色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第五章 橙

第67話 「魔石」

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 私たちは、カイと別れてロイド子爵家に戻ってきた。
 別荘跡の地下に隠されていた小部屋――私たちが秘密基地と呼んでいた場所で入手したおもちゃ箱を、改めて確認する。
 女児用の可愛らしいおもちゃ箱の中には、幼き日の宝物が詰まっていた。

 その中で、特に気になるものは二つ。
 ひとつは、私の両親と幼い私の絵が描かれている、錆びたロケット。
 もうひとつは、母アリサから託された小さな鍵だ。

 ロケットは、エレナに頼んで磨いてもらうことにした。
 問題は鍵の方だが、おそらく倉庫の隠し部屋にあった小箱の鍵だろう。
 闇の精霊ナナシの力で過去に戻っている私たちは、今回・・はまだその小箱を手にしていない。

 私は、倉庫の鍵を借りるため、執務室を訪れたのだった。


 トマスはロイド子爵家の家令であり、社交のためタウンハウスに滞在している義父の代わりに、領地の管理をしている。
 ここ数年は私も多少手伝っていたが、メインで執務をこなすのはトマスだ。
 私がノックをして執務室に入ると、トマスは丁度書類の束を一つ片付け終わったところだったようだ。

「ああ、お嬢様、ちょうど良いところに」

「え? 何か用事があったの?」

「ええ。お嬢様にお見せしたいものがございまして、少しお時間を頂戴出来ればと」

「大丈夫よ。見せたいものって?」

「倉庫にございますので、先にお嬢様のご用件をお伺いしましょう」

「ううん、私も倉庫に用があったの。トマスの用事を先に聞くわ」

「左様でございますか。では、倉庫の方へ」

 そう言ってトマスは、たくさんの鍵が下がっているキーハンガーから、倉庫の鍵を手に取る。
 執務室を出たところで、私はセオに声をかけそびれたことに気が付いた。
 トマスの用事が済んだら、そのまま倉庫の鍵を借りて、セオを呼びに行けばいいだろう。

 倉庫に到着すると、そこら中に積もった埃が私とトマスを出迎えた。
 そういえば前回・・はセオが室内の埃を払ってくれたんだっけ。

 トマスはすかさず窓を開け、換気をする。

「お嬢様も中へどうぞ。掃除が行き届いておらず、申し訳ございません」

「いえ、人手不足は承知しているし、それは良いのだけど……見せたいものって?」

「こちらです。少し離れたところでお待ちください」

 そう言ってトマスが向かったのは、とある本棚の前だ。
 私は、どきりとした。
 なんせ、この本棚の裏に隠されているはずの小部屋――母アリサが使っていた隠し部屋が、私の目的なのだから。
 トマスは、そんな私を意にも介さず、本棚に収められている一冊の本を手に取った。

「これは、アリサ様の遺された本です。ご出身地で親しまれている幼児向けの絵本だそうで」

「お母様が……」

 トマスの見せてくれた本の表紙には、短いつちを持ち、黄色い雷を全身に纏った男の子の絵が描かれている。
 男の子は横を向いて描かれていて、その視線の先には、男の子と同じくらいの大きさの雪だるまがあった。
 その上には、可愛らしくデフォルメされた文字で『雷精さまと雪だるま』というタイトルが書かれている。

 本を少しだけめくってみると、雷の精霊トールをモチーフとした少年が、雪だるまの姿をした氷の精霊フリームスルスと、交流をしたり時には喧嘩をしたりしながら、人間たちも交えて聖夜の街ノエルタウンで楽しく暮らしていくというお話だった。

「お嬢様、ゆっくり読んでいただきたいところではございますが、この本には仕掛けがございます。背表紙に、宝石がはまっているでしょう?」

 そう言われて本の側面を見ると、確かに黄色く輝く宝石が嵌っていた。
 もともとこの絵本が黄色を多用した装丁であり、さらに宝石自体も小指の爪ほどの大きさなので、あまり目立たない。

「この宝石に何か仕掛けがあるの?」

「ええ。お借りしますよ」

 トマスは絵本を手に取ると、本が入っていた場所とは異なる段に、本の背表紙を奥に向けて差し込んだ。
 そして、絵本を逆向きに差し込んだトマスが一歩下がると、目を疑うようなことが起きた。

 ズズズズズ……

 低く重い音を立てながら、本棚が動き始めたのだ。

「えええ!? どういうこと!?」

 私は、驚きに目を見開いた。
 まさかこの家にこんな仕掛けが隠されていたなんて……!
 本棚は、九十度回転すると、倉庫の出入り口からここまでの通路を塞ぐような形で、ぴたりと止まった。

 そして、予想通り。
 先程まで本棚に隠れていた壁には、秘密の小部屋への入口があった。

「ねえトマス、これって、一体……?」

「どうぞ、入ってみて下さい。この中には、アリサ様の大切な品が遺されているはずです」

 私が聞きたかったのは本棚の仕組みの方なのだが、この部屋を案内された以上、とりあえず部屋に入るのが筋だろう。
 私はトマスを外に残し、扉を開けて室内に入っていった。

 小部屋の中は、当然前に入った時と変わりない。
 私が小部屋の中の物を自室に持ち出しても良いかトマスに尋ねると、トマスは快く許可してくれた。

 本棚に収められている手紙の束を、外で待っているトマスに次々と渡していく。
 最後に自分で小箱を抱えると、小部屋の扉を閉めた。
 日記は持ちきれないので、後回しだ。

 トマスが本棚の裏に開いた小さな穴に指を差し込むと、本棚は再び元の位置へと動き始める。
 本棚が完全に元の位置に戻ると、トマスは絵本を元の位置に、正しい向きで仕舞い直した。

「この本棚、どうなってるの?」

「私にも原理はよく分かりませんが、本の背表紙に付いていた宝石、あれは聖王国で魔石と呼ばれている物なのだそうです。
 不思議な力が込められていて、本棚の仕掛けを動かすスイッチになっていると伺いました」

 要するに、聖夜の街の宿で見た、電気の魔法道具みたいなものだろう。
 母の出身地は聖夜の街。この仕組みを母が知っていて利用していたとしても、おかしくはない。
 父に隠し部屋を用意してもらった母がこしらえた、特別な仕掛けに違いない。

「この仕掛けは、今はお嬢様を除いて私しか知りません。この部屋をお使いになる時は、エレナやイザベラではなく、必ず私にお申し付け下さい」

「分かったわ。……ねえトマス、どうして今になってこの部屋のこと、私に教えようと思ったの?」

「……お嬢様が、ご自身と向き合う準備が出来たと感じたからです」

「自分と向き合う……」

 確かに、以前の私はただ家に引きこもって、世界を広げようとしなかった。
 母が聖王国から来たことを知ったとしても、その頃の私は興味を持たなかっただろう。
 愛されていたと知ったとしても、どうしていなくなってしまったのかと悲嘆に暮れただけだっただろう。

 セオが私を外に連れ出してくれたおかげで、私の世界は広がった。
 見たいものだけではなく、見たくないものも受け入れられるようになった――自分自身の心の容量も広がったような気がする。

「ところで、お嬢様のご用事というのは何でしょうか?」

「え? あ、ええと、やっぱりいいや。また今度にするわ」

 考えに耽っていた私は、トマスの質問に内心ひやりとしながら、平静を装って答えた。
 トマスはいぶかしんでいるようだったが、深くは聞かず、私の部屋まで手紙の束を運んでくれたのだった。
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