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『私、動物アレルギーなんですっ!』 〜シアーラの1日〜
しおりを挟むシアーラ・セフィド、白ヘビ族の亜人である。 母国はカウントリムだ。
祖先がカウントリムの貴族で、爵位を継げない立場だった為、シェラン国へ出稼ぎに来たのがセフィド家の始まりだ。
代々武家であるセフィド家は、騎士団で武功を上げ、騎士爵位と苗字を賜った。
三姉妹の末っ子で、皆に可愛がられて育ったが、なぜ表情筋が乏しいのか全く記憶にない。 気付いたら表情筋が動いていなかった。
五年前、近衛騎士団の第二騎士団団長に、本物の番が現れた。
団長の番は、成人したてのまだ、あどけない十五歳の少女だった。
騎士団には女性団員は少なく、小隊長を任せれていたシアーラが護衛の任につく事になった。
初めはあまり気乗りはしなかったが、リジィの状況や環境を整えないと、命の危険に晒される恐れがある事を知り、真面目に護衛任務に勤めていた。
動物アレルギーがあるリジィと団長が何とか上手く収まり、シアーラも心から祝福していた。
◇
毎朝、仕事に行きたくないと駄々を捏ねるラトをふん捕まえ、馬車へ放り込む事からシアーラの仕事が始まる。
『流石です、シアーラ』と、副団長のダレンと同じ階級である小隊長のバトの二人から、大袈裟な拍手を贈られた。
馬車が出発した夫婦の居間にて。
「シ、シアーラっ! 何をしているのっ?!」
リジィの叫び声を聞き、シアーラは首を傾げた。 シアーラにはリジィが何故、青ざめているのか分からない。
「何をですか?……ヒメーシュ様とフィリス様に剣術を教えています」
「剣術って……子供たちはまだ生まれて半年なのよっ。 まだ無理だわっ」
柔らかい毛の丸いカーペットの上に座ったヒメーシュとフィリスは、シアーラが渡した紙を巻いた棒をご機嫌よく振り回し、シアーラを叩いている。
シアーラも同じ紙の棒を持って、双子の攻撃を起用に受けている。 偶にシアーラの膝に当たるが全く痛くないので構わない。
「セフィド家では、生まれた歳から剣術を習います」
「そうなのっ?」
「はい、朝食の前に剣の素振りを百本、朝食の後は一般教養と戦術、昼食の後に実技です。 体術も習います」
「そう、でも、子供達にはどれもまだ無理だからっ! せめて、五歳くらいまで待ってっ」
「ふむ、五歳ですか……」
暫し考え、五歳ならまだ間に合うか。
無表情で頷いたシアーラは、リジィの意見を受け入れる事にした。 双子はリジィの子供で、リジィは団長の奥様だ。
上司の奥様の上、シアーラはリジィが大好きだ。 彼女の言う事は聞き入れたい。
「分かりました。 では、これはこういう遊びという事で」
「えっ……取り敢えず、剣術の稽古と言う名の遊びは続けるのねっ」
リジィの驚く声も無視して、シアーラは双子が振り回す紙の棒の相手を務めた。
遊び疲れたのか、双子はミルクを飲んだ後、ぐっすりと眠った。
「凄いわっ……いつもはお昼寝も嫌がるのよっ」
「朝から大分、鍛えましたからねっ」
やり切ったと、心からの笑みを溢すも、シアーラの表情筋を動かす事は出来なかった。
「これから寝かしつけが楽になるかもしれないわね」
リジィが感心した様に微笑み、周囲の侍女も息を溢している。
「本格的に始まれば、礼儀も教えられますので、無闇に侍女を叩く事はありませんよ」
リジィが懸念しているのは、人を叩く癖がつくのではないかという事だ。
「……そうね、取り敢えず、紙の棒を持たせるのはシアーラが居る時だけにしましょう」
「はい」
他の侍女も心得たと、返事を返した。
「所で、奥様」
「何? シアーラ」
「貴族令嬢らしく話せてますね」
シアーラとしては、ニヤっと笑ったつもりだったが、僅かに頬が引き攣っただけだった。
リジィもフッと笑う。
「もの凄く練習したのよ。 頑張った甲斐があったわ」
リジィの目線が部屋の隅にいる人物に移る。 シアーラは直ぐに反応を示し、部屋の奥を見た。
あ、あの人は、礼儀作法に厳しい侍女長だ。 今日は発言を気をつけよう。
双子が寝ている間に、手紙の整理や招待状の有無を確認していると、十三時の鐘が鳴った。
リジィが午後の予定を口にする。
「あら、もうこんな時間ね。 明日は魔法石の発掘現場に行くから、今日はオアシスへ行きましょうか」
「ええ、そうですね。 孤児院も新しく出来ましたし、定期的に視察をした方がいいでしょ」
「そうね。 侍女長、少しだけ出掛けてきます。 子供達の事、宜しくお願いします」
「はい、任せて下さい」
定期的にオアシスへ赴き、ちゃんと管理されているか、忙しいラトの代わりにリジィが視察を行なっている。
「「「行ってらっしゃいませ」」」
使用人に見送られ、二人は転送魔法陣でオアシスへ向かった。
◇
オアシスは相変わらず活気がある。
毎日、リジィが通っていた頃は、常に騎士団がいたが、今は少しづつ、オアシスの運営を冒険者に移している最中だ。
診療所の隣にあったギルド兼商会は取り潰し、今は孤児院になっている。
ギルドと商会は防壁の外ではあるが、結界内なので、新しく建てられた。
防壁の外で冒険者や商人が取引を巡ってやり合っている状況は、もう既にありふれた光景だ。
護衛対象であるリジィも慣れた様で、今は気にも留めていない。
フッとシアーラが声だけで思い出し笑いが溢れた。 シアーラ的には笑ったつもりだったが、やり合っていた冒険者と商人と視線が合った。
「「す、すいませんっ! もう二度と争いませんっ」」
二人は慌てて、主にシアーラから離れて行った。
ん? 今のは……?っ。
「シアーラ……笑顔がちょっとだけ、悪魔みたいになってるっ」
「……そうですかっ?」
ふむ、怒っている様に見えたのか、思い出し笑いをしただけなんだけどっ。
両頬を撫でると、頬の引き攣りを直した。 二人はオアシスの門を顔パスで通り、目的地へと向かった。
孤児院へ行く前に隣の診療所で寄り道。
診療所の扉には休診中と書かれた札が出されていた。 本日は休診日、イアンは騎士団の方へ顔を出している様だ。
「イアン医師団長は、本日は王都の騎士団へ行かれています。 確か、新しい医師と面談があるそうです」
「そう、イアン先生とは暫く会っていないわねっ」
「そうですね、最近は特に忙しいそうで、お薬の件で王城に詰めているそうです」
「そう……でも、新しく先生が来るのね」
「はい」
オアシスから騎士団の引き上げが徐々に進んでいる。
目的の孤児院に訪れると、子供たちが一斉に駆け寄って来る。
「あっ! 奥様だっ!」
「シアーラっ」
口々に名前を呼び、子供たちが駆け寄って来る、否、飛びかかって来る。 子供たちの挨拶代わりのタックルを受け止める。
最近の子供たちのマイブームだ。 訪れた騎士団員か、冒険者の誰かが子供たちに教えたらしい。
全く、碌な事を教えない大人がいるなっ。
「いいですか、子供たち。 無闇やたらに人にタックルしてはいけません。 私の様に受け止められる人間ばかりではありませんからね」
タックルして来た全ての子供たちを投げ捨てたシアーラの言い分である。
「「「「「「「……っは~いっ」」」」」」」
投げ捨てられた子供たちは地面に転がり、情けない声を出した。
粛清完了っ!
しかし、シアーラは考えた。 リジィの双子たちの訓練にも良いではないかと。
リジィに肩を掴まれ、にっこりと微笑まれた。 シアーラの背中に悪寒が走る。
「やめてね、シアーラ」
長い付き合いのリジィには、無表情なシアーラか何を考えているのか分かったらしい。
「はい、奥様っ」
滞りなく視察を終え、夕食前に屋敷へ戻る。 二人が夕食を済ませている間に、シアーラは双子の面倒を見る。
リジィの護衛なのだが、ラトがリジィと二人っきりになりたいと、シアーラを食堂から追い出したのだ。
まぁ、イチャイチャしながら食事する場面を見るよりはマシか……。
二人の食事風景は、何時も砂糖を吐きたくなるくらい甘いのだ。
食事から戻って来たリジィに双子を返し、シアーラは交代の護衛騎士と情報を交換して休憩に入る。
「じゃ、後はよろしくお願いします」
「はい、あ、セフィド小隊長、団長が呼んでいました」
「そう、分かりました。 ありがとうございます」
「いえ」
休憩前に、真っ直ぐに執務室へ向かう。
ノックを数回して名乗ると、直ぐに返事が返ってきた。
「入れ」
「失礼します。 お呼びと聞き参りました」
「うん、ソファーに座ってくれ」
「はい、失礼します」
ラトと向かい合ってソファーへ腰掛け、ラトが本題を切り出した。
「シアーラには今までリジィの護衛の任に着いてもらったが、一か月後に護衛の任務から解く」
「えっ……」
突然の事に、シアーラの頭が真っ白になった。
私は何かヘマをしただろうか? まさか、今朝の剣術の稽古が駄目だったのかっ。
心が暗く落ちかけた頃、ラトから説明があった。
「私は近く、騎士団を辞める事になる」
「はっ?」
顔を上げたシアーラの顔が珍しく歪に引き攣っている。
「……それはっどういった理由ですか?」
一つ溜め息を吐いたラトが口をつく。
「あぁ、母上の意向で、父親になったのだから、子供の為にも余っている爵位をくれる……というか、強制的に継がされるっ。 本家である侯爵家は、兄が引き継ぐが、俺は伯爵位を継ぐ事になる」
執事が淹れた紅茶を一気に飲み干すとラトは話を続けた。
「騎士団も領地運営もとなると、やる事が多すぎて大変になるっ。 元々、領地など要らなかったのだが、家を出るほど子供ではないしな」
小さく頷くシアーラ。
「で、色々と手続きには時間が掛かる。 だから、先にリジィには領地へ行ってもらおうと思っている」
「そうですか……それなら仕方ないですねっ」
シアーラの胸の奥から、『寂しい』という感情が湧き上がる。 勿論、表情には出ない。
ヒメーシュ様とフィリス様の剣術の稽古、しかたかったな。
リジィが聞けば、『落ち込むとこそこなの?』と言われそうである。
内心ではとても落ち込んでいるはずなのに、表情筋が動かない。
じっとシアーラの様子を見ていたラトが訊ねてきた。
「シアーラはリジィと双子の護衛を続けたくはないか?」
「……それはどういう意味ですか?」
「騎士団を辞めて家に来ないか? と言っている。 きっとリジィも双子も喜ぶ」
「是非ともお願いしますっ!」
考える前に、先に言葉がついて出た。
考える事など無かった。 答えは是しかないのだから。
「じゃ、決まりだな。 今後もよろしく頼む、シアーラ」
「はい、団長! いえ、伯爵様」
ラトが差し出した手をシアーラは力強く握りしめた。
「あ、そうだ。 この屋敷も売り払うから、早めに引越しの準備をしておいてくれ」
「はい、畏まりました」
ご機嫌な様子で執務室を出て行ったシアーラは、リジィに報告をした。
大歓迎したリジィに抱きしめられ、シアーラの頬が自然と緩む。
誰も見ていない。 シアーラの、初めての心からの笑顔だった。
翌朝には、駄々を捏ねるラトを馬車へ放り込むシアーラの表情筋は、元の無表情に戻っている事だろう。
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