色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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終章 虹

第143話  祈り ★セオ視点

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 セオ視点です。

********

 『天空樹』が純白の輝きを取り戻したあと、僕はハルモニア様とフェンと一緒に、パステルの眠っているログハウスへと戻った。
 ドラコとお祖父様は、樹とティエラの様子を見に、モック渓谷に向かうそうだ。

 パステルはそろそろ目覚めている頃かと思ったが、予想に反して彼女はまだ眠っていた。

「パステル……?」

 眠る彼女の頬に触れる。
 いつも通りあたたかくて、熱があるわけでもない。
 呼吸はゆっくり深く落ち着いていて、脈にも異常はみられない。

 けれど――頬に触れても、手を握っても、彼女は全く反応を返してくれない。
 僕は、そんなパステルに、言いようのない不安を覚えた。

「殿下、お戻りでしたか」

 その時、僕たちに同行してくれた帝国の魔法医が、室内へと戻ってきた。
 何らかの医療用魔道具と、薬草を煎じたものを数種類、持って来たようだ。

「あの、先生。パステルは……?」

「少しだけお待ちください」

 魔法医の先生は、パステルの胸元に医療用魔道具を当て、何かを測定している。
 測定はすぐに終わり、先生は計測が終わった魔道具を見て、難しい顔でうーんと唸った。

「どうやら、お嬢様は魔力を空っぽになるまで使ってしまったようですね。通常、人が意識して使える魔力量は決まっています。魔力を使い切る前にリミッターがかかるので、気を失ったりすることはまずないはずなのですが、こちらのお嬢様は完全に魔力を使い切っているようです」

「先生、パステルは、目覚めるんですよね?」

「少しでも魔力が残っていれば一日や二日で目覚めるでしょうが、ゼロから魔力をためようと思うと、回復のスピードが極端に落ちるのです。もしそうなら、数日……いえ、最悪、数週間は目覚めないかもしれませんね」

「そんな……。僕、どうしたら……」

 あの時、もうちょっと早くパステルを樹から引き離していれば。
 パステルが頑張りすぎてしまう性格なのは、わかっていたはずなのに。
 後悔が、ちりちりと胸を灼く。

「殿下……そのように思い詰めずとも、よろしいかと。魔力が枯渇しているだけで、身体に問題はありませんから」

 魔法医の先生は、僕を安心させるように少し笑ってそう言うと、煎じた薬草をお香のような魔道具に入れた。
 独特なツンとする香りの煙が、香炉からくゆりはじめる。

「眠っている間に身体が弱らないように、適切な世話をしていれば、必ず目覚めると思いますよ。ただ……」

「ただ?」

「やはり心身への負担が大きいですから、目覚めた時に異常がないとは言い切れません。お嬢様が目覚めた時に不安に思われないように、お嬢様をよく知るご家族の元で静養していただくのがいいかと」

 その後は、具体的に何に注意して過ごせばいいのか、どのように世話をすればいいのか、そんな説明が続く。
 ――パステルが目覚めたとして、その魂に傷がついていないとは限らないのだ。
 少し……覚悟しておく必要があるのかもしれない。



 僕はそれから丸一日、パステルの眠る部屋で過ごした。
 やはりパステルが目を覚ます気配はない。

 魔法医の先生が時々薬草を交換し、装着している医療用魔道具の様子を確認していく。
 僕はそのやり方をしっかり教わった。

 パステルはこれから、ロイド子爵家に移す予定だ。
 先生は、数日おきにロイド家まで往診に来てくれるとのことだ。

 ハルモニア様は何の問題もなく、パステルも眠ってはいるものの落ち着いている。
 結論から言うと、昨日お祖父様が連れ帰ってきたティエラの状態が、一番問題だ。


 モック渓谷の中央にそびえる『天空樹』、その純白の枝葉に包み込まれるようにして、ティエラは眠っていたそうだ。

 雪のように真っ白な枝のゆりかご。
 天使の羽のように柔らかな、木の葉の布団に包まれて眠るティエラ。

 ――その姿は、生まれたばかりの赤子のように、小さくなっていたという。


 魔法医の先生も、さすがにこの症状は見たことがないらしく、お手上げ状態だった。
 ティエラも、赤子に戻ってしまったことを除けば健康面に問題はない。
 彼女も魔力を失って眠っているが、体力のない赤子の姿になっているため、パステル以上に注意深くケアをする必要がある。

 そして、ティエラは身寄りがない。
 地底人ドワーフ族の師匠がどこに住んでいるのかも不明だし、彼らが医療技術を持っているのかも不明だ。
 ひとまず、世話をする人の手も医療設備もある、ベルメール帝国の皇城に移すことになった。


 エルフの森に帰るハルモニア様とフェンをドラコに任せ、ティエラを腕に抱くお祖父様を、帝都の皇城まで送り届ける。
 ティエラのことは、メーア様と皇城の魔法医に任せれば問題ないだろう。

 皇城の正門でお祖父様とティエラを降ろす。
 そのままログハウスに戻って医療用魔道具と薬草を鞄に詰め、パステルを抱き上げて、ロイド子爵家に向かった。



 ロイド子爵家、領地のマナーハウスに到着した僕は、使用人のエレナにパステルを預けた。
 エレナも聖王国の出身、その上パステルの母親の侍女だった人だ。
 僕と違って、エレナは医療用魔道具や薬草の基本的な使い方も心得ているようだったが、念のため先生に習ったことを一通り伝える。
 本当はずっと側にいてあげたいが、僕の抱えている問題はパステルのことと『天空樹』のこと以外にも、山ほどあるのだ。

「セオ様、お嬢様のことはエレナにお任せ下さい。何かありましたら、すぐに近所のお医者様を呼びますから」

「うん、お願い。僕も、出来るだけ毎日顔を出すよ。もし魔法医の先生の処置が必要になりそうだったら、迷わずこれを外で叩き割って」

「こ、これは……」

 僕はエレナに、希少な『魔石』を渡した。
 渡した魔石の中には、光と音の精霊の力が込められている。
 石を割ると、大きな音を立てて空中に大輪の光の花がいくつも咲くはずだ。

「セオ様、これ、屋敷一つまるまる買えるぐらいの貴重な品ですよね……」

「うん。だけど、パステルの命にはかえられない。迷わず使ってほしい。すぐに飛んでくるから」

「そうですね……承知しました」

 僕は、眠るパステルの額に、そっと口づけを落とす。
 握り返してくれることのない華奢な手を、きゅっと握って、祈るようにその手を自分の額に当てる。

「どうか無事に目覚めますように……」

 しばらくそうして祈った後、僕はベルメール帝国の皇城へと向かった。

 三つの国を巻き込んだ、聖王国の再編が、これから始まる。

 僕が聖王国に向かうまで、まだしばらく時間があるだろう。
 それまでは毎日、パステルの元に通うつもりだ。

 その間に彼女が目覚めるようにと、一人になってからも、僕は強く祈り続けた。

 
********

 次回からパステル視点に戻ります。
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