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第四章 藍
第51話 「隠し部屋」
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私とセオは、ロイド子爵家の倉庫を訪れていた。
ここに、私の両親の記録が残っているかもしれない。
大きな南京錠に鍵を差し込んで開錠すると、セオが倉庫の扉を開いてくれた。
ギィ、と微かに軋む音を立てて扉が開く。
トマスが言ったように、倉庫の中は埃まみれだった。
私はハンカチで口元を押さえながら窓の側まで歩いてゆき、細くカーテンを開けて彩光する。
どうやらすぐに日に焼けて駄目になってしまいそうな物や、書類など風に飛ばされてしまうような物はなさそうだ。
私がカーテンと窓を開けてセオの方を見ると、セオが廊下から手招きをした。
不思議に思いながらもセオの元まで戻ると、セオは手元に弱い風を集め、埃を一気に窓の外へと払ってくれた。
「わぁ! すごい……! 風の魔法って、こんな使い方も出来るんだね」
「全部綺麗にっていう訳にはいかないけどね」
「それでもすごいよ! ありがとう、セオ」
「どういたしまして」
セオは柔らかく目を細める。その表情にまたどきりとしてしまうが、私は気を取り直して再び倉庫に足を踏み入れた。
「えーと、肖像画とかは……ないか。美術品や骨董品の棚は、お義父様が不在の時にあんまり触りたくないわね……本棚を中心に見ましょう」
「わかった」
「この棚にあるのは、帳簿や財務関係の書類ね……帳簿は、見ても仕方ないか」
「パステル、こっち。この辺りに日誌や手紙類が仕舞われてるみたい」
セオが手招きをしている場所に行くと、確かに過去の子爵家の業務を記した日誌類が、納められていた。
だが、目的の期間のものが、なかなか見つからない。
「おかしいわね……九年前にお義父様が領主になってからのものしかないわ」
「その次の棚は、十七年以上前の記録になってる。間がすっぽり抜けてる」
「うーん、個人的な日記はともかく、子爵家としての業務を記録してある日誌は、普通処分しないと思うんだけど……どこか別の所にあるのかしら?」
「…………」
「でも、やっぱりあるとしたら倉庫の中よね。執務室には今必要な書類や帳簿しか置いてないし、他の部屋には持ち出さないだろうし……」
「……パステル、一回部屋に戻ろう」
「え? ええ、そうね。ないものは仕方ないわね」
何故かセオは再び警戒するような、ピリッとした表情をしている。これ以上倉庫にいても意味がないので、私は素直に部屋に戻ることにした。
部屋に戻るとセオはすぐに扉を閉める。窓も閉まっていることを確認すると、再び出入り口を凝視した。
私は、首を傾げながらもソファに腰を下ろす。
少ししてセオは警戒を解き、向かいのソファに腰掛けると、小さな声で私に問いかけた。
「……パステル、トマスさんってどんな人?」
「え? トマスは、私のお祖父様が領主を務めていた頃から、この屋敷で執事をしていた人よ。今は家令に昇格して、ずっとマナーハウスにいるわ。
ここ数年は私も簡単な手伝いをするようになったけれど、社交以外の領地のことは、ほとんどトマスが管理しているわよ」
「護衛とか、用心棒として雇われた経歴はない?」
「うーん、どうだろう。トマスは、私が生まれる前から屋敷にいるから。エレナなら知ってるかもしれないけど……どうしたの?」
「……倉庫に、隠し部屋がある。風の流れが不自然な場所があった。それと、倉庫にいる間、ずっと見張られてた」
「……え?」
「トマスさんの身のこなしは、普通の執事じゃない。なにか、隠してるのかも」
「まさか、そんなこと……考えすぎじゃない?」
「魔力は感じないから、聖王国とは関係ないと思うけど……念のため、警戒した方がいい」
「……トマスに、裏表なんてないと思うんだけどな……」
「……わからないけど、僕を敵視してることは確かだ。見張ってたってことは、倉庫の中を探られたくない理由があるのかもしれない。
明日、トマスさんが来客応対をしている間に、隠し部屋を調べよう。鍵はまだ返さないで」
「わかった」
私はいまいち納得がいかなかったが、セオの考えを否定する材料もないので、ひとまず頷いておいた。
そして翌日。
客人と共にトマスが応接室に入って行ったのを確認し、私とセオは、エレナと一緒に再び倉庫を訪れていた。
エレナにはもちろん、トマスに対する疑念は伝えていない。
トマスはやはり、昨晩倉庫の鍵を返すように言ってきた。
だが、まだ探し物が見つかっていないからと素直に伝えると、エレナかイザベラを同伴させることを条件に、意外とすんなり許可してくれたのだった。
セオはトマスを疑っているが、トマスは単純にセオのことが信用できず、倉庫の中を荒らされるのが嫌で様子を探っているのではないだろうかと、私は思う。
なんせ、トマスは私以上に、人を信用しないタイプだから。
「隠し部屋は、この本棚の後ろにある。もしかしたら近くに何か仕掛けがあるかもしれないけど……心当たり、ある?」
私もエレナも、首を横に振る。
「なら、風の魔法で動かすから、少し離れていて」
セオが風の力で棚を少し浮かせて、ゆっくりと移動させる。すると、本棚の置かれていた壁には、小さな扉が隠されていたのだった。
「こんなところに隠し扉が……エレナも存じませんでした」
「私も知らなかったわ。セオのおかげね。……さあ、開けてみましょうか」
ギィィ……と小さな音を立てて、エレナが扉を開く。扉はすごく小さくて、小柄な成人女性一人がやっと通れる程度の通路が伸びていた。
私やセオなら、なんとか通れるだろう。
「……この隙間では、お腹のお肉がつかえてしまいそうです。エレナはここでお待ちしていますから、お二人で行ってらして下さい」
「わかったわ。あ、あと、もし誰か来ても追い返してくれるとありがたいのだけど」
「かしこまりました。トマスもイザベラも通しませんから、安心して下さい」
エレナはそう言ってウインクを飛ばす。
「ありがとう、エレナ。頼りになるわ。……じゃあ、行きましょうか、セオ」
「うん。僕が先に入るよ」
小さな木戸を開けて細い通路を抜けると、そこは円形の小部屋になっているようだった。窓もなく薄暗いが、外からの光だけで視界は充分に確保できる。
閉ざされていたからか、埃はそんなに積もっていないものの、ほんの少しだけ黴《かび》臭い。
「パステル、暗いけど見える?」
「うん、なんとか」
小部屋には、小さな文机と本棚がぽつん、とあるだけだった。
文机には、燃料がカラカラになって久しいランタンと、護身用と思われる短剣が置かれている。
引き出しの中には未使用の便箋と封筒、インクやペンが入っていた。
二段しかない小さな本棚の上段には、数冊の日記帳と小箱がひとつ。
下の段には、絵葉書や手紙の束が収められていた。
「日記も小箱も確認したいけど、ここで見るには時間もないし、暗いわね。私の部屋に運びましょうか」
「それより、外で魔法の家を出すから、そこに収納すればいい。魔法の家の中に隠しておけば、もしパステルの部屋に誰かが入ったとしても、見つからない」
「そっか、それもそうね。じゃあ、お願い」
セオが先に外に戻り、手乗りサイズの魔法の家を取りだした。魔法の家に手をかざして魔力を流すと、一瞬強い光を放ち、魔法の家はあっという間に大きくなった。
私は手紙や日記、小箱を渡し、セオは次々と家の中に運んでいき、収納した。
――倉庫の外から男性二人が言い争う声が聞こえてきたのは、魔法の家を手乗りサイズに戻し、本棚を慎重に元の位置に戻し終わった時だった。
ここに、私の両親の記録が残っているかもしれない。
大きな南京錠に鍵を差し込んで開錠すると、セオが倉庫の扉を開いてくれた。
ギィ、と微かに軋む音を立てて扉が開く。
トマスが言ったように、倉庫の中は埃まみれだった。
私はハンカチで口元を押さえながら窓の側まで歩いてゆき、細くカーテンを開けて彩光する。
どうやらすぐに日に焼けて駄目になってしまいそうな物や、書類など風に飛ばされてしまうような物はなさそうだ。
私がカーテンと窓を開けてセオの方を見ると、セオが廊下から手招きをした。
不思議に思いながらもセオの元まで戻ると、セオは手元に弱い風を集め、埃を一気に窓の外へと払ってくれた。
「わぁ! すごい……! 風の魔法って、こんな使い方も出来るんだね」
「全部綺麗にっていう訳にはいかないけどね」
「それでもすごいよ! ありがとう、セオ」
「どういたしまして」
セオは柔らかく目を細める。その表情にまたどきりとしてしまうが、私は気を取り直して再び倉庫に足を踏み入れた。
「えーと、肖像画とかは……ないか。美術品や骨董品の棚は、お義父様が不在の時にあんまり触りたくないわね……本棚を中心に見ましょう」
「わかった」
「この棚にあるのは、帳簿や財務関係の書類ね……帳簿は、見ても仕方ないか」
「パステル、こっち。この辺りに日誌や手紙類が仕舞われてるみたい」
セオが手招きをしている場所に行くと、確かに過去の子爵家の業務を記した日誌類が、納められていた。
だが、目的の期間のものが、なかなか見つからない。
「おかしいわね……九年前にお義父様が領主になってからのものしかないわ」
「その次の棚は、十七年以上前の記録になってる。間がすっぽり抜けてる」
「うーん、個人的な日記はともかく、子爵家としての業務を記録してある日誌は、普通処分しないと思うんだけど……どこか別の所にあるのかしら?」
「…………」
「でも、やっぱりあるとしたら倉庫の中よね。執務室には今必要な書類や帳簿しか置いてないし、他の部屋には持ち出さないだろうし……」
「……パステル、一回部屋に戻ろう」
「え? ええ、そうね。ないものは仕方ないわね」
何故かセオは再び警戒するような、ピリッとした表情をしている。これ以上倉庫にいても意味がないので、私は素直に部屋に戻ることにした。
部屋に戻るとセオはすぐに扉を閉める。窓も閉まっていることを確認すると、再び出入り口を凝視した。
私は、首を傾げながらもソファに腰を下ろす。
少ししてセオは警戒を解き、向かいのソファに腰掛けると、小さな声で私に問いかけた。
「……パステル、トマスさんってどんな人?」
「え? トマスは、私のお祖父様が領主を務めていた頃から、この屋敷で執事をしていた人よ。今は家令に昇格して、ずっとマナーハウスにいるわ。
ここ数年は私も簡単な手伝いをするようになったけれど、社交以外の領地のことは、ほとんどトマスが管理しているわよ」
「護衛とか、用心棒として雇われた経歴はない?」
「うーん、どうだろう。トマスは、私が生まれる前から屋敷にいるから。エレナなら知ってるかもしれないけど……どうしたの?」
「……倉庫に、隠し部屋がある。風の流れが不自然な場所があった。それと、倉庫にいる間、ずっと見張られてた」
「……え?」
「トマスさんの身のこなしは、普通の執事じゃない。なにか、隠してるのかも」
「まさか、そんなこと……考えすぎじゃない?」
「魔力は感じないから、聖王国とは関係ないと思うけど……念のため、警戒した方がいい」
「……トマスに、裏表なんてないと思うんだけどな……」
「……わからないけど、僕を敵視してることは確かだ。見張ってたってことは、倉庫の中を探られたくない理由があるのかもしれない。
明日、トマスさんが来客応対をしている間に、隠し部屋を調べよう。鍵はまだ返さないで」
「わかった」
私はいまいち納得がいかなかったが、セオの考えを否定する材料もないので、ひとまず頷いておいた。
そして翌日。
客人と共にトマスが応接室に入って行ったのを確認し、私とセオは、エレナと一緒に再び倉庫を訪れていた。
エレナにはもちろん、トマスに対する疑念は伝えていない。
トマスはやはり、昨晩倉庫の鍵を返すように言ってきた。
だが、まだ探し物が見つかっていないからと素直に伝えると、エレナかイザベラを同伴させることを条件に、意外とすんなり許可してくれたのだった。
セオはトマスを疑っているが、トマスは単純にセオのことが信用できず、倉庫の中を荒らされるのが嫌で様子を探っているのではないだろうかと、私は思う。
なんせ、トマスは私以上に、人を信用しないタイプだから。
「隠し部屋は、この本棚の後ろにある。もしかしたら近くに何か仕掛けがあるかもしれないけど……心当たり、ある?」
私もエレナも、首を横に振る。
「なら、風の魔法で動かすから、少し離れていて」
セオが風の力で棚を少し浮かせて、ゆっくりと移動させる。すると、本棚の置かれていた壁には、小さな扉が隠されていたのだった。
「こんなところに隠し扉が……エレナも存じませんでした」
「私も知らなかったわ。セオのおかげね。……さあ、開けてみましょうか」
ギィィ……と小さな音を立てて、エレナが扉を開く。扉はすごく小さくて、小柄な成人女性一人がやっと通れる程度の通路が伸びていた。
私やセオなら、なんとか通れるだろう。
「……この隙間では、お腹のお肉がつかえてしまいそうです。エレナはここでお待ちしていますから、お二人で行ってらして下さい」
「わかったわ。あ、あと、もし誰か来ても追い返してくれるとありがたいのだけど」
「かしこまりました。トマスもイザベラも通しませんから、安心して下さい」
エレナはそう言ってウインクを飛ばす。
「ありがとう、エレナ。頼りになるわ。……じゃあ、行きましょうか、セオ」
「うん。僕が先に入るよ」
小さな木戸を開けて細い通路を抜けると、そこは円形の小部屋になっているようだった。窓もなく薄暗いが、外からの光だけで視界は充分に確保できる。
閉ざされていたからか、埃はそんなに積もっていないものの、ほんの少しだけ黴《かび》臭い。
「パステル、暗いけど見える?」
「うん、なんとか」
小部屋には、小さな文机と本棚がぽつん、とあるだけだった。
文机には、燃料がカラカラになって久しいランタンと、護身用と思われる短剣が置かれている。
引き出しの中には未使用の便箋と封筒、インクやペンが入っていた。
二段しかない小さな本棚の上段には、数冊の日記帳と小箱がひとつ。
下の段には、絵葉書や手紙の束が収められていた。
「日記も小箱も確認したいけど、ここで見るには時間もないし、暗いわね。私の部屋に運びましょうか」
「それより、外で魔法の家を出すから、そこに収納すればいい。魔法の家の中に隠しておけば、もしパステルの部屋に誰かが入ったとしても、見つからない」
「そっか、それもそうね。じゃあ、お願い」
セオが先に外に戻り、手乗りサイズの魔法の家を取りだした。魔法の家に手をかざして魔力を流すと、一瞬強い光を放ち、魔法の家はあっという間に大きくなった。
私は手紙や日記、小箱を渡し、セオは次々と家の中に運んでいき、収納した。
――倉庫の外から男性二人が言い争う声が聞こえてきたのは、魔法の家を手乗りサイズに戻し、本棚を慎重に元の位置に戻し終わった時だった。
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