「一切れぐらいなら美味しく食えるが、ホールとなると流石に短調な味に飽きる。それと、この甘味をもう少し和らげるものが欲しいな。このジャムを二層にしたら、もう少し食べやすくなるかもな」
なるほど、味のバリエーションを増やして、なおかつまだ甘いから改善しろって所か。
「サンキュー、ダリウス! すげー参考になったぜ!」
翌日、ヘンリエッタにダリウスの率直な感想を伝え、ある実験をしてみることにした。
それはレオンハルトがどこまでの甘さなら耐えられるか、どれくらいの苦味が美味いと感じるかを、コーヒーを飲ませて試すのだ。
幸いなことに、エレインの研究室に入り浸りであるレオンハルトに飲み物を出す機会はたくさんある。
さらにコーヒー通らしいレオンハルトには事前に「美味しいコーヒーを淹れれるようになりたいので協力して欲しい」とお願いしてあるので、不自然なく実験が出来る。
ただ問題は……
「ルーカス、僕コーヒー飲めないのに、何でそんな練習してるのかな?」
振り返ると、微笑んでいるように見えて、目は全然笑ってないエレインが俺の後ろで仁王立ちしていた。小さいのに、なんたる迫力……
「え、エレイン様の侍従として、恥ずかしくないよう励んでいるだけですよ」
「ふーん……で、そんな魔道具まで持ち出して、何をしているのかなぁ?」
「そ、それは……」
レオンハルトが反応を示したものと同じコーヒーを保存して運ぶためなんて、言えない。
やっぱ、誤魔化しきれないよな。だが、ヘンリエッタの事を勝手に話していいのか迷っていると──
「君は、僕の侍従でしょ。だから、どこにも行かせないよ。レオンには、あげないからね!」
「……はい?」
「レオンの好みのものばっかり作って、気に入られて、ローレンツ公爵家に行こうとしてるんだろ!」
ええー何故そんなことに。
エレインは紫紺色の大きな瞳を潤わせて、今にも泣き出しそうな顔で、こっちをきっと睨み付けている。
「それは誤解です、エレイン様。俺はただ……」
「一週間以上経ったのに、ザッハトルテも作ってくれない。最近よくどこかに出掛けてる。呼び出しても来るの遅い」
これは、相当俺に対して不満がたまっているな。
そういえば最近、三分過ぎて駆けつけても罰ゲームされてないな。最低限侍従としての仕事こなして退席する事が多かったし、主をないがしろにしていた感は否めない。
だが、秘伝レシピのザッハトルテを作ることをないがしろにしていたわけじゃない。
「すみません、エレイン様。これがまだ、今の俺に作れる精一杯です」
エレインの好みに合わせたザッハトルテを、俺は創造魔法で作り出す。エレインが求めていたものは秘伝のレシピで作られたザッハトルテで、俺が創り出したものはあの時食べたそれではない。
確かにあれは、涙が出るほど美味かった。けれど完成されたその美味さは、あくまで万人受けしやすいものというだけだ。
ヘンリエッタがレオンハルトの事を想い菓子作りに懸命に向き合う姿勢に感化され、相手の好みに寄り添ったスイーツが、食べる人にとっては一番の至高のスイーツなんじゃないかと思ったのだ。
「ここだけの話として内緒にして頂けると助かるのですが……」
そう前置きして、俺はこれまでの事を正直に説明した。侍従として仕えているから、勝手な行動をしていた事に対して報告義務があるというのもある。しかしそれより今は、泣きそうになるくらい不安を抱かせてしまった事を、まず謝らなければならないと思った。女の涙は見たくないからな。
「本当はもう少し、完成度を上げてからお出ししたかったのですが……エレイン様。お求めになっていたザッハトルテではございませんが、貴方の好みに合わせて心を込めて作りました。一度、試食して頂けませんか?」
エレインの好みに合わせてブレンドした、カモミールをベースにしたオリジナルティを横に添える。
無言でザッハトルテを食べ終わったエレインからもらったのは、「……ギリギリ、及第点には届かない」と厳しめのお言葉だった。
まぁ、そうだよな。満足できる品ではなかったし……食べ終わった食器を下げようと手を伸ばした時、エレインに制服の袖を遠慮がちに引っ張られた。
「だからまた持ってきなよ。何度でも、試食してあげるから」
美味しくなかったわりには、そう呟いた時のエレインは嬉しそうな満面の笑みを浮かべていた。思わずその笑顔に見惚れていると──
「ただし、進歩してなかったら罰ゲームね」
真っ黒い笑顔に早変わり。
で、ですよねー。さっきは少し可愛いなと思ったのに、ブレない主に苦笑いを漏らすしかなかった。
◇
その後──昼休みの中庭では、仲良く歓談しているレオンハルトとヘンリエッタの姿がよく見られるようになった。
「ハル様、こちらを使われてください」
「ありがとう、エッタ」
ヘンリエッタが差し出したおしぼりを、嬉しそうに受けとるレオンハルト。硬派と名高いはずの彼の印象は、姫の前でだけは緩みまくるらしい。しかし誰もそれを突っ込めるものは居ない。獅子にわざわざ喧嘩を売って返り討ちに遭うのを避けているのだ。
リア充爆発しろ!
なんて汚ない言葉は心の中だけに止めておこう。
すれ違っていた二人が仲直りしたのは、誕生パーティの成功があったからだ。
レオンハルトはヘンリエッタ好みの可愛い人形が作れるようになり、ヘンリエッタはレオンハルト好みのスイーツを作ることに成功した。
そして執り行われた誕生パーティだが、なんとレオンハルトとヘンリエッタの誕生日は全く同じ日だったらしい。だから、毎年その日は二人の誕生パーティを一緒に執り行うのが慣例となってるそうだ。
エレインの侍従としてパーティに参加させて頂いた身としては、もう見てるだけでお腹一杯になるほど糖分を見せつけられた。
二人の努力が実って嬉しくはあったが、後はもう別の場所でお願いしますと言いたくなる程だった。
隣でエレインが「爆ぜろ」と呟いていたのは聞こえなかったフリをした。だって怖かったもん。
隔てる問題が無くなった二人は、遠巻きにみても分かるくらいラブラブとなった。影の立役者として信頼を勝ち取った俺は、こうしてティアナからレオンハルトを引き離すことに成功した。
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