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第六章 赤
第111話 「私は私だよ」
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私の中に存在する、他者の心。魂。
確かに、ずっと、共にあった。今なら分かる。
私であって、私でない存在。
遠くて見えなかった。感じなかった。
けれどずっと、私を導いてくれていたのかもしれない。
私たちは無言で、火の神殿から戻る。
セオは私の前を歩いていて、その表情を伺い知ることは出来ない。
ヒューゴは、私たちに気を遣ってか、何一つ質問することなく、城の廊下を歩いてゆく。
今までで一番長く感じた道のりを歩ききる。
客室の扉を開くと、ヒューゴは無言で自分の部屋の方向へと消えていったのだった。
客室に入って扉を閉めると、セオと二人きりだ。
セオは、ようやく私と目を合わせた。
複雑な表情だ――当然だろう、見えた記憶もさることながら、私、パステルの中に自分の母親の魂が存在していると知ったのだから。
「……パステル、気付いてた?」
「……言われてみればそうだったのかも、っていうぐらいだよ」
「そっか。――あの、さ」
セオの耳が、心なしか赤みを帯びている。
伏目がちに、おそるおそる、セオは問いかけた。
「パステルと僕のこと、母上はずっと見てたんだよね?」
「……そう、だね」
「どう、思ってるかな。その……僕たちのこと」
「うーん……そこまでは、分からないよ。声が聞こえるとか、お話し出来るとか、そういう訳じゃないから」
「そっか……」
「でも、嫌な感じはしないかな。きっと、私たちが仲良くすることは、ダメなことじゃないんだよ」
「なら、良かった……かな?」
「ふふ、なんで疑問形なの」
「だって……なんだか、恥ずかしくて」
「まあ、分かる気がするけど」
私は、セオの頬に触れる。
セオはびくっとするが、いつものような甘やかな熱は鳴りをひそめて、どこか戸惑っているようだ。
「……私は私だよ?」
「そう、だよね。分かってる」
セオは頬に触れている私の手を優しく掴み、そっと下ろした。
私は、離れていく温度に、少し寂しさを感じたのだった。
セオが出て行った部屋で、私は思いを巡らせる。
私の虹の力は、ソフィアに貰ったもの。
私のこの命も、セオとの旅も、今の私があるのは全てソフィアのお陰だったのだ。
けれど――ロイド子爵家で私が幸せを噛み締めていた時、寂しそうな視線を感じたのは何故だったのか。
過去の記憶、ソフィアの『神子』としての力とは何だったのか?
大精霊がどうとか……魔女と何か関わりがあるのかもしれない。
最後の色――『紫』を持つ精霊を探すためにも、もう一度魔女と話をしてみたい。
魔女はまだ城内に滞在しているだろうか。
ひとまず、魔女の居場所を知っていそうなフレッドの部屋を訪ねてみよう、と心に決めたところで、部屋の扉がノックされたのだった。
「はい、どうぞ」
私が声をかけると、部屋の扉が開いていく。
そこに居たのは、フレッドの側にいた青髪の侍女――否。
侍女の扮装に身を包んだ、帝国の皇女、メーアだった。
「メーア様!」
「パステル、久しぶりね」
メーアは部屋の扉を後ろ手に閉める。
「やっぱりメーア様だったんですね。どうして隠れていらっしゃったのですか?」
「私の顔は王国では知られてないからね。こっそり動けてちょうど良かったわ」
メーアの話によると、私たちが城に到着して火の神殿に一度目の訪問をしている間、ノラとの情報共有を済ませ、魔女と接触しに行ったらしい。
フレッドもメーアも魔女に話があったらしく、滞在中にどうしても会いたかったのだそうだ。
「魔女を迎えに行って戻ってきたら城が燃えてたから、外に出てたのを後悔したわよ。……でも、あなたがいて良かったわ。水の力もしっかり使いこなせたみたいね」
「いえ……私にもうちょっと力があれば、ヒューゴ殿下もカイさんも倒れずに済んだかもしれないと、悔やんでいました」
「それは仕方ないわ。魔女のお陰で結果オーライだし、あなたは充分良くやったわよ」
「……ありがとうございます」
「ところでパステル、セオは一緒じゃなかったの? ヒューゴ殿下が、落ち着いたらでいいから二人で部屋に来てほしいって言ってたわよ」
「セオなら、さっき部屋に戻りましたよ」
「あら? おかしいわね、この部屋に来る前に寄ったけど、いなかったわよ。フレデリック様の所かしら?」
「行ってみましょうか」
「そうね」
私は、侍女姿のメーアと一緒に部屋を出て、フレッドの部屋へと向かった。
フレッドの部屋の扉は細く開いていて、その文机の近くでセオは立ち尽くしていた。
手には何かを持っていて、小さく震えているようだ。
「……セオ?」
私が声をかけると、セオはハッと目を見開き、手に持っていた物を急いで文机の引き出しに戻して、部屋を飛び出していってしまったのだった。
「ちょっと? セオ、どうしたの!?」
セオは、私やメーアに目もくれず、そのまま廊下の奥へと走り去っていく。
私は追いかけるべきか逡巡して、結局動けずに見送ってしまったのだった。
「珍しいわね、あんなに取り乱して」
メーアはフレッドの部屋に入っていき、セオの立っていた辺りを調べ始めた。
そして引き出しを開けると、ぐちゃぐちゃに仕舞われていた手紙を取り出す。
「……原因は、これね」
「それは……?」
メーアは手紙を綺麗にたたみ直して、封筒に仕舞う。
私が覗き込む暇も与えず、そのまま自分のポケットに入れた。
「全く、フレデリック様も不用心ね。鍵ぐらいかけておきなさいよね」
私の疑問に答えることなく、メーアは困ったように微笑む。
「セオは、しばらくそっとしておいた方がいいわね。フレデリック様もヒューゴ殿下の所だろうから、先に向かっちゃいましょうか」
「……でも……」
やっぱり、放っておくなんて出来ない。
ヒューゴ殿下には申し訳ないが、あんな辛そうなセオ、見たことがなかった。
「ごめんなさい、メーア様。私、やっぱりセオのことが心配なので、探してきますっ」
「……パステル……」
私は、居ても立ってもいられなくなり、セオの去っていった方向へと走りだしたのだった。
確かに、ずっと、共にあった。今なら分かる。
私であって、私でない存在。
遠くて見えなかった。感じなかった。
けれどずっと、私を導いてくれていたのかもしれない。
私たちは無言で、火の神殿から戻る。
セオは私の前を歩いていて、その表情を伺い知ることは出来ない。
ヒューゴは、私たちに気を遣ってか、何一つ質問することなく、城の廊下を歩いてゆく。
今までで一番長く感じた道のりを歩ききる。
客室の扉を開くと、ヒューゴは無言で自分の部屋の方向へと消えていったのだった。
客室に入って扉を閉めると、セオと二人きりだ。
セオは、ようやく私と目を合わせた。
複雑な表情だ――当然だろう、見えた記憶もさることながら、私、パステルの中に自分の母親の魂が存在していると知ったのだから。
「……パステル、気付いてた?」
「……言われてみればそうだったのかも、っていうぐらいだよ」
「そっか。――あの、さ」
セオの耳が、心なしか赤みを帯びている。
伏目がちに、おそるおそる、セオは問いかけた。
「パステルと僕のこと、母上はずっと見てたんだよね?」
「……そう、だね」
「どう、思ってるかな。その……僕たちのこと」
「うーん……そこまでは、分からないよ。声が聞こえるとか、お話し出来るとか、そういう訳じゃないから」
「そっか……」
「でも、嫌な感じはしないかな。きっと、私たちが仲良くすることは、ダメなことじゃないんだよ」
「なら、良かった……かな?」
「ふふ、なんで疑問形なの」
「だって……なんだか、恥ずかしくて」
「まあ、分かる気がするけど」
私は、セオの頬に触れる。
セオはびくっとするが、いつものような甘やかな熱は鳴りをひそめて、どこか戸惑っているようだ。
「……私は私だよ?」
「そう、だよね。分かってる」
セオは頬に触れている私の手を優しく掴み、そっと下ろした。
私は、離れていく温度に、少し寂しさを感じたのだった。
セオが出て行った部屋で、私は思いを巡らせる。
私の虹の力は、ソフィアに貰ったもの。
私のこの命も、セオとの旅も、今の私があるのは全てソフィアのお陰だったのだ。
けれど――ロイド子爵家で私が幸せを噛み締めていた時、寂しそうな視線を感じたのは何故だったのか。
過去の記憶、ソフィアの『神子』としての力とは何だったのか?
大精霊がどうとか……魔女と何か関わりがあるのかもしれない。
最後の色――『紫』を持つ精霊を探すためにも、もう一度魔女と話をしてみたい。
魔女はまだ城内に滞在しているだろうか。
ひとまず、魔女の居場所を知っていそうなフレッドの部屋を訪ねてみよう、と心に決めたところで、部屋の扉がノックされたのだった。
「はい、どうぞ」
私が声をかけると、部屋の扉が開いていく。
そこに居たのは、フレッドの側にいた青髪の侍女――否。
侍女の扮装に身を包んだ、帝国の皇女、メーアだった。
「メーア様!」
「パステル、久しぶりね」
メーアは部屋の扉を後ろ手に閉める。
「やっぱりメーア様だったんですね。どうして隠れていらっしゃったのですか?」
「私の顔は王国では知られてないからね。こっそり動けてちょうど良かったわ」
メーアの話によると、私たちが城に到着して火の神殿に一度目の訪問をしている間、ノラとの情報共有を済ませ、魔女と接触しに行ったらしい。
フレッドもメーアも魔女に話があったらしく、滞在中にどうしても会いたかったのだそうだ。
「魔女を迎えに行って戻ってきたら城が燃えてたから、外に出てたのを後悔したわよ。……でも、あなたがいて良かったわ。水の力もしっかり使いこなせたみたいね」
「いえ……私にもうちょっと力があれば、ヒューゴ殿下もカイさんも倒れずに済んだかもしれないと、悔やんでいました」
「それは仕方ないわ。魔女のお陰で結果オーライだし、あなたは充分良くやったわよ」
「……ありがとうございます」
「ところでパステル、セオは一緒じゃなかったの? ヒューゴ殿下が、落ち着いたらでいいから二人で部屋に来てほしいって言ってたわよ」
「セオなら、さっき部屋に戻りましたよ」
「あら? おかしいわね、この部屋に来る前に寄ったけど、いなかったわよ。フレデリック様の所かしら?」
「行ってみましょうか」
「そうね」
私は、侍女姿のメーアと一緒に部屋を出て、フレッドの部屋へと向かった。
フレッドの部屋の扉は細く開いていて、その文机の近くでセオは立ち尽くしていた。
手には何かを持っていて、小さく震えているようだ。
「……セオ?」
私が声をかけると、セオはハッと目を見開き、手に持っていた物を急いで文机の引き出しに戻して、部屋を飛び出していってしまったのだった。
「ちょっと? セオ、どうしたの!?」
セオは、私やメーアに目もくれず、そのまま廊下の奥へと走り去っていく。
私は追いかけるべきか逡巡して、結局動けずに見送ってしまったのだった。
「珍しいわね、あんなに取り乱して」
メーアはフレッドの部屋に入っていき、セオの立っていた辺りを調べ始めた。
そして引き出しを開けると、ぐちゃぐちゃに仕舞われていた手紙を取り出す。
「……原因は、これね」
「それは……?」
メーアは手紙を綺麗にたたみ直して、封筒に仕舞う。
私が覗き込む暇も与えず、そのまま自分のポケットに入れた。
「全く、フレデリック様も不用心ね。鍵ぐらいかけておきなさいよね」
私の疑問に答えることなく、メーアは困ったように微笑む。
「セオは、しばらくそっとしておいた方がいいわね。フレデリック様もヒューゴ殿下の所だろうから、先に向かっちゃいましょうか」
「……でも……」
やっぱり、放っておくなんて出来ない。
ヒューゴ殿下には申し訳ないが、あんな辛そうなセオ、見たことがなかった。
「ごめんなさい、メーア様。私、やっぱりセオのことが心配なので、探してきますっ」
「……パステル……」
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