獣耳男子と恋人契約

花宵

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第九章 文化祭に向けて

居場所

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 振り向くと、シロは穏やかな表情をして遠くをボーッと見つめており、その眼差しは深い悲しみに満ちていた。
 そっとシロの頬に手を伸ばすと、彼は視線をこちらに向け力なく微笑んだ。
 その笑みが、今にも消えてしまいそうな程ひどく儚げで、思わずガシッとシロの身体にしがみついた。

「ん……桜?」
「シロ、今からでも遅くない! これから知っていけばいいんだよ! 分からない事はその都度、私が何でも教えるから……ッ!」
「これから……?」

 戸惑うように呟かれた彼の言葉に応えるように顔を上げると、私はシロの瞳をじっと見つめて口を開いた。

「うん、これから。スマホの使い方だってシロはすぐにマスター出来た。今まで培った感性を変えることは中々難しいけど、自分にない見解を少しずつ知っていけば、理解できる日がきっと来るよ。それに、同じ所に住む人間でさえ人それぞれ考え方や感じ方は違う。だから、シロみたいに相手の考えを知りたいって思える心が大事だと思う」

 驚いたようにシロは瞳を丸くした後、恐る恐る尋ねてきた。

「……お前の未来に、俺は居るのか?」
「もちろん! 実家になんて帰さないよ。シロは、妖界に戻りたいの?」

 コハクとシロとずっと一緒に居たい。
 また九年後もあの流星群を一緒に見たい。

 しかし、強気に言ってみたものの、それが独りよがりの考えだったらと不安に駆られる。
 その時、シロが私の頭をポンポンと優しく撫でた。

「そんなわけないだろう。俺は、お前の傍に居たい」
「じゃあこれからは、私の隣がシロの居場所だよ! そのためにも、早くコハク目覚めさせないとね! 文化祭終わったら修学旅行だってあるし、きっと楽しいよ」

 私の言葉にシロは一瞬大きく目を見開いた後──

「お前に出会えてよかった……ありがとう」

 そう言って、見ているだけで誰もが幸せになれそうな屈託のない笑みを浮かべた。
 その邪心のない本当に嬉しそうな表情が、きっと彼の本来の笑顔なのだろう。
 その貴重な姿に瞬きをするのも勿体ないと思える程、目を奪われていると

「……その熱い視線は、俺を誘っているのか?」

 スッと目が細められ、口の端がニヤリとひん曲がり、途端に悪魔みたいな笑顔へと変貌をとげる。

「ち、違う……シロが本当に綺麗に笑うから、見惚れてた……だけ」

 よくよく考えて見れば、膝の上に乗って至近距離でじっと見つめていたこの状況に恥ずかしくなり、顔が一気にカァっと熱くなった。
 急いで膝から下りようとすると、すかさず腰を抱かれて逃げれなくなる。

「そうか……なら、もっと酔わせてやるよ」

 耳元でそう囁くと、シロは私の横髪をそっと耳にかけ、フッと熱い吐息を吹きかけた。
 ゾクリとした感覚に、思わず身体がピクンと跳ねる。

「ほら、ちゃんと俺を見ろよ」

 再び耳元で甘く囁かれ、強制的にシロの方を向かされる。熱を含んだその妖艶な双眼が、私を逃がしてくれるはずなかった。

 唇を細い指でなぞられ、媚薬のようなシロの指が私の身体に甘い痺れをもたらす。
 そっと私の首筋に手を添えて自身の顔を傾けたシロは、そのまま唇を重ねてきた。

 唇の柔らかな感触を楽しむように、啄むようなキスを繰り返すと、腰を抱いていた手が私の背中を優しく撫で始め、思わず甘い吐息がもれる。

 開いた唇からそっとシロの舌が浸入し、緩急をつけながら私の口内を這いずり回るそれに、身体の芯がとろけてしまいそうになった。

 角度を変えて何度も深く口付けながら、シロが私のパーカーのファスナーに手をかけゆっくり下ろすと、キャミソールが露になる。

 そのまま片方の襟元を肩が見えるまではだけさせられ、火照った身体がひんやりとした外気に触れる。

 シロは鎖骨に細い指をスーっと這わせてキャミソールの肩紐をずらすと、絡めた舌をほどいてそっと唇を離した。

「今のお前、すげぇ可愛い顔してる」

 耳元でシロの色気を孕んだ声がしたかと思うと、軽くキスを落とされ、それはゆっくりと首筋へと移動し、ゾクゾクとした快感が身体を駆けめぐる。

 不意に首筋を下から上まで舐められ、「はぅ…」と思わず吐息がもれ、脱力して全身の力が抜けた。
 シロが触れる度に甘い快感が訪れ、身体がおかしくなっていく感覚に溺れていると、瞳から生理的な涙が流れた。

「やりすぎたな、悪ぃ」

 頬をつたう涙を優しく舐めとると、シロは私の身体をギュッと抱き締めた。

「シロ……違うよ、感じた事ない感覚に涙腺が揺るんじゃっただけで、嫌なわけじゃないよ」
「無理をするな。お前の準備ができるまで待つから。それに、ほら」

 促された視線の先には、時計がある。短針はまもなく、夜の十一時を指そうとしていた。

「今からはコハクの時間だ。これから、色々教えてくれるんだろ? そのためにも、早くアイツ起こしてやろうぜ」
「シロ……うん、そうだね!」
「抱かれながらでも出来るってんなら、話は別だがな」

 そう言って不敵な笑みを浮かべるシロに「そ、それは無理!」と慌てて否定する。
 先ほどの事を思いだし、無性に恥ずかしくなった。

 優しく触れる細い指先も、惹き付けてやまない妖艶な眼差しも、甘い刺激をもたらす柔らかな唇も、全てが私を甘い快楽に溺れさせ、シロはまるで歩く媚薬のような存在だと改めて認識させられた。

「お前の愛らしい声聞かせたら、案外すぐに……」
「もう、変なこと言わないで!」
「冗談だ。俺だって、お前が他の男の事考えながらやってたら嫌だ。たとえ、それがコハクだとしても」
「……嫉妬?」
「お、お前が! 俺の事……好きになるからいけないんだ。俺に気持ちが無ければ、そんな事知らずに済んだのに。どんどん欲しくなるし、調子狂うし。おまけに自分にまで嫉妬するとか……笑えるか?」

 葛藤しているシロが可愛く見えて、愛されてるのがよく伝わってくる。
 心の奥からじんわりと幸せな気持ちがあふれてきて、ニッコリと微笑んだ。

「ううん、嬉しい」
「……ったく、そんな顔してんじゃねぇよ」

 シロは白い頬を赤く染めてプイッと顔を背けてしまった。
 それが照れ隠しだと分かるから、ますます頬が緩んでしまう。

「ねぇ、シロ。コハク、ここに居るんだよね?」

 彼の胸板にそっと手をあてて問いかけると、短く「ああ」と返事がきた。

「少しだけ、このままいさせて」

 至近距離から呼び掛けたとしても大して意味はないだろうが、私はそこに手をおいたまま目を閉じて、コハクに呼び掛ける。
 シロとの親睦は以前より大分深まったものの、結局その日もコハクを目覚めさせる事は出来なかった。
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