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第三章 黄

第37話 「私の百倍可愛い!」

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 翌朝、私とセオとエレナの三人は、ノエルタウンの中心部にある集会広場を訪れていた。
 広場には、十メートル以上もある大きなモミの木が飾られている。
 モミの木には、鈴やボール、木の実やお菓子など、様々な形をした装飾が所々に施されている。その飾りは淡く光を帯びており、モミの木全体がほんのりと輝いているかのようだった。

「あら、今年は飾りオーナメントが少ないですね。エレナがこの街に住んでいた頃は、もっと全体が飾りで覆われていて、眩しいほどでしたのに」

「そうなの?」

「ええ。聖霊様をお迎えする準備が、間に合っていないのでしょうか……」

「聖霊様をお迎え、っていうのは?」

「このモミの木――聖樹にたくさんの飾りを集めると、木のてっぺんに輝く星のオブジェが現れます。聖霊様は、その星の光が最大に集まる降聖霊祭の夜に、民の前にお出でになって祝福を授けて下さいます。ですが、飾りが充分に集まっていないと星は現れず、その年は聖霊様をお迎えすることが叶わないのです。そうなるとその年は吹雪がひどくなったり、疫病が流行ったり、農作物が獲れなくなったり、良くない一年になると言われています」

「え、それ、大変じゃない! なんとかならないの?」

「飾りをもっと集めないといけませんね。役場に話を聞きに行きましょうか」

「うん。協力しましょう。セオ、いいよね?」

「もちろん」

「なら、その前に……」

「……?」

 エレナは、ちらりとセオの方を向くと、悪戯を思いついた子供のような顔をした。楽しそうに笑うと、私の耳元である提案をする。

「わぁ! 賛成よ、早く行きましょう!」

「……??」

 私は楽しくなって、エレナと笑い合った。セオは小首を傾げている。
 その時、セオの横を何かキラキラしたものが通り過ぎていった気がしたが、私はそれを気に留めることもなく、ウキウキと街へ繰り出して行ったのだった。




「さて、こんなものでしょうか」

「か、か、可愛い……! 似合いすぎ……! 私の百倍可愛い!」

「素敵ですよ、セオ様……いえ、名前も変えた方が……テディ様とでもお呼びしましょうか」

「いいわね、それ。テディも男性の愛称だけど、女性にも使われることがあるみたいだし、おかしくないわね。なんていうか、響きが可愛いし」

 私とエレナの目の前には、お人形のような美少女・・・がいた。
 縦ロールのかつらを被り、膝丈まであるふりふりのドレスにはレースがあしらわれている。ヒールは慣れていないと歩き方が不自然になるので、足元はパンプスだ。
 変装と称して着せ替え人形と化したセオ改めテディは、久しぶりに見る、完全なる無表情だ。

「セ……テディ、どう? 痛いとか苦しいとかはない?」

「……靴がキツくて痛い。足元がスースーする……あと、頭が重い」

「うーん、パンプスでも痛みますか」

「雪国だし、足元はスノーブーツに変えても違和感ないんじゃない?」

「そうですね。ならこのポンポンのついたショートブーツはどうですか?」

「可愛い~! 絶対似合う! これにしましょう」

「……」

 セオは無言で靴を履き替え、かつらをそっと外した。

「あ、縦ロール、取っちゃうの? ……でも、テディの髪はサラサラだから、後ろで纏めて髪飾りを付けるぐらいでもいいかもしれないわ」

「そうですね、編み込みにしましょうか。エレナが結って差し上げます。髪飾りはどれにしましょう?」

「そしたらブーツと合わせてポンポンの付いたこれか、このハート柄のバレッタもいいわね……」

「足元、スースー……」

「それは我慢して」「それは我慢してください」

 私とエレナにピシャリと言われ、セオは再び無表情で沈黙した。
 そして髪が編み込まれ、タイツを厚手のものに替えるというささやかな改良をして、『テディ』は完成したのだった。



「これで、テディが聖王国の王子様だってことはバレないわね。エレナ、素晴らしい提案だったわ」

「……」

 セオは相変わらず無表情で黙ったまま、粉雪の舞う道を歩いている。
 思った以上に熱が入ってしまったが、機嫌を損ねてしまっただろうかと少し不安になった。

「テディ様、本当にお可愛らしいですよ。自信をお持ちになってください」

「……」

 エレナはそう声をかけるが、セオの纏う空気が、少し暗くなったような気がする。私はエレナに目配せをして、セオの隣に並ぶ。

「ねえ、セオ」

 私がセオの耳元に顔を近づけて囁き声で話しかけると、セオは、びく、と小さな反応を返す。未だ視線は正面を向いたままだ。

「嫌な思いをさせて、ごめんね。安全のための変装だったのに、だんだん可愛くなるセオを見てたら、つい楽しくなってきちゃって」

「……」

 そもそも、この変装にはきちんと意味がある。
 なんせ、セオは王族として、聖王国の貴族の内では顔を知られているのだ。貴族が顔を出す場所では、セオの正体に気づかれてしまう可能性がある。
 この姿なら、セオだとは気づかれないだろう。まあ、美少女すぎて別の意味で気を引きそうなのが少し気がかりだが。

「セオ、本当にごめんね。役場を出たら、すぐ普段の格好に戻っていいから……少し、我慢してね」

「……うん」

 私はセオから少しだけ離れ、前を向いて歩き始める。だが、私の手にそっとセオの手が触れ、軽く引っ張られた。

「ん?」

「……パステル、謝らなくていい。もっと別の変装もあるだろうって思ったけど……でも、パステルが楽しかったなら、やっぱり僕、それでいい」

「セオ……」

 私はセオの手を握り返す。手袋越しだが、セオと手を繋いでいると、なんだか安心する。

「ありがとう」

「び、美少女二人が手を繋いで歩く……! なんと眼福……!」

 後ろでエレナがよく分からないことを呟いているが、無視して私たちは手を繋いだまま、役場へと向かったのだった。
 粉雪と一緒に、キラキラした光の粒が辺りを舞っている。昨日から時折見かけるこの光は、この街に住む妖精か精霊の仕業なのだろうか。


 目指していた役場は、聖樹広場からすぐの所にあった。
 ノエルタウンの町長は、この辺り一帯を治める領主とは違って爵位は持たない。だが、一つの街を治める代官として役場を兼ねた大きな屋敷を与えられ、準貴族の扱いとなっている。
 ちなみに、この地域の領主とその親類もノエルタウン近くに居を構えているが、その屋敷は街から少しだけ離れた場所にあるらしい。私の母は、その領主一族の分家にあたる貴族家の出身だったとのことだ。

 役場には、観光客向けに降聖霊祭の情報をまとめたガイドブックが置いてあった。私たちは他の観光客と混じってそれを閲覧し、情報を仕入れる。
 エレナは降聖霊祭のことは知っているので、私とセオがガイドブックを閲覧している間に、役場の人に話を聞きに行った。

おおむね、エレナさんが説明してくれた通りだね」

「そうね。うーん、聖樹を飾るオーナメント……ざっくりしてるなあ」

「そこ、見せて。……『聖霊様のオーナメントは幸せの象徴です。観光にお越しの皆様に思う存分楽しんでいただくことで、聖樹はより美しい輝きを放つことでしょう』……?」

「どういう意味かしら……エレナなら何かわかるかな?」

 セオは、聖樹の挿絵がついたページを眺めながら、声をひそめて話し始めた。

「……僕、少し思い当たることがある」

「え? ほんと?」

「うん。僕たちがここに来てから三回、小さな光の粒が舞っているのを見た。一回目は、昨晩、宿でパステルと話している時。二回目は、今朝、パステルがエレナさんと話している時。三回目は……」

「あ、それ、ここに来る直前だよね。私も見たよ。気のせいかと思ってた」

 セオは頷くと、ページを捲りながら言葉を継ぐ。

「多分、何かしら関係があると思う。あの光には、明らかに精霊の力が働いてる」

「そっか。……聖霊様って、どんな方だと思う?」

「……『聖霊様は、長いお髭がチャーミング。赤い服と帽子を好んで身につけます。特に靴下にはこだわりがあり』」

「いや、そうじゃなくて……」

 赤い色がどんな色なのかは分からないが、赤い服に赤い帽子というのは、きっとかなり派手な装いだろう。
 舞踏会や夜会に着るイブニングドレスはともかく、スーツや普段着にはあまり赤一色という物はないと聞いている。
 だが今聞きたいのはそういうことじゃない。

 セオは私の聞きたかったことを汲んでくれたようで、本を読み上げるのをやめ、さらに声をひそめた。

「僕の予想では、高位精霊以上の存在だとは思う。この街は雷の精霊の力が強いけど、雷の精霊は聖霊様ではないみたいだ。高位精霊を差し置いて、それ以下の精霊を祀ることはないはず。つまり、聖霊様はそれよりも強い力を持つ、六大精霊の可能性が高いと思う」

「……ビンゴ、か。ここに来たのは正解だったね」

 セオは本を閉じ、私の目を見てしっかりと頷いた。
 ちょうどその時、エレナが一人の役人を連れて、奥から戻って来たのだった。
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