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第四章 藍
第50話 「調べたいこと」
しおりを挟む~第四章 藍~
私はパステル。ファブロ王国の北東部を治める領主、ロイド子爵の義娘である。
虹色の髪は気味が悪いと蔑まれ、灰色の瞳には何の色も映さず、領地のマナーハウスに引きこもって暮らしてきた。
そんな私を外界に連れ出してくれたのが、水色の髪と金色の瞳をもつ少年、セオである。
天使のように美しく儚い容貌の彼は、エーデルシュタイン聖王国の王族である。
風の精霊の加護を受けた『空の神子』である彼は、出会った当初、感情を失ってしまっていた。
現在は、『虹の巫女』である私と共に旅をしている。
旅の目的は、精霊たちに封じられた私の『色』と記憶、セオの感情を取り戻すこと。
これまでの旅で、崖山で風の精霊ラス、帝都ベルメール近郊の深海で水の精霊乙、聖夜の街で光の精霊クロースの三人に会うことが出来た。
今はノエルタウンからロイド子爵家に戻ってきて、自室でセオとのんびりしているところである。
「ねえセオ。光の神殿で見た記憶では、ソフィア様は七人の精霊に会うようにって仰ってたわよね。
地水火風光闇の六大精霊と、他にもう一人会わなきゃいけない精霊がいるってこと?」
私は正面のソファに腰掛けて優雅に紅茶を嗜んでいる、絶世の美男子に声をかけた。セオは何をしていても品が良いのだが、紅茶を飲む姿はまるで一枚の絵画のようだ。
セオは紅茶をテーブルに置くと、透明感のある静かな声で返答をした。
「そうみたいだね。六大精霊と並ぶ力を持った精霊が存在するのかもしれない」
「セオにもわからないの?」
「うん。母上とは、そういう話をしなかったし……もしかしたら例の情報屋なら何か知ってるかもしれないけど。でも、ひとまず後回しでもいいと思う」
「そっか」
セオの言う情報屋は、巫女の一人で、味方にも敵にもなり得る人物だ。聖王国の王族と繋がっている可能性がある彼女には、あまり頼りたくない。
「地の精霊はお祖父様がいれば会えるだろうけど、立地が問題だ。地の神殿があるのは聖王国の王都だからね。となると後は、火と闇」
「何か当てはある?」
「……何も」
「そうよね……」
セオは、顎に手をあてて考える仕草をしている。
セオの祖父フレッドは元聖王かつ『岩石の神子』であり、頼りになる人物だ。
急がなくともフレッドにはいつでも頼れるし、聖王国内の問題を考えると、しっかりと機を見る必要がある。
「ところでパステル。今後の方針なんだけど……」
「うん」
「今朝、ノエルタウンの宿で言ったように、僕はパステルと早めに婚約したいと思ってる。しっかり婚約を結んでおけば、マクシミリアンおじ様の一派からパステルを守ることができる」
「……うん。わかってる」
私は、セオのことが好きだ。だが、セオはまだ感情が不完全である。
セオの感情が完全に戻れば、他のご令嬢たちが放っておかないだろう。その時、誇れるものが何もない私は、きっと捨てられてしまうに違いないと、不安に思っている。
「けど、まだ未成年だから、タウンハウスにいる義両親に許可を取らなくてはいけないわ。とはいえ、お母様のように、このまま家を出てしまえば関係ないけど……」
私の生みの母は、父と駆け落ちをして聖王国を出て、それ以来、実家には戻らなかったらしい。
自分はどうだろう、と考えて、私は言い淀んだ。母のように、何もかも捨てる勇気や覚悟は、あるだろうか。
「……パステルは、それでもいいの?」
「……まだ、踏ん切りがつかないわ。ごめん」
「ならやっぱり、きちんと話をして、正式に手続きしておいた方がいい」
「そう、だね」
分かってはいるが、義両親に話すのも勇気が要る。
セオのことをどうやって紹介すれば良いのだろうか。聖王国のことはどこまで話していいのだろうか?
私も紅茶を口に含み、息をついた。
セオは少し考えて、気持ちを切り替えるように、のびのびとした口調で問いかけた。
「あのさ、僕、王都って行ったことないんだ。ここから王都って、遠いの?」
「うん、この領は王国の北東、辺境にあるからね。王都は帝国寄り、南側にあるから、馬車で三、四日かかるわ。ここからなら聖王国の国境の方が近いぐらいよ」
「ふうん。空を飛んで行けばすぐに着くけど、場所も分からないし、魔法で飛んでいって警戒されたり撃ち落とされても困るし……やっぱり、普通に手紙を送って馬車で向かった方が確実かな」
「そうね、その方がいいと思う。この家で調べたいこともあるし」
「調べたいこと……パステルのご両親のこと?」
「ええ。エレナに、トマスに話して倉庫の鍵を借りてきてって頼んであるわ。何日かかかると思うけど、両親の手がかりがないか、倉庫の中を確かめてみる」
私の本当の両親は、ロイド子爵家現当主の兄夫妻である。
記憶を失くした私のためだったのか、現当主一家のためにそうしているのかは不明だが、私の本当の両親に関する一切の情報は今まで秘匿されていた。
今までは後者が理由だと思っていた。だが、私が記憶を失った瞬間に、母の元侍女エレナが近くにいたことを考えると、真の理由は前者である可能性も高まった。
その時、タイミングよく自室の扉がノックされた。
「失礼致します。トマスでございます。お嬢様、入室してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
トマスは、ロイド子爵家の家令で、エレナの夫である。
帰宅した時には、私がしばらく不在だった件と、セオを連れてきた件について問い詰められそうになったが、エレナが「二人は疲れているから」と言って引っ張っていってくれた。
その後、エレナから上手いこと話してくれたのだろう。
「初めまして、セオ様。エレナから話は伺いました。この度はお嬢様の視察の護衛をして下さったそうで、感謝しております。そんなに強そうにお見受けしませんが……あ、いえ、私としたことが失言でしたね」
「へ!? あ、そ、そうよ、失礼だわ。セオは誰よりも頼りになるんだから」
エレナはそんな風に説明したのか。せめて口裏を合わせておいてほしかった。
肝心のセオはポーカーフェイスで、トマスのことを探るように見ている。
何故だろう、セオは最初にこの屋敷に来た時から、トマスを警戒しているような気がする。
「それは失礼致しました。まさかお嬢様に、気の置けないお友達が出来るとは思いませんでしたよ。嬉しく思います」
そう言ってトマスは、恭しく頭を下げたが、目は笑っていない。
セオはいまだに一言も発しておらず、依然として探るような視線をトマスに送っている。
なんだか空気がピリッとする。私は耐えられなくなって、話を進めた。
「それで、トマス。倉庫の鍵を持ってきてくれたのよね?」
「ええ、ここに。あまり掃除も行き届いておりませんので、埃っぽいですよ」
「大丈夫よ。ありがとう」
トマスは倉庫の鍵をテーブルに置くと、踵を返した。部屋を出ていく前に一礼すると、トマスは思い出したように付け加えた。
「そうそう、明日の昼過ぎに来客がございます。私が対応致しますので、お嬢様は何があろうといつも通りお部屋にいらしていただければ大丈夫です。
その後は市街地に出なくてはなりませんので、申し訳ございませんが夜まで留守に致します。御用命はエレナかイザベラにお申し付け下さい」
「わかったわ、大丈夫よ」
今度こそトマスは去り、私はふう、とひと息ついた。
セオは結局口を開くこともなく、最後まで油断なくトマスを観察していた。
「……セオ、なにか気になることでもあった?」
「……なんでもない」
「そう? トマスが失礼な態度を取って、ごめんなさい。悪い人ではないのよ」
「気にしてない。早速、倉庫を見に行く?」
「そうね、行きましょうか」
先程までのピリピリとした緊張感は霧散し、セオはいつの間にか柔らかい雰囲気に戻っている。
セオは立ち上がると、私に手を差し出してエスコートしてくれた。
きゅっと握り返してくれる手のひらの温度と、優しい微笑みにドキドキしながら、私たちは倉庫へと向かったのだった。
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