色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第五章 橙

第75話 「国境」

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 それから四日が経ち、馬車の旅も、もう七日目。
 間もなく、ベルメール帝国とエーデルシュタイン聖王国の国境に差し掛かるところである。

 帰りの手段を手配するために車列を離れていたフレッドも、一昨日のうちに戻り、鎧を着てフルフェイスの兜を膝の上に乗せている。

「フレッドさん、騎士服も素敵でしたけど、鎧姿も似合いますね」

「はっはっは、そうじゃろうそうじゃろう。お嬢ちゃんも、似合っとるぞい。セオも……、まあ、なかなか似合っとるのう」

「……嬉しくない。僕も鎧がよかった」

「しょうがないじゃろう。サイズが合わなかったんじゃから」

 セオはむすーっとしていて、不機嫌そうだ。
 珍しい表情に、セオには悪いが思わず頬が緩んでしまう。

 私とセオは、メーアの侍女・・としてメイド服を着ている。
 もう一度言う。
 私も、セオも・・・、メイド服だ。

 最初は、セオも顔が知られているため、騎士の扮装をしようとした。
 だが、残念ながら体格に合う鎧がなかったのだ。

 それならいっそのこと性別を偽る変装が正解ではないかという結論に達したのである。
 なんせ、セオは絶世の美少年であり、目立ちすぎる容姿なのである。普通の執事服や貴族服など着ていたら、秒で露見するのは間違いない。

 セオは光の反射で目元が見えにくくなる、特殊な眼鏡をかけている。
 さらに、水色の髪は両サイドで緩めの短い三つ編みにし、大きめのヘッドドレスでカバー。
 冬場ということもあって、マフラーを巻いて口元を隠していても、違和感がない。
 どこからどう見ても、大人しそうな眼鏡っ子メイドさんである。

 私の虹色の髪は普通には隠せないので、金髪のかつらを被り、その上からホワイトブリムを着けている。
 頭が重たくてふらふらするが、国境を越えるまでの我慢だ。

 国境さえ越えてしまえば、後は防寒用のフード付きコートを着用しているだけで大丈夫だ。貴族や騎士と違って、平民にはセオの顔は知られていない。宿や道中で怪しまれることもないだろう。
 まあ、流石に元聖王であるフレッドの顔は知られているので、フレッドはずっと全身鎧で過ごすことになるが。

「ほれ、もうすぐ国境じゃ。ぬかるなよ」

「はい」

「……はい」

「大丈夫よセオ、どこからどう見ても理想的な眼鏡っ子よ。自信を持って」

「……」

 私は明るく励ましたのだが、セオはすっかり黙ってしまった。
 眼鏡の奥に隠された金色の瞳は全く見えないが、眉間に力が入っていることだけはわかる。
 私はセオの右手を取り、両手で包み込んだ。

「セオ……どうしても嫌だったら、いいよ」

 上目遣いでそう問いかけると、セオは一瞬肩を跳ねさせ、顔を逸らす。

「……嫌、だけど……でも、仕方ないし」

「本当は私、セオに侍女の格好をしてもらいたかったの。でも……」

 私の声には、どうしても残念な気持ちが混じってしまう。
 セオの手を離すと、セオは静かにこちらを向いた。
 私は、馬車の床に置かれていた箱を手に取る。

「どうしても侍女の扮装が嫌だったら――道化師の変装セットもあるのよ!」

 私はそう言いながら箱を開け、中から大きな丸い鼻とアフロヘアーのかつらを取り出す。

「ちゃんと白粉おしろいも用意されてるわ。お顔に塗ってあげるね。あんまり似合わなさそうだから気は進まないのだけど。セオがこっちの変装を選ぶなら、ししまると一緒にサーカス団の団員として――」

「や、やっぱりいいよ。侍女の格好で、大丈夫」

 セオはしばらく固まっていたのだが、私が化粧用の筆を取り出したのを見て我に返り、慌てて断った。
 フレッドとししまるは、一緒になって爆笑している。
 その後セオは、国境に差し掛かるまでずっと窓に視線を固定して、静かにしていたのだった。





 その後、馬車は一時間もせずに国境へと到着した。
 国境には立派な検問所が設けられており、私たちの他にも、商隊や貴族の馬車などが列を成して、検問を待っている。
 中にはすごすごと引き返す人もいて、私たちは気を引き締めた。

 ところが、王子のアルバートと皇女のメーアが居たためか、はたまた人数が多かったためか、国境の検問は予想していたほど厳しくはなかった。
 顔を知られていない私はもちろん、眼鏡っ子姿のセオも問題なく通過。

 全身鎧のフレッドは兜を取るように言われていたが、ちょっと低い声で凄んだら相手が折れた。
 他にも全身鎧の騎士が十数名いたし、騎士たちが早くしろよと口々に圧力をかけていたため、手間をかけて確認する訳にもいかなかったのかもしれない。
 騎士とはこんなにガラが悪いものだったのだろうか。騎士道というものにすこし幻想を抱いていたかもしれない。


 国境を越えた後は、長閑のどかな田園風景が広がっていた。
 エーデルシュタイン聖王国はベルメール帝国やファブロ王国よりも北に位置するため、比較的寒冷である。

 しばらく進むとちらほらと雪が舞い始め、徐々に大粒の雪に変わっていった。
 この調子で雪が強くなったら、旅程が危ぶまれるのではないか――そう思ったのだが、なぜか馬車の通る街道の真上にだけは雪が降って来ない。
 雪が強まると、街道の左右に白いカーテンがかかっているかのように、視界を遮断した。
 それなのに、馬車の進行方向の視界だけはしっかり開けていて、道もからからに乾いている。

「不思議……どうして街道の上だけ、雪が降らないの?」

 私がセオに尋ねると、セオは窓から私へと視線を移して、答えてくれた。
 検問が終わったので、もう眼鏡も外し、髪型も元に戻っている。
 ただし、着替えられなかったので、服装はメイドさんのままだ。
 私は、エレナが見たら喜びそうだな、とふと思ったのだった。

「この地域の人たちは、雪の精霊と仲がいいんだよ。雪の精霊は子供たちと遊ぶのが大好きで、雪合戦や雪ぞりをしたくなると、雪を降らせるんだ。
 けど、街道に雪を降らせちゃうと、馬車の行き来が難しくなる。そうすると、子供たちも雪かきや家の手伝いをしなくちゃならなくなって、一緒に遊べない。
 それを知った雪の精霊は、街道には雪を降らせないようにしたって言われてる。それで、雪が降った時は、子供たちもお礼に雪でめいっぱい遊ぶようになったんだって」

「へぇ、素敵なお話! 聖王国は、精霊と寄り添って生きているのね」

「うん。精霊や妖精がすすんで人間の前に姿を現すのも、聖王国だけなんだよ」

 精霊の力が廃れてしまった王国ではもちろん、ある程度精霊と共存している帝国でも、精霊や妖精の姿はほとんど見なかった。
 帝都で会った妖精は、ししまると亀助きすけだけ。海や川にはそれ以外の妖精たちもいたが、会ったのは事件があった時だけで、何もないのに人前に姿を現すことはなかった。

「他の国でも、人と精霊や妖精が仲良くなれればいいのにな」

 私がぼそりと呟くと、ししまるがぴょこん、とボールの上で跳ねた。

「あのね、ぼくや亀助はみんなと仲良しー! でもね、それはぼくたちが普通の動物の姿をしてるからなんだよぉ」

「どういうこと?」

「人はぁ、自分のものさしで測れないものを、受け入れてくれないんだぁ。メーアお姉ちゃんも、ルードお兄ちゃんも、困った時には頼りにされるんだけど、陰では怖がられてるんだよぉ。パステルお姉さんも、セオお兄さんも、フレッドおじいちゃんも、心当たりなぁい?」

 ししまるは、こてんと器用に首を傾けた。
 私が驚いてセオとフレッドに目を遣ると、二人とも暗く沈んだ顔をしているのだった。
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