色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第五章 橙

第69話 「わかりやすいよ」

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 ロイド子爵家で見つけた小箱をフレッドに見せるため、私たちはベルメール帝国の皇城を訪れた。
 帝国の騎士に案内してもらい、騎士団の詰所に向かう。その一室で、セオの祖父フレッドが待っているのだ。
 フレッドはエーデルシュタイン聖王国の元聖王なのだが、理由わけあってベルメール帝国の騎士団に身を隠している。

「……なんていうか、お城の中、ちょっとザワザワしてない?」

 私は皇城に着いてすぐ、違和感に気が付き、セオに小声で話しかけた。
 前回皇城に来た時と比べて、確実にバタついている。官僚らしき人たちの往来も多いし、荷物や掃除用具を持った使用人たちが右往左往していた。
 案内をしてくれている騎士の人も、心なしか早歩きだ。

「そうだね。何かあったのかな?」

 案内をしてくれた騎士は目的の部屋に着くと、ひとつ敬礼をして、そそくさと去っていった。

「おぉ、お前さんたち、なかなかすごいタイミングで来たのう」

 騎士と入れ替わりに、フレッドが部屋に入って来た。以前の農夫スタイルのイメージが強いので、騎士服を格好良く着こなしているのを見ると、ほんの少しだけ緊張してしまう。

「元気じゃったか」

 だが、その緊張も、フレッドがニカッと快活に笑うのを見て、どこかに吹き飛んでしまった。

「うん、色々大変だったけど、元気」

「――ふむ、またひとつ良い面構えになったのう」

 フレッドはセオをまじまじと眺めると、私へと視線を移した。

「お嬢ちゃんも、じゃな。何か吹っ切れたようじゃの」

「はい」

 包み込むようなあたたかい笑顔につられて、私も自然と笑顔になる。
 帝都で水の汚染事故があった後、フレッドとは別行動になった。
 フレッドと顔を合わせるのも、聖夜の街ノエルタウン降聖霊祭こうせいれいさいを成功させるためにここを訪れた時以来だ。
 その時は帝国の皇女メーアに色々なことを聞かされてすごく悩んでいたから、それが顔に出てしまっていたのかもしれない。

「ところでお祖父様、みんな忙しそうにしてるけど、何かあるの?」

「うむ。アルバートじゃ」

「……なるほど」

 セオが尋ねると、フレッドは簡潔に答えた。セオもすぐ状況を理解したようだ。

「あの、アルバート……って?」

「現聖王マクシミリアンの息子じゃよ。メーアの婚約者じゃ。この後、城を訪れるようでな」

「えっ? 大変じゃないですか」

 現在の聖王国の玉座に座る、聖王マクシミリアン。
 彼はよこしまな野望を抱いていて、長い年月をかけ、自身の家族を除いた聖王国の王族を全て排斥してしまったのだそうだ。
 さらに、息子のアルバート王子をベルメール帝国の皇女メーアと婚約させ、帝国に取り入ろうと考えているのだとか。

「うむ。じゃから、奴が到着する前にちゃちゃっと出かけんかい? ここは客室と違って壁も薄いし、外で騎士たちがバタバタしてるのが気になって、ゆっくり出来んからのう。ほんの数時間もすれば城内も落ち着くじゃろう」

「そうだね。まだ日暮れまで時間もあるし、魔の森のコテージでいい?」

「そうじゃな」

 そういう訳で、私たちは到着早々帝都を離れて、フレッドのコテージへ向かうことになったのだった。




「はっはっは、そりゃあ大変じゃったのう。化石樹、怖かったじゃろう」

「すっごく怖かったです……! セオは起きないし、本当に大変だったんですよ。でも、セオが助かって本当に良かった」

「パステル、頑張ってくれて本当にありがとう」

 フレッドのコテージで、二人用の小さなテーブルの周りに椅子を集めて、これまでの経緯を話していた。
 私はキッチンにあった丸椅子を持ってきて、座っている。正面にフレッド、隣にはセオだ。

 ノエルタウンで、フレッドの手紙によって人々が希望を手にすることが出来たこと。
 ロイド子爵家で起きた事件と、その後の顛末てんまつ
 闇の精霊と取引をしたこと。

 この短い間に、色々なことがあった。

「それにしても、私が冷静に傷を消毒していれば良かったんですけど……あの時は、気が動転してしまって」

 私はそのせいでセオを命の危機に追いやってしまった。
 闇の精霊の力で無事助かったとはいえ、そのことを思い出すと身体がぶるぶる震えてくる。

 すかさずセオは手を伸ばし、隣に座っていた私を抱き寄せてくれた。元気が出る、『おまじない』だ。
 セオは背中をあやすようにトントンと叩き、耳元で優しく声をかけてくれる。

「パステル……それはもう、気にしなくていいんだよ」

「セオ……」

 セオの香りと体温に、私の震えはすぐに収まっていく。
 代わりに、甘く淡い想いが私の心を満たしていき――

「そうじゃよ。もしその時にお嬢ちゃんが消毒をしていたとしても、セオが熱を出さなかったという保証はない。お嬢ちゃんは、やれることをしっかりやったと思うぞい。頑張ったのう」

 フレッドの声に、私は、二人きりではなかったことに突然気が付いた。
 恥ずかしくなってセオの胸をそっと押すと、セオは腕を緩めて椅子に座り直した。

 フレッドは私たちにあたたかい眼差しを注ぐ。
 揶揄からかうようなそぶりもなく、どちらかというと嬉しそうに目を輝かせている。

「で、二人はどこまでいった? チューしたかのう?」

「ちゅ……!? 何言ってるんですか! もう!」

「……お祖父様、そういうの、セクハラっていうんだよ」

 前言撤回。
 揶揄う気満々だったようだ。
 私は顔中に熱が集まり、逃げるように外の風に当たりに出たのだった。



 一人でコテージの階段に腰掛けて、しばしぼんやりしていると、セオが外に出てきた。

「パステル。寒くない?」

「セオ……。うん、大丈夫。ありがとう」

 そうは言ったが、身体はもう冷えてきている。
 だが、セオにはしっかり見抜かれたようだ。
 セオは小さく笑うと、手に持っていたブランケットを肩から掛けてくれて、そのまま私の隣に腰を下ろす。

「お祖父様には、僕から言っておいたよ。婚約の話」

「あ……何かおっしゃってた?」

「すごく喜んでくれてるよ。驚いてる様子もなかったから、驚かないのって聞いたら、わかってたって言われた」

「わかってた、って……」

 私が思わず眉をしかめると、セオはくすりと笑う。
 金色の瞳が楽しそうに細まって、私の鼓動がまたひとつ跳ねた。

「まあ、パステル、わかりやすいもんね」

「ええっ? そうかなぁ?」

 私はそんなにわかりやすいのだろうか。自分では全く思い当たらず、首を傾げる。

「わかりやすいよ。今だって、表情がコロコロ変わる」

「そ、そんなに?」

 私はちょっと恥ずかしくなって、頬を押さえる。
 セオはまた笑っていて、嬉しいやら恥ずかしいやらで、ますます頬に熱が集まった。

「……パステル、真っ赤。可愛い」

「へっ!?」

「さ、戻ろう。冷えちゃうよ」

 セオは何事もなかったかのように立ち上がり、手を差し出した。

 なんだか最近、セオに翻弄されている気がする。
 けれどそれは感情の回復を実感させてくれるし、想い、想われていることが伝わってくる。
 それが妙にくすぐったくて、心地良いのだ。

 私はその手を取って立ち上がると、コテージの中へ戻ったのだった。
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