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しおりを挟む名前を呼ばれて、短く答えるとなぜか嬉しそうにしている。いつも何が楽しいのか、微笑んでいることが多い奴だけれど今日は輪をかけて機嫌が良さそうだ。
モブである俺と手をつなぎ、不快を覚えるほどの人混みを歩くことの何が楽しいのか。全く理解できない。
一体何処に喜ぶ要素が、あるのかと考えて思い当たる節にたどり着く。
―― きっと、あれだな
出会った頃の俺の態度の悪さに、起因することだ。
ジルベールと出会った当初は、名を呼ばれても視線を向け返しても言葉は返さないことが多かった。
今思うとなんていやな奴だろうと、思いはするがちゃんとした理由はある。
俺は腐男子で、なによりも萌え要素を愛している。萌えとは主人公であるロイと、攻略キャラが存在して成り立つものだ。単体でも萌える人はいるだろうが、あいにくと俺はそれでは萌えない。
なのにジルベールときたら、ロイがくる前だから当たり前だがいつも一人で俺の前にやってくる。あのときは主人公と一緒にいないジルベールなんて、顔面が良くて女の子にもてるいやな奴でしかなかった。
今でも全くモテないモブの俺としては、女の子にキャーキャー言われているイケメンに好印象はいだきはしない。ただのモテないモブのやっかみだ。
―― 今は
そこまでは思ってないと断言はしないが、いやな奴だとは思っていない。
だがそのときは、違った。
名前を呼ばれる度に、ロイが隣にいることを期待して視線を向ける。そこにはいつもジルベールしかいない。今度こそ萌えを摂取できるかと期待して、何度も肩透かしをくらう。それが続けば。いやな顔もしたくなる。
あの態度は、ないと思うが俺は萌えを主食にする腐男子だ。その心情を少しは、おもんばかってほしい。
食事を取らないと、元気がなくなって力が入らなくなるだろう。俺にとっての萌えとは、それと似たようなものだ。摂取しないと、元気がでなくなるし生活に支障をきたす。
だが俺が腐男子であると知らないジルベールからしたら、そんなことは知ったことでないだろう。自分一人だと萌えない。そんな自分の知り得ない事情から、声をかけた相手が返事もしないで視線だけ向けてくる―― あれ、ちょっとまて腐ってる腐ってないを、置いておくと俺ってかなりいやな奴だったんじゃないか?
ジルベールはなんでこんな奴と、友達どころか親友になりたいと思い至ったのだろう。
「ジルベール、俺と友達だと言われるのが、いやなら正直に言え。ヴァルにも、きとんと訂正しておく」
「どうしたのいきなり、さっきも言ったけれど嬉しいよ」
「そうか」
もしやあの態度のことを、怒っていないのか。知らなかったが、随分と寛大な奴だったらしい。
―― そうだな
そもそも怒っていたら、いくら同性限定のボッチだからと言ってお茶に誘ってきたりしないか。
だがそうだな。機を見て、あの頃の態度について謝っておくことにしよう。
「少しだけ、待っててくれるかな」
一人で脳内反省会を、開催していると目的の花屋にたどり着く。
店構えが高級な感じがして、気後れしたがジルベールは涼しい顔をしたままだ。
手を離して振り向き、一言告げると店員に声をかけにいく。俺も店の前で、立ちすくんでいるわけにはいかないので後について店にはいる。
店員と話しているジルベールの姿を、後ろで眺めながらあることを考える。
ジルベールが、俺に花を贈るのは自信をつけるためだ。誰かは知らないが、好きな人に贈るための予行練習にしている。それはいい。結構な数で、迷惑をかけてきたらそれくらい手伝ってやるのは問題ない。
だがその誰とも知らぬ相手が、ジルベールが俺に花を贈ったことを知ったらどう思うだろうか。目撃されるのも最悪だが、人伝に聞くのも問題がある。
―― まあ大丈夫か
モブに花を贈ったくらいで、攻略キャラの恋愛が阻害されることなんてないだろう。
「気に入ってくれるといいんだけど」
考えに浸っていると、レース状の包み紙をもったジルベールが近づいてくる。なんか店構えも高そうだが、ただの包装用紙も値段がはりそうだ。
場違い感を覚えながら、差し出された花束を見る。白い花びらが、綺麗な花だ。香りが強いのは、苦手だけれど僅かに香る程度で不快に感じることない。好きな部類に入る。
「綺麗な花だな。礼を言う」
特に花が、好きというわけでもない。こうやってもらうことが、なければ花束に縁もない。けれどいくら練習台とはいえ、もらったのだから礼を伝えた。
「よかった」
何処の誰かも知らない相手を、思っているのかジルベールが嬉しそうに笑う。
きっと俺で上手くいったから、その相手も喜んでくれると思っているのかも知れない。
ただ渡すまでのシミュレーションとしては、いいだろうが相手の好み云々があるから上手くいくとは限らないじゃないだろうか。
―― 諦めた方が、やっぱりいいよな
上手くいくか、失敗するかは置いておく。ただロイではない誰かを思って浮かべただろう笑みが、腐男子である俺の気力をそぐ。こいつはその相手の事を、大切に想ってるんだって事がいやなほど伝わってきたからだ。
後ろ髪を引かれていたけれど、ジルベールの萌えイベントを見るのはきっぱり諦めたほうがいいかもしれない。これからは微力ながら、影から応援してやることにしよう。そうなんせ友達だしな。
楽しみが一つ減ってしまったことに、内心落ち込みながら花びらに視線を落とす。
白に不規則な、赤が散った。
―― なんだ?
目をつむり、開けると赤が消えている。シミ一つない綺麗な白い花びらがあるだけだ。
―― またか
バグである。短時間にバグの連発は、止めてもらいたい。けっこうきついものがあるんだぞ。
具体的に言うと、今のは動悸が激しくなった。その前のは、心臓を締め付けられた気がした。
「レイザード、具合が悪いんじゃ……」
「違う。いたって健康体だ」
間の短いバグに、動揺しているのが伝わってしまったらしい。
ごまかすために別の話題をだそうとして、花瓶が目に入る。そういえば貰ったはいいが、飾るための花瓶がない。
また別の花屋に行くのも面倒だ。ここで買っていこう。どれにしようとかと足を向けて、固まるはめになった。
―― 高い
目に入った値札が、予想より一桁高い。
店構えで、察するべきだった。
どこからどう見ても、高級な店だ。あまつさえ金持ちであるジルベールがくる店なのだから、俺の思う花瓶の値段からかけ離れていても可笑しくない。
ここで買うのは、止めておこう。
そうだ。金を使わないで、すむ方法がある。術を使って、氷の花瓶を作ってしまえば良い。
落ちて割れたら大惨事だから、氷の置物を作るときのように丈夫に仕上げないな。
そうだ、落ちたら困らせてしまう――
『花瓶を、割っちゃたのか?』
『ごめんなさい』
ガラスの砕ける音のあと、誰だろうか男の人の声と沈んだ子供の声がする。
『怪我はしてないな。よし大丈夫だ。泣くな泣くな』
視線を向けた先で、砕けたガラス片が見える。木の床に広がる破片は、どうやっても修復出来そうになかった。
『ほらこれで、大丈夫だ。そっくりだろう? あとはこれを、片付けて――さんには、内緒だぞ』
顔の見えないその人が、氷を構築して花瓶を作る。向けられた見えない顔に、笑顔が浮かんだような気がした。
知らずに力を、入れていたらしい。花束を包む用紙のこすれた音で意識が戻る。
―― バグが、バグの発生が多すぎる!
思わず叫びそうになってしまう。
さっきのバグといい頻回すぎる。勘弁してくれ。そのたびに固まっていたら、挙動不審の不審者になってしまう。
ほら見ろ。ジルベールが、不審げに見ているじゃないか。なんとかごまかさないとまずい。
「氷で花瓶を作ろうと思ったんだが、お前はどんな花瓶がこの花に似合うと思う」
ごまかすために聞いたけれど、参考にする気満々だ。俺に美的センスは、ないからな。さっきのバグについては、考えないことにした。考えてもしょうがない。
花を買ったからか、店員は愛想のよい顔で立っている。けれど今しているのは、店で買う気のない花瓶についての話だ。さすがに居座るのも気まずい。
店員に向かって軽く会釈をすると、深々としたお辞儀を返されてしまう。高い店だから丁寧なのだろうが、あまりも丁寧すぎって抱えている花束の値段が気になったが聞いてもしょうがないと結論づける。
「帰りながら聞く。出るぞ」
「うん、分かったよ」
問いに答えようとしたジルベールを、制して店を出るように促して足を進めた。
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