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第三章 繋がりゆく縁

3-13 お手伝いと作戦会議

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 魔道具研究室を訪れた私たちは、待ってましたとばかりに、すぐさまアラザン室長に捕まった。

「……早速だけど、魔石の浄化を三パターン試したいんだ。実験室借りてるから、早く来て……」

 アラザン様はぼそぼそと早口で喋ると、風のような速さで部屋から出て、実験室の方へと向かった。

「相変わらずだな」

 苦笑するウィル様と共に、私は、とって返すように特別実験室へと足を運んだ。

「……まずやってほしいのは、魔石の魔力がなくなった時点で、浄化をぴったり止めること。魔石の状況を見ながらやってもらいたいし、危険がないことがわかったから、器具を通さずに直接浄化してもらってもいい……?」

「ええ、わかりました。――我が声は天の声、応じよ聖なる光」

 私は、目の前に置かれた魔石と向き合う。魔石は黒い靄に覆われていて、ぞわぞわと嫌な感じがした。
 一刻も早く、この不快な靄を浄化してしまいたい――そう思って、私はすぐに『浄化ピュリファイ』の魔法を唱え始める。

「――『浄化ピュリファイ』!」

 浄化の聖魔法が完成すると同時に、黒い靄が少しずつ晴れていく。
 払っても払っても、最初のうちは内側からどんどん靄が湧き出してきていたが、徐々に湧き出すスピードが遅くなり、ついに湧出ゆうしゅつが止まった。
 その時点で私も魔力を収め、そのまま様子見をする。やはり新しい靄が出てくる様子は、もうない。

「もう、靄が出てこなくなりました」

「……よし、じゃあ、これは完了だ。次も頼みたいんだけど、少し休む……?」

「いえ、大丈夫ですわ」

「……じゃあ、次は……」

 次の実験は、浄化を途中で止める実験だった。
 靄の湧き出すスピードが少し緩くなったあたりで、浄化の魔法を止める。
 アラザン様は手袋をはめて、魔石を慎重に箱の中に入れた。

 三番目の実験は、最初の実験と同じ時点で浄化をやめ、代わりに『治癒ヒール』の魔法を魔石に込めることだった。
 アラザン様は、白い聖魔法の輝きを帯びた魔石を、別の箱にしまう。

「……今日の実験は、これで終わり。……聖力の残量は、どう……?」

「そうですわね……少し疲れましたけれど、倒れるほどではありませんわ」

「……なるほど……ミア嬢の聖力量は、魔石三つ分より少し多い程度、と……。次にお願いするときの参考にするよ……」





 私たちは特別実験室の後片付けをして、魔道具研究室に戻った。

 アラザン様が測定をする様子をしばらく見学していると、研究室の扉がノックされる。
 扉を叩いたのは、来る際に廊下で挨拶を交わした魔法師団長だった。

「アラザン室長、話があるのだが、魔道具研究室の会議室を使ってもいいかな?」

「……ええ、もちろん構いませんよ……」

「二人は、研究室の外で待っていてくれ」

「しかし」

「おいおい、今、私は休憩時間だろう? プライベートに関わる話をするから、部外者に聞かれたくないんだ。暇なら飯にでも行ってきていいぞ」

「……承知いたしました」

 従者の二人は、部外者とはっきり言われて、苦虫を噛みつぶしたような顔をしたものの、渋々引き下がった。
 シュウ様は、研究室の扉を閉めると、片方の手を無造作に振るう。
 その瞬間、シュウ様を中心として柔らかな風が巻き起こり、透明な膜のようなものに覆われた感覚に陥る。

「よし、これで外からは読唇も盗聴もできないぞ。アラザン室長、会議室借りるよ。好きにしててもらって構わないが、室長と話してることになってるから、外には出ないでくれ」

「……わかりました……」

 アラザン様はぼそぼそと返答すると、さっさと測定機器に向き直った。

「それにしてもシュウさん、相変わらず、非常識な魔力量ですね。そんな無造作に魔力障壁を使うなんて……」

「はは、おだてても何も出ないぞ。ただ魔力を垂れ流して壁を作っただけで、魔法でも何でもないんだから。……それで、ウィリアム君と、銀髪美人のきみ。えっと――」

「ミアです。俺の婚約者です」

「ああ、きみ、ウィリアム君の婚約者だったのか? そりゃあ、ウィリアム君が護衛任務なんて珍しい仕事を請け負うわけだ。――じゃあ、二人とも、早速会議室へ」

「はい」

 私とウィル様は、シュウ様の後に続いて会議室へと向かう。
 会議室の扉を閉め、ウィル様がセキュリティ用の魔道具を作動させると、シュウ様から発せられている圧力がふっと消え去った。魔力障壁を解除したのだろう。

「それじゃあ、改めて。私はシュウ、魔法師団長だ。ウィリアム君が王立魔法学園に在学していた時、ものすごいレポートを提出したことは知っているかな? 彼とは、その頃からの付き合いなんだ。よろしく」

「ミア・ステラ・エヴァンズと申します。よろしくお願いいたします」

 私が改めて丁寧なカーテシーをすると、シュウ様は少し驚いたような顔をした。

「わあ、ミア嬢、本当に貴族なんだ。さっき、廊下でたどたどしい礼をしただろう? あれ、良かったぞ」

「えっ」

 私は思わぬ発言に、恥ずかしさで顔が熱くなった。

「あ、あの時は動揺してしまって……お恥ずかしい限りですわ」

「……シュウさん?」

 隣でウィル様が低い声を出し、シュウ様はびくっと肩を揺らした。

「ああ、違う違う、そんな怖い顔をするなよ。わざとじゃないと思うが、あのたどたどしい礼のおかげで、きみの素性を誤魔化せるって話さ。私の従者たちは、きみが貴族式の礼に慣れてないと思ったはず――つまり、もし万が一、聖女が研究に関わっていることが発覚しても、きみが貴族だなんて考えもせず、教会育ちの聖女だって思うんじゃないかな」

「……ああ、そういうことですか。確かに、そうかもしれませんね」

 ウィル様の声色が、あっという間に元通りに戻る。

「それで、話したかったのは、魔石の浄化に関する今後の情報開示についてだ。冒険者ギルドはひとまず置いておいて、王家には話を通さなければならないだろう」

「ええ、おっしゃる通りです。何かお考えが?」

「ああ。来月に王家主催の舞踏会があるだろう? その前に宰相と顔を合わせて、舞踏会の日に、宰相を通じて王家に話をしたいと考えている」

「舞踏会……」

 舞踏会と聞いて、一瞬、ウィル様の表情に陰がさした。
 だが、それもほんのひとときのこと。次の瞬間には、ウィル様は元通りの表情に戻っていた。

「シュウさんは、宰相とご縁があるのですか?」

「実は宰相のご令息と個人的に懇意にしていてね。彼は信頼できる人物だ。教会に不信感を持っているというところも、私たちと同じさ」

「なるほど……」

「それで、だ。私の魔法通信網は見張られているから、アラザン室長を通じてきみたちと連絡を取り合いたいと思っている。魔道具研究室に特別な発注を出すから、その納品日に合わせて、二人も魔道具研究室のメンバーと一緒に王城に出向いてもらいたいんだ。可能かな?」

「ええ。もちろんです」

「では、詳細はまた後ほど。時間を取らせてしまって、悪かったね」

「いえ、こちらこそ、お忙しいところをありがとうございました」

 シュウ様はそのまま会議室から出て行き、また魔力障壁を展開して、アラザン様に挨拶をした。
 壁の外なので会話は聞こえないし、見え方もゆがんでいるが、おそらく私たちと連絡を取るための算段を話しているのだろう。

 私たちは、シュウ様がアラザン様と話し終えて研究室から出て行くのを待ってから、アラザン様の測定を手伝いに行ったのだった。

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