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第三十三話 『エーリスが襲われているっ』

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 ディプスの剣を強化した2本の木製短刀でガードをした優斗は、何かを叫んでいるディプスを訝しげに眺めた。 次の攻撃の為、2本の木製短刀を構える。 距離を取られた直後に距離を詰めて、反撃をしたかったが、出来なかった。

 舌打ちをした後、闘いが長引くかもしれないと、嫌な予感が過ぎった。

 『結構、手強いよね。 ユウト、負けるかもしれないね』

 何処か嬉しそうな声で話す監視スキルに、面白くなさそうに優斗は完全、無視した。

 「ユウト、だいじょうぶなの?」

 頭の上でフィルが震えながら話す為、優斗の頭も震える。 目の前のディプスが何重にも見えた。

 ディプスは優斗の方を見ながら、何かを叫んでいた。 話している事をよく聞いてみると、『悪魔が』とか言っている。 優斗を見て話しているが、優斗に向かっての言葉ではない様だ。

 「……っフィル、心配するなら震えるなっ。 手元が震えるっ」
 「あっ、ごめん。 まものや、まぞくとはかんじるちからが、ちがうからっ」
 「……そうか」

 (何にしても、直ぐには倒せそうにないな……折角、瑠衣の故郷に来たのにっ、碌に見学も出来なかったかっ……)

 ディプスの中で話し合いが終わったのか、禍々しい黒いオーラが全身から溢れ出した。

 「よし、素直に俺の言う事を訊いてればいいんだよ。 馬鹿がっ」
 「……っ」

 優斗に対して言っている言葉ではないが、自身を見て悪態をつかれるのは、優斗自身にも言っている様でとても不愉快だった。 監視スキルの楽しそうな笑い声が響く。

 『彼は、自分の中の悪魔と話している様だね。 話している対象は違うけど、ユウトみたいだね』

 (……っいや、一緒にするなっ。 俺は悪態なんてつかないだろう?)

 『ユウトが話しているのは、自身の暗い心のスキルだもんね。 もしかしたら、ユウトの方が危ないかもっ』

 (……っおいっ! 戦う前に俺の精神を削るなっ)

 「ユウト、こうげきがくるよっ」

 頭の上からフィルの焦った様な声が落ちて来た。 と同時にディプスが間合いを一瞬で詰めていた。 ディプスが黒いオーラを纏った土の剣を横に薙ぎ払う。

 土剣の軌道の残像が光ると、優斗の足元に魔法陣が拡がる。 魔法陣から黒い土竜が口を開けて飲み込んだ。 一瞬の判断で、飲み込まれる前に優斗は地面を蹴っていた。

 後方に飛んだ優斗の足先で黒い土竜の歯がかみ合い、金属の打ち合わされる様な音が鳴らされた。

 (あんな歯で噛まれたらっ、即死だな……っ)

 昔々に、大蛇を倒した事を思い出したが、昔に倒した大蛇と土竜は違うだろうな、と思い直した。

 ディプスの周囲で黒い魔法陣が描かれ、魔法陣から黒いオーラを纏った土竜が次々と溢れ出すように出て来た。 大量の黒い土竜が優斗を襲う。 戦士隊の2人も優斗を助ける為に各々の武器を出して、黒い土竜と対峙した。

 ディプスは戦士隊の助太刀が気に入らないのか、舌打ちをしてから大量の黒い土竜を出した。

 黒い魔法陣から湧き出てくるように黒い土竜が大量に出て来る。 草地の地面が隆起し、土が破裂するような音を鳴らして、大量の黒い土竜が現れる。 しかも、草地の地面の中を移動出来る様だ。

 草地の地面がいくつも隆起して、土が重く動く音を鳴らす。

 優斗と戦士隊の2人は、大量の土竜が襲い来る中、左右上下に攻撃を交わして、反撃の機会に頭を捻った。

 「……っディプスがここまでの力を持っているなんてっ……」
 「やっぱりあいつは、もう、エルフの術者じゃないっ」

 戦士隊の2人の声が耳に届き、優斗も白銀の瞳に力を込めて、ディプスを見つめた。 2本の木製短刀に氷を纏わせて構える。

 『ユウト、彼を倒した後、彼の中の悪魔に気を付けて』

 (ああ、ディプスを倒せたらなっ)

 『えええ、無理なの?』

 (む、難しい状況……っかな? はっきり言って、倒せる自信がないっ)

 「エレクトラアハナ様、今から俺が貴方様をお助け致します。 貴方を誑かしたこの男を倒してっ!!」
 「いやいやいや、私は優斗に騙されてないしっ!」

 華の驚いた表情が優斗の脳内のモニター画面に映し出された。 優斗も何故、自身が華を誑かした話になっているのか分からなかった。 優斗は、華との集団見合いに正式にグラディアス家から招待されて行ったのだから、優斗も婚約者候補の1人にあげられていたのだ。

 (もしかして、ディプスもあの見合い会場に居たのか?……)

 『エルフの主だった家の子息も来てたらしいよ』

 (何でお前が知っているんだよっ。 まだ、能力に目覚めてなかっただろうっ)

 『ユウトの記憶を探った。 ハナを取り囲んでいた子息の中に、幼い頃のディプスもいるよ。 それに、あの日にユウトとハナがキスした記憶も見つけたっ!』

 (やめてくれっ、プライバシーの侵害だっ!!)

 監視スキルがとても楽しそうに、現在進行形のモニター画面とは別のモニター画面が現れ、幼い頃の二人の記憶が再生された。 優斗はもう、反抗する気力も起きなかった。

 「ユウト、どうじょうするけど、ディプスからこうげきがくるっ」
 「分かってるっ!!」

 優斗の正面を狙って突っ込んで来た黒い土竜めがけて、氷の木製短刀をクロスで振り下ろす。

 監視スキルと話をしながらモニター画面を見ていたが、目の前の状況もちゃんと見ていた。 クロス状の氷の刃が飛び出し、黒い土竜を切り裂く。 黒い土竜は奇声を上げて、消し飛んでいった。

 黒い土の塊が周囲の草地に飛び散り、草地に黒いオーラが漂った。

 「うぇ~、あんなのがあたったら、くろいオーラまみれになるよっ!」

 頭上の弾力の塊、フィルの言葉で優斗自身が黒いオーラを纏った土まみれになる想像をしてしまい、返す言葉に詰まった。 優斗は『心底、嫌だ』という表情を浮かべた。

 攻撃を潰されたディプスは舌打ちをすると、次の攻撃を仕掛ける事にした様だ。 全身から黒いオーラが染み出し、悪魔の気配を帯びた魔力が溢れ出す。

 ディプスが持っている土剣が黒い大鎌に姿を変える。

 『あいつらって、大鎌が好きだよねぇ』

 魔族も好んで大鎌を使っていたような気がすると、昔を思い出していた。 戦士隊の2人は、次々に襲って来る黒い土竜を相手にしていて、優斗の加勢は無理そうだった。

 視界の端に捉えた戦士隊の2人は苦戦を強いられてはいないが、優斗を気にしている暇は無い様に見えた。 しかし、放っておいても大丈夫そうだと、結論付けた。

 (華は大丈夫だな……)

 華の結界はちゃんと発動し、巨大化したフィンの中に納まっている様子はとてもシュールだった。

 改めてお互いに武器を構え、同時に向かって走り出した。 優斗の白銀の瞳が力強く光る。 ディプスの白銀の瞳も禍々しいオーラが光っていた。

 大鎌と木製短刀の打ち合う音が鳴り響き、魔力のぶつかり合いで火花が散らされる。

 大鎌を受け流し、懐へ入る為に優斗は左右にかわし、ディプスを翻弄しようとしていた。 優斗の思惑はディプスには悟られており、大鎌を大振りして捕えようとしてくる。

 「エレクトラアハナ様! 直ぐに助けますからねっ!」
 「いやいや、本当にそんな事、望んでないよっ!」
 「またまた~! ご冗談を!」

 華の話など全く、聞き入れなかったディプスは、大振りで大鎌を振り抜いた。 魔力の揺らぎを感じた優斗は、直ぐに2本の木製短刀を構えた。 二人の白銀の瞳に力が宿る。 空気が切り裂かれた音の後に、黒い土矢が複数、飛び出した。

 トプンと耳元で水音が落ちる。

 空気を張りつめた様な音が鳴り、優斗の周囲の水分が集まり結晶化する。 ディプスの黒い土矢が中る前に、結晶化した氷の壁で防いだ。 僅かに瞳を見開いたディプスが不敵に嗤う。

 優斗へ突進してきたディプスの大鎌が左右に振られる。 氷を纏った木製短刀でガードするのが手いっぱいになった。 徐々に優斗は後ろへ下がっていく。 優斗の白銀の瞳が光を帯びる。

 (こいつの黒い心臓は何処だっ!)

 優斗の視界でディプスの身体が透ける。 黒い心臓を探しなら、上空に次の一手を仕掛けた。 二人の上空の空気が一気に冷気を帯びる。 しかし、黒い心臓は見つからなかった。

 (黒い心臓が見つからないっ?!)

 『まじでっ! でも、絶対にあるはずだよ。 悪魔は心臓に宿るんだからっ』

 監視スキルの言葉に、無言で頷いた。

 「おらおら、防戦一方では殺されるぞっ」

 大笑いしながら、大鎌を振るディプスは優斗を追い詰めていると思い、とても上機嫌だ。 優斗は黒い心臓を探す為、防戦一方になっているのだ。 黒い心臓は移動させられるので、とても厄介だ。

 「優斗っ……」

 華の心配する声と不安気な顔が脳内のモニター画面に映し出された。 モニター画面に向かって、ニコリと笑うと、2本の木製短刀を振り上げた。

 優斗が武器を振り上げた動作を条件反射で振り仰ぐディプスの瞳が見開かれる。

 大量の氷の矢がディプスの上空で出来上がっていた。 優斗が木製短刀を振り下ろすと、大量の氷の矢がディプスへ降り注いだ。

 降り注いだ氷の矢の衝撃音、草地の地面に突き刺さる氷の矢の轟音が響く。

 優斗の足元まで氷の矢の衝撃が振動し、地響きが鳴った。 身体が震え、頭上に乗っているフィルも震えた。 戦士隊の2人も立つだけでやっとの様だった。 華は元々しゃがんでいたので、転ばなかったが、衝撃で顔は震えていた。

 (ちょっと、やり過ぎたかっ……でも、まだだ)

 悪魔の気配が混ざった魔力が溢れ出すと、草地に突き刺さった大量の氷の矢が弾け飛んだ。 衝撃で氷に欠片が飛び散り、崩れた氷の矢のデカい欠片が草地に転がる。 氷の欠片から出て来たディプスは、面白そうに笑った。

 悔しそうに顔を歪める優斗の姿が面白いのか、ニヤついた顔を向けて来る。

 (くそっ……めっちゃ腹立つな)

 『うん』

 二人が構えた時、周囲に流されていた優斗の魔力から、高い魔力が感知された。

 (この魔力はっ……)

 優斗とディプスの丁度、真ん中に白い影が降り立った。 草地に降り立った足元から振動を感じ、身体が震える。 白い影を確認する前に、動いた白い影は戦士隊が相手にしている黒い土竜たちを一発で地面に沈めた。 切り刻まれた黒い土竜は、黒い土の塊に姿を変える。

 素早い動きに誰もが目を奪われた。

 「ふ、副隊長~っ!」
 「クリフトス副隊長、ご無事でっ」

 戦士隊の2人の感激した様子に、片手を上げただけで返事を返している。 優斗はクリストフを見つめ、少しだけ感動していた。

 (すごっ、性格はちょっとあれだけど……やっぱりすごい人なんだな)

 「優斗っ!」

 直ぐ後ろで瑠衣の声が聴こえ、振り返った。 深緑の隊服が泥だらけではあるが、怪我もなく無事な様だ。 薄汚れた状態で爽やかな笑みを浮かべている。 後ろでは同じように泥だらけになった仁奈と風神の姿があった。 仁奈は華のそばに駆け寄り、華を抱きしめていた。

 「瑠衣っ! 無事だったかっ」
 「ああ、何とかなっ」

 という事は、カラトスを倒したのかと思ったが、大木に縛り付けるのがやっとだったらしい。 カラトスは今、向こう側の森の奥の大木に縛り付けられていると、瑠衣が言った。

 「おいっ、話している暇はないぞ、ユウト。 お前の故郷エーリスがこいつらの仲間に襲われてるっ!」

 クリストフが優斗と瑠衣を振り返り、深刻な表情で言った。

 「えっ、エーリスが……っ」
 「直ぐにエーリスに行かないと、あそこは戦士隊があまりいないだろう」

 優斗はクリストフの言葉で、エーリスにいる家族の顔が思い出された。 息が荒くなり、呼吸がしずらくなる。 もしもの事があったらと思うだけで、優斗の胸に不安が拡がった。

 「ちっ……カラトスの奴、やられた上に計画を喋ったのかっ」
 
 クリストフがディプスを侮蔑の表情で見つめている。

 「ちげぇよ。 気を失っているカラトスを大木に縛り付けている時に、お前たちの仲間から無線が入ったんだよ」
 「はっ、情けなっ」

 ディプスたちの間には、あまり仲間意識が無い様に見える。

 「兎に角、話は後だ。 まず先に、この場から離脱する」

 クリストフが懐から取り出した透明なガラスの球体に既視感を抱いたが、次の瞬間にはガラス玉が何か思い出した。

 爆発音と共に大量の煙が漂い、視界の悪い中、誰かに肩を掴まれて引っ張られる感覚がした。

 魔法陣が展開された感覚はあったが、煙が凄くて目を開けていられない。 クリストフの魔力を感じた後、優斗は身体が奇妙に歪まれる感覚を覚えた。

 ◇

 煙弾を受けたディプスは、暫く目が開けられず、下手に動く事も出来なかった。 クリストフに出し抜かれた事が悔しくて、舌打ちが零れた。

 「くそっ……やってくれるじゃないか、卑怯者めっ! 正々堂々と勝負しやがれっ!」

 煙が晴れた後には誰の姿もなく、大木が薙ぎ倒された状態と、自身の周囲で崩れた氷の塊、土竜の切り刻まれた土塊が転がっている光景が拡がっていた。

 ディプスは頭の後ろを掻きながら、大きく息を吐き出した。 黒装束の懐に入れていた通信用の魔道具が身体に響く低くて重い音を鳴らした。

 懐から取り出して、通信機に返事を返す。 通信機から聞こえて来たのは、ティオスの声だった。

 『こちらは制圧した。 ディプス、お前は直ぐに戻って来い』
 「エレクトラアハナ様はどうするんですか? 後、カラトスがやられたみたいだけど……まぁ、何処かに縛られてるだけみたいだけどなっ」
 『そうか、エレクトラは別の者に頼んだ。 お前はカラトスを回収してからこちらに戻って来るんだ。 分かったな』
 
 ティオスの指示にディプスは心底、嫌そうに顔を顰めて、溜め息を吐いた。

 「分かったよ。 カラトスを連れて戻るよ」
 『では、頼んだぞ』

 ディプスの白銀の瞳が禍々しく光りを帯びると、ドリュアス跡地の周囲を見回した。 一点を見つめると、口元を緩める。

 「あそこかっ……全く、世話が焼けるぜ」

 魔力感知でカラトスの位置を確認したディプスは、音を鳴らさずに草地を駆け抜ける。 走る足元で強風が駆け抜け、草地の葉を揺らして散らした。
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