転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留

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11 波乱のお茶会

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 エミリア視点です。

――*――

「それで、次のイベントはお茶会だそうです」

 疲れた顔をして、アレクは開口一番そう報告した。
 私は記憶を辿って、可能な限り思い出そうと試みる。

「お茶会……うっすら覚えてるわ。今度、学園の女子生徒全員で親睦を深めるお茶会が開かれるのだけど、恐らくそれの事ね。確か、貧乏なプリシラはお古のドレスしか用意できなくて、エミリアは馬鹿にするのよね……。その上、プリシラのドレスにわざとお茶をこぼすの。それで会場から出て行ったプリシラは、偶然殿下に会って、エミリアにお茶をかけられたと告げるのよ」

「いきなり難関だな。その茶会には男子は入れない。女子の協力者が必要になるな……」

「ええ。ですが、協力して下さるご令嬢なんて、いるかしら……。私が実際にお茶をかける訳にはいかないですし、かと言って私からそんな事を誰かに依頼したら、それは嫌がらせの証拠として証言されかねないですわ。私に脅迫されたとか何とか言われるでしょうね……」

「難しいな……」

「でも、何とかしないと……。俺、あの令嬢と話してみて思いましたけど、本気でかからないと不味いですよ。あれは悪魔です。俺、身の危険を感じましたよ、まじで」

 そう言ってアレクは、ぶるりと身震いをする。
 騎士のアレクは勇敢で、怖がっている姿など見た事がないのだが……相当怖い思いをしたのだろう。
 私は申し訳なさに、眉尻を下げる。

「アレク、ごめんなさい、恐ろしい役目をお願いしてしまって……」

「いえ、エミリア様は悪くありませんよ。この計画を知らなかったとしても、俺はプリシラ嬢に利用される事になっていたのでしょう ?どっちみち関わる事になるんなら、利用されるんじゃなく、こっちから利用してやりますよ」

 そう言って胸に拳を当てるアレクは、やはり頼もしい。
 ふと、真剣なお顔で悩んでいた殿下が顔を上げる。

「……エミリア、茶会はいつなんだい?」

「ひと月ほど後です。毎年開かれる、新入生を歓迎するお茶会ですわ」

「要は、紅茶がプリシラ嬢目がけてこぼれれば良いのだろう? 茶会の準備は、誰がするんだい?」

「ええと、テーブルや椅子、飾り付けなどの会場の設営は毎年三年生の男子がして下さっていますわ。お茶やお菓子、お花の用意は三年生の女子が担当しております」

「じゃあ私とアレクも会場の設営に携われるのか。席次は決まっているのかい?」

「いえ、決まってはいませんが、毎年家格や学年で何となく分かれる事が多いですわね。三年生は会場奥のテーブルに着く事が多く、一年生は入口近くに固まって座る事が多いです。ですが、親睦を深めるお茶会ですから、最初に着いた席から、主に一年生ですが、皆様挨拶に回るために移動していきますわ。三年生は逆に殆ど動きません」

「ふむふむ、そうか。準備する時間もある、条件的にも問題無さそうだな……」

 殿下が悪い顔をしている。
 目を輝かせて、とっても楽しそうだ。

「良い事を思いついたんだが、聞いてくれるかい?」


 ********


 そして、ついにお茶会の日が到来した。
 この日に向けて、私たちは毎日居残りして準備を進めてきたのだ。

 プリシラも、休み時間や登校の時間帯に顔を出しては殿下にアプローチしていたが、放課後はすぐに帰宅しているようだった。
 私はプリシラを見ると条件反射のように涙ぐんでしまうので、プリシラの気配を感じるとすぐに殿下から離れ、一人で密かに泣いているのだった。

 殿下はプリシラに対して、拒絶もしなければ受け入れる様子も見せないため、この頃は何故殿下はこの失礼な令嬢に対して怒らないのか、周囲が密かに疑問に思っているようだとアレクが教えてくれた。
 それでもプリシラが去った後は必ず私を迎えに来てくれて、困っているような、怒っているような、遣る瀬無い表情を見せる。
 そしていつも、壊れものに触れるようにそっと抱きしめ、頭を撫で、優しく涙を拭ってくれるのだった。



「よし、完璧だ。いいかい、エミリア、後は君の腕の見せ所だ。頑張るんだよ」

「御武運をお祈りしております」

「お二人とも、ありがとうございます。これまでの準備が無駄にならないよう、精一杯努めさせていただきますわ」


 殿下とアレクはお茶会の設営を終えて、会場から出て行った。
 ここからは私一人でプリシラと戦わなくてはならない。
 緊張で涙ぐみそうになるのを、精神力でぐっと堪える。
 自分のテーブルの花を活けながら、私はお茶会の始まりを待った。


「エミリア様、ご機嫌よう。お隣に座っても、よろしいですか?」

「ええ、勿論ですわ。今日は楽しみましょうね」

 私の隣に同じクラスの令嬢が座ったのを皮切りに、競うように私のテーブルに令嬢が着いていく。
 皆、聞きたい事があるのだろう――聞かれる事は、大体分かる。

「エミリア様、最近、顔色が優れないですわね。やはり、あの失礼な男爵令嬢の事でお悩みなのですか?」

「一年生の令嬢ですよね、ピンクの髪の。殿下にはエミリア様という婚約者がいらっしゃるのに、失礼極まりないわ。殿下も何故お怒りにならないのかしら?」

「……私は殿下を愛していますし、殿下のお気持ちを疑うような事は致しませんわ。殿下も、あの令嬢を何とも思っておられないからこそ、お怒りにならないのでしょう」

「ですが、エミリア様、あの令嬢が来た時はいつも外で泣いておられますよね? 私達、心配しているのですよ」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが、私は大丈夫です。最近、少し涙脆くなってしまいましたわ……みっともない姿をお見せして、心苦しく思います」

「みっともないだなんて、そんな……。エミリア様、私達三年生は皆、エミリア様の味方です。何かあれば、必ずお力になりますわ。私達が、必ずあの令嬢からエミリア様をお守りします」

「……ありがとう。皆様のそのお気持ちだけで、充分ですわ」

 私は、思わず涙をこぼしてしまった。
 すぐにハンカチを目に当てるが、周りの令嬢は痛ましそうな表情で私を見ていて、本当に私の事を労ってくれているのが分かる。


 そうしているうちに、一年生が席を立ち、挨拶回りに動き始めた。
 この国ではピンクの髪色は珍しいから、プリシラの居場所は探さなくとも分かる。
 ピンクの髪が真っ直ぐにこちらのテーブルに向かっているのを、私は目の端で捉えていた。

「……エミリア様、例の令嬢が来ますわよ」

「何なのかしら、あのドレス。すごく古い型ね」

「アクセサリーに付いている宝石も、本物ではなくイミテーションだわ。子供の玩具みたいね」

「……皆様、どうかおやめくださいませ」

 私は、他の令嬢がプリシラの姿を悪く言うのを止めた。
 スワロー男爵家は、貧乏だ。
 小説でもお古のドレスを着ていたし、恐らくプリシラは現実でもドレスを用意できず、母親のドレスを借りたのだろう。
 クリーム色のドレスは、紅茶をこぼしたらシミが目立ちそうな素材で、私はだんだん心苦しくなってきた。

「ご機嫌よう、三年生の皆様。エミリア様、最近なかなかお話し出来ませんねぇ。私の事避けてますかぁ?」

「……」

 私は、プリシラのドレスの裾が歪な形になっているのが見え、図らずもつま先から頭の天辺まで観察してしまった。
 ドレスのサイズが合っていない。
 胸元はリボンで調整できるタイプだが、裾が長いのだけはどうしようもなかったのだろう。
 一生懸命、縫って直したに違いない。

「プリシラ様、そのドレス、ご自分で裾上げをなさったの?」

「……そうですよぉ。今日のために、母のドレスを借りてきましたぁ」

 プリシラの顔が、不快そうに歪む。

「縫製が甘いですわ。裾がほつれてきています。きちんと修繕しなくては、危ないですわよ」

「あーっ、もう、馬鹿にしないで下さいよぉ。うちが貧乏だって、修繕にも出せないなんて、そんなこと指摘されなくても分かってますよぅ! 私が不器用なのも分かってますよぉ~!」

「……いえ、そういうつもりでは……」

 私は、単純に裾を踏まないように気をつけてと注意したつもりだったのだが……プリシラは、ドレスを馬鹿にされたと思ったようだった。
 この後、しかし古い型ですわね、とか言おうと思っていたのだが、図らずも実際にプリシラを馬鹿にする事なく『ドレスを馬鹿にする』ミッションはあっさりクリアした。
 そして、馬鹿にされたと思ってプリシラが体を大きく揺らした瞬間――

「きゃあ!」

「まあ、大変!」

「何ですの!?」

 プリシラがドレスの裾を踏んでたたらを踏み、思いっきり隣のテーブルにぶつかった。
 そしてプリシラがテーブルに手をついた拍子に、手前に置いてあった紅茶がこぼれて、プリシラのドレスにシミを作ったのだった。


「え……え……」

「だ、大丈夫? プリシラ様……お怪我はなさってないかしら? 急いで何か拭くものを」

 プリシラは赤くなって、恥ずかしそうに眉を下げ、ぷるぶると震えていた。
 私はだんだん可哀想になってきて、プリシラに話しかけたのだが……

「エミリア様、ひっどーい!! エミリア様がいじめますぅー!!」

「……え?」

 プリシラは、大きな声で私を糾弾して、会場から走って出て行った。
 会場の視線がこちらに集まり、ザワザワとし始める。
 私は座ったまま、呆然としていた。
 悪口も言わなかったし、殿下達が施したテーブルの仕掛けも作動させなかった。

「私……何もしてない……わよね?」

「ええ、エミリア様は何もしていないですわ」

「あの令嬢、本当に何なのかしら……」

 どう見ても完全にプリシラの自爆である。
 周囲で一部始終を見ていた令嬢達も、呆然としていたのだった。
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