転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留

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番外編 とある庭師の独白

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○月△日

 カランコエ。花言葉は、「幸福を告げる」。それから、「あなたを守る」。
 ネリネ。「また会う日を楽しみに」。これも良いですね。
 ポインセチア。「幸運を祈る」「元気を出して」。
 あとは、冬薔薇。花言葉は、「輝かしく」……綺麗な花なのですが、これは違うでしょうか。


 ……おっと、これは失礼。
 わたくしめは、王城で庭師として勤めさせていただいている者でございます。
 今私が何をしていたかと申しますと、王太子であらせられるラインハルト殿下が、婚約者のエミリア様にお贈りになる花を、選定するお手伝いをさせて頂いているのです。

 
 先日、新年の夜会でクーデターがあった事は、皆が知るところとなっております。
 ですが、エミリア様が事件に巻き込まれて御自宅で療養されている事は、殆ど知られていません。
 何故なら、殿下が全ての目撃者・関係者に緘口令かんこうれいを敷いているからです。
 私も、このような仕事でなければ、エミリア様のご容態を知る事は叶わなかったでしょう。
 

 新年が明けて大変寒い時期でございますので、この庭で手に入る生花にも限りがございます。
 その中でも見舞いに適したものを切り花にし、殿下がご用意されたメッセージカードを添えてブラウン公爵邸にお持ちするのが、私の日課です。


 そうそう、もうひと月、ふた月すればヒヤシンスが開花します。
 クーデターがなければ、私の頭の中はもっぱらヒヤシンスに独占されていたでしょう。
 なにせ、この城で庭師として働いて十数年、ずっと品種改良を重ねてきて、ようやく暖色のヒヤシンスを咲かせられそうなのです。
 殿下にも、エミリア様にも、お見せできると良いのですが。




▲月×日

 今日は、昔の夢を見ました。
 かなり昔の話ですが、あの時のことは今でも鮮明に思い出せます。


 十年前の春先のこと。
 私がいつものように庭仕事をしていますと、それはそれは可憐なお嬢様方が御三方、中庭へと入って来られました。
 お母様と思われるお方と、お小さい方のお嬢様はすぐに庭を出て、騎士団の演習場の方へと向かわれました。
 お一人で残された、陽の光を浴びてきらめく金髪と、空よりも青い瞳をお持ちのお嬢様は、中庭を興味深そうに眺めておいでです。

 私は声をお掛けするか迷いましたが、出て行かなくて正解でした。
 中庭へお越しになったラインハルト殿下が、お嬢様に声をお掛けになったのです。

「こんにちは、お姫様。よろしければ、僕にこの中庭を案内させて頂けませんか?」

 殿下がそう声を掛けると、お嬢様は花が綻ぶような笑顔を浮かべ、嬉しそうに頬を染めておいででした。
 お察しの通り、お嬢様は、幼い頃のエミリア様です。
 殿下は花壇の前で立ち止まっては、一つ一つの花の名前を丁寧に教えて差し上げていました。

「その花は、マーガレットというんだ。可憐な君によく似合いそうだね」

「まあ、そのような……」

 殿下はピンク色のマーガレットを一本手折ると、エミリア様にお贈りになられました。

「僕の気持ちだよ。今日は、久しぶりに楽しかった。エミリア嬢、ありがとう」

「殿下、勿体ないお言葉です。私の方こそ、とても素晴らしい時間を過ごすことが出来ました。ありがとうございます」

 そうして、エミリア様はご家族と共にお帰りになりました。
 殿下は、ブラウン公爵家の馬車が見えなくなるまで、城の窓から離れませんでした。



 幼い頃の殿下とエミリア様は、ご存じだったのでしょうか。
 ピンクのマーガレットの花言葉は、「真実の愛」。
 マーガレットを一本贈るというのは、「あなたが運命の人」という意味を持つことを。


 久しぶりに幼い御二方の夢を見て、私はエミリア様の体調が回復されるのが、更に待ち遠しくなりました。




△月◇日

 今日は、念願叶って、久しぶりにエミリア様のお姿を拝見することが出来ました。
 クーデターの前と比べると、随分痩せてしまわれたように感じます。
 ですがそれでエミリア様の美しさが翳るものではありません。
 殿下も心から嬉しそうになさっていて、私も幸せな気持ちをお裾分けしていただいた気分です。


 御二方は、ヒヤシンスの花壇をご覧になって、うっとりとなさっています。
 皆様が花を愛でる時の、このお顔を拝見したくて、私は庭師を続けているのでございます。
 品種改良は成功し、色とりどりのヒヤシンスが咲き誇っています。
 殿下もエミリア様もお気に召されたようで、頑張ってきて良かったと心から思っております。
 殿下は昔からある青いヒヤシンス、エミリア様は今年初めて咲いた黄色いヒヤシンスを特にお気に召されたようです。


 この先は、私が見ているのも無粋でしょう。
 私は御二方に気づかれないよう、そっと中庭から出て行きました。
 御二方は、きっと……いえ、間違いなく幸せになるでしょう。


 次の仕事は、御二方の結婚式の時に見頃を迎えるよう、薔薇の手入れをすることですね。
 そしてこの中庭の奥に佇む教会を、薔薇のアーチで彩りましょう。
 ラインハルト殿下と、エミリア様の晴れ姿。
 御二方とも、さぞ美しいことでしょう。


 青いヒヤシンス。花言葉は、「変わらぬ愛」。
 黄色のヒヤシンス。花言葉は、「あなたとなら幸せ」。


 一本のマーガレットから始まった御二方の運命の恋は、ずっと変わらず在り続けるのでしょうね。
 私めも、この身体が言う事を聞かなくなるまで、このお城に勤めさせていただきたいと思っています。
 御二方には、周りを幸せに導いて下さる、春の陽射しのような暖かさが満ちているのです。
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