美醜逆転世界で婚約破棄された私、気がついたら反社に執着されてた

はりねずみ

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9 気がついたらガン見されてた

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「いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ―」

 暖簾をくぐって入ってきた男の人に声をかける。
 ダルそうな様子で入ってきたその男の人は、私が声をかけるとぎょっとした顔をし、こちらを見たかと思ったら、キュウリを見た猫のごとくぴょんっと飛び跳ねた。

 マスクをしていても、その整った顔立ちがわかる。厳ついけど。すんごい厳ついけど。厳ついのに、目が真ん丸になってて、なんだか愛嬌があるなぁ……

「……えっ、あ、……お、おんな!? え、女ぁ……!?」
「はい、女です。お好きなお席にどうぞー」

 天変地異でも起きたのかと思うような驚きを示す男の人。
 しかし私は動じない。なぜならこのやりとり、もう今日一日で何度もやってるからだ。
 人生でこんなに性別を確認されること、ある?

 そう、店主さんの前で見事唐揚げ定食(少なめ)を完食した私は、無事このさかいだ食堂で働けることになったのである。
 結局、なんで店主さんが爆笑していたのかはわからないままだった。
 謎の多い面接だったな。

 今世では箱入り娘の私だが、前世では高校生時代バイトに明け暮れた私は、もちろんファミレスでの接客経験もあった。
 即戦力の私に、店主は「俺の顔を見ても吐かないうえに、仕事もできるなんて天使か? 天使だな! 天使様!」と言って涙した。いや、怖いって。

 注文を取って、厨房に流して、出来上がった料理を運ぶ。メニュー数も少ないし、人気の定食はある程度決まっているしで、私としては順調な仕事の滑り出しなのだけれど、お客さんはそうじゃなかった。

 私を認識するなり、ぴょんっと飛び跳ね、ものすごい勢いでマスクとサングラスを取り出して装備し、おどおどとした様子で席に座る。
 そしてマスクの隙間からご飯を食べながら、私をガン見してくるのだ。

 率直に言って居心地が悪いし、マスクが汚れるのも気になる。マスクしながら食べるの、無理すぎない?

 とりあえずテーブルが全部埋まったし、料理も出し終えたので、いったん、厨房に避難。

「お、どうした? やっぱり耐えきれなくなったか? 二階で休んでくるか?」

 オーダーをこなして一服してた店主さんが、気遣うように声をかけてくる。

「いや、大丈夫です。それよりも、飲食店の厨房でタバコ吸うのはアウトでしょ。外で吸ってくださいよ」
「いいんだよ、ここは俺が法律だから。つうか、疲れた顔してるぞ。上で休んでこいよ、芽衣」

 ナチュラルに下の名前で呼んでくるイケメン(前世)、心臓に悪いんですけど!
 イケメン(前世)に下の名前で呼んでもらえて、しかも心配してもらえるって、前世でどんな徳を積んだんだ、私。社畜の徳かな?

 心の中でそんな阿呆なことを考えながら、心配そうにのぞき込んでくる店主さんに、首を横に振って返した。

「いや、本当に大丈夫です。どっちかっていうと、私があっちにいると、お客さんが食べづらそうで。なんでみんなサングラスとマスクして食べてるの? この店、それがドレスコードなんですか?」
「あー……」

 店主さんが携帯灰皿に煙草を押し付けつつ、苦笑する。

「いや、まぁ、慣れるまではしゃあねえな。芽衣は知らないだろうけど、サングラスとマスクは俺らブサイクの標準装備なんだよ。素顔をさらして生活していると、基本、ぶん殴られるからな」
「は?」

 思わず低い声が出た。

「まぁ、汚い顔をさらすなってことだろ」

 何でもないことのように言う店主さんに、私のほうが腸が煮えくり返ってくる。
 本当にどうしようもない世界だ。

「まぁ、うちはいつもブサイクばっかり集まるから、普段はみんな素顔で食べてるけど、今日は芽衣がいるからな」
「え、あれ、私向け装備なんですか? あれ、それだと、私がこの店に接客するのはマイナスでは? お客さんがくつろげないじゃないですか。とはいえ、首にされると困るんだけど……あ、私、厨房やりましょうか」

 軽い気持ちでそう言ったら、店主さんの顔がぽかーんとなる。

「え“……女の子の作ったメシ、食べられるの? この店、天国では? 買収しようかな……あ、俺の店だったわ」
「あ、すみません。なかったことにしてください」

 普通に話してたのに、ちょこちょこ変なところ出してくるんだよな、店主さん。

 私が引き気味なのがわかったのか、店主さんはすぐに我に返る。
 そして小さく苦笑して言った。

「まぁ、芽衣が吐かないってわかったら、そのうちサングラスもマスクも外すでしょ。その頃には、うちも超人気店よ、きっと。………あれ、それって、やばくね?」

 店主さんが真顔になった理由を私が理解したのは、約一週間後のことだった。


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