ケットシーと小鳥の唄

伊織愁

文字の大きさ
10 / 13

十話

しおりを挟む
 昔、昔の大昔の事、鷲王が治めていたへディーズ島には、歌が上手なお姫様がいました。 お姫様の歌声は聴く者の心を癒し、悪意を持つ者を阻む結界が張られる。

 お姫様は、毎朝、王城のバルコニーで歌を歌っていた。 民たちが今日も健やかで、楽しい一日を送れる様に。

 「今日も綺麗に結界が張れたわ。 今日はお祭りがあるのよね。 お忍びで行ってみましょう」

 お姫様は楽しそうに微笑むと、王城の中へと入っていった。

 お姫様の歌声は、山猫が縄張りにしている山にも届いていた。 大きな声ではないのだが、魔力が込められた歌声は、へディーズ島内に響いていた。

 山の頂上には、代々ケットシーの名を受け継ぐコシュカ家の屋敷が佇んでいる。

 もう直ぐ20歳になる青年は、数ヶ月後の誕生日にケットシーを受け継ぐ。

 「毎朝、毎朝、飽きずに歌えるものだな。 まぁ、結界は中々のものだがっ。 一度、見てみたいな。 歌声で結界を張る者に」

 琥珀色と緑のオッドアイの瞳が怪しく光る。

 ケットシーを受け継げば、鷲王と謁見しないとならない。 円滑に仕事を進める為にも、鷲族とは仲良くしないといけない。

 揉めると後が面倒だと、青年は溜め息を吐く。

 「もし、好みだったら嫁にもらうかっ」

 青年の口元に意地悪な笑みが広がる。

 悪戯を思いついた子供の様な表情に、幼い頃からの幼馴染みが呆れた表情を浮かべる。

 「おい、若様。 止めてくれよ、面倒事はっ」
 「まだ、何も言ってないし、何もしていないが?」
 
 青年は悪びれた様子も見せず、おどける様に笑っている。 幼い頃から知っている幼馴染みの青年が黄金色の瞳を細めた。

 「お前は勝手に動くなよっ! お館様から説教だぞっ」
 「何もしないよ。 ただ、毎朝、鷲王の王城から聞こえる歌声の姫君に会ってみたいだけだ」
 「それがいけないんだってっ!!」

 面白くなそうに青年は息を吐く。

 「……中々に相容れないものだなっ」
 「仕方ないだろう……あっちは王国、こっちは縄張りである山を管理しているだけの部族だからな。 山の権利を巡って色々としがらみがあるから、余計な事をするな。 それに、俺ら山猫族は相手にされんよ」

 黄金色の瞳を鋭く光らせた後、従者は大量の書類仕事を机に積み上げ、執務室を出て行った。

 「またまた、大量だな……父上の分もあるんじゃないかっ」

 出ていった従者の黄金色の瞳を思い出し、再び溜め息を吐く。

 彼の黄金色の瞳は、「絶対に行くなよっ、王城に忍び込むなよっ」と語っていた。

 そこまで言うなら仕方ないな。 奴の期待に応えねばならないだろう。

 青年は、一先ず、目の前の書類仕事を終わらせてから、幼馴染みの従者を驚かせようと考えていた。

 幼馴染みの従者は、まさか、彼があんな事をするとは思わなかった。 執務室の壁は薄く、青年が羽ペンを走らせる音が執務室に続く扉から聞こえてきた事で安堵していた。

 よし、真面目に仕事しているなっ。 俺もチャチャと片付けるか。

 ◇

 一通りの書類仕事を終えて、幼馴染みに気づかれない様、青年は執務室の窓から飛び降りる。 足音を鳴らさず、中庭を一気に駆け抜ける。

 屋敷の門を飛び越え、落ちる様に森の中に飛び込んだ。 山道を回って歩くよりも早い、究極の近道だ。

 通りがかりでまた者からは、飛び降り自殺に見えるだろう。

 身軽な猫族は、難なく大岩の障害物を飛び越え、木々の枝へ飛び移る。 道なき道を一度の跳躍で飛び降り、一回転捻りを入れて山道に着地する。

 「ふむ、七合目と六号目の間くらいか。 抜け出した事に気づいた時は、もう俺は鷲王の王城に忍び込んでいるな」

 青年の足取りは軽く、いたずら心が湧き上がっている為、少年の様にオッドアイの瞳を輝かせていた。

 麓の街に降り立った青年の視界に飛び込んで来たのは、祭を楽しむ山猫族の人々だった。

 「そうか、今日は祭だったか。 まだ、昼前だが、楽しそうだな」

 周囲では既に飲み過ぎている者たちもいた。 楽しそうな人々を眺めていると、自然に口元が緩んだ。

 騒いでいる山猫族を見てふと思う。

 鷲族も祭では騒ぐのだろうかと、唄姫である王女も子供の様に騒いでいるのだろうかと。

 「よし、行ってみよう」

 青年は興味本位に鷲族の王都へ足を向けた。

 青年が王都へ向けて駆け出した頃、唄姫である王女も街へ降りる為、身支度を整えていた。

 部屋に作られた衣装部屋、姿見の前で着て行く服を選んでいた。 侍女がシンプルなデザインのワンピースを王女へあてがう。

 「やはりこのお色がお顔に映えますね」

 侍女と鏡越しに視線が合い、王女は口元に笑みを浮かべて微笑む。

 「別に何色でもいいわ。 お忍びなんだし、目立たなければいいわ」
 「畏まりました。 では、こちらの淡いブルーワンピースをお召しになって下さいませ」
 「分かったわ、ありがとう」
 「でも、共を誰も連れて行かれないのですか?」
 「ええ、お忍びだもの」
 「しかし、何かあったら、」
 「大丈夫よ、その為に影で護衛する者が着くのでしょう? 表でも裏でも着いて来られたら息が詰まるわ」
 「姫様っ」
 「心配しないで、前みたいに護衛を撒いたりしないから」

 『それが心配なのだ』と、侍女の顔から全身までが訴えて来る。

 「少し見たら直ぐに戻って来るわ」
 「約束ですよ、姫様」
 「分かったわ」

 侍女に力強く頷くと、王女は手早くワンピースを着ると、部屋にある抜け道に続く隠し扉を開いた。 王女が隠し扉に姿が消える。 侍女の横を一陣の風が吹き抜ける。 感触とした物が背中に駆け抜ける。

 影が王女の後を追って行った様だ。

 王都にやって来た王女は、賑やかな通りに胸が躍り、色々な露店に瞳を輝かせた。

 王女は早速、幾つかの露店を冷やかし、串焼きや飴などを頬張った。

 ふふっ、美味しいっ。 侍女が居たら食べ歩きなんて出来ないものね。

 次は何を食べようかと、視線を忙しく動かす。 前方不注意な王女は必然に、王女を避けようとして前から歩いて来る人とぶつかった。

 王女の低くない鼻に、逞しい胸板がぶつかる。 男性の胸へ思いっきり飛び込んだようで、一瞬、息が詰まった。

 鈍い痛みだが、後に引く痛みが鼻を突く。 思わず、痛みに苦悶の声が上がった。

 「……っ! ご、ごめんなさいっ……余所見をしていたわ」
 「いえ、こちらこそ。 貴方が前を見ていない事に気づいていたのに、避けきれなかったっ」
 「謝罪しないで、貴方には全く非はないわ」
 
 顔を上げると、オッドアイの瞳を見開いている青年と視線が合った。

 「……っ貴方、ケットシーの」
 「? 何処かでお会いしましたか? 唄姫」

 お互いに驚きの表情をした後、意味深な笑みを浮かべた。 後に彼らは恋に落ち、結婚の許しをもらう為、鷲王に願い出たが、当然、反対された。

 そして、鷲王の目の前で王女を攫うという愚行を犯し、猫族の山へ駆け落ちした。

 ◇

 突然に始まった昔話に、キウェテルはうんざりした様に琥珀と緑のオッドアイを細めた。 幼い頃から聞かされ、耳にタコが出来たほどだ。

 「義兄上どの、今更、その話を聞かされても……何と答えたら良いものかっ」
 「お兄様方、私もその話は耳タコです」

 ヴィヴィエンは、キウェテルの腕に手を回して離さなかった。

 少し違うのは、山猫族側は英雄の様に語られていて、鷲族側は戒めの様に語られている事か。

 「この二人の子供がどうなったか聞いているだろうっ」
 
 第一王子であるスカイラが歯軋りと共に掃き出した。

 昔話にはまだ続きがある。 駆け落ちした二人の間に生まれた子供は、キメラとして生まれた。 魔力暴走を繰り返した子供は、高すぎる魔力を制御出来ずに亡くなったと聞いている。

 「確か、亡くなったと聞いてます。 彼の名前が先祖代々の墓石に刻まれていますが?」

 無言で視線がぶつかり合い、大昔のキメラの姿を思い、あり得ない事を想像する。

 「……お前たちの間に生まれる子供もキメラで生まれる可能性もあるだろうっ」
 「まさか、それだけを恐れて私たちの結婚を反対しているのですか? キメラが生まれる確証はないでしょう」
 
 スカイラは厳しい瞳を向けて来るだけで、何も発しない。 他の二人の王子も同様だった。

 「お兄様」
 「……ヴィヴィっ」

 厳しい眼差しが、ヴィヴィに視線を向けると、困った様に眉を下げた。 当然だが、キウェテルに向けられる眼差しと大分違う。

 「私は絶対に帰りませんからっ」
 「「「ヴィヴィっ!!」」」
 
 三人の王子の悲痛の声が揃う。

 頑なに言う事を聞かないヴィヴィエンに、スカイラが大きく息を吐き出した。

 眉を顰める表情は、どうしたものかと、困り果ていた。

 「分かった、今日はこれで帰るが。 連れ帰る事を諦めた訳ではないからな」
 「「兄上っ」」

 帰ると言ったスカイラに、ノーマンとアミデビが信じられないと、兄を責める。

 「仕方ないだろうっ、帰らないって聞かないんだからっ。 作戦を練り直す。 行くぞっ」

 ノーマンが舌打ちをして、スカイラの後を追う。 アミデビはキウェテルに鋭い視線を突き刺し、重くて低い声を出す。

 「猫、僕のヴィヴィに指一本でも触れてみろ。 生きている事を後悔する目に遭わすからな」

 アミデビの視線がヴィヴィエンへ移る。

 蕩けるような笑み浮かべて囁く。

 「ヴィヴィ、また直ぐに迎えに来るから」

 表情の落差に、キウェテルとヴィヴィエンの身体が硬直した。

 アミデビが最後に去った後、二人りの脳内で『こわっ!』と呟く。

 「第三王子が一番、怖いなっ」
 「ええ、アミデビお兄様は、幼い頃から変わってないわ」

 先程の恐怖は直ぐに消え去り、ヴィヴィエンが視線を向けて来る。 金色の瞳がスッと真剣な眼差しに変わる。

 「まさかとは思うけれど、アミデビお兄様に恐れをなして、引き渡さないわよね?」
 「まさか、そんな事はあり得ない」

 そっと頬に手を添えると、ヴィヴィエンが瞳を閉じる。 重なる唇から愛しさが込み上げてきた。

 少しだけ脳裏を掠めた考えが蘇る。

 まさか、生きてるとか言わないよな? そのキメラ……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる 美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて… 表紙はかなさんです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

番ではなくなった私たち

拝詩ルルー
恋愛
アンは薬屋の一人娘だ。ハスキー犬の獣人のラルフとは幼馴染で、彼がアンのことを番だと言って猛烈なアプローチをした結果、二人は晴れて恋人同士になった。 ラルフは恵まれた体躯と素晴らしい剣の腕前から、勇者パーティーにスカウトされ、魔王討伐の旅について行くことに。 ──それから二年後。魔王は倒されたが、番の絆を失ってしまったラルフが街に戻って来た。 アンとラルフの恋の行方は……? ※全5話の短編です。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

処理中です...