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『白カラスにご慈悲を!!』〜番外編 一話〜
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最高学年となったリィシャの朝の日課は、窓際に飾ってある白薔薇のブーケに魔力を注ぐ事。 枯れない様に毎朝、頑張って魔力を注いでいる。
白薔薇のブーケは婚約者であるユージーンが手作りして婚約式で贈られたものだ。
「よしっ、今日も完璧っ! 結婚式まで頑張らないとね」
白薔薇がリィシャの魔力に反応し、虹色に光り輝く。 白薔薇に触れ、リィシャの瞳が優しく細められた。
「シア? 準備は出来ている? 今日は入学式だから、生徒会は早めに行かないと駄目だよ」
リィシャの部屋がノックされた後、婚約者であるユージーンの声が聞こえて来た。
リィシャの両親は彼女が赤ん坊の時に流行病で亡くなっている。 一歳頃に、いとこであるユージーンの家、クロウ辺境伯の元に引き取られた。
今は王都の外れにある学園へ通う為、クロウ家のタウンハウスで暮らしている。
二人だけで暮らしているのではなく、ユージーンの補佐候補で、ユージーンの父方のいとこであるサイモンも一緒だ。 クロウ辺境伯と夫人は、クロウ領にある本宅で暮らしている。
「は~い、今行くから、ちょっと待ってっ!」
「急がなくていいよ。 下で待っているから、ゆっくりおいで」
ユージーンに促され、リィシャは姿見に映した自身を見て、身だしなみを確認する。
「大丈夫かしら? 変じゃない?」
部屋の隅に居たメイドに確認をすると、メイドからの最終チェックをクリアした。
「大丈夫ですよ、リィシャお嬢様」
「ありがとう」
メイドと一緒に階下へ降りて行くと、ユージーンとサイモンが待っていた。
「あはよう、シア。 今日も可愛く出来たね、その髪型似合っているよ」
「本当?! ありがとう、ジーンも素敵よ」
今日は入学式だという事で、先輩らしく見せようと、白銀の髪をゆるく巻いてサイドに流し、三つ編みにして結んでいる。
白地に深緑のラインが入ったワンピースの制服が清潔感を出していた。
「ありがとう、シア」
ユージーンは朝から紫の瞳を蕩けさせて愛しい番を見つめてくる。
「こほん」
側にいたサイモンが咳払いをして、ユージーンとリィシャを促す。
「急ぎませんと、入学式の打ち合わせに遅れます」
「……チッ、分かったよ、サイモン」
「舌打ちしないで下さい。 帰って来てからイチャついて下さい」
「……サイモン、ごめんなさい。 貴方も素敵よ」
「シア、サイモンの事は褒めなくていいよ。 と言うか、僕以外の男を褒めては駄目だ」
「ジーン…….」
「さぁ、シア。 今度こそ行こう。 遅刻したらエドワードの雷が落ちる」
ユージーンが手を差し出し、リィシャが手を取る。 サンモンから呆れた様な溜め息が吐き出された。 三人が馬車に乗り込むと、ゆっくりと走り出した。
◇
光が差す講堂で、黒カラス族のエドワードが生徒会長として、挨拶をしている。
壇上で演説する黒髪に金色の瞳のエドワードは、令嬢にとって魅力的に映っている様だ。
うっとりと見つめる令嬢たちを眺め、リィシャは新入生の中に、隣で座るユージーンを見つめている令嬢が複数いる事に気づく。 しかし、ユージーンとリィシャの首筋に同じ刻印を見つけ、見ていた令嬢たちが傷つく様な表情を浮かべた。
やっぱりユージーンはモテるわね。 でも、ちょっとだけ優越感っ! ごめんね、ジーンは私の本物の番で婚約者なの。
直ぐに優越感に浸る自身に嫌悪感を抱き、落ち込む。 しかし、リィシャは初めて刻印が刻まれていて良かったと思っていた。
幼い頃から真っ直ぐにリィシャに想いを伝えて来てくれていたが、リィシャは理解が出来ていなかった。 今日に至るまで色々とあり、リィシャは自身の気持ちを自覚し、ユージーンと気持ちを通い合わせた。
考え事をしているリィシャの手がそっと握り締められる。 隣を見上げれば、ユージーンが愛しそうに見つめてくる眼差しとぶつかった。 リィシャが不安そうにしている事に気づいたのだろう。
リィシャは嬉しくて、自然に笑みが広がっていた。 微笑み合う二人の姿に、新入生や在校生、教師陣からも騒めきが湧いた。
壇上で演説していたエドワードの眉間に深く皺がより、入学式早々に新入生たちを怖がらせた事は余談である。
◇
王立ディフ学園は4つの塔が四角に並んで建てられている。 4つの塔、1つ目は講堂と大広間、2つ目は学舎と武道場、3つ目は図書室と学生寮、4つ目は修繕されずにいたが、やっと修繕が終わり、今は研究施設だけを集めた塔になっている。
中庭の中央には、新しく4階建ての食堂があり、屋上には使われなくなった温室がある。 ガラス張りの温室は、ずっと生徒会が生徒会室として使用して来た。
◇
生徒会室に入るなり、エドワードから叱責が飛んできた。 生徒会長の机に座り、物凄く眉間に深く皺が寄せられている。
「お前ら、TPOを考えろっ! 入学式で周囲に牽制する為にイチャイチャするなっ! 鬱陶しいっ!!」
きっと最後の言葉がエドワードの本音だろう。 表情にも本当にわずわらしいと、出ていた。
「すまないね、エド。 シアが不安がっていたから、ついね。 僕はシアが一番だからね」
ユージーンに悪ぶれた様子がなく、エドワードは深く溜め息を吐いた。
隣で二人の会話を聞いていると、リィシャの顔に熱が上がり、頬がみるみる内に熱くなる。 とても居た堪れない。
「本当にやめて下さい。 会場中が異様な騒めきに包まれたじゃないですか」
サイモンが丸メガネを上げてユージーンに厳しい眼差しを投げつけた。
「エドもサイモンも偽印でもいいから番を持てばいい。 僕の気持ちが分かるから」
「「……っ」」
偽印の番を持つ事に、二人は分かりやすく抵抗を示した。
獣人は心の底から番を求めているので、自然と恋愛には奥手になる。 いつか自分にも番が現れるのではないかと思うと、臆病になるし、おいそれと恋人を作れない。
「取り敢えず、一週間後に控えた新入生歓迎会に向けて準備を進めてくれ」
「ジーン様は、新人に厳しく当たらないで下さいよ。 それで去年は新人が続かなくて、生徒会が我々だけになったんですから」
「……相手がシアに手を出さなければいい」
ムスッとした表情で呟き、ユージーンはサイモンを睨みつけた。
「子供みたいな事を言わないで下さい。 女子生徒だったとしても、シア様に辛くあったただけで酷い目に合わせたでしょう」
「シアを虐める奴は性別、年齢関係なく許さない」
ユージーンが気持ちを隠す事なく、表現してくれるのは嬉しいが、リィシャもTPOを考えてくれとは思う。 そして、報復はもっと穏便にして欲しい。
サイモンが抵抗を見せるユージーンに、更に厳しい眼差しを向ける。
「……暴力は振るっていないだろ」
ユージーンは憮然とした表情でサイモンから視線を逸らした。
相手が泣いているにも関わらず、容赦なく追い詰める事は言葉の暴力だよっ、ジーン……。
今の生徒会は、エドワードが生徒会長、ユージーンが副生徒会長、サイモンはニ年生の時からずっと会計だ。 で、リィシャは必然的に、誰もいない書記になった。
「もういい。 兎に角、しっかりと生徒会業務をしてくれ。 しかし、先が思いやられるな……このメンバーで、将来の黒カラス族と白カラス族を支えるのかっ……」
「エド、僕は最強の布陣だと思っているけど」
「……そうかっ」
そして、サイモンの言う通り、生徒会は三年生しかいない。 本年も一年生が入って来たとしても、ユージーンの所為で続かなそうだ。 ユージーン以外の三人は、眉尻を下げるのだった。
◇
「ねぇ、あの人、白カラス族の方かしら? 素敵ね、私のタイプだわ」
食堂のカウンターにいるユージーンを見た一人の女子生徒が黄色い声を上げる。
女子生徒と一緒にいる他の女子生徒たちは、素敵だという意見には賛同するが、諦めている様な声を出した。
「あぁ、素敵なのは同意するけれど、あの方はやめた方がいいわ」
「ええ、そうね。 貴方も入学式で見たでしょう?」
「私、入学式は寝こけてしまって出ていないのよ」
「出ていないって……貴方、色々な提出物はどうしたのよっ」
「ああ、図書室で寝ていて、終わった頃にしれっと皆に混ざったわ。 それより、やめておいた方がいいってどういう事?」
周囲の令嬢たちは呆れた様な表情を浮かべた。 一人の令嬢が自身の首筋を指した。
「ちゃんと首筋を見なさい。 番の刻印が刻まれているから」
「えっ、嘘っ! もう番がいるのっ?! 刻印って本物の? 本当にっ?!」
「本当よ。 ほら、首筋の刻印が銀色に光っているわ。 私も初めて見たわ」
「私もよ。 入学式の時も仲睦まじくしてらしたものね」
「憧れるわよね」
女子生徒たちがユージーンを見て騒いでいる様子を、リィシャは直ぐ後ろの席で居た堪れない様子で眺めていた。
入学式の事を言われると恥ずかしいわねっ。
「あの方、こちらに来るわ。 わたしの事が気になったのかしらっ」
ユージーンが少女たちの方へ来ているのは、少女たちの後ろにリィシャがいるからだ。 リィシャは心の中で謝ったが、少女の事は『ちょっと図々しくないか?』と思った事は否定できない。
周囲の少女たちも、勘違いしている少女に呆れた様な視線を送っている。
二人分のトレイを持ったユージーンが少女たちの前へ辿り着くと、少女ははにかみながら、何かを言いかけた。 しかし、ユージーンは素っ気ない態度をとる。
「申し訳ないけど、そこ通してくれる?」
「は、はい、こちらこそすみませんっ!」
勘違い少女の腕を引っ張り、一緒に居た少女たちがユージーンに道を開けた。
「ありがとう、君たちは一年生かな?」
「は、はいっ!」
「通路で広がってお喋りしていたら、邪魔だよ。 お喋りするならテーブルに着くか、注意される前に、端に寄るかしなさい」
冷たい眼差しで注意された少女たちは、呆然としながら返事を返した。 勘違い少女が一番固まって、口を開閉させていた。
リィシャは再び、内心で少女たちに謝罪した。 もう少し、柔らかく言ってあげればいいのにと。
目の前にトレイが置かれ、ユージーンの優しげな笑みが現れる。
「シア、お待たせ。 シアの好きな物を乗せて来たからね。 いっぱい食べて」
「ありがとう、ジーン」
リィシャが直ぐ後ろで座っていた事に気づかず、噂話していたい少女たちは、リィシャの存在に気づき、そそくさと離れて行った。 三度、リィシャは内心で謝った。
本当に、間が悪くてごめんねっ。 わざとじゃないからっ!
「ジーン、もう少し優しく言ってあげないとっ」
「えっ、充分優しく言ったはずだけど?」
「ジーン、もう少しだけ笑顔でっ」
リィシャが笑顔でと言うと、ユージーンは黒い笑みを浮かべた。
「怖すぎるっ!」
「えっ、そうかなっ?」
「絶対、わざとでしょっ!」
食堂での一件は一年生の間にあっという間に広まり、ユージーンが番にしか優しくないと噂が広まった。 更に、生徒会に生徒が寄り付かなくなった。
◇
新入生歓迎会は、生徒会が主催して行われる。 毎年、人気の楽団が呼ばれた。
「エドワード様、今年も無事に人気の楽団に頼める事になりました」
「そうか、今年はギリギリまで決まらなかったな」
「ええ、楽団の方で色々あった様で、間に合って良かったです」
「ああ」
旧温室の生徒会室はガラス張りで、九月にしては暖かい日差しが差していた。 確実に季節は秋へ向かっている。
「で、あいつらは何処に行った?」
「ジーン様とシア様は、新入生歓迎会で使う飾り付けの確認に、倉庫へ行かれました」
「そうか、真面目に仕事をしているならいい。 俺たちは他の業務を行おう」
「はい」
歓迎会の飾り付けが納められている倉庫は、生徒会室である旧温室の隣にある。
まだ明るい日差しが倉庫内を差し、細かい埃が舞い、光を反射して漂っている。
「埃っぽいね。 シア、窓を開けて」
「は~い」
リィシャが窓を開けていく音が倉庫に響く。
昔は農具を入れてあったのだろう。 当時の名残りが残されている。 シャベルやバケツが倉庫の端に置いてある。 何個か置かれている木箱の一つに、飾り付けに使用する装飾品が入っている。
ユージーンは木箱の蓋を開けた。
「うん、木箱に入れてあったし、大丈夫みたいだね」
「ねぇ、ジーン、新しい飾り付けを増やさない? 毎年同じ物ばかりだとつまらなくない?」
「そうだね、でもそうすると、忙しくなるよ? もう、一週間もないし、シアはコモン子爵領の仕事もあるでしょ」
「大丈夫よ、頑張るわ」
「う~ん、取り敢えず、何を増やそうとしているのか、聞いてもいい?」
「そうね、輪っかのチェーンではなくて、リボンを何本か束ねて柱を飾ってみましょう」
「ふむ、なるほど、それなら新しい装飾品を作らなくていいね。 後輩には出来上がりを写真に撮っておこう。 リボンだけ何本もあっても意味が分からないだろしね」
「そうね、流石、ジーンだわっ!」
楽しそうに手を合わせるリィシャに、ユージーンが眩しそうに瞳を細める。
ユージーンは、突然スイッチが入った様にリィシャを求めて来る。 強く抱きしめられ、ユージーンの口付けが降りて来る。
倉庫の扉を閉め忘れ、窓も自身が開けたにも関わらず、開け放たれている事も忘れてユージーンの口付けを受け入れる。
『学園でこんな事するなんて、恥ずかしいっ』と思いながら、ユージーンを突き放せなかった。
リィシャとユージーンの口付けは、第三者の登場で突然止んだ。
「あ、生徒会の方ですかっ! 私、生徒会に入りたくてっ……あぁっ!」
開け放たれた扉に、食堂でユージーンに注意された女子生徒が口を大きく開けて固まっていた。
白薔薇のブーケは婚約者であるユージーンが手作りして婚約式で贈られたものだ。
「よしっ、今日も完璧っ! 結婚式まで頑張らないとね」
白薔薇がリィシャの魔力に反応し、虹色に光り輝く。 白薔薇に触れ、リィシャの瞳が優しく細められた。
「シア? 準備は出来ている? 今日は入学式だから、生徒会は早めに行かないと駄目だよ」
リィシャの部屋がノックされた後、婚約者であるユージーンの声が聞こえて来た。
リィシャの両親は彼女が赤ん坊の時に流行病で亡くなっている。 一歳頃に、いとこであるユージーンの家、クロウ辺境伯の元に引き取られた。
今は王都の外れにある学園へ通う為、クロウ家のタウンハウスで暮らしている。
二人だけで暮らしているのではなく、ユージーンの補佐候補で、ユージーンの父方のいとこであるサイモンも一緒だ。 クロウ辺境伯と夫人は、クロウ領にある本宅で暮らしている。
「は~い、今行くから、ちょっと待ってっ!」
「急がなくていいよ。 下で待っているから、ゆっくりおいで」
ユージーンに促され、リィシャは姿見に映した自身を見て、身だしなみを確認する。
「大丈夫かしら? 変じゃない?」
部屋の隅に居たメイドに確認をすると、メイドからの最終チェックをクリアした。
「大丈夫ですよ、リィシャお嬢様」
「ありがとう」
メイドと一緒に階下へ降りて行くと、ユージーンとサイモンが待っていた。
「あはよう、シア。 今日も可愛く出来たね、その髪型似合っているよ」
「本当?! ありがとう、ジーンも素敵よ」
今日は入学式だという事で、先輩らしく見せようと、白銀の髪をゆるく巻いてサイドに流し、三つ編みにして結んでいる。
白地に深緑のラインが入ったワンピースの制服が清潔感を出していた。
「ありがとう、シア」
ユージーンは朝から紫の瞳を蕩けさせて愛しい番を見つめてくる。
「こほん」
側にいたサイモンが咳払いをして、ユージーンとリィシャを促す。
「急ぎませんと、入学式の打ち合わせに遅れます」
「……チッ、分かったよ、サイモン」
「舌打ちしないで下さい。 帰って来てからイチャついて下さい」
「……サイモン、ごめんなさい。 貴方も素敵よ」
「シア、サイモンの事は褒めなくていいよ。 と言うか、僕以外の男を褒めては駄目だ」
「ジーン…….」
「さぁ、シア。 今度こそ行こう。 遅刻したらエドワードの雷が落ちる」
ユージーンが手を差し出し、リィシャが手を取る。 サンモンから呆れた様な溜め息が吐き出された。 三人が馬車に乗り込むと、ゆっくりと走り出した。
◇
光が差す講堂で、黒カラス族のエドワードが生徒会長として、挨拶をしている。
壇上で演説する黒髪に金色の瞳のエドワードは、令嬢にとって魅力的に映っている様だ。
うっとりと見つめる令嬢たちを眺め、リィシャは新入生の中に、隣で座るユージーンを見つめている令嬢が複数いる事に気づく。 しかし、ユージーンとリィシャの首筋に同じ刻印を見つけ、見ていた令嬢たちが傷つく様な表情を浮かべた。
やっぱりユージーンはモテるわね。 でも、ちょっとだけ優越感っ! ごめんね、ジーンは私の本物の番で婚約者なの。
直ぐに優越感に浸る自身に嫌悪感を抱き、落ち込む。 しかし、リィシャは初めて刻印が刻まれていて良かったと思っていた。
幼い頃から真っ直ぐにリィシャに想いを伝えて来てくれていたが、リィシャは理解が出来ていなかった。 今日に至るまで色々とあり、リィシャは自身の気持ちを自覚し、ユージーンと気持ちを通い合わせた。
考え事をしているリィシャの手がそっと握り締められる。 隣を見上げれば、ユージーンが愛しそうに見つめてくる眼差しとぶつかった。 リィシャが不安そうにしている事に気づいたのだろう。
リィシャは嬉しくて、自然に笑みが広がっていた。 微笑み合う二人の姿に、新入生や在校生、教師陣からも騒めきが湧いた。
壇上で演説していたエドワードの眉間に深く皺がより、入学式早々に新入生たちを怖がらせた事は余談である。
◇
王立ディフ学園は4つの塔が四角に並んで建てられている。 4つの塔、1つ目は講堂と大広間、2つ目は学舎と武道場、3つ目は図書室と学生寮、4つ目は修繕されずにいたが、やっと修繕が終わり、今は研究施設だけを集めた塔になっている。
中庭の中央には、新しく4階建ての食堂があり、屋上には使われなくなった温室がある。 ガラス張りの温室は、ずっと生徒会が生徒会室として使用して来た。
◇
生徒会室に入るなり、エドワードから叱責が飛んできた。 生徒会長の机に座り、物凄く眉間に深く皺が寄せられている。
「お前ら、TPOを考えろっ! 入学式で周囲に牽制する為にイチャイチャするなっ! 鬱陶しいっ!!」
きっと最後の言葉がエドワードの本音だろう。 表情にも本当にわずわらしいと、出ていた。
「すまないね、エド。 シアが不安がっていたから、ついね。 僕はシアが一番だからね」
ユージーンに悪ぶれた様子がなく、エドワードは深く溜め息を吐いた。
隣で二人の会話を聞いていると、リィシャの顔に熱が上がり、頬がみるみる内に熱くなる。 とても居た堪れない。
「本当にやめて下さい。 会場中が異様な騒めきに包まれたじゃないですか」
サイモンが丸メガネを上げてユージーンに厳しい眼差しを投げつけた。
「エドもサイモンも偽印でもいいから番を持てばいい。 僕の気持ちが分かるから」
「「……っ」」
偽印の番を持つ事に、二人は分かりやすく抵抗を示した。
獣人は心の底から番を求めているので、自然と恋愛には奥手になる。 いつか自分にも番が現れるのではないかと思うと、臆病になるし、おいそれと恋人を作れない。
「取り敢えず、一週間後に控えた新入生歓迎会に向けて準備を進めてくれ」
「ジーン様は、新人に厳しく当たらないで下さいよ。 それで去年は新人が続かなくて、生徒会が我々だけになったんですから」
「……相手がシアに手を出さなければいい」
ムスッとした表情で呟き、ユージーンはサイモンを睨みつけた。
「子供みたいな事を言わないで下さい。 女子生徒だったとしても、シア様に辛くあったただけで酷い目に合わせたでしょう」
「シアを虐める奴は性別、年齢関係なく許さない」
ユージーンが気持ちを隠す事なく、表現してくれるのは嬉しいが、リィシャもTPOを考えてくれとは思う。 そして、報復はもっと穏便にして欲しい。
サイモンが抵抗を見せるユージーンに、更に厳しい眼差しを向ける。
「……暴力は振るっていないだろ」
ユージーンは憮然とした表情でサイモンから視線を逸らした。
相手が泣いているにも関わらず、容赦なく追い詰める事は言葉の暴力だよっ、ジーン……。
今の生徒会は、エドワードが生徒会長、ユージーンが副生徒会長、サイモンはニ年生の時からずっと会計だ。 で、リィシャは必然的に、誰もいない書記になった。
「もういい。 兎に角、しっかりと生徒会業務をしてくれ。 しかし、先が思いやられるな……このメンバーで、将来の黒カラス族と白カラス族を支えるのかっ……」
「エド、僕は最強の布陣だと思っているけど」
「……そうかっ」
そして、サイモンの言う通り、生徒会は三年生しかいない。 本年も一年生が入って来たとしても、ユージーンの所為で続かなそうだ。 ユージーン以外の三人は、眉尻を下げるのだった。
◇
「ねぇ、あの人、白カラス族の方かしら? 素敵ね、私のタイプだわ」
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女子生徒と一緒にいる他の女子生徒たちは、素敵だという意見には賛同するが、諦めている様な声を出した。
「あぁ、素敵なのは同意するけれど、あの方はやめた方がいいわ」
「ええ、そうね。 貴方も入学式で見たでしょう?」
「私、入学式は寝こけてしまって出ていないのよ」
「出ていないって……貴方、色々な提出物はどうしたのよっ」
「ああ、図書室で寝ていて、終わった頃にしれっと皆に混ざったわ。 それより、やめておいた方がいいってどういう事?」
周囲の令嬢たちは呆れた様な表情を浮かべた。 一人の令嬢が自身の首筋を指した。
「ちゃんと首筋を見なさい。 番の刻印が刻まれているから」
「えっ、嘘っ! もう番がいるのっ?! 刻印って本物の? 本当にっ?!」
「本当よ。 ほら、首筋の刻印が銀色に光っているわ。 私も初めて見たわ」
「私もよ。 入学式の時も仲睦まじくしてらしたものね」
「憧れるわよね」
女子生徒たちがユージーンを見て騒いでいる様子を、リィシャは直ぐ後ろの席で居た堪れない様子で眺めていた。
入学式の事を言われると恥ずかしいわねっ。
「あの方、こちらに来るわ。 わたしの事が気になったのかしらっ」
ユージーンが少女たちの方へ来ているのは、少女たちの後ろにリィシャがいるからだ。 リィシャは心の中で謝ったが、少女の事は『ちょっと図々しくないか?』と思った事は否定できない。
周囲の少女たちも、勘違いしている少女に呆れた様な視線を送っている。
二人分のトレイを持ったユージーンが少女たちの前へ辿り着くと、少女ははにかみながら、何かを言いかけた。 しかし、ユージーンは素っ気ない態度をとる。
「申し訳ないけど、そこ通してくれる?」
「は、はい、こちらこそすみませんっ!」
勘違い少女の腕を引っ張り、一緒に居た少女たちがユージーンに道を開けた。
「ありがとう、君たちは一年生かな?」
「は、はいっ!」
「通路で広がってお喋りしていたら、邪魔だよ。 お喋りするならテーブルに着くか、注意される前に、端に寄るかしなさい」
冷たい眼差しで注意された少女たちは、呆然としながら返事を返した。 勘違い少女が一番固まって、口を開閉させていた。
リィシャは再び、内心で少女たちに謝罪した。 もう少し、柔らかく言ってあげればいいのにと。
目の前にトレイが置かれ、ユージーンの優しげな笑みが現れる。
「シア、お待たせ。 シアの好きな物を乗せて来たからね。 いっぱい食べて」
「ありがとう、ジーン」
リィシャが直ぐ後ろで座っていた事に気づかず、噂話していたい少女たちは、リィシャの存在に気づき、そそくさと離れて行った。 三度、リィシャは内心で謝った。
本当に、間が悪くてごめんねっ。 わざとじゃないからっ!
「ジーン、もう少し優しく言ってあげないとっ」
「えっ、充分優しく言ったはずだけど?」
「ジーン、もう少しだけ笑顔でっ」
リィシャが笑顔でと言うと、ユージーンは黒い笑みを浮かべた。
「怖すぎるっ!」
「えっ、そうかなっ?」
「絶対、わざとでしょっ!」
食堂での一件は一年生の間にあっという間に広まり、ユージーンが番にしか優しくないと噂が広まった。 更に、生徒会に生徒が寄り付かなくなった。
◇
新入生歓迎会は、生徒会が主催して行われる。 毎年、人気の楽団が呼ばれた。
「エドワード様、今年も無事に人気の楽団に頼める事になりました」
「そうか、今年はギリギリまで決まらなかったな」
「ええ、楽団の方で色々あった様で、間に合って良かったです」
「ああ」
旧温室の生徒会室はガラス張りで、九月にしては暖かい日差しが差していた。 確実に季節は秋へ向かっている。
「で、あいつらは何処に行った?」
「ジーン様とシア様は、新入生歓迎会で使う飾り付けの確認に、倉庫へ行かれました」
「そうか、真面目に仕事をしているならいい。 俺たちは他の業務を行おう」
「はい」
歓迎会の飾り付けが納められている倉庫は、生徒会室である旧温室の隣にある。
まだ明るい日差しが倉庫内を差し、細かい埃が舞い、光を反射して漂っている。
「埃っぽいね。 シア、窓を開けて」
「は~い」
リィシャが窓を開けていく音が倉庫に響く。
昔は農具を入れてあったのだろう。 当時の名残りが残されている。 シャベルやバケツが倉庫の端に置いてある。 何個か置かれている木箱の一つに、飾り付けに使用する装飾品が入っている。
ユージーンは木箱の蓋を開けた。
「うん、木箱に入れてあったし、大丈夫みたいだね」
「ねぇ、ジーン、新しい飾り付けを増やさない? 毎年同じ物ばかりだとつまらなくない?」
「そうだね、でもそうすると、忙しくなるよ? もう、一週間もないし、シアはコモン子爵領の仕事もあるでしょ」
「大丈夫よ、頑張るわ」
「う~ん、取り敢えず、何を増やそうとしているのか、聞いてもいい?」
「そうね、輪っかのチェーンではなくて、リボンを何本か束ねて柱を飾ってみましょう」
「ふむ、なるほど、それなら新しい装飾品を作らなくていいね。 後輩には出来上がりを写真に撮っておこう。 リボンだけ何本もあっても意味が分からないだろしね」
「そうね、流石、ジーンだわっ!」
楽しそうに手を合わせるリィシャに、ユージーンが眩しそうに瞳を細める。
ユージーンは、突然スイッチが入った様にリィシャを求めて来る。 強く抱きしめられ、ユージーンの口付けが降りて来る。
倉庫の扉を閉め忘れ、窓も自身が開けたにも関わらず、開け放たれている事も忘れてユージーンの口付けを受け入れる。
『学園でこんな事するなんて、恥ずかしいっ』と思いながら、ユージーンを突き放せなかった。
リィシャとユージーンの口付けは、第三者の登場で突然止んだ。
「あ、生徒会の方ですかっ! 私、生徒会に入りたくてっ……あぁっ!」
開け放たれた扉に、食堂でユージーンに注意された女子生徒が口を大きく開けて固まっていた。
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