色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

文字の大きさ
97 / 154
第六章 赤

第95話 聖王国にて(中編)★フレッド視点

しおりを挟む
 フレッド視点です。

********

 ワシが案内された部屋に入ると、すでに大神官が待っていた。
 傍らにはお抱えの騎士が控えている。
 当然ながら、警戒されているようだ。

「大神官、久しいのう。ちょっと太ったかの?」

「フ、フレデリック殿下におかれましては、ままますますご健勝で」

「誰かさんのおかげで自由に暮らしておったからのう。ストレスフリーな生活、満喫させてもらったわい」

 大神官は汗が止まらない様子で、時折ハンカチで拭っている。
 大神官は兄ジェイコブと同世代で、ワシよりも年上だ。
 今は顔色が悪いが、歳のわりに肌艶も良いし、着ているローブにも高品質の素材が使われている。
 神官たちは清貧を美徳としているはずなのだが、良い暮らしをしているのは一目瞭然だった。

「のう、大神官。お主、兄上と仲が良かったのう? 先日、ちょっと興味深い記録を見つけたんじゃよ」

「……と、言いますと?」

「ふむ、今言って良いのかのう?」

 ワシがそう言って目配せをすると、大神官は小さな目を目一杯見開いた。
 周りに控えている騎士たちに手を振り合図すると、騎士たちは全員素早く下がっていく。
 ワシも、イーストウッド侯爵を下がらせる。

 全員が部屋から退出し、二人きりになったところで、ワシは本題を切り出した。

「この間、あるところで記録水晶メモリーオーブを見つけてのう。古かったんで修理に出していたんじゃが、直ったんで記録を確認したんじゃよ。
 ――どうやら、四十年以上前の記録だったようじゃな」

「四十年……も、もしや」

「心当たりはあるようじゃな。記録水晶メモリーオーブに映っていた場所は、大神殿。お主と、当時の聖王だった兄上が映っておった。
 兄上は腕に赤子を抱いていたのう。四十四年前に兄上のもとに生まれた赤子、すなわち、マクシミリアンじゃ。その記録では、お主は兄上と、とある約定を交わしていたのう」

 大神官は、ひゅっと息を呑んだ。
 丸々とした顔は青ざめ、怒られたくない子供のように、怯えた眼差しでこちらを伺っている。

「聖王国では、赤子が生まれると、大神殿でその加護の有無を調べる。
 あの日、お主はいつも通り、加護を調べておった。その日に調べた赤子は、マクシミリアン。
 そして、調べた結果、マクシミリアンには精霊の加護がなかった・・・・・・・・・・。そうじゃな?」

「…………はい」

「そして、兄上は、それを受け入れることが出来なかった。自分の子が加護を持たない失敗作・・・だなど――ああ、ワシはそうは思っとらんよ。精霊は気まぐれじゃから、そういうこともあろう。
 じゃが、兄上はプライドの高い人じゃったから、羞恥と怒りで、耐えられなかったのじゃろう。そこで、兄上は大神官、お主にある取引を持ちかけた」

 大神官は、すっかり縮こまっている。
 もはや、ワシの顔から目を逸らし、カーペットの模様をなぞるように、所在なげに視線を動かしていた。

「兄上は、マクシミリアンの加護をでっち上げた。お主のサインと大神殿の印があれば、それは正式な記録・・・・・になる。
 兄上は魔石を国中から取り寄せマクシミリアンに持たせることで、息子の加護を捏造ねつぞうし、聖王家に受け継がれている神事をどうにか誤魔化してきた。
 だが、それも将来マクシミリアンが即位することになった場合、誤魔化しが効かなくなる。兄上はその時のことを見据えて、もう一つ、お主と取引をした」

「……う……うぅ……」

「お主は、昔からエルフに興味があったようじゃな?
 兄上は、どうやったのか知らぬがエルフ族の女性を一人、お主の元に連れてきた。お主は喜んでエルフを妻に迎え、子を設けた。それが現王妃、ハルモニアじゃな。
 兄上は強引な方法で『旋律の巫女』をハルモニアに継承させ、幼い頃にマクシミリアンと婚約を結ばせた。事情を知るお主にしか頼めぬことだったし、お主も後ろ暗い気持ちがあったから、二人の婚約を承諾せざるを得なかったのじゃろう?
 ハルモニアはマクシミリアンの代わりに神事で力を使い続けてきた――そして、それは今も続いている」

 大神官は、床を見つめたまま沈黙している。
 ――大神官と、兄ジェイコブは共犯関係。
 記録水晶メモリーオーブは、動かしようのない事実として、残っているのだ。

 ちなみに記録を残したのは、ワシの母だろう。
 ソフィアの前の『虹の巫女』だ。
 無理矢理巫女の力を継承させられた『旋律の巫女』と違って、母は自らの意思でソフィアに『虹の巫女』を継がせた。

 それはソフィアも同様だ。
 自らの意思で、パステル嬢ちゃんに願いを込めた名を与え、魔法の力を分け与えた。
 ソフィアがそれをしていなかったら、そしてソフィアが特別な精霊の加護・・・・・・・・を受けていなかったら、命を絶たれた時に自動的に親和性の最も高い者――恐らく、聖王家の一員、『アイリス』の名を持つ者に力が継がれていたことだろう。

「……フレデリック殿下。私を、娘を……それから陛下を、どうされるおつもりですか?」

 大神官は、震える声で、ぽつりと問いかけた。
 ……年上の爺さんに上目遣いされても、全く嬉しくない。
 自業自得だが、あまりにも縮こまっていて、ちょっとかわいそうだった。

「……どうもせんよ。のう、大神官、ひとつワシとも取引をしてくれんかのう?」

「取引、とは……?」

「マクシミリアンが何をしようとしているのか、教えてくれんか?
 ワシは聖王になる気はないし、生存を公表する気もない。ワシとの取引に応じてくれるなら、お主と兄上の取引についても公表しないし、事を荒立てるつもりはない。今他の者を下がらせたのが、その証拠じゃ。
 ――じゃが、甥っ子が間違った道を進もうとしているとしたら――年長者として、それを正してやらねばならん」

「……念のため聞きますが、お断りしたら……」

「そうじゃのう、本当は目立ちたくないんじゃが、どっか目立つ所でスピーチでもしようかのう。証拠は安全な場所に保管してあっていつでも再生出来るし、映像を大きな画面に投影する魔法も、地の精霊レアの得意とする所じゃったな」

 ワシがそう告げると、大神官は大きくため息をつき、目を閉じた。

「……潮時ですね。ジェイコブ前陛下ももうこの世にいらっしゃらないですし、娘の……ハルモニアの安全さえ担保されるならば、お話しても構いません」

「約束しよう」

「――全ては私の欲望が招いたことです。エルフを欲しがったことも、大神殿の権力を強くしたいと思ってしまったことも、良い生活がしたいと望んだことも。私は、神官として相応しくありませんでした。――ずっと昔から」

 大神官は、そう告げながらゆっくりと目を開いていく。
 そこには、諦めたような、穏やかな笑みが浮かんでいたのだった。

「マクシミリアン陛下が望んでいるのは、お察しかと思いますが、『大陸を統一する』ことです。そのためにアルバート王子をベルメール帝国に、アイリス王女をファブロ王国に送り込みました。
 しかし、その願いは表面的なものでしかありません。陛下の望みは――」

 ワシは、予想外の『望み』に、心底驚かされることとなったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

いつまでもドアマットと思うなよ

あんど もあ
ファンタジー
二年前に母を亡くしたミレーネは、後妻と妹が家にやって来てからすっかり使用人以下の扱いをされている。王宮で舞踏会が開催されるが、用意されたのは妹のドレスだけ。そんなミレーネに手を差し伸べる人が……。

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~

猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」 王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。 王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。 しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。 迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。 かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。 故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり── “冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。 皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。 冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」 一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。 追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、 ようやく正当に愛され、報われる物語。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

処理中です...