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第三章 繋がりゆく縁
3-12 若き魔法師団長
しおりを挟むアイザック様がちらりと口にした『魔女伝説』のことは気になったものの、私一人では調べることができなかった。
シェリーに尋ねてみても、やはり知らないという。
私は、そのうちオスカーお兄様に聞いてみようと結論づけたのだった。
その翌日。
今日は、ウィル様の非番の日だ。
約束通り魔道具研究室に連れて行ってくれるらしく、私とウィル様は、馬車に揺られていた。
まあ、揺られているといっても、特殊な魔道具が設置されたオースティン伯爵家の馬車は、普通の馬車に比べて振動も断然少ないのだが。
「なんだか、こうしてミアと一緒に出かけるのも久しぶりだね」
「そうかもしれませんわね」
「ふふ。毎日顔を合わせているのに、一緒に外へ出かけるのはまた違う喜びがあるね」
ウィル様はとても楽しそうだ。いつにも増して輝いている。
「本当は、帰りにレストランにでも寄りたかったのだけど、今はまだ状況が落ち着かないから……残念だけどまた今度かな」
彼は一転して残念そうな表情をすると、前の席から手を伸ばして、私の髪を一房手に取る。
そしてそのまま流れるように、自然に私の髪に口づけを落とした。
「もう、ウィル様!」
「ん? なに?」
私が抗議しても、彼はそしらぬ顔だ。
手に取っていた髪を耳に掛け、一点の曇りもない秀麗な笑顔をこちらに向けてくる。
「……その……恥ずかしくて」
「ふふ、誰も見ていないのに?」
「み、見ていなくても、恥ずかしいものは恥ずかしいです……!」
私は熱くなった顔をぱたぱたと扇ぐようにしながら、彼から視線をそらす。
ウィル様が笑いをこぼすのが聞こえて、私は口をきゅっと結んだのだった。
*
魔法師団の建物に到着してからは、ウィル様はいつも通り『氷麗の騎士』らしい態度と表情に切り替わった。
彼が甘い笑顔や態度を見せるのは、あくまでも私の前だけ。そう思うと、少しくすぐったいような気持ちになる。
魔法騎士団の黒い騎士服を着ているためか、ウィル様が魔道具研究室公認でたびたび出入りしているからか、建物にはスムーズに入館することができた。
魔道具研究室と魔道具製作室は、魔法師団の建物の搬入口に近い位置にある。
搬出予定の魔道具の中には大きな物もあるし、大量に納品しなくてはならない場合もあるためだ。
そのため、正面玄関からは離れていて、長い廊下を歩く必要がある。
私たちが途中で呼び止められたのは、魔道具研究室に向かう、その長い廊下の途中だった。
「あれ、ウィリアム君じゃないか?」
声をかけてきたのは、後ろに秘書らしき人と護衛らしき人を従えている男性だった。ウィル様よりも少しだけ年上だろうか。
魔道具研究室のメンバーが着ている作業服とは異なり、裾と袖の長いローブを羽織っている。
紫紺色のローブにはところどころに銀色の縫い取りが施されており、豪奢な雰囲気だ。
髪の色はウィル様と同じく黒で、瞳の色も黒く、涼やかな一重まぶたが印象的である。
ウィル様は、すぐに騎士の礼を取った。
「師団長。ご無沙汰しております」
「やめてくれよ。まだ師団長の肩書きに慣れてないんだ。普段通り、シュウと呼んでくれ」
「……そんなわけには」
「それもそうか」
ウィル様が姿勢を戻してそう告げると、シュウと名乗った男性は、後ろに控える二人に視線を遣って、肩をすくめた。
従者がいるので、砕けた話し方をするわけにもいかないということだろう。
彼はそのまま、ウィル様の後ろにいる私に視線を向けた。
「あれ? その子は?」
「彼女は……魔道具研究室に協力して下さっている方です。私は彼女の護衛で――きみ、こちらは魔法師団長のシュウ様だ」
「え? あ、えっと……よろしくお願いいたします」
ウィル様に『きみ』と呼ばれて、一瞬反応が遅れ、もたついて崩れた礼になってしまった。
すっかり頭から抜け落ちていたが、ここでは私の素性を明かすわけにはいかないのだ。
「――ああ、きみが噂の子か。話は聞いているよ」
ウィル様も、シュウ様も、私に目配せをして頷いた。
「ところで、ウィリアム君。あとで魔道具研究室に顔を出すから、よろしく伝えといてくれ」
「承知しました」
そうしてシュウ様は二人の従者を引き連れて、入り口の方へ向かっていった。
彼らとの距離が充分に離れたことを確認して、ウィル様は耳元で囁く。
「ミア、さっきはごめんね」
「いいえ。ウィル様のお言葉がなければ、普通に名乗ってしまっていたところでした。ありがとうございます」
「師団長自身は信頼できる人なんだが、後ろの二人をよく知らなくてね」
ウィル様は先ほどよりも警戒を一段引き上げつつ、廊下を奥に向かって進み始めた。
私もその後に追従していく。
「それにしても、魔法師団長様、お若い方だったのですね。もっとお年を召された方かと思っていました」
「ああ。昨年の秋に前師団長が体調を崩されてね。息子のシュウさんがしばらく代理を務めていたんだけど、前師団長の復帰が難しいことがわかって、そのまま師団長に上がったんだ」
「そうなのですね」
「若いとはいえ、その実力は魔法師団内でもトップクラスだ。魔力量も多く、頭脳も優れている。ただ……人間関係では苦労が絶えないみたいだけど」
そう言って、ウィル様は苦笑した。確かに、シュウ様は従者の二人を信用していない様子だったし、若くして権力を持つと碌なことにはならないだろう。
「あの従者たちも、魔法師団の老害――おっと、口が滑ったね――長年勤めている幹部団員の息がかかっているんだろう。プライベートの方でも、婚約騒動とか色々あって大変だったようだし……。とにかく、彼なりに魔法師団の権力争いに対抗しようとして、魔法騎士団と少しでも強い縁を結ぼうと努めてくれているんだ」
「そうでしたか。それにしても、婚約騒動、ですか……」
魔法師団長の息子の婚約騒動……どこかで聞いた話のような気がするが、詳しいことは思い出せなかった。
「俺も詳しくは知らないけど、シュウさんが一方的に好いていた令嬢が、魔力を持たない子だったらしいんだ。婚約の打診がその子の家から来て、本人は喜んでいたんだけど、周りが猛反対したために、話はなくなったらしい」
確かに、魔法師団長の息子で、当時から魔力も高く期待されていたであろう人が、魔力のない令嬢と婚約したりしたら、周りの目はかなり厳しいだろう。
私自身も似たような境遇だったし、他の令嬢からの当たりも酷いものだった。だから、その気持ちは痛いほどわかる。
「――しかも、シュウさんは片想い。肝心の令嬢の気持ちはシュウさんに向いてなかったみたいだったから……俺だったら、それでも頑張って振り向かせようとしただろうけど、シュウさんは折れてしまったみたいだ。それから一度も会っていないのだそうだよ」
ますます私と似ているような気がして、少し同情した。
私の場合は、家の反対もなかったし、ウィル様が愛情を真摯に伝えてくれるようになって気持ちが動いたけれど……ひとつ掛け違えていたら、シュウ様たちと同じように、ウィル様と婚約を解消して二度と会うことがなかったかもしれない。
今の幸せは、ウィル様の努力と、色々な奇跡を積み重ねた上にあるものなのだと再認識した。
そんな話をしているうちに、私たちは建物の最奥、魔道具研究室に到着したのだった。
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