上 下
24 / 40

第二十四話:後輩の念願

しおりを挟む
 買い物から帰ってきた俺たちは、先ほど言っていた通り、狭いキッチンに二人並んで調理を始めた。
 といっても所詮は鍋なので、俺が野菜を洗い、都筑が適当な大きさにざくざくと切っていくくらいだ。
 一通り洗い終えた俺は、キッチン下の戸棚から鍋に必要なあれを探し出すべく屈んだ。

「えーっと……たしかここら辺に……。――っとあったあった」
「あ、カセットコンロですか。ガスはあります?」
「それも一緒に片付けてあった。一本しかないけど、まあ今日使う分には問題ないだろ」

 取り出したガス缶を手に、シャカシャカと振って音を出してみせる。
 それを見て都筑はふふふ、と笑みを零した。

「どした?」
「んーん。別に。なんでもないですよー」

 と言いつつ都筑は、華の咲いたような――というわけではないが、春の陽気を湛えたような、にこにこと柔らかな表情を携えている。
 包丁がまな板を叩くリズムも、トン、トン、トン、と軽やかで楽しげだ。

「楽しそうだな」
「はい。それはもう。もちろん先輩と一緒だからというのも大きいんですけど、こうして誰かと一緒に何かするのって楽しいですよね。ほら、私、この春まで親元を離れたことなかったですし」
「ああ、そういえばそうだったな」

 もう俺は三年生になってすっかり慣れてしまっていたが、そういえば都筑は一年生――つまり入学したばかりだった。
 家に誰かいるのといないのとでは、空気からして違う。
 俺も一人暮らしを始めた頃は、いつもしんとした自分以外いない空間になかなか慣れず、新しく出来た友達を誘っては一緒に食事をしたものだった。
 親の代わりは出来ないかもしれないけど、俺がいることで孤独感を少しでも和らげてやれてるならいいなと思う。

「――よし。材料は全部切れたし、あとは煮込むだけですね」

 △▼△▼△

 食事を終えた俺たちはだらだらと映画を見つつ取り留めのない話をしていた。
 その途中でふと、この関係について気になることがあったので、訊いてみた。

「そういえばこのお試し交際って最長いつまでーみたいな期間って決めてるの? ほら、この日になったら正式に付き合うか解消するか決める、みたいな」
「そんな具体的に決めなくてもいいんじゃないですか? どっちかが嫌になったらやめればいいだけですし、いいなとおもったらそう言えばいいだけですし。最初から期間が決まってるなんて、なんだか味気ないです」
「そんなもんか?」
「そんなもんですよ」

 ま、それもそうか。
 都築が困らないならそれでいい。
 今のところ、他にあてもないようだし。

「というか先輩っ。いちいちお試しって言わないでください。本当に付き合ってるつもりにならないとお試しにもならないでしょ? 普段はあんまり意識しないでくださいよ」
「……そうだな。悪い」
「分かればいいですよ、もう」

 都筑はそう言って頬を膨らませた。
 怒らせたかな。
 言われて見れば、あまりにも配慮に欠けていた言動だった。
 少し考えればわかりそうなものなのに。

 ――もう一度謝ろうか。でもまた思い出させるのはちょっとな。

 そんなことを悩んでいると、突然都筑が何か思いついたかのようにパッと表情を明るくした。

「そうだ、先輩! ひとついいですか?」
「なに?」
「せっかくだから『先輩』じゃなくて、他の呼び方で呼びたいです」

 そういえば付き合いたての頃ってこんな会話をするもんだっけ。
 なんか初々しくてこそばゆいな。
 昔に戻ったような気分だ。
 でも、こういうのも悪くない。

「いいけど、どんなふうに?」
「えーっと、じゃあ……『智樹くん』って呼んでもいいですか?」
「ああ、いいよ」

 まさかあの都筑から『智樹くん』なんて呼ばれる日が来るとは。
 人生って何があるかわからないものだ。
 そんなことをしみじみと感じていると――。

「やったぁ! じゃあ、せんぱ……じゃなかった。智樹くんも変えてください」

 と、要求してきた。

「俺も?」
「はい。『都築』って名字じゃないですか。彼氏には名前で呼んで欲しいです」

 確かにその通りだ。
 でもなんか照れるな。
 まあ、すぐに慣れるだろ。

「わかった。……じゃあ――『藍那』」

 何か愛称でもつけたらいいのだろうか、とも思ったが、ひとまず無難に名前呼びにしておいた。
 すると藍那は途端に頬を綻ばせた。
 だらしないほどに力なくゆるゆるになってしまっている。
 その変わり様は劇的と言ってもいいほどだ。

「……えへ。へへ。えへへへへへへへ」
「嬉しそうだな」
「だってほら、なんか実感湧いちゃって。――彼女なんだなぁ……」
「名前くらいでそんなになることないだろうに」
「だってこれも念願ですもんっ」

 念願、か。
 きっとまだ他にもあるんだろうな。

「――ひとつずつ、叶えていこうな」
「はいっ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...