色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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終章 虹

第142話 『繋がり』★セオ視点

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 セオ視点です。

********

 パステルを無理矢理気絶させて、魔力を求め続ける『天空樹』から引き離した後。
 僕は眠っているパステルを、崖山クリフマウンテンの麓、お祖父様が拠点として借りているログハウスに預け、モック渓谷へ引き返した。
 まだ、モック渓谷にはティエラが残っている。

 間もなくモック渓谷に辿り着くというところで、先にハルモニア様とフェンをお祖父様のところまで運んで戻ってきたドラコが、滞空しているのを見つけた。
 その場を動かず一点を凝視しているドラコに近づき、話しかける。

「ドラコ、どうしたの?」

「セオ様……、それが」

 ドラコの視線の先に目を向ける。
 分厚い雲の向こう側には、不可思議な色の、大きな球体が浮かんでいた。
 虹色……とは到底言えない、もっと禍々しい、土色メインの混色だ。

「あれは?」

「モック渓谷が、あのような結界に覆われてしまったのです。わたくしにも、何が起こっているやら……」

「ティエラは?」

「まだ中にいると思われます。ですが、結界の中に入ることは出来ません。人も、妖精も、精霊にもあれを破るのは難しいでしょう」

「そんな……」

 中でいったい、何が起こっているのだろうか。
 ティエラは、そしてティエラの中にいるはずの母上たちの魂は、どうなったのだろう。

「セオ様、フレッド様のところに一度戻りましょう」

「そう……だね」


 僕がログハウスへ戻ると、パステルはまだベッドで眠っていた。
 たくさん魔力を使ったから、しばらく目を覚まさないだろう。
 お祖父様は、『擬似魔石』を置いている場所――先日見つけた、『天空樹』の一部が剥き出しになっているところにいるようだ。
 一緒について来てくれた魔法医にパステルを任せて、僕とドラコはお祖父様の元へと向かった。


 『天空樹』が剥き出しになっている場所には、小さなほこらが建てられている。
 お祖父様たちはその祠に『擬似魔石』の山を供え、魔力が切れたら別の山と交換する――そんな作業を続けていた。

 ちなみに祠自体が結界になっているのか、普通の人が『天空樹』に直接触れることは出来ない。
 剥き出しとは言っても、本当に少しだけ――手のひら大の穴が岩に空いていて、樹皮がのぞいている程度だ。
 巫女が下界でも『天空樹』の管理をすることが出来るように、このような形になっているのだろう。


「お祖父様」

「おお、セオ、戻ったか。上はどうなっとる?」

「それが……」

 こちら側は、あの禍々しい結界には覆われていないようだ。
 僕は上空で見たままのことを、お祖父様に話した。

「うーむ……何が起きとるんじゃろうなあ。『擬似魔石』の魔力は今も吸われておるし、そのスピードにも変化はないんじゃが……とりあえず見守るしかないんかのう」

「~! ~~!!」

「おや? ハルモニア嬢ちゃん、どうしたんじゃ?」

 ハルモニア様は、僕とパステルよりも少し早くモック渓谷を後にしていた。
 ドラコは、彼女たちをログハウスではなくこちらに連れて来ていたようだ。
 完全に魔力を吸われる前に脱出したはずだが、それでも身体がキツいのだろう、フェンに身体を預けて、座ったまま声を上げる。

「『ティエラが、わたしたちが戻ることを拒絶しているんだと思う。けどソフィアさんたちの魂が、彼女を護ってくれているはず。見守りましょう』だとよ」

「どういうこと?」

「『わたし、ティエラちゃんから話を聞いていたの。彼女の中にあるソフィアさんの魂と、夢の中で対話をしたみたい。ソフィアさんが、亡くなる前に何をしたのか、それから大精霊様のもとで何が起きたのか――聞いてくれる?』」

 フェンを通じてハルモニア様が話してくれた内容は、こうだ。


 九年前、ファブロ王国の国王に襲われたあの時――母上は、僕を守り、風の精霊ラスの魔物化を防ぐために、僕の感情を切り取る必要があった。
 そして、『虹の巫女』を継ぐことになるパステルを聖王国から守るために、パステルの記憶と魔力を封じる必要も。
 更には、いずれ向き合うことになる『天空樹』の魂を引っ張る力に対抗するためにも、僕たちの魂を切り分けて、代わりに母上たちの魂を僕たちの中に組み込むのが一番良かった。
 そこで鍵となったのが、僕とパステルと母上、三人の間の『繋がり』だ。

 母上は、過去にパステルの生命を繋いでいる。
 その時に母上は『巫女』としての加護だけでなく、『魂を統べる大精霊の神子』としての力も使って、パステルを救っていた。
 つまり、その頃から既に、母上とパステルとの間に『魂の繋がり』があったのだ。

 そして母上は、親子である僕とも『繋がり』がある。
 さらに、幼かった僕とパステルが互いに心を通わせ、約束を結んだことで、僕とパステルにも『繋がり』が生まれた。

 母上はこの『繋がり』を利用して、僕の魂の一部――すなわち『感情』と、パステルの魂の一部――すなわち『記憶』と『魔力』を、各精霊に少しずつ預けた。
 そうして空いたスペースに、母上と父上、パステルの両親の魂を住まわせたのだ。
 すなわち、四人の魂はパステルの中にもあって、僕の中にもあった。


 そして、パステルと強い『繋がり』があったからこそ、僕はパステルの元に導かれた。
 母上を通して『繋がり』があったからこそ、パステルの側にいる時だけ、魂が共鳴して僕の感情が動いたのだ。

 僕とパステルが『色』の解放を続けたことで、魂の器は徐々に満たされていった。
 九年という年月をかけて、僕たちと四人の魂はしっかり結びついてはいたが、徐々に四人の魂は表面まで出てくるようになった。
 確かにパステルは、火の精霊の元に行く頃には、その存在を強く感じられるほどまでになっていたようだ。
 また、僕が毒で仮死状態になってしまった時は、僕と繋がっていた魂がパステルの方へと流れていき、そのためにパステルは四人とはっきり会話することまで出来たらしい。


 そして、最後の大精霊の元に行った時――僕たちの器は完全に満たされ、魂の居場所が不安定になった。
 その際に、大精霊の力で僕たちの元から解放された魂は、ティエラの元に移った。
 ティエラの力は『魂を統べる星の精霊』である大精霊由来のもの――彼女は『因果』を操るだけではなく、『魂』を扱う力も持っている。
 大精霊の神子である彼女なら、自身の魂の器が満タンでも、四人の魂を留めておくことが可能だった。


「『だからティエラちゃんはね、わたしやパステルさんよりも長く『天空樹』と向き合っていても、大丈夫なの。五人分の魂で、引っ張られないよう踏ん張ってくれてるはずだから』」

 ハルモニア様は、一度言葉を切って天を仰ぐ。
 大丈夫だと言いながらも、心配そうに眉を下げている。

「『上空の結界――ティエラちゃんなのかソフィアさんたちなのかはわからないけれど、彼女はわたしたちが再び戻ってくるのを拒んでいるんだわ。わたしたちに出来るのは、もう、見守ることと祈ることだけよ』」

「……けど、ティエラは」

 母上たちの魂は、大精霊のもとに還るのだと、他の死者たちと同じく輪廻するのだと、大精霊は言っていた。
 だが、ティエラは、生きている。彼女はどうなってしまうのだろうか。

「『ティエラちゃんは、大精霊の創った子。人の身体を持つ、小さな大精霊。魂が削れてしまっても、それは大もとの星へと還るだけ、だから心配ない――そう、言ってたわ』」

「けど……それは」

 生命を散らすことと、同義ではないのか。
 ティエラは怖くないのだろうか?
 ハルモニア様も、そう言いながらも心の中では納得出来ていないようで、暗い表情をしている。


 やがて、浄化が終わったのか――結界に覆われた剥き出しの『天空樹』は、ぴかっと輝き、魔力の吸い上げをやめた。
 現れた『天空樹』――その元の姿は、雪のように、あるいは雲のように、真っ白で、無垢な輝きを放っていた。
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