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第六章 赤
第99話 「金色の瞳」
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ヒューゴの話が途切れ、重い沈黙が場を支配していた。
「すまない。話の途中だな」
「ヒューゴ殿下、ご無理なさらず」
「いや、大丈夫だ。……それで、九年前の事件と母の死、そして眠れる毒婦ヴァイオレットがどう関わっているのか、という話だったな」
ヒューゴは瞳に宿る昏い炎を収め、再び冷静に話を始めた。
「貴殿らは、記録水晶という物を知っているか?」
「ええ。聖王国発祥の魔法道具です。王国にもあるのですか?」
「ああ。一部の商家や高位貴族の間にだけ出回っているものだ。ヴァイオレットも、それを所持していた」
記録水晶も、私の両親が遺した小箱に入っていた。
フレッドが再生を試みたが、古いために上手く再生できず、修理に出している。
ヴァイオレットが所持していた記録水晶は、それとはまた別の記録が収められている物だろう。
「二十年前、ヴァイオレットが眠りに落ちて目覚めなくなった際に、彼女が記録水晶を握りしめていたのだそうだ。
その記録水晶は、彼女の手の中で繰り返し繰り返し、再生されていた。父と一緒に部屋を確認した侍女に話を聞くことが出来たのだが、その内容が……」
そこでヒューゴは言い淀んだ。
「恐らく、斃された毒蛇の視点から撮られた記憶なのだろう。
自らに向けて、空色の髪と瞳を持つ男が茨を操り、フードを被った金眼の女が水を呼び、金髪碧眼の女が雷を落とすという記憶だった。
父は、その映像を、何度も何度も見て、目に焼き付けていたそうだ。その三人が――」
「……僕の父オリヴァーと、母ソフィア」
「それから、私の、母……アリサ」
「……そうだ」
ヒューゴは、再び目を伏せる。
今度は、哀しむように。悼むように。
「三人は、魔法を操っていた。ファブロ王国の人間ではないのは明らかだ。
この国は国交を断絶しているから、他国の国民の情報などどう足掻いても入手することは出来ない。だからこそそれから十年もの間、三人の身元が父に見つかることはなかった。
父は、三人の情報を手に入れ問い詰めることを心に秘め、そのために数百年ものあいだ断絶していた他国との国交を回復しようと試みた。だがそれも簡単なことではなかった。公表できる理由がない以上、国民の理解が得られないからな。
なんとか最初に接触したのが、当時聖王国の宰相だったジェイコブ殿だ。それが今から十五年前――ヴァイオレットが眠りについてから、五年の月日が経っていた」
「ジェイコブ様? 聞いたことがあるような」
「現在の聖王、マクシミリアン陛下の実父――お祖父様が行方不明になった後に聖王にとして即位したのが、お祖父様の兄、ジェイコブ前陛下だよ」
私が記憶を探っていると、セオが補足してくれた。
私が納得すると、ヒューゴは話を再開する。
「そうして父とジェイコブ殿の間で、密かな交流が始まった。
しかし、だからと言って、すぐに聖王国との国交が回復した訳ではない。セオ殿は知っているかもしれないが、両国はいまだに王権レベルでしか交流がないのが現状だ。
そして、十年前に母が亡くなった時、聖王となったジェイコブ殿が、王国へ弔問に訪れた。その時に初めて、父は発見したんだ」
ヒューゴは、セオの目をじっと見つめる。
「金色の瞳」
「……?」
「ジェイコブ殿の瞳の色。聖王国の、王家の証、金色の瞳。
記録水晶に映っていた一人が、ジェイコブ殿と同じ、金眼だった。それから――」
ヒューゴは、一度言葉を区切る。
「――ヴァイオレットも、金色の瞳だった」
「……!?」
「父は、金色の瞳を持つジェイコブ殿に、零したのだ。愛おしい女も、探している者も、同じ瞳を持っていたと。ジェイコブ殿は父に、ヴァイオレットの顔を見たいと告げた。
その先で何があったのかは、人払いされていたため、わからないのだが――それから、父の態度が明らかに変わった。国王としての仕事を放棄し、憎しみの炎を灯らせ、何かを熱心に調べ始めた。
そして、翌年の夏――父は、一人きりで、何処かに出かけた。帰ってきた時、父は傷を負い、煤だらけで、そして……ずっと、嗤っていた。その目に狂気を宿したまま」
そうして、今度こそ。
重く暗く、痛いほどの静けさが落ちたのだった。
「……ひとつ、質問があります」
沈黙を破ったのは、セオだった。
セオは、ヒューゴに真っ直ぐに向き合う。その瞳は、哀しみにも憎しみにも囚われていない。
今のセオは、ただただ真剣に、冷静に、事実と向き合う強さを持っている。
「ヒューゴ殿下のお母様は、遺書に病を治す方法を記されていたのですよね。
……何故ヒューゴ殿下のお母様は、『毒蛇』を呼び起こすことでヴァイオレット様が目覚めると知っていたのですか?」
「……どういう意味だ?」
ヒューゴは、セオの質問の意図が分からず、眉を顰めた。
「魔物化した精霊が鎮められると、加護を受けていた人間は眠りに落ちます。逆に、鎮められた精霊が力を取り戻すことで、その精霊の加護を持つ人間も目覚めるのも事実です。
ですが、精霊の力を失った王国で、それを知っている人がいるとは思えません。
それに、血眼になって調べていたはずの国王陛下より先に、ヒューゴ殿下のお母様がそのことを知っていたというのも、腑に落ちません。
そして、それを直接国王陛下に伝えるのではなく遺書として遺したのは、どうしてでしょう」
「……!」
「――遺書は、本当に全て殿下のお母様が書かれた物ですか?」
「……まさか、それすら……いや、母の死すらも、仕組まれたことだったと?」
ヒューゴは、真剣な表情で考えを巡らせる。
「いや、有り得なくはない、か。ヴァイオレットが聖王国の人間、それもジェイコブ殿と関わりのある王家の人間だったとすると、もう一人や二人、紛れ込んでいてもおかしくはない……秘密裏に調査をせねば」
セオは、小さく頷いた。
ヒューゴは、しばらく顎に手を当てて考えていたかと思うと、立ち上がってセオに礼を言った。
「セオ殿、感謝する。当時の私がいくら子供だったとはいえ、こんな肝心なことを見落としていたとは。早速城に戻って調査を――」
すかさず、ノラがヒューゴの肩に飛び乗った。
ほっぺたに肉球をぷにぷにと押し付けて、ヒューゴに抗議する。
「ちょっと待つにゃ、ヒューゴ。まだ話は終わってないにゃ。セオたちの目的を忘れたかにゃ?」
「ん? もくへき?」
「火の精霊にゃ」
「ああ、そうらった」
ノラはヒューゴの頬を押すのをやめ、ヒューゴも椅子に座り直した。
「すまない、すっかり忘れるところだった」
「いえ。火の神殿は、何処にあるのですか?」
「城の敷地内だ。王族だけが入ることを許されている場所に、火の神殿がある。……だが、城にはアイリス嬢がいるぞ」
「……アイリス姉様は、いつ帰るのでしょうか」
「……それが分かれば、私も少しは気が楽になるんだがな」
二人は、はぁ、と同時にため息をついたのだった。
「すまない。話の途中だな」
「ヒューゴ殿下、ご無理なさらず」
「いや、大丈夫だ。……それで、九年前の事件と母の死、そして眠れる毒婦ヴァイオレットがどう関わっているのか、という話だったな」
ヒューゴは瞳に宿る昏い炎を収め、再び冷静に話を始めた。
「貴殿らは、記録水晶という物を知っているか?」
「ええ。聖王国発祥の魔法道具です。王国にもあるのですか?」
「ああ。一部の商家や高位貴族の間にだけ出回っているものだ。ヴァイオレットも、それを所持していた」
記録水晶も、私の両親が遺した小箱に入っていた。
フレッドが再生を試みたが、古いために上手く再生できず、修理に出している。
ヴァイオレットが所持していた記録水晶は、それとはまた別の記録が収められている物だろう。
「二十年前、ヴァイオレットが眠りに落ちて目覚めなくなった際に、彼女が記録水晶を握りしめていたのだそうだ。
その記録水晶は、彼女の手の中で繰り返し繰り返し、再生されていた。父と一緒に部屋を確認した侍女に話を聞くことが出来たのだが、その内容が……」
そこでヒューゴは言い淀んだ。
「恐らく、斃された毒蛇の視点から撮られた記憶なのだろう。
自らに向けて、空色の髪と瞳を持つ男が茨を操り、フードを被った金眼の女が水を呼び、金髪碧眼の女が雷を落とすという記憶だった。
父は、その映像を、何度も何度も見て、目に焼き付けていたそうだ。その三人が――」
「……僕の父オリヴァーと、母ソフィア」
「それから、私の、母……アリサ」
「……そうだ」
ヒューゴは、再び目を伏せる。
今度は、哀しむように。悼むように。
「三人は、魔法を操っていた。ファブロ王国の人間ではないのは明らかだ。
この国は国交を断絶しているから、他国の国民の情報などどう足掻いても入手することは出来ない。だからこそそれから十年もの間、三人の身元が父に見つかることはなかった。
父は、三人の情報を手に入れ問い詰めることを心に秘め、そのために数百年ものあいだ断絶していた他国との国交を回復しようと試みた。だがそれも簡単なことではなかった。公表できる理由がない以上、国民の理解が得られないからな。
なんとか最初に接触したのが、当時聖王国の宰相だったジェイコブ殿だ。それが今から十五年前――ヴァイオレットが眠りについてから、五年の月日が経っていた」
「ジェイコブ様? 聞いたことがあるような」
「現在の聖王、マクシミリアン陛下の実父――お祖父様が行方不明になった後に聖王にとして即位したのが、お祖父様の兄、ジェイコブ前陛下だよ」
私が記憶を探っていると、セオが補足してくれた。
私が納得すると、ヒューゴは話を再開する。
「そうして父とジェイコブ殿の間で、密かな交流が始まった。
しかし、だからと言って、すぐに聖王国との国交が回復した訳ではない。セオ殿は知っているかもしれないが、両国はいまだに王権レベルでしか交流がないのが現状だ。
そして、十年前に母が亡くなった時、聖王となったジェイコブ殿が、王国へ弔問に訪れた。その時に初めて、父は発見したんだ」
ヒューゴは、セオの目をじっと見つめる。
「金色の瞳」
「……?」
「ジェイコブ殿の瞳の色。聖王国の、王家の証、金色の瞳。
記録水晶に映っていた一人が、ジェイコブ殿と同じ、金眼だった。それから――」
ヒューゴは、一度言葉を区切る。
「――ヴァイオレットも、金色の瞳だった」
「……!?」
「父は、金色の瞳を持つジェイコブ殿に、零したのだ。愛おしい女も、探している者も、同じ瞳を持っていたと。ジェイコブ殿は父に、ヴァイオレットの顔を見たいと告げた。
その先で何があったのかは、人払いされていたため、わからないのだが――それから、父の態度が明らかに変わった。国王としての仕事を放棄し、憎しみの炎を灯らせ、何かを熱心に調べ始めた。
そして、翌年の夏――父は、一人きりで、何処かに出かけた。帰ってきた時、父は傷を負い、煤だらけで、そして……ずっと、嗤っていた。その目に狂気を宿したまま」
そうして、今度こそ。
重く暗く、痛いほどの静けさが落ちたのだった。
「……ひとつ、質問があります」
沈黙を破ったのは、セオだった。
セオは、ヒューゴに真っ直ぐに向き合う。その瞳は、哀しみにも憎しみにも囚われていない。
今のセオは、ただただ真剣に、冷静に、事実と向き合う強さを持っている。
「ヒューゴ殿下のお母様は、遺書に病を治す方法を記されていたのですよね。
……何故ヒューゴ殿下のお母様は、『毒蛇』を呼び起こすことでヴァイオレット様が目覚めると知っていたのですか?」
「……どういう意味だ?」
ヒューゴは、セオの質問の意図が分からず、眉を顰めた。
「魔物化した精霊が鎮められると、加護を受けていた人間は眠りに落ちます。逆に、鎮められた精霊が力を取り戻すことで、その精霊の加護を持つ人間も目覚めるのも事実です。
ですが、精霊の力を失った王国で、それを知っている人がいるとは思えません。
それに、血眼になって調べていたはずの国王陛下より先に、ヒューゴ殿下のお母様がそのことを知っていたというのも、腑に落ちません。
そして、それを直接国王陛下に伝えるのではなく遺書として遺したのは、どうしてでしょう」
「……!」
「――遺書は、本当に全て殿下のお母様が書かれた物ですか?」
「……まさか、それすら……いや、母の死すらも、仕組まれたことだったと?」
ヒューゴは、真剣な表情で考えを巡らせる。
「いや、有り得なくはない、か。ヴァイオレットが聖王国の人間、それもジェイコブ殿と関わりのある王家の人間だったとすると、もう一人や二人、紛れ込んでいてもおかしくはない……秘密裏に調査をせねば」
セオは、小さく頷いた。
ヒューゴは、しばらく顎に手を当てて考えていたかと思うと、立ち上がってセオに礼を言った。
「セオ殿、感謝する。当時の私がいくら子供だったとはいえ、こんな肝心なことを見落としていたとは。早速城に戻って調査を――」
すかさず、ノラがヒューゴの肩に飛び乗った。
ほっぺたに肉球をぷにぷにと押し付けて、ヒューゴに抗議する。
「ちょっと待つにゃ、ヒューゴ。まだ話は終わってないにゃ。セオたちの目的を忘れたかにゃ?」
「ん? もくへき?」
「火の精霊にゃ」
「ああ、そうらった」
ノラはヒューゴの頬を押すのをやめ、ヒューゴも椅子に座り直した。
「すまない、すっかり忘れるところだった」
「いえ。火の神殿は、何処にあるのですか?」
「城の敷地内だ。王族だけが入ることを許されている場所に、火の神殿がある。……だが、城にはアイリス嬢がいるぞ」
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