シャイな異形領主様に代わりまして、後家のわたくしが地代を徴収(とりたて)いたします。

見早

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2章 クリスタル族の虹色研究

17話 ぶきようドラゴン【後編】

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 崖の淵から傾いていく背中へ、必死に手を伸ばした瞬間――下から突風が起こり、目の前に黒い巨体が浮上した。

「わっ……」

 青緑の炎を纏う神々しい竜の姿に、一瞬すべてを忘れて見入った。初めて間近で見る、夫の本当の姿――しかし弱々しい光を宿した金色の瞳は、こちらを向いていない。引き留める言葉が出ないうちに、竜は彼方へ飛び去ってしまった。

「ドラグ……」

 引きこもっていた自分を一番責めていたのは、彼自身だというのに――感情のまま責めた後悔で胸が苦しくなる。
 今すぐ帰って謝りたいところだが――。

「……どうやって降りよう」

 上りはドラグが抱えてくれたおかげで、険しい鉱山を登ることができた。
 本当に、1人では何もできないことを痛感する。

『おい』

 鐘の音に似た声を振り返ると。設営を終えたテントを背景に、パープル博士が立っていた。赤い点滅は収まっている。

『代わりの器具を用意できると言っていたが、それは本当か?』
「聞こえていたのですか? この距離で?」

 序盤は、そんなに大きな声で話していた覚えもない。

『あの引きこもり竜の小声はともかく、貴様の声はよく通る。我輩の身体に反響していたぞ』
「そ、そうですか……」

 遠回しに「声がでかい」と言われた気もするが。たしかクリスタル族は、音の波を身体で感じることができたはずだ。

『話を戻すが。もし貴様の「シオンを再興したい」という言葉が嘘偽りないのであれば、援助を受けてやらんでもない』
「ええ。それは勿論、誠の言葉ですわ」

 ただ。みんなに助けられ手に入れた50万ソロンを、本当に私の独断で渡して良いものか。先ほどまでは、自分の判断に迷いはなかったが――ドラグの震える声と暗い金色の瞳が、今も頭から離れない。

『だが先刻も告げた通り、我輩は貴様ら領主家が信じられないのだ』

 それでは、いったいどうすれば出資金を受け取るというのか――同じくらいの背丈の、半透明の頭を見据えると。博士は静かに始祖の眠る鉱山を振り返った。

『我輩は長年ひとりで研究を行ってきた。連中から白い目を向けられながら、それでもこの研究が一族のためになると信じて。ただ……他者を信じる方法が、もう分からんのだ』

 同族たちの働く鉱山を無言で眺める異端の彼――もしかすると彼が本当に望むものは、私では与えられないのかもしれない。実験に必要な器具やお金はもちろんだが、彼の研究を進めるために最も必要なものは――。

「博士。私に、貴方の研究について詳しく教えていただけませんか?」
『なんだと? 貴様のような凡人が我輩の研究パートナーになれるとでも?』
「辛辣……ですけど間違ってはいません。そうではなく、私は私なりのやり方でサポートしたいのです」

 を見届けた上で、出資金を受け取るかどうか判断してほしい――真っ直ぐにそう告げると。

『……良いだろう。何をするつもりかは分からんが、せいぜいやってみるがいい』

 相変わらず偉そうな彼の身体が、青く柔らかい光を放っている。

「では、さっそくお願いいたします!」

 テントに戻ると、博士は研究窟で聞いた内容の復習をしてくれた。

『まず魔性ツリーを細断し、魔法の暴走を抑える特殊な薬液に浸し……先ほどはこの薬液の量を誤ったがために爆発が起きたのだ。そして割れてしまった巨大フラスコ、あれがエネルギーを生むための魔力増強装置で……』

 絶え間ない早口を何とか書き留める間はまだ良かった。説明が終わり、テントの一角を借りて内容をまとめていると――頭から湯気が出そうになってくる。

「もう限界……」

 朝のギルド創設パーティー以来、何も食べていないのだ。空腹と眠気で集中が保たない。

『食え』

 外出していた博士が、突然目の前にカゴを差し出してきた。

「これはフルーツですか?」

 イチゴにキウイ、オレンジ、ビワ――「のようなもの」だが、みずみずしく美味しそうだ。

『じきに日も暮れる。山を降りるならば明日にしろ。人間は日に3食摂らねば活動効率を損ねるのだろう?』
「あ……ありがとうございます」

 わざわざ採ってきてくれたのか――研究の詳しい説明をしてくれている間も、淡々とした態度だったのに。

『そこに魔法で催眠をかけた山獅子もうふを寝かせておく。そいつで暖を取って早く寝ろ』

 まさかそこまでしてくれるとは――。

「私、博士を誤解していたかもしれません」
『……夫に置いて行かれた憐れな貴様に、せめてもの施しをくれてやるだけだ』

 相変わらず淡々と言い残すと、博士は実験器具の隙間に横たわった。一応彼らにも、睡眠の概念はあるらしい。

「ていうか、やっぱり聞かれてたかぁ……」

 博士の地獄耳(耳はあるのだろうか)には、ドラグとの会話が聞こえていたらしい。気恥ずかしいやら情けないやらだが――何やかんや気遣ってくれる博士のためにも、このプレゼン資料を完成させなければ。
 とりあえず鉱山の明かりが落ちるまで、研究内容の資料づくりを続けていると。

『いい加減寝ろ! ペンの音がうるさくて敵わん』
「はっ、はい! すみません」

 完全に沈黙したように見えたが、音に敏感なクリスタルにはペンを走らせる音すら邪魔だったようだ。

「でも、大体まとまった……」

 博士の研究が、クリスタル族――ひいてはシオン領にとって、いかに有意義かつ経済効果の高いものであるか。明日はそれを、博士の研究を「無意味」と切り捨てる彼らに知らしめる時だ。



ーーーーー
【お知らせ】

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

少し話が進んできたこの辺りで、最新話の投稿日時を『火・木・土・日の22時』に固定させていただきます。

エメルのプレゼンは、クリスタル族の心を動かせるのか!?

傷つけた夫竜と、無事に和解できるのか!?

次回の展開をお楽しみに!
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