シャイな異形領主様に代わりまして、後家のわたくしが地代を徴収(とりたて)いたします。

見早

文字の大きさ
10 / 152
1章 ギルド創設への道

10話 箱入りお嬢様のビジネス戦略

しおりを挟む
『ボクに任せてほしい』――青い宝石のような光を放ちながら、シカクは力強く胸を叩いた。

「と言いますと……シカクは建築の心得が?」
『トーさんの会社で、建築士けん大工してる。でも、トウキョウトで学んだこと、使わせてもらえない。生まれ育ったシオンの役、立ちたいのに』

 シカクはカフェに増設するギルドへ、留学先で学んだ技術を使ってみたいらしい。

「まぁ! 建築の技術を学ぶために留学なさっていたのね」

 シンシアはすっかりお願いしたい気になっているようだが、問題は「お金」だ。

『ボク半人前。でも、ちゃんと造る。材料費の200万ソロンだけ、ほしい』
「えっ……それ相場の半分以下ですよ!?」

 破格の提案に、思わずシカクの肩へよじ登ってしまった。それでも彼は動じず、「任せてくれるのなら手間賃をまける」という。

『エメルたち、お金こまってる。ボク、仕事なくてこまってる。これでウィンウィン』
 
 ウィンウィンどころか、こちらにとって好条件すぎる。

「ぜひ! お願いします!」
 
 これでギルド創設が現実的になってきた。あとはその200万ソロンを、できるだけ早いうちに用意しなければ。あのニセ領主が、新たな取り立てへ繰り出す前に――今度こそ、資金を奪われてなるものか。

「では、必要な資材・設計・デザイン諸々は、すべてシカクへお任せします」
『任された』

「新装開店イベントで儲かった売り上げを、前金として持って行く」と約束し、シカクと別れた。あとは『バフ効果を判別したキノコーヒーの開発』、それから『イベント企画とPR』だ。

「商品の方は、シンシアにお任せしますね。私はイベントのための調査に行きます」
「ええ、任されたわ」

 調査内容は、昨晩のうちにまとめておいた。あとは街頭インタビューで、できるだけ多くの種族から判断材料を集めなければ――『シオン領領主の妻』という肩書きを存分に利用し、賑わう往来へと乗り込んでいった。
 仕事で目まぐるしく移動する領民たちに、根気強く声をかけ続けること数時間。いつの間にか、だいぶ日が落ちていた。

「どれ、ワシも答えよう」
「ありがとうございます……って、アレスター!?」

 屋敷では少し見慣れてきたが、発展途上の町では浮いて見える燕尾服の少年に、質問表をひったくられた。

「なになに、『シオンの領民はコーヒーを飲むのか』……イェスじゃな」
「貴重なご意見ありがとうございます……って、なぜ卿がここに?」
「『そろそろ夕飯です』、と主人から奥方殿への言伝を頼まれてな」

 それではまるで、夫というより「お母さん」だが。たしかに暗くなると治安も悪くなる。そろそろ屋敷へ戻る頃合いか。

「分かりました。ありがとうございます」

 屋敷へ戻っても、休んでいる暇などない。調査の結果を元に、イベントの中身を練らなければ。
 食材は質素になったものの、相変わらず凝った料理を堪能したあと。応接間で書類と向き合っていると、控えめなノックが響いた。

「エメルレッテさん……もう夜中だよ」

 凝り固まった首を持ち上げると、ドラグが部屋に入ってきていた。彼が持ってきた銀の盆には、ホットミルクが載っている。

「また彼らが動き出すと厄介ですから。首飾りが効いているうちに、イベントを終えてしまいたいのです」
「……そっか。売り上げ、3倍にするって言ってたもんね。大変なことだと思うけど」

 そういえば、ドラグとの話はそこで止まっていた。一度筆を置いて、状況を話しておかなければ――正面のソファへ腰かけたドラグからカップを受け取り、ひと息つくことにした。

「思わぬ出会いがありまして、今はもっと具体的な話になっているのです」

 気の良いゴーレムのおかげで、増築費用は大幅ダウンとなったものの。コーヒー1杯の値段が200ソロンのままだと、1日100杯売り上げても、費用を集めるのに100日かかる。新装開店イベントでメニューのリニューアルと新価格を公表し、新規顧客を集めたいのだが。

「そもそもの話ですが。イベントの目標金額を定めようにも、母数が分からなければ難しくて」
「母数?」
「この世界に……いえ、シオンにはどの種族がどれだけ住んでいるのか、ということです」

 街頭インタビューで分かったのは、「シオンの各種族はコーヒーを好んで嗜むが、まだブナ・カフェ開店の事実を知らない」ということのみだ。実際の種族の数は、ゲーム知識ではどうにもならない。

「ちょっと待ってて」

 慌てて退室するドラグを見送ってから、数分後。ひとまずイベントの企画書を進めようと、ペンを持つと。

「はい……これ」

 いつの間にか戻っていた夫は、黒く上質な装丁の大判本を差し出してきた。『シオン領の書』と書かれている――そういえば、見たことのない文字だというのに意味が読み取れる。

グロウサリア家うちの所有する図書館で見つけた、魔法の資料。訊きたいことを話しかけると、その頁を開いてくれるんだ。種族の詳細なデータ、とか」

 今まさに欲しい完璧な資料が実在するとは――この感動を、どう言葉にしたら良いものか。悩む間にも、ドラグの表情が曇っていった。

「ごめん……使えなかった、かな?」
「そんな! 驚きすぎて呼吸が止まりかけていまして。もうなんていうか、最高です」

 最初に「推しモドキ」などと心の中で呼んでいたことを告白し、ジャンピング土下座したいくらいだ。
 キョトンとする夫の手をとり、改めて「ありがとうございます」、と目を見つめると。曇っていた瞳に、再び金色の光が差した。

「まずは売り上げの目標を定めて、客層のターゲッティング、店と商品にコンセプトとストーリーをつけて……とにかく、今すぐ作業に入らせていただきます」

 ドラグのおかげで、一気にゴールまでの道筋が見えてきた。あとは自分の眠気との勝負だ。
 応接室のレトロな置時計が刻む、カチコチという音が目覚ましになる。一心にペン先を走らせ、やがて音が聞こえなくなってきた頃――肩に柔らかい感触が乗り、意識が現実に呼び戻された。

「この毛布、ドラグ様が?」
「……そろそろ寝ないと」

 優しさに甘えて、このまま意識を手放したいところだが。まとまっているアイデアが、明日の朝に消えていたら困る。

「ありがとうございます。よろしければ、企画へのご意見をうかがいたいのですが」
「えっ、僕が……?」

 企画の要である、ノーム族の隠れた逸品――『キノコーヒー』を領内外に知らしめ、売り上げを増やすことが第一目的。そのために練った事業戦略ビジネスモデルだが、素人に理解できないような資料では意味がない。

「コンセプトは、あなたの『なりたい』が叶う一杯……へぇ、リラックスや痩身に効果のあるキノコのコーヒーなんだ。一時的な筋力増強効果……ちょっと惹かれる」

 資料をじっと眺めていたドラグは、静かに青緑の息を吐き出した。

「僕はモノを売ったことがないけど……すごいよ。構造がしっかりした物語みたいに、綿密に計画が練られてる」

 ドラグの反応を見る限り、的外れな企画ではなさそうだ。それに、「すごい」と評価されるのは素直に嬉しい。

「でも、正直意外。君は箱入りお嬢様だって、アレスターから聞いてたんだけど」

 どこでこのような知識を学んだのか――問いかけるドラグに、思わず笑顔が固まった。

「それは……」

 まさか「転生前の仕事で」、などと言い出すことはできない。

「エメルレッテさん」
「はっ、はい?」

 ドラグは背筋を伸ばし、強張った顔を上げた。しかし彼は、牙を覗かせた口をすぐに閉じてしまう。

「お、おやすみ」

 結局その先を聞くことはできず、ドラグは退室してしまった。言いかけて止めるのは、いつものことかもしれないが――立ち上がって身体を伸ばし、もう一度資料に目を通すことにした。

「あとはシンシアの準備を待っている間、イベントの周知をすれば……あ」

 周知、と口にしたところで気づいてしまった。

「ゲームと違うんだから、自動で集客できるわけないじゃんか! ネットもチラシもないのに、どうやって……?」

 だめだ。もう頭が回らないが、こんなに重要な問題を先送りにするわけにはいかない。絞り切って枯渇寸前の脳みそを、無理やり回そうとしていると。

「ならば口コミじゃな」
「ひゃあぁっ!」

 まただ。また、背後から現れたショタジジ吸血鬼にしてやられた。

「フフフっ、お主は誠に良い反応をする。ところで、とはなんじゃ? ネットは分かるが」

 まずい。また迂闊うかつな発言をしてしまった。頭がはたらいていない――かすむ目をこすっていると、アレスターはソファに掛けていた毛布を手にとった。

「ほれっ。無理をして、ただでさえ100年余りしかない寿命を縮めるでない」

 毛布を肩にかけようとしてくれているが、つま先立ちになっている。可愛い――などと口にしたら、不愉快だろうか。

「ありがとうございます」

 頬の緩みを抑えつつ顔を上げると。

「『生まれつき身体が弱いと、貴女の乳母から聞いています。無茶をしないように』……と、ドラグから伝言じゃ」
「ドラグ様から?」

 もしや最後に言いかけていたのは、このことだったのか。

「そっか……やっぱりエメル、身体が弱いんだ」

 丘を昇り降りするたびに感じる苦しさは、やはり気のせいなどではなかった。
 それにしても、仮面夫婦だというのに心配してくれるとは。直接言わなかったのは、彼なりに気を遣ったのか――やはりエメルレッテの夫は優しい竜だが、今は少しくらいの無理でもしなければ。
 翌日の正午。紙の束を抱え、ひとり町へ出ることにした。簡単にイベント概要を記した紙を、各店へ貼り出してくれるようお願いに回らなければならない。

「やりますか……と、その前に」

 道を振り返ると。焦げ茶色の毛を三つ編みにしたノームが、じっとこちらを見つめていた――森を抜けるまで、付いてきていたことは分かっている。

「ニシカちゃん、私にご用ですか?」
「えめるは人間だけど、ワタシたちを助けてくれた……だから、ノームたちに声かけた。みんなでその紙配る」

 声をかけただけで逃げていた彼女が、まさか協力を申し出てくれるとは――これはイベントも成功する気がしてきた。

「では、お手伝いをお願いします!」

 綿密な段取り、できる限りの宣伝、そしてオリジナリティ溢れる商品――すべてをそろえた今日。あと少しで、新装開店イベントがはじまる。

「シンシア! これの在庫、どこにまとめてありますか?」
「床下の収納よ。エメル、サーブをする時はこのエプロンをつけて」
「はい、マスター!」

 慌ただしく動き回るうちに、あと1分を切っていた。もう時間だ。時間、なのだが。

「……エメル?」

 訊き返さずとも、彼女が何を言いたいのかは分かる――が、しかし。

「なんでしょうか、シンシア」

 何かしら発しなければ、気を保っていられない。まさか客の来る気配がゼロだなんて――イベントを楽しみにしていたシカクすらも、姿を見せる気配がない。

「えめる! 大変!」

 滑り込むように店へ入ってきたのは、息を切らしたニシカだった。

「どうしたの!?」
「町でっ、とにかく、行ってみて!」

 苦しそうなニシカをシンシアに預け、ひとり森を駆け抜けると。

「なに……これ」

 町の大通りには、とんでもない数の領民が集っていた。

『エメル! あれ』
「シカク!?」

 何体かいるゴーレムの中でも、真っ青なボディのシカクはよく目立つ。この人だかりのわけを尋ねるよりも早く、シカクの肩へと担がれた。

『あっち、見て』

 長方形の指が示す方は、メインストリート。その真ん中に特設ステージができている。

『ゲリラのファッションショー。カフェいくみんな、強制参加、させられてる』

 ステージ上でモデル顔負けのポージングをしているのは、文字通り燃える赤髪と豊満な肉体が目を引く女性。シカクが「強制参加」という割に、群衆の視線を一身に集めている。

「ドラグと同じ……竜人?」

 赤い翼と尻尾をもつ美女――その胸元には、見覚えのある極光オーロラ石の首飾りが輝いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日7時•19時に更新予定です。

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...