ケットシーと小鳥の唄

伊織愁

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十一話

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 城に戻った王子たちは、直ぐに国王へ報告をした。

 「そうか、帰らないと言っているのかっ……」
 「はい、どうすればっ! あのキメラは山猫族の山に眠っています。 大丈夫だとは思いますが、もし、ヴィヴィの唄で目覚めでもしたらっ」
 「……暴走するやもしれんな。 そんな事になる前に、山から遠い場所へ嫁がせたかったのだが……」
 
 大昔に駆け落ちしたケットシーと姫の子供のキメラは、山の中腹の奥深くに封印されている。 一向に魔力暴走が治らず、当時のケットシーと姫は、我が子に苦渋の選択をした。

 山猫族の族長を親戚に譲り、二人も一緒に封印の地へ落ちた。

 何故、ケットシーであるキウェテルが知らないかと言うと、時が立ち、ちゃんと伝える者も居なくなり、風化してしまったからだ。

 「何としてでも呼び戻せっ!」

 鷲族の願いも虚しく、大惨事は予兆なく起こった。

 ◇

 キウェテルとヴィヴィエンは、兄王子たちの突撃から数日立ち、二人は何事もなく、仲睦まじく過ごしていた。 しかし、毎日、鷲族の王族から書簡が届いていた。

 毎朝の日課である唄も心地よく、山猫族の山頂で響いている。

 「今朝も素晴らしい歌声だな」
 「そうですね、無自覚で結界を張っていたなんて、驚きです」

 朝早くから執務室で仕事をしている部屋に聞こえていた唄声が止んだ。

 「あ、終わりましたね」
 「あぁ、そろそろ朝食だな。 食堂に準備を頼む」
 「はい、直ぐに用意します」
 「そうだ、言っておく事がある」
 「何でしょう?」
 「近々、偽印の儀式を行おうと思う」
 
 猫目を数回瞬きした補佐官は、暫し固まった後、恐る恐る口を開いた。

 「……本気ですか? まだ、鷲王から許してもらえてませんよね?」
 「ああ、だけと、偽印を刻んでいた方がいい様に思うんだ」
 「……それは、何かの予兆ですか? 愛しい人と繋がりたいからですか?」
 「どちらかと言うと、野生の勘だな」

 自重気味に微笑み、ヴィヴィエンが待つ食堂へ足を向けた。 扉付近で振り返ったキウェテルが補佐官に指示を出す。

 「後、調べて欲しい事がある。 机の上の資料を読んでいてくれ」
 「畏まりました」

 執務室の扉が静かに閉じられ、補佐官はキウェテルの指示通り、執務机の上にある資料を手に取った。

 「これはっ」

 直ぐにキウェテルが出て行った扉に視線を向ける。 眉間に皺を寄せた補佐官は、直ぐに調査を開始した。

 ◇

 朝食を共にしたキウェテルとヴィヴィエンは、やる事もなく庭を散策していた。

 キウェテルは少し前に、補佐官に呼ばれて仕事に戻って行った。

 ベンチに腰掛け、青い空を見上げる。

 「……暇だなっ」

 何もやる事がない。 城だと今の時間は何をしていたっけ?

 ヴィヴィエンの脳裏で城で過ごしていた日々が過ぎる。

 あぁ、そうだ。 社交もしないのに、ダンスのレッスンや礼儀作法の勉強とかしてたんだった。

 「……本当に辛かったわっ」

 青い空に浮かぶ、父と兄たちの顔を睨みつける。

 私だって、お兄様の立太子をお祝いしたかったわっ。

 もう近々、第一王子であるスカイラの立太子が行われるはずだ。 いつもヴィヴィエンの心配ばかりする兄の為に、唄を贈りたいと思っていたのだ。

 だから、儀式に出られなくとも、塔の上から唄を贈ろうと思っていた。

 計画が台無しねっ。

 突然、地響きなり、地面が大きく揺れた。 ヴィヴィエンは腰掛けていたベンチから滑り落ちた。

 ヴィヴィエンが痛々しい悲鳴を上げる。

 「な、何、なんなのっ?!」

 地面が揺れるなんてっ、何が起こってるのっ?!

 地震に遭遇した事がないヴィヴィエンは恐怖で立ち上がれなくなった。

 庭の石畳を蹴る足音が響き、キウェテルが駆けつけてくれた事に気づく。

 「キウェテルっ!」
 「ヴィヴィっ!」
 
 必死と抱きしめ合い、お互いの無事を確かめる。

 「大丈夫ですか? 怪我とかありませんか?」
 「ええ、大丈夫よ。 ちょっと怖かったから立てないだけよ」

 ヴィヴィエンは決まり悪そうに呟いた。

 おかしそうに笑うキウェテルの瞳には、優しさが滲んでいた。

 「貴方こそ、何処も怪我していない?」
 「ええ、大丈夫ですよ」
 「さっきの揺れは何だったの?」
 「今、調べている所です。 今まで、こんな事は起きなかったんですがっ」
 「……そう」
 
 不安そうに呟くと、キウェテルが安心させる様に頭を撫でて来た。

 「……っ、子供扱いしないでよっ」
 「ふふっ、すみません」
 
 ヴィヴィエンは口を尖らせて、講義する。

 「ヴィヴィ、部屋に戻っていて下さい。 揺れの原因を探って来ます」
 「分かったわっ、気をつけてね」

 キウェテルは笑顔を残して離れて行った。 背中を見送るヴィヴィエンの胸に不安が過ぎる。

 ◇

 執務室へ戻ると、ウェイロが待っていた。

 「ウェイロ、被害報告は?」
 「はい、麓の街で少し、家財道具や食器などが割れたと、後はペットが逃げたなどですねっ」
 「そうか……うちの屋敷は大丈夫だったか?」
 「はい、皆、落ち着いて行動致しましたので、被害はございません」
 「分かった。 で、揺れの原因は分かったか?」
 「推測ですが、こちらをご覧下さい」

 ウェイロが差し出して来たのは、今朝に調べてくれと頼んだものだ。

 もう、分かったのかっ。

 受け取って調査書を読んだキウェテルの眉間が歪んだ。

 「これは本当の事なのか?」
 「はいっ、何故、今まで気づかずに暮らして来たのかが信じられませんっ」
 「……っ」
 「誰もこの事を引き継がなかったなんてっ」
  
 キウェテルの琥珀と緑のオッドアイが文字を追っていく。

 まさか、ヴィヴィの唄で目を覚ましたのかっ。

 「地面が揺れたのは、キメラが封印を解こうとしているのかっ」
 「その可能性は否定できませんっ」
 
 考え込んでいる間に、第二波の揺れが起こった。 家具や窓が大きな音を立てて揺れる。 コートラックなどは床に倒れて転がる。

 「これはっ、先ほどよりも大きいですねっ」
 「……っ」

 窓ガラスが一際大きく揺れ、割れるのではないかと思うほどだった。

 大きな揺れに暫く耐えていると、徐々におさまってきた。

 しゃがみ込んでいたウェイロから大きな溜め息が聞こえる。

 「治ったみたいですねっ」
 「俺はヴィヴィの様子を見て来る。 ウェイロは他の者が怪我をしていないか確認してくれ」
 「畏まりました」

 キウェテルは再び、ヴィヴィエンの元へ向かった。

 部屋へはいると、ヴィヴィエンは侍女たちと固まって部屋の隅で身体を寄せ合っていた。

 「ヴィヴィっ!」
 「キウェテルっ!」

 先程の庭での再現の様に、二人は抱きしめあった。 震えるヴィヴィエンの背中を軽く叩く。 暫くして、身体の震えがおさまると、ヴィヴィエンは身体を離した。

 「もう、大丈夫よ。 ありがとうっ」
 「二回目の揺れは大きかったから、怖かったでしょう。 もう、大丈夫です。 原因も分かりました」
 「えっ、そうなの?」
 「はい、ヴィヴィにも関係する事なので、説明しましょう」

 ヴィヴィの腰を抱いて立たせ、ソファーへ連れて行く。

 「誰か、厨房へ行って温かい紅茶を持って来てくれ。 残りは侍女長の指示を仰いで、屋敷の様子を確認してくれ」
 「はい、畏まりました」

 直ぐに温かい紅茶が淹れられ、ヴィヴィエンに調べた事を離した。

 「えっ、あの話にあったキメラが生きているのっ? しかも、この山の中に封印されてるっ?!」
 「ええ、そうです」

 話を聞いたヴィヴィエンは真っ青になって固まった。

 まぁ、驚くよな。 俺も知らなかったし、死んだものと思っていたしなっ。

 「何で、そんな大事な事をキウェテルたちは知らなかったのっ?!」
 「うん、正にそこですよね。 しかし、今はそん事を議論している場合ではないです。 問題はヴィヴィの唄でキメラが目覚めてしまった。 そして、今、キメラは封印を解こうともがいているという事です」
 「……それで地面が揺れているの?」
 「はい」

 ヴィヴィエンが更に青ざめた。

 「私の唄の所為でっ」

 膝の上で握りしめているヴィヴィエンの手に、キウェテルの手が重なる。

 「大丈夫です。 封印されている場所も分かりました。 先に被害への対処が必要なので、それが終われば、封印場所へ行って来ます」
 「何があるか分からないのにっ!」
 「大丈夫です。 行き方やどうすれば封印が解けるか、防げるかも調べがついています」
 「でも……」

 ウェイロは詳しく調べており、短時間ながら、屋敷にある書庫や資料室をくまなく捜索した様だ。 色々な事が分かった。

 「ヴィヴィは、此処で待っていて欲しい。 そして、私が無事に戻ったら」
 「戻ったらっ?」

 ヴィヴィエンの金色の瞳に、涙が滲んでいる。

 「偽印の儀式をしましょう。 私と番になって下さい」
 「キウェテルっ……」

 一瞬、驚きの表情をしたが、ヴィヴィエンは笑顔で頷いた。

 「元より、そのつもりで貴方の元へ来たのよ。 当然、返事は『はい』しかないでしょ」
 「ありかとうございます。 絶対に幸せにしますよ」
 「ふふっ、私も貴方を幸せにするわ」

 キウェテルは、ヴィヴィエンが大人しく自分の帰りを待っていてくれるものだと思っていた。 キメラが封印されている場所へ到着するまでは。

 「キウェテル、遅かったわね。 準備万端で待っていたわよっ!」
 「ヴィヴィ、どうして此処へ? お茶会へ行ったのではないのですかっ?!」

 ヴィヴィエンの性格上、大人しく待っている訳なかった。 

 城でのヴィヴィエンは、大人しく塔で暮らしていた。 両親や兄達の言う通りに過ごしていたが、城から飛び出し、タガが外れたヴィヴィエンは、大人しく待ってなどいられなかった。
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