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第二十三話:後輩とお試し交際
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「――なら、付き合うか。お試しで」
「え――」
提案を飲んで頷いた俺を、都筑はぽかんとした顔で見つめた。
俺を見ているのに意識はここにない――まるで思考が停止したような様子だ。
「どうした……?」
まさか俺がそう答えるとは思わなかった。
そんな都筑に不安になって伺い見る。
「やっぱなしってんならそれでも――――ってうわっ!」
「ほ、本当に!?」
言いかけた俺の台詞を遮って、都筑がずいっと接近してきた。驚いて変な声が出てしまった。
先ほどまで人ひとり分開いていた距離が、数センチくらいまで一気になくなってしまった。
「近い、近い」と都筑の肩を両手で押し、少し距離を取った。
「あ、すみません……。ちょっと受け入れてもらえたのが信じられなくて……」
「いや、まあ……お試しだだろ?」
「ふふ。そうですね、お試しですもんね」
都筑はふわり、柔らかく笑った。
作ったものではない、心そのものが浮き立ったかのような表情だ。
初めて見るそれに、ドキリと心臓が内から強く叩いてくるのを感じずにはいられなかった。
「機嫌、いいな」
「だってそりゃあ……念願の彼氏ですし」
「お試しな、お試し」
「それでも彼氏は彼氏ですもん。……ふふ。嬉しいなぁ」
そんなに彼氏が欲しかったのだろうか。
大学入学に際し、がらりと雰囲気を変えてきた都築のことだ。
俺が思っていたよりも、並々ならぬ強い想いがあったのかもしれない。
お試しとはいえ、彼氏になった以上、幻滅させないようにしないとな。
「――っても、彼氏になって何をすればいいか、よくわかんねえけどな」
「普通でいいんですよ、普通で。変に格好つけたり、気取ったりせず、先輩が先輩でいてくれればそれでいいんです。私の前では、いつも通りでいてください」
「そんなんでいいの?」
「はい。そうしないと、正式に付き合っても上手くいくかわからないでしょ? ずーっと気を張り続けるわけにはいかないんだから」
「まあ、たしかに」
「あ、でも他の女の子と会うなとは言いませんが、口説いたらダメですよ? それと他の『お試し』を作るのもダメです」
「しねえよ。そんなこと」
「ふふ。じゃあ私からはもう言うことないです。あ、でも――」
「でも?」
「時々でいいんで、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ……特別扱いしてくれたら嬉しいなぁって……」
「そりゃあまあ……彼女だし」
「…………ありがとうございますっ」
じんわりと心が熱を持っていくのを感じる。
久しぶりの……本当に久しぶりの感覚だ。
喜んでくれて嬉しい。
この関係がいつまで続くものかまだわからない。
もしかしたら都築に本当に好きな人が出来て、解消を求められるかもしれない。
だけど、そのときが来るまでは出来る限り大切にしたいと思う。
「あ……もう夕方か……。先輩、今日の夜って予定とかないですよね?」
「ないよ」
「じゃあ今日の夕飯も一緒に食べませんか? よしよければひと段落しましたし、今のうちにお買い物して来ようと思うんですけど」
「ああ。それなら一緒に行こうぜ。帰りの荷物、重いだろ」
「え、いいんですか?」
「当たり前だろ。変な遠慮すんなよ」
近づいて、わしわしと頭を雑に撫でる。
すると都筑はびっくりしたように目を見開いて動かなくなった。
あ、やべ。昔の癖がでた。
昔、男女の距離がもっと近かった高校の頃、こうして何度か都筑の頭を撫でたことがあった。
当時はあまり意識していなかったのだが、今にして思うと気軽に女の子の頭を撫でるなんて立派なセクハラだ。
さらにいえば、あの頃はショートカットだったからあまり気にならなかったかもしれないが、今の都筑の髪はかなり伸びていて、しかもパーマを出すために整髪料までつけられている。思った以上にぼさぼさになってしまった。
「わ、悪い。つい昔の癖で――。嫌だったよな? ごめん……」
「いえ――全然嫌じゃないです。むしろちょっと懐かしかったっていうか……」
「そうか……? ならいいんだけど、髪もぼさぼさになっちまったし……」
「ふふ。そんなのはすぐ直せますよ。それより、先輩こそ変な遠慮しないでください。私は今、先輩の彼女ですよ?」
「……そうだったな」
「はいっ!」
よかった。
本当に嫌がってはいなかったようだ。
ほっと安堵の息を吐いた。
「――そうだ。買い物行くのはいいんだけどさ、夜は凝った物じゃなくて、もっと楽なのにしようぜ。ちょっと季節外れだけど鍋とか」
「いいですね! お鍋! 友達に聞いたんですけど、ここら辺は美味しいお味噌が売ってるらしいんですよ」
「ああ。知ってる。じゃあせっかくだしそれにするか。んで、一緒準備にして、食べながらもう一本映画見るのはどうだ?」
「え、楽しそう。やりたいです! あ、そうだ」
都筑は言葉を切って手を打った。
何か思いついたらしい。
「じゃあ、せっかく彼女になったんで、今日は泊っていってもいいですか? ――あ、一応言いますけど、変なことしようっていうんじゃないです。ただ、えっと、その……そう! 憧れてたんです! 彼氏の家にお泊り!」
「この前泊ったじゃん」
目を輝かせている都筑に笑いながら言うと
「あれとこれとはちがーう!」
と憤慨した様子で返された。
それを見て、また俺は笑った。
「え――」
提案を飲んで頷いた俺を、都筑はぽかんとした顔で見つめた。
俺を見ているのに意識はここにない――まるで思考が停止したような様子だ。
「どうした……?」
まさか俺がそう答えるとは思わなかった。
そんな都筑に不安になって伺い見る。
「やっぱなしってんならそれでも――――ってうわっ!」
「ほ、本当に!?」
言いかけた俺の台詞を遮って、都筑がずいっと接近してきた。驚いて変な声が出てしまった。
先ほどまで人ひとり分開いていた距離が、数センチくらいまで一気になくなってしまった。
「近い、近い」と都筑の肩を両手で押し、少し距離を取った。
「あ、すみません……。ちょっと受け入れてもらえたのが信じられなくて……」
「いや、まあ……お試しだだろ?」
「ふふ。そうですね、お試しですもんね」
都筑はふわり、柔らかく笑った。
作ったものではない、心そのものが浮き立ったかのような表情だ。
初めて見るそれに、ドキリと心臓が内から強く叩いてくるのを感じずにはいられなかった。
「機嫌、いいな」
「だってそりゃあ……念願の彼氏ですし」
「お試しな、お試し」
「それでも彼氏は彼氏ですもん。……ふふ。嬉しいなぁ」
そんなに彼氏が欲しかったのだろうか。
大学入学に際し、がらりと雰囲気を変えてきた都築のことだ。
俺が思っていたよりも、並々ならぬ強い想いがあったのかもしれない。
お試しとはいえ、彼氏になった以上、幻滅させないようにしないとな。
「――っても、彼氏になって何をすればいいか、よくわかんねえけどな」
「普通でいいんですよ、普通で。変に格好つけたり、気取ったりせず、先輩が先輩でいてくれればそれでいいんです。私の前では、いつも通りでいてください」
「そんなんでいいの?」
「はい。そうしないと、正式に付き合っても上手くいくかわからないでしょ? ずーっと気を張り続けるわけにはいかないんだから」
「まあ、たしかに」
「あ、でも他の女の子と会うなとは言いませんが、口説いたらダメですよ? それと他の『お試し』を作るのもダメです」
「しねえよ。そんなこと」
「ふふ。じゃあ私からはもう言うことないです。あ、でも――」
「でも?」
「時々でいいんで、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ……特別扱いしてくれたら嬉しいなぁって……」
「そりゃあまあ……彼女だし」
「…………ありがとうございますっ」
じんわりと心が熱を持っていくのを感じる。
久しぶりの……本当に久しぶりの感覚だ。
喜んでくれて嬉しい。
この関係がいつまで続くものかまだわからない。
もしかしたら都築に本当に好きな人が出来て、解消を求められるかもしれない。
だけど、そのときが来るまでは出来る限り大切にしたいと思う。
「あ……もう夕方か……。先輩、今日の夜って予定とかないですよね?」
「ないよ」
「じゃあ今日の夕飯も一緒に食べませんか? よしよければひと段落しましたし、今のうちにお買い物して来ようと思うんですけど」
「ああ。それなら一緒に行こうぜ。帰りの荷物、重いだろ」
「え、いいんですか?」
「当たり前だろ。変な遠慮すんなよ」
近づいて、わしわしと頭を雑に撫でる。
すると都筑はびっくりしたように目を見開いて動かなくなった。
あ、やべ。昔の癖がでた。
昔、男女の距離がもっと近かった高校の頃、こうして何度か都筑の頭を撫でたことがあった。
当時はあまり意識していなかったのだが、今にして思うと気軽に女の子の頭を撫でるなんて立派なセクハラだ。
さらにいえば、あの頃はショートカットだったからあまり気にならなかったかもしれないが、今の都筑の髪はかなり伸びていて、しかもパーマを出すために整髪料までつけられている。思った以上にぼさぼさになってしまった。
「わ、悪い。つい昔の癖で――。嫌だったよな? ごめん……」
「いえ――全然嫌じゃないです。むしろちょっと懐かしかったっていうか……」
「そうか……? ならいいんだけど、髪もぼさぼさになっちまったし……」
「ふふ。そんなのはすぐ直せますよ。それより、先輩こそ変な遠慮しないでください。私は今、先輩の彼女ですよ?」
「……そうだったな」
「はいっ!」
よかった。
本当に嫌がってはいなかったようだ。
ほっと安堵の息を吐いた。
「――そうだ。買い物行くのはいいんだけどさ、夜は凝った物じゃなくて、もっと楽なのにしようぜ。ちょっと季節外れだけど鍋とか」
「いいですね! お鍋! 友達に聞いたんですけど、ここら辺は美味しいお味噌が売ってるらしいんですよ」
「ああ。知ってる。じゃあせっかくだしそれにするか。んで、一緒準備にして、食べながらもう一本映画見るのはどうだ?」
「え、楽しそう。やりたいです! あ、そうだ」
都筑は言葉を切って手を打った。
何か思いついたらしい。
「じゃあ、せっかく彼女になったんで、今日は泊っていってもいいですか? ――あ、一応言いますけど、変なことしようっていうんじゃないです。ただ、えっと、その……そう! 憧れてたんです! 彼氏の家にお泊り!」
「この前泊ったじゃん」
目を輝かせている都筑に笑いながら言うと
「あれとこれとはちがーう!」
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