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23 アレクとモニカの街歩き
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アレク視点です。
――*――
俺達はホリデーで賑わう街で食事や買い物をした後、劇場前に足を運んでいた。
殿下とエミリア様はこれから観劇に行く予定である。
俺は演劇は分からないし、モニカ様も今回の演目には興味がないらしく、お二人とは別行動だ。
いつも通り殿下には護衛騎士が陰ながら警護しているので、心配ない。
「さて、アレク、これからどうしよっか?」
殿下達を見送ると、モニカ様は俺の方をくるりと振り返り、にこにこしながら問いかけた。
「どうしましょうか。モニカ様はどこか行きたい所はありますか?」
「えへへ、実はね、この時期だけ職人街からこっちの大通りに出店している工房がいくつかあるらしいの。革小物とか、ビーズアクセサリーとか、手作りの小物が買えるんだって」
「そういう小物類、モニカ様好きそうですね。行ってみましょうか」
「うん!」
モニカ様はぱあっと太陽のような笑顔を浮かべ、俺もつられて笑顔になる。
彼女は感情表現が豊かで、天真爛漫な所があるが、公爵家の令嬢なだけあって空気を読む力には長けている。
行動力もあって、留学も誰かに言われたのではなく、自分で決めたのだ。
興味のあることはとことん追求しないと気が済まないタイプなのである。
「ねえアレク、最近お姉様、変わったよね。何かあった?」
「え? ああ、そうですか? まあ殿下との距離は縮まったかと思いますけど」
「それもそうだけど、うーん、何て言うのかな……」
モニカ様は、うーんうーんと悩んでいる。
違和感は感じているものの、上手く表現できないのだろう。
「まぁいいか。いつか話してくれるかな……」
「……ええ、きっと」
プリシラの件が落ち着いたら、いつか話せる日が来るかもしれない。
モニカ様ならきっと、目をまん丸にして驚いて、でも世の中にはそういう不思議な事もあるものよ、と受け入れるのだろう。
「モニカ様、あの辺り、工房の出店がある一角みたいですよ」
「あ、本当だわ! 結構賑わっているのね」
広場には屋台が所狭しと並んでいて、モニカ様の言っていた革小物やビーズアクセサリーの他にも、木彫りの小物や天然石のブレスレットなど、様々な物が売っていた。
本来は平民向けの小物類だが、好奇心旺盛で珍しい物を好むモニカ様には宝の山に見えているらしい。
「まあ、細かい細工ね! 見て、この木彫りの動物達、すごく表情が豊かよ」
「ええ、本当ですね。このリスなんて本当に笑っているみたいです」
モニカ様は目をキラキラさせて、たっぷり時間をかけて色々な店を眺めている。
いくつか気に入った小物を買うと、最後に革小物を売っている露店が目に留まったようだ。
「ねえ、アレク、お姉様達にお土産を買いましょうよ!」
「お土産ですか?」
露店の看板を見ると、『革小物・革製ブレスレット、名入れ致します』と書いてある。
「名前を彫ってもらって、プレゼントするの! どう? 四人でお揃いよ」
「お兄さん、お姉さん、いらっしゃい! 今タイムセール中で、このブレスレットを三つ以上買ってもらうと、通常有料の名入れを無料サービスしてるんだ! 俺が責任持って綺麗に彫らせていただきます! どうだい?」
露店の店員は、俺たちより少し若い少年だった。
ただの店番かと思っていたが、若くして立派な職人だったらしい。
「まあ、ラッキーね! ねえアレク、いいでしょう?」
「そうですね、記念になりますし」
「じゃあブレスレットを四つ、色はこれとこれと……」
「あいよ。名前はどうします?」
「この色がモニカ、こっちがアレク。これはエミリア。で、これがライむぐっ」
俺は咄嗟にモニカ様の口に手を伸ばした。
殿下の名は珍しい名前だし、平民の間でも流石に有名だから、驚かれてしまう。
「……それはダメです、流石に」
「あ、そっか。じゃあ……これには、お義兄様って彫ってくれる?」
「モニカ、アレク、エミリア……と、お義兄様ね。じゃあ少しかかるから、そこの椅子に座って」
俺とモニカ様は素直に椅子に腰掛ける。
職人の少年は、その茶色い髪が目にかからないように前髪をピンで留めると、安全ゴーグルをかけた。
少年は、スムーズに、かつ丁寧に名前を革に彫り込んでいく。
「まあ、とっても丁寧でスピーディーだわ。まだお若いのにすごいわね」
「俺、童顔だし背も低いからよく言われるんだけど、こう見えてもう十七なんすよ。この革工房に弟子入りして二年経ちます」
少年は、作業を続けながら会話にも答えてくれている。
本当に器用で、熟練しているようだ。
「あら、そうだったの! ごめんなさい。アレクと同い年ね」
「そうか、それは失礼した。年下かと思ってしまった」
「いいんすよ、いつも言われるから。お兄さんみたいに背が高くてカッコよければ良かったんだけど。二人は恋人?」
「人には言えない関係よ」
「ぶっ!! ……そ、それはないでしょう、人様に何言ってるんですか」
少年は手を止めて、目を丸くして顔を上げた。
「ふぅ、あぶねあぶね……手元が狂うからやめてくれよ」
「あ、ごめんなさい。まあ私達は恋人よね、アレク」
「……そ、そうです」
「へぇ、よく分からんけど頑張れよ、お兄さん」
少年は何故か俺に向かってそう言うと、再び下を向いて作業を再開した。
「あなたには恋人はいるの?」
「いやー、俺はいないんすよ。好きなやつはいるんすけど」
「まあ! ぜひ聞きたいわ! どんな人なの?」
「俺田舎の出身でさ、王都には出稼ぎに来てるんすよ。俺の好きなやつは幼馴染で、俺が二年前にこっちに来てからしばらく会ってなかったんすけど、今年の夏から王都の学校に通ってて、今一緒に住んでます」
「まあ! 同棲してるのね! 刺激的だわ! ……でも恋人ではないの?」
「まあね。俺たちはずっと幼馴染だったから、あいつはそれ以上には思ってないんすよ。……それに、あいつ、俺には隠してるけど、好きな男が出来たっぽいんだよな」
「そう……」
少年は作業しながらも淡々と喋っている。
特に悲しんでいる様子もないし、ある程度現実を受け入れているのだろう。
「さあ、出来たよ。これでいいかい?」
少年は粉をふっと払うとゴーグルを外し、ブレスレットを四本見せてくれる。
どれも見事に彫られていて、綺麗な仕上がりである。
「素晴らしいわ! 良い記念になるわね! 職人さん、どうもありがとう」
「どういたしまして。お代は……」
「これで頼む。釣りは取っておけ」
「え? こんなに? チップにしても流石に多いって」
「いや、いいんだ。君の好きな人に、何かホリデーのプレゼントを贈ってやれ」
俺は少年に、代金の倍程度の金額の貨幣を渡す。
素晴らしい仕上がりへの礼と、不躾に身の上話を聞いてしまった詫びである。
少年は緑色の瞳を揺らしていたが、俺が頑なに貨幣を引っ込めないでいると、ニカッと笑って貨幣を受け取った。
「ありがとう、お兄さん。お姉さんとお幸せにね!」
「ああ、君も、いい恋が出来るといいな」
「えへへ、ありがとう、職人さん。素敵なブレスレット、大切にするね」
そうして俺は赤、モニカ様は黄色のブレスレットを身につけると、土産のブレスレットは包んでもらい、広場を後にした。
********
俺たちは、劇場近くのカフェで公演が終わるのを待ち、殿下とエミリア様と合流した。
青いブレスレットを受け取ったエミリア様はとても嬉しそうにしていて、それを見ているモニカ様も満足そうだ。
一方、殿下は白いブレスレットを見つめて、どう反応したらいいのか分からず微妙な表情をしていた。
「お義兄様って……まあ名前を彫るわけにいかないのは分かるんだがお義兄様って……お義兄様って」
「ふふ、良かったですわね、殿下。モニカ、アレク、本当に嬉しいわ。どうもありがとう」
「お礼ならアレクにね。アレク、ありがとう」
「どういたしまして。殿下の喜ぶ顔が見れて俺も嬉しいですよ……うくくっ」
「笑ったよな? 今アレク笑ったよな? 不敬罪に問うぞ?」
「やめてくださいよ、お義兄様。……ぷくくっ」
「まあ! まだ私達もあなた達も結婚していないのですから、気が早いですわよ!」
「お姉様がトドメを刺した……!」
殿下はテーブルに突っ伏してプルプル震え、俺は笑いを堪えきれなくなり、モニカ様も笑い出した。
エミリア様はよく分かっていない様子だったが、つられて笑い出し、殿下も結局笑い出したのだった。
――*――
俺達はホリデーで賑わう街で食事や買い物をした後、劇場前に足を運んでいた。
殿下とエミリア様はこれから観劇に行く予定である。
俺は演劇は分からないし、モニカ様も今回の演目には興味がないらしく、お二人とは別行動だ。
いつも通り殿下には護衛騎士が陰ながら警護しているので、心配ない。
「さて、アレク、これからどうしよっか?」
殿下達を見送ると、モニカ様は俺の方をくるりと振り返り、にこにこしながら問いかけた。
「どうしましょうか。モニカ様はどこか行きたい所はありますか?」
「えへへ、実はね、この時期だけ職人街からこっちの大通りに出店している工房がいくつかあるらしいの。革小物とか、ビーズアクセサリーとか、手作りの小物が買えるんだって」
「そういう小物類、モニカ様好きそうですね。行ってみましょうか」
「うん!」
モニカ様はぱあっと太陽のような笑顔を浮かべ、俺もつられて笑顔になる。
彼女は感情表現が豊かで、天真爛漫な所があるが、公爵家の令嬢なだけあって空気を読む力には長けている。
行動力もあって、留学も誰かに言われたのではなく、自分で決めたのだ。
興味のあることはとことん追求しないと気が済まないタイプなのである。
「ねえアレク、最近お姉様、変わったよね。何かあった?」
「え? ああ、そうですか? まあ殿下との距離は縮まったかと思いますけど」
「それもそうだけど、うーん、何て言うのかな……」
モニカ様は、うーんうーんと悩んでいる。
違和感は感じているものの、上手く表現できないのだろう。
「まぁいいか。いつか話してくれるかな……」
「……ええ、きっと」
プリシラの件が落ち着いたら、いつか話せる日が来るかもしれない。
モニカ様ならきっと、目をまん丸にして驚いて、でも世の中にはそういう不思議な事もあるものよ、と受け入れるのだろう。
「モニカ様、あの辺り、工房の出店がある一角みたいですよ」
「あ、本当だわ! 結構賑わっているのね」
広場には屋台が所狭しと並んでいて、モニカ様の言っていた革小物やビーズアクセサリーの他にも、木彫りの小物や天然石のブレスレットなど、様々な物が売っていた。
本来は平民向けの小物類だが、好奇心旺盛で珍しい物を好むモニカ様には宝の山に見えているらしい。
「まあ、細かい細工ね! 見て、この木彫りの動物達、すごく表情が豊かよ」
「ええ、本当ですね。このリスなんて本当に笑っているみたいです」
モニカ様は目をキラキラさせて、たっぷり時間をかけて色々な店を眺めている。
いくつか気に入った小物を買うと、最後に革小物を売っている露店が目に留まったようだ。
「ねえ、アレク、お姉様達にお土産を買いましょうよ!」
「お土産ですか?」
露店の看板を見ると、『革小物・革製ブレスレット、名入れ致します』と書いてある。
「名前を彫ってもらって、プレゼントするの! どう? 四人でお揃いよ」
「お兄さん、お姉さん、いらっしゃい! 今タイムセール中で、このブレスレットを三つ以上買ってもらうと、通常有料の名入れを無料サービスしてるんだ! 俺が責任持って綺麗に彫らせていただきます! どうだい?」
露店の店員は、俺たちより少し若い少年だった。
ただの店番かと思っていたが、若くして立派な職人だったらしい。
「まあ、ラッキーね! ねえアレク、いいでしょう?」
「そうですね、記念になりますし」
「じゃあブレスレットを四つ、色はこれとこれと……」
「あいよ。名前はどうします?」
「この色がモニカ、こっちがアレク。これはエミリア。で、これがライむぐっ」
俺は咄嗟にモニカ様の口に手を伸ばした。
殿下の名は珍しい名前だし、平民の間でも流石に有名だから、驚かれてしまう。
「……それはダメです、流石に」
「あ、そっか。じゃあ……これには、お義兄様って彫ってくれる?」
「モニカ、アレク、エミリア……と、お義兄様ね。じゃあ少しかかるから、そこの椅子に座って」
俺とモニカ様は素直に椅子に腰掛ける。
職人の少年は、その茶色い髪が目にかからないように前髪をピンで留めると、安全ゴーグルをかけた。
少年は、スムーズに、かつ丁寧に名前を革に彫り込んでいく。
「まあ、とっても丁寧でスピーディーだわ。まだお若いのにすごいわね」
「俺、童顔だし背も低いからよく言われるんだけど、こう見えてもう十七なんすよ。この革工房に弟子入りして二年経ちます」
少年は、作業を続けながら会話にも答えてくれている。
本当に器用で、熟練しているようだ。
「あら、そうだったの! ごめんなさい。アレクと同い年ね」
「そうか、それは失礼した。年下かと思ってしまった」
「いいんすよ、いつも言われるから。お兄さんみたいに背が高くてカッコよければ良かったんだけど。二人は恋人?」
「人には言えない関係よ」
「ぶっ!! ……そ、それはないでしょう、人様に何言ってるんですか」
少年は手を止めて、目を丸くして顔を上げた。
「ふぅ、あぶねあぶね……手元が狂うからやめてくれよ」
「あ、ごめんなさい。まあ私達は恋人よね、アレク」
「……そ、そうです」
「へぇ、よく分からんけど頑張れよ、お兄さん」
少年は何故か俺に向かってそう言うと、再び下を向いて作業を再開した。
「あなたには恋人はいるの?」
「いやー、俺はいないんすよ。好きなやつはいるんすけど」
「まあ! ぜひ聞きたいわ! どんな人なの?」
「俺田舎の出身でさ、王都には出稼ぎに来てるんすよ。俺の好きなやつは幼馴染で、俺が二年前にこっちに来てからしばらく会ってなかったんすけど、今年の夏から王都の学校に通ってて、今一緒に住んでます」
「まあ! 同棲してるのね! 刺激的だわ! ……でも恋人ではないの?」
「まあね。俺たちはずっと幼馴染だったから、あいつはそれ以上には思ってないんすよ。……それに、あいつ、俺には隠してるけど、好きな男が出来たっぽいんだよな」
「そう……」
少年は作業しながらも淡々と喋っている。
特に悲しんでいる様子もないし、ある程度現実を受け入れているのだろう。
「さあ、出来たよ。これでいいかい?」
少年は粉をふっと払うとゴーグルを外し、ブレスレットを四本見せてくれる。
どれも見事に彫られていて、綺麗な仕上がりである。
「素晴らしいわ! 良い記念になるわね! 職人さん、どうもありがとう」
「どういたしまして。お代は……」
「これで頼む。釣りは取っておけ」
「え? こんなに? チップにしても流石に多いって」
「いや、いいんだ。君の好きな人に、何かホリデーのプレゼントを贈ってやれ」
俺は少年に、代金の倍程度の金額の貨幣を渡す。
素晴らしい仕上がりへの礼と、不躾に身の上話を聞いてしまった詫びである。
少年は緑色の瞳を揺らしていたが、俺が頑なに貨幣を引っ込めないでいると、ニカッと笑って貨幣を受け取った。
「ありがとう、お兄さん。お姉さんとお幸せにね!」
「ああ、君も、いい恋が出来るといいな」
「えへへ、ありがとう、職人さん。素敵なブレスレット、大切にするね」
そうして俺は赤、モニカ様は黄色のブレスレットを身につけると、土産のブレスレットは包んでもらい、広場を後にした。
********
俺たちは、劇場近くのカフェで公演が終わるのを待ち、殿下とエミリア様と合流した。
青いブレスレットを受け取ったエミリア様はとても嬉しそうにしていて、それを見ているモニカ様も満足そうだ。
一方、殿下は白いブレスレットを見つめて、どう反応したらいいのか分からず微妙な表情をしていた。
「お義兄様って……まあ名前を彫るわけにいかないのは分かるんだがお義兄様って……お義兄様って」
「ふふ、良かったですわね、殿下。モニカ、アレク、本当に嬉しいわ。どうもありがとう」
「お礼ならアレクにね。アレク、ありがとう」
「どういたしまして。殿下の喜ぶ顔が見れて俺も嬉しいですよ……うくくっ」
「笑ったよな? 今アレク笑ったよな? 不敬罪に問うぞ?」
「やめてくださいよ、お義兄様。……ぷくくっ」
「まあ! まだ私達もあなた達も結婚していないのですから、気が早いですわよ!」
「お姉様がトドメを刺した……!」
殿下はテーブルに突っ伏してプルプル震え、俺は笑いを堪えきれなくなり、モニカ様も笑い出した。
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