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75話(ジルベール 視点)
しおりを挟む―― 強引すぎたかな……
手を握り歩き出してから、レイザードの眉間に皺が寄ったままだ。
少し様子をうかがっていると、一度頭を振って下がっていた視線が上がる。眉間に寄った皺が、なくなっていて安堵した。
―― 好きな子と手をつなげるって、こんなに嬉しいものなのか
今までそんな相手が、いなかったから知らなかった。拍動の音が、やたらと大きい。
―― 顔に出てないよな
顔は赤くなってないだろうか。気になって繋がっている手とは、逆の手で頬に触れる。少し熱い。赤くなっているかも知れないけれど、それをレイザードに問う気にはなれなかった。
そのまま口元に手をずらすと、すこし緩んでいて慌てて引き結ぶ。
顔が赤くなり、口元が緩んでいた。格好良い理想の姿とは、随分とほど遠い。
「花屋に行くのは、この道しかないのか」
「ここしかない訳じゃないけど、一番近いのはこの道なんだ」
進んでも減らない人波みに、辟易したように小さく溜息をついている。問われて返すと、消えた眉間の皺がまた寄ったのが見えた。
「……そうか」
―― ごめん
心の中で、謝る。
ここが、一番近いなんて嘘だ。大通りじゃない路地を通れば、もっと早く着く道がある。けれど近いとその分、レイザートと過ごす時間が短くなる。
人通りが、少ない道も他にあった。でも人通りが少ないと、手をつなぐ理由もなくなってしまう。だからあえて、この大通りを選んだ。
下心だらけだ。本当のことを知れば眉間の皺が、深くなるのは容易に想像できる。
気づかれないように視線を向けると、少し機嫌が悪いように見えた。人が多いところは、あまり好きじゃないみたいだから当たり前だろう。
―― ごめん
続けて心の中で、謝罪を口にする。ついた嘘は、もう一つあった。
友達どうして、手をつなぐことなんてない。けど問われた言葉を否定したら、握った手を払われてしまうかもしれない。だから友達同士で手をつなぐのが当たり前かと、問うた君の言葉に肯定を返す。
本当のことを言えれば、良かったのかも知れない。友達どうして手を握ることはないって。絶対にないわけではない。けれど俺は君が好きだから、人が多いことを理由にして手を握りたかっただけだなんだと言えれば良かった。
けどここで拒絶されたら、きっと立ち直れない。
―― レイザード、俺は弱くなったよ。臆病にもなった。君に恋してからだ
でもいやではないんだ。格好悪いとも、情けないとも思う。けれど君と出会えて、君を好きになって幸せだから出会う前に戻りたいとは思わない。
「どうかしたか」
「うん、なんでもないよ。ちょっと幸せだなって思っただけ」
見つめすぎていたせいで、気づいたレイザードが訝しげな表情をした。
少しでも気持ちが、伝われば良い。口に出す勇気もない代わりに、少し手に力を込める。
「おかしな奴だ」
向けられていた視線が、逸れて前を向く。そっけない印象を受ける態度だけれど、声は穏やかでそれだけで心が温かくなる。
「レイザード」
「なんだ」
名を呼ぶと答えてくれるのが、嬉しい。
出会ってしばらくは、俺の態度が悪かったせいで今とは違った。
―― 少しずつ、変わってるのか
なにも変化がないと、思い込んでいたけれど考えてみれば前とは違う。本当に僅かだけと、少しずつレイザードとの関係は変化している。
いつから名前を呼んでも、眉間に皺が寄らなくなったかな。声を返してくれるようになったかな。
正確に覚えていない自分に、腹立たしさを覚える。少しいやな気分になって、それなのにレイザードが答えてくれる声に胸が満たされていく。
―― 君のことが、好きだよ
「昨日のサイジェス先生の講義のことなんだけど……」
「ああ、あれか」
今はまだ伝える勇気のない言葉を、飲み込んでレイザードの興味を引けそうな話題を口にする。上級者でも難しい講義だったから、勉強熱心なレイザードならきっと関心があると思って振って正解だった。
「あの内容を、術に活かせるじゃないかって思ってさ。今度、闘技場を貸し切って、試そうかと思っているんだけどよければ協力してくれないかな」
「ああ、構わない」
迷うそぶりをみじんも見せずに、すぐに了承してくれた。嬉しいけれどお茶に誘うときには、必ず存在する間がなくて少し複雑な気分になる。
―― しょうがないか
俺に対する関心より、術に対する興味の方が高い。だから俺と過ごす時間の誘いには、考える時間が存在して後者にはない。
―― でも、それでもいい
関係性が、少しでも変化しているから誘いに乗ってくれるんだ。出会った頃なら、術に関することでも頷いてくれなかっただろう。
これが諦めずに、動いてきた結果なら悔しいがあいつの言う通りなっている。
『ほらな、俺の言うとおりになっただろう?』
礼の一つでもしたためるべきかと、考えたときあいつの得意げな顔が浮かぶ。妙に苛立ちを覚えたので、止めることにした。
「おい、ジルベール」
「あっごめん。えっとじゃあ明日、俺が闘技場の申請に行ってくるよ。都合が悪い日はあるかな」
「遅くならなければ、いつもでかまわない」
逸れていた意識が、レイザードの声で戻る。
なんて失態だろうか。レイザードと話をしているときに、あいつのことを考えるなんて最悪なことをしてしまった。
「じゃあ、早い日にいれるよ。明日でどうかな」
「別に明日、空いてるのならかまわないが……もう闘技場の空きを、確認していたのか?」
まるで明日空いていると、知っているような物言いになったせいでレイザードの口から疑問がでる。
俺の顔と二種類の適性もちであることにしか興味がない連中が、俺が頼めば譲ってくれると言ったら軽蔑される気がして―― 曖昧にごまかして、愛おしい人に笑みを返した。
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