色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

文字の大きさ
91 / 154
第六章 赤

第89話 「王都」

しおりを挟む
 情報屋フローラの家からロイド子爵家に戻ってきた私たちは、ししまるを通じてハルモニア王妃と情報を共有していた。

「……というわけで、僕の感情が戻ったことと、パステルの存在が知られてしまいました。パステルが虹の巫女であることは、気付かれていないと思います……って伝えてくれる?」

「アウッ、オウッ」

 ししまるがセオの言葉をハルモニア王妃に飛ばすと、しばらくして連絡が返ってくる。

「えーとぉ、そのことなら大丈夫だってぇ。もう地の精霊様にも会えたから、二人が聖王都に近づく必要はないしねぇ。
 聖王様のことより、今はファブロ王国の王都に残ってるアイリス王女様の動きが気になるってー」

「確かに……でも、火の精霊に会うためにも王都には行かないとならない。どう動いたらいいか……」

「王都には、ハルモニア様の信頼してるカイって人と、ノラっていう妖精がいるんだぁ。ひとまず、彼らと一緒に行動してほしいってー。
 こっちは、聖王様が帰ってきてからどのくらい時間を取られるかわからないから、先に出発していてもいいってぇ。ただし、充分気をつけてねって」

「わかった」

「それからぁ、氷の魔石の件はぁ、ノエルタウンの領主様には申し訳ないけど保留にするみたい。
 もういちどセオお兄さんたちが情報屋さんに接触するのは危険だし、メーアお姉ちゃんたちが聖王都を出てから考えるってぇー」

「ごめんね……私がセオについて行くって言っちゃったせいだよね。セオ一人だったら、色々バレちゃうことはなかったのに」

「いや、パステルが一緒に行かなかったとしても、僕の感情が戻ったことはきっと気付かれてた。それぐらい、油断も隙もない相手だから」

 私が顔を俯けてセオに謝ると、セオは即座に否定してくれた。
 苦虫を噛み潰したようなセオの表情は、その言葉が慰めではなく事実なのだと物語っている。

「あと……ごめんねぇ、ぼく、帝都に戻らなくちゃいけないみたいなんだぁ。帝国の皇帝陛下とも連絡を取れるようにしたいんだってー。王都に着いたら、ノラちゃんが窓口になってくれるよぉ」

「そっか……寂しくなるね」

「ぼくも寂しいよぉ……アウッアウッ」

 ししまるは、しゃくりあげるようにして泣き出してしまったのだった。



 ししまるを帝都に送り、フレッドのために買い込んだ聖王国のお土産を騎士団の私室に置いた後。

 ここまでなら安全に飛んでいける、というカイからの言伝を聞いた私たちは、王都近郊の畦道あぜみちを歩いていた。

 王国は、他国との行き来を制限している。
 そのため国境以外では検問がなく、王都を柵や塀で囲ったりもしていない。

「だんだん建物が増えてきたね」

「ええ、もう王都に入ったのかもね。私もどこからが王都なのか、よく分からないのよね」

 王都の中心部は王城で、その周りを貴族向けの商店や高位貴族の邸宅が囲っている。

 さらにその周囲には中位貴族、次は下位貴族、その先は工房や平民向けの商店、平民の家。
 それよりも離れると、田畑や牧草地が広く続くようになっていく。

 中心部から遠ざかるほど、長閑のどかな風景になるのだ。

 ロイド子爵家のタウンハウスは南区の七番地、カイの住んでいるところは西区の十一番地。

 十一番地なら、平民の住む住宅街の中だろう。
 範囲が広いので、自分たちだけで探すのは骨が折れそうだ。

「まずはロイド子爵家のタウンハウスに向かいましょう。それで、子爵家の使用人にカイさんのいるレストランの場所を調べてもらえばいいと思うの」

「そうだね。今はお祖父様やメーア様たちも身動きが取れない状況だから、僕たちに出来ることはないし」

「もう少し歩けば、乗り合い馬車もあるはずよ。それまで――」

「……ねえパステル。あそこ、煙が」

 セオが指差した方角を見ると、何もない畑の一角から黒い煙がもうもうと立ち昇っていた。
 人もいないし、火の気もない。

「火事……?」

 地面の状態を見ると、酷く乾燥している訳でもないのに、どうして火が出たのだろうか。

「周りには誰もいないわよね。セオ、いいよね?」

「うん、大丈夫だと思う」

「虹よ、水へと導いて――」

 私が祈りを捧げると、七色の光が私を取り巻く。
 虹のアーチが空へと架かり、青く輝く光の橋を渡っていく。

 水の精霊から借りた力で、私はすぐに畑の火事を鎮火したのだった。



「それにしても、どうしてあんな所で火が出たのかしら」

「うーん……人もいなかったし、火の気もなかった。手入れもきちんとされていたから、畑を焼きたかったわけでもないだろうし。考えられるのは、やっぱり……」

「――火の精霊?」

 セオは、無言で頷く。

「力が暴走しかかってるのかもしれない。うまく制御できないのかも」

「そっか……急がないとね」

「うん……」

 少し重くなった足取りで、私たちは再び道を歩き始めたのだった。



 しばらく歩くと、さらに建物が増え、代わりに田畑は数を減らしていった。
 平屋建ての農家がぽつぽつと建っていた地域と異なり、二階建ての住宅が主で、時折三階建ての建物が目に入る。

 どうやら、平民の住む住宅街に入ったようだ。

「やっと街らしくなってきたね」

「そうね。十一番地に入ったかしら」

 道路に面して整然と家々が並ぶ、閑静な住宅街が続いている。
 庭は全て道路と反対側に作られているので、聖王都のように歩きながら花を楽しんだり、変わっていく景色を眺めたりすることも特にない。

 街路樹が等間隔に植えられ、その合間には住所を示す看板。

 交差点からはどちらを見ても真っ直ぐに道が延びていて、格子状にきっちりと区画整理がなされている。

「いっぱい歩いて疲れたね。もうすぐ馬車乗り場だけど……その前にちょっと休憩する?」

「僕は大丈夫。パステルは、平気?」

「疲れたけど、平気よ。その……外だと、私、目立つからね」

 そう言って私は自分の髪に触る。

 住宅街に入ってから、私は虹色の髪が見えないよう、外套のフードを深く被って歩いていた。

 ベルメール帝国では、サーカス団の影響で、この髪色も受け入れられていた。
 しかし、ファブロ王国では、そうはいかない。間違いなく好奇の視線に晒される。

「……せっかく綺麗な髪なのに」

 セオはそう呟くと、フードの隙間から私の髪を一筋手に取り、口付ける。

「セ、セオっ」

 私がびっくりして思わず立ち止まると、セオは私の正面に立つ。
 セオはくすりと微笑み、髪を丁寧に整えて額に口付けを落とした。

「~~~!!」

 セオは満足そうにもう一度笑うと、そっとフードを直して囁く。

「――他の人にパステルの可愛いところを見せないで済むのは、丁度いいかもね」

「なっ、もう、セオってば……!」

 セオは楽しそうに、くすくす笑っている。
 火照った顔は、再び歩き出した後もしばらく冷めそうになかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

精霊に愛される(呪いにもにた愛)少女~全属性の加護を貰う~

如月花恋
ファンタジー
今この世界にはたくさんの精霊がいる その精霊達から生まれた瞬間に加護を貰う 稀に2つ以上の属性の2体の精霊から加護を貰うことがある まぁ大体は親の属性を受け継ぐのだが… だが…全属性の加護を貰うなど不可能とされてきた… そんな時に生まれたシャルロッテ 全属性の加護を持つ少女 いったいこれからどうなるのか…

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~

猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」 王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。 王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。 しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。 迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。 かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。 故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり── “冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。 皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。 冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」 一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。 追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、 ようやく正当に愛され、報われる物語。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...