獣耳男子と恋人契約

花宵

文字の大きさ
上 下
104 / 186
第十章 悲しき邂逅

調理実習

しおりを挟む
 十月に入り、少しだけ肌寒い季節になってきた。今は二限目の調理実習。食育の授業で、野菜を美味しく食べようというテーマのもと、野菜のカップケーキを作っている。

 使う野菜は、人参、玉ねぎ、さつまいも、かぼちゃの四種類。
 ランダムで振り分けられた私の班は、美香、笹山さん、カナちゃん、如月君の五人だ。

 まずは野菜の準備を、私と美香とカナちゃんで担当し、生地作りを笹山さんと如月君で手分けしてやることに。
 作り方を見ると、人参は細かくすりおろし、玉ねぎは薄くスライスしてバターで炒める。さつまいもとかぼちゃは1センチ角に切って下茹でして柔らかくしておくと書かれている。

「かぼちゃとか硬いやろうから野菜の下処理は俺に任せとき」
「それなら、私は茹でる用の鍋の準備をしておくわ」
「じゃあ私は玉ねぎを炒めるね」
「俺はお前が作ったのを試食する係だ」

 役割分担して調理を開始したのはいいが、一人部外者が紛れ込んでいる。

「何でシロがうちの班に居るの?」
「俺の班はお前が居る所だ」
「はいはい、試食係さんはあっちの席でお待ち下さい」

 カナちゃんはシロを一番遠くの試食席へと連行して、動きを封じて戻ってきた。

 気を取り直して調理に取りかかる。
 フライパンとバターの準備をして、カナちゃんの方を見ると──物凄く手慣れた感じで野菜を切っている。

「カナちゃん料理出来るんだ」
「俺、今独り暮らしで家では自炊してんし、これくらいは朝飯前やで」

 そう言ってカナちゃんは話しながらさつまいもの皮を向き、一センチ角に切ると水を張ったボウルに手早くいれた。
 プリントにのってない野菜のアク抜きまで普通にやってのける。なんて女子力の高さだ。

「見た目に反して西園寺君って意外と家庭的なのね」
「俺、そんなチャラそうに見える?」

 鍋に火をかけながら感心している美香に、カナちゃんは玉ねぎを薄くスライスしながら尋ねる。

「否定はできないわね」
「まぁ、昔はそんな時期もあってんけど……今は違うで。何なら今度、うちでたこ焼きパーティーでもする? 美味いのご馳走したんで」
「だそうよ、桜」
「懐かしい、昔よくやってたよね」

 受け取った玉ねぎを、熱く熱したフライパンにバターを溶かして弱火で炒める。

「脚下」

 その時、カナちゃんの陰陽術を解いてシロが不機嫌そうに戻ってきた。
 かぼちゃを切る手を止めて、カナちゃんは顔を上げると

「ええやん、文化祭終わったら皆でやろうや。コハッ君とシロも一緒に、な? 楽しい事考えたとったが、色々頑張れるやろ?」

 そう言って、ニカッと無邪気に笑った。
『コハクも一緒に』──その言葉が胸にじんわりと響いてきた。

「そうだね、皆でやろう!」
「楽しい祝勝会になるといいわね」
「……フン、いいだろう。その代わり不味いの作ったら許さんからな」
「へいへい、本場の味をご馳走したるわ。てかシロ、そこおるならこの人参すりおろしてや」

 人参の皮を手際よく向いてカナちゃんがそれ渡すと「何で俺が……」と納得いかなそうにシロは呟いた。

「働かざるもの食うべからずって言うやろ、桜の作ったもん食いたかったらお前も手ぇ動かしや。そこにある奴使ってええから」
「チッ、しゃあねぇな」

 渋々、シロは人参をすりおろし始める。人の気持ちを理解したい。それを実行に移し始めて、シロは前よりトゲが無くなった。

「ええやん。やれば出来る子やってんな、シロ。その調子でこっちもよろしゅうな」
「いいだろう。そこに置いておけ」

 こうやって見てると、反抗期のシロを上手くおだてて誘導するお兄ちゃんカナちゃんみたいだ。

「ほら、出来たぞ」
「綺麗に出来上がってんな。すごいわ、シロ。お前にすりおろし職人の称号を捧げよう」
「なんだそれは」
「何でも綺麗にすりおろす事が出来る者だけが手に出来る、名誉ある称号やで」
「そうか。仕方ない、もらってやろう」

 口では偉そうだけど、その顔は嬉しそうだ。シロに尻尾があったら今、ブンブンとはち切れんばかりに振っているに違いない。

 シロって褒められると伸びるタイプなんだよな。カナちゃんもそれが分かってきたようで、扱い方がどんどん上手くなってるし。

「生地できたよ」
「野菜の下茹でも終わったわ」
「玉ねぎもオッケーだよ」
「ほんなら、型に流し込むで!」

 それから生地に野菜を混ぜ入れて、カップに小分けしてオーブンで焼けるのを待った。その間に洗い物を綺麗に済ませ、テーブルをセッティングする。

 焼き菓子特有の甘い香りが漂ってきて、いよいよ実食の時間だ!

 席について皆で美味しく頂こうとしたものの──

「あ、シロ! 独り占めはあかんて、俺にもそれわけてや」
「桜が作ったのは全て俺の物だ」

 シロは私が炒めた玉ねぎのカップケーキを、一人で食べてしまおうとしていた。最後の一個を片手に、不敵な笑みをカナちゃんに向けている。

「シロ、こういうのは皆で分けて食べた方がもっと美味しいんだよ」
「そうなのか……」

 こっちの世界で生活を円滑にするアドバイスを送ると、シロはカップケーキを眉間にシワを寄せじっと見つめる。数秒後、半分に割って片割れをカナちゃんに渡した。
 シロの行動に驚きを隠せなかったようで、カナちゃんは目を丸くしながらそれを受け取っていた。
 お茶を注いであげると、飲み干して一息ついた後、シロは満足そうに笑っていた。

「行動がまるで小学生ね」
「でも、私もそんな一途に愛されてみたいな」
「ここまで重症なのは止めたがいいわ」

 その様子を、美香は呆れたように、笹山さんは憧れたように眺めていた。

「笹山さん、せやったら桔梗君とかどや? こう見えて結構一途でええ男やで」
「ちょ、か、奏! 急に何言い出すの!」
「如月君……確かに、優しくていい人だよね」
「さ、笹山さん……!」
「でもそんな風に見たこと一度もなかった」
「だ、だよね……」

 この前テレビで、『いい人』の状態で告白しても恋愛に発展するのは難しいという内容の番組を見た。

 恋愛関係は友人関係の延長線上にあるものではない。
 ただ優しくするだけでは、友人関係のベクトル上を突き進むだけで、親友にこそなれたとしても恋人にはなれない。
 その交わらないベクトルを交錯させるのに必要なのは、友達としての優しさではなく、異性を感じさせる少し強引な優しさだと。

 如月君に春が来るかどうかは、これからの彼次第ということだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

御伽噺のその先へ

雪華
キャラ文芸
ほんの気まぐれと偶然だった。しかし、あるいは運命だったのかもしれない。 高校1年生の紗良のクラスには、他人に全く興味を示さない男子生徒がいた。 彼は美少年と呼ぶに相応しい容姿なのだが、言い寄る女子を片っ端から冷たく突き放し、「観賞用王子」と陰で囁かれている。 その王子が紗良に告げた。 「ねえ、俺と付き合ってよ」 言葉とは裏腹に彼の表情は険しい。 王子には、誰にも言えない秘密があった。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

TAKAMURA 小野篁伝

大隅 スミヲ
キャラ文芸
《あらすじ》 時は平安時代初期。小野篁という若者がいた。身長は六尺二寸(約188センチ)と偉丈夫であり、武芸に優れていた。十五歳から二十歳までの間は、父に従い陸奥国で過ごした。当時の陸奥は蝦夷との最前線であり、絶えず武力衝突が起きていた地である。そんな環境の中で篁は武芸の腕を磨いていった。二十歳となった時、篁は平安京へと戻った。文章生となり勉学に励み、二年で弾正台の下級役人である少忠に就いた。 篁は武芸や教養が優れているだけではなかった。人には見えぬモノ、あやかしの存在を視ることができたのだ。 ある晩、女に救いを求められる。羅生門に住み着いた鬼を追い払ってほしいというのだ。篁はその願いを引き受け、その鬼を退治する。 鬼退治を依頼してきた女――花――は礼をしたいと、ある場所へ篁を案内する。六道辻にある寺院。その境内にある井戸の中へと篁を導き、冥府へと案内する。花の主は冥府の王である閻魔大王だった。花は閻魔の眷属だった。閻魔は篁に礼をしたいといい、酒をご馳走する。 その後も、篁はあやかしや物怪騒動に巻き込まれていき、契りを結んだ羅城門の鬼――ラジョウ――と共に平安京にはびこる魑魅魍魎たちを退治する。 陰陽師との共闘、公家の娘との恋、鬼切の太刀を振るい強敵たちと戦っていく。百鬼夜行に生霊、狗神といった、あやかし、物怪たちも登場し、平安京で暴れまわる。 そして、小野家と因縁のある《両面宿儺》の封印が解かれる。 篁と弟の千株は攫われた妹を救うために、両面宿儺討伐へと向かい、死闘を繰り広げる。 鈴鹿山に住み着く《大嶽丸》、そして謎の美女《鈴鹿御前》が登場し、篁はピンチに陥る。ラジョウと力を合わせ大嶽丸たちを退治した篁は冥府へと導かれる。 冥府では異変が起きていた。冥府に現れた謎の陰陽師によって、冥府各地で反乱が発生したのだ。その反乱を鎮圧するべく、閻魔大王は篁にある依頼をする。 死闘の末、反乱軍を鎮圧した篁たち。冥府の平和は篁たちの活躍によって保たれたのだった。 史実をベースとした平安ダークファンタジー小説、ここにあり。

宝石のような時間をどうぞ

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 明るく元気な女子高生の朝陽(あさひ)は、バイト先を探す途中、不思議な喫茶店に辿り着く。  その店は、美形のマスターが営む幻の喫茶店、「カフェ・ド・ビジュー・セレニテ」。 訪れるのは、あやかしや幽霊、一風変わった存在。  風変わりな客が訪れる少し変わった空間で、朝陽は今日も特別な時間を届けます。

毎日記念日小説

百々 五十六
キャラ文芸
うちのクラスには『雑談部屋』がある。 窓側後方6つの机くらいのスペースにある。 クラスメイトならだれでも入っていい部屋、ただ一つだけルールがある。 それは、中にいる人で必ず雑談をしなければならない。 話題は天の声から伝えられる。 外から見られることはない。 そしてなぜか、毎回自分が入るタイミングで他の誰かも入ってきて話が始まる。だから誰と話すかを選ぶことはできない。 それがはまってクラスでは暇なときに雑談部屋に入ることが流行っている。 そこでは、日々様々な雑談が繰り広げられている。 その内容を面白おかしく伝える小説である。 基本立ち話ならぬすわり話で動きはないが、面白い会話の応酬となっている。 何気ない日常の今日が、実は何かにとっては特別な日。 記念日を小説という形でお祝いする。記念日だから再注目しよう!をコンセプトに小説を書いています。 毎日が記念日!! 毎日何かしらの記念日がある。それを題材に毎日短編を書いていきます。 題材に沿っているとは限りません。 ただ、祝いの気持ちはあります。 記念日って面白いんですよ。 貴方も、もっと記念日に詳しくなりません? 一人でも多くの人に記念日に興味を持ってもらうための小説です。 ※この作品はフィクションです。作品内に登場する人物や団体は実際の人物や団体とは一切関係はございません。作品内で語られている事実は、現実と異なる可能性がございます…

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

処理中です...