番シリーズ 番外編

伊織愁

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『白カラスにご慈悲を!!』〜番外編 一話〜

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 最高学年となったリィシャの朝の日課は、窓際に飾ってある白薔薇のブーケに魔力を注ぐ事。 枯れない様に毎朝、頑張って魔力を注いでいる。

 白薔薇のブーケは婚約者であるユージーンが手作りして婚約式で贈られたものだ。

 「よしっ、今日も完璧っ! 結婚式まで頑張らないとね」

 白薔薇がリィシャの魔力に反応し、虹色に光り輝く。 白薔薇に触れ、リィシャの瞳が優しく細められた。

 「シア? 準備は出来ている? 今日は入学式だから、生徒会は早めに行かないと駄目だよ」

 リィシャの部屋がノックされた後、婚約者であるユージーンの声が聞こえて来た。

 リィシャの両親は彼女が赤ん坊の時に流行病で亡くなっている。 一歳頃に、いとこであるユージーンの家、クロウ辺境伯の元に引き取られた。

 今は王都の外れにある学園へ通う為、クロウ家のタウンハウスで暮らしている。

 二人だけで暮らしているのではなく、ユージーンの補佐候補で、ユージーンの父方のいとこであるサイモンも一緒だ。 クロウ辺境伯と夫人は、クロウ領にある本宅で暮らしている。

 「は~い、今行くから、ちょっと待ってっ!」
 「急がなくていいよ。 下で待っているから、ゆっくりおいで」

 ユージーンに促され、リィシャは姿見に映した自身を見て、身だしなみを確認する。

 「大丈夫かしら? 変じゃない?」

 部屋の隅に居たメイドに確認をすると、メイドからの最終チェックをクリアした。

 「大丈夫ですよ、リィシャお嬢様」
 「ありがとう」

 メイドと一緒に階下へ降りて行くと、ユージーンとサイモンが待っていた。

 「あはよう、シア。 今日も可愛く出来たね、その髪型似合っているよ」
 「本当?! ありがとう、ジーンも素敵よ」

 今日は入学式だという事で、先輩らしく見せようと、白銀の髪をゆるく巻いてサイドに流し、三つ編みにして結んでいる。

 白地に深緑のラインが入ったワンピースの制服が清潔感を出していた。

 「ありがとう、シア」

 ユージーンは朝から紫の瞳を蕩けさせて愛しい番を見つめてくる。

 「こほん」

 側にいたサイモンが咳払いをして、ユージーンとリィシャを促す。

 「急ぎませんと、入学式の打ち合わせに遅れます」
 「……チッ、分かったよ、サイモン」
 「舌打ちしないで下さい。 帰って来てからイチャついて下さい」
 「……サイモン、ごめんなさい。 貴方も素敵よ」
 「シア、サイモンの事は褒めなくていいよ。 と言うか、僕以外の男を褒めては駄目だ」
 「ジーン…….」
 「さぁ、シア。 今度こそ行こう。 遅刻したらエドワードの雷が落ちる」

 ユージーンが手を差し出し、リィシャが手を取る。 サンモンから呆れた様な溜め息が吐き出された。 三人が馬車に乗り込むと、ゆっくりと走り出した。

 ◇

 光が差す講堂で、黒カラス族のエドワードが生徒会長として、挨拶をしている。

 壇上で演説する黒髪に金色の瞳のエドワードは、令嬢にとって魅力的に映っている様だ。

 うっとりと見つめる令嬢たちを眺め、リィシャは新入生の中に、隣で座るユージーンを見つめている令嬢が複数いる事に気づく。 しかし、ユージーンとリィシャの首筋に同じ刻印を見つけ、見ていた令嬢たちが傷つく様な表情を浮かべた。

 やっぱりユージーンはモテるわね。 でも、ちょっとだけ優越感っ! ごめんね、ジーンは私の本物の番で婚約者なの。

 直ぐに優越感に浸る自身に嫌悪感を抱き、落ち込む。 しかし、リィシャは初めて刻印が刻まれていて良かったと思っていた。

 幼い頃から真っ直ぐにリィシャに想いを伝えて来てくれていたが、リィシャは理解が出来ていなかった。 今日に至るまで色々とあり、リィシャは自身の気持ちを自覚し、ユージーンと気持ちを通い合わせた。

 考え事をしているリィシャの手がそっと握り締められる。 隣を見上げれば、ユージーンが愛しそうに見つめてくる眼差しとぶつかった。 リィシャが不安そうにしている事に気づいたのだろう。

 リィシャは嬉しくて、自然に笑みが広がっていた。 微笑み合う二人の姿に、新入生や在校生、教師陣からも騒めきが湧いた。

 壇上で演説していたエドワードの眉間に深く皺がより、入学式早々に新入生たちを怖がらせた事は余談である。

 ◇

 王立ディフ学園は4つの塔が四角に並んで建てられている。 4つの塔、1つ目は講堂と大広間、2つ目は学舎と武道場、3つ目は図書室と学生寮、4つ目は修繕されずにいたが、やっと修繕が終わり、今は研究施設だけを集めた塔になっている。

 中庭の中央には、新しく4階建ての食堂があり、屋上には使われなくなった温室がある。 ガラス張りの温室は、ずっと生徒会が生徒会室として使用して来た。

 ◇

 生徒会室に入るなり、エドワードから叱責が飛んできた。 生徒会長の机に座り、物凄く眉間に深く皺が寄せられている。

 「お前ら、TPOを考えろっ! 入学式で周囲に牽制する為にイチャイチャするなっ! 鬱陶しいっ!!」

 きっと最後の言葉がエドワードの本音だろう。 表情にも本当にわずわらしいと、出ていた。

 「すまないね、エド。 シアが不安がっていたから、ついね。 僕はシアが一番だからね」

 ユージーンに悪ぶれた様子がなく、エドワードは深く溜め息を吐いた。

 隣で二人の会話を聞いていると、リィシャの顔に熱が上がり、頬がみるみる内に熱くなる。 とても居た堪れない。

 「本当にやめて下さい。 会場中が異様な騒めきに包まれたじゃないですか」

 サイモンが丸メガネを上げてユージーンに厳しい眼差しを投げつけた。

 「エドもサイモンも偽印でもいいから番を持てばいい。 僕の気持ちが分かるから」
 「「……っ」」

 偽印の番を持つ事に、二人は分かりやすく抵抗を示した。

 獣人は心の底から番を求めているので、自然と恋愛には奥手になる。 いつか自分にも番が現れるのではないかと思うと、臆病になるし、おいそれと恋人を作れない。

 「取り敢えず、一週間後に控えた新入生歓迎会に向けて準備を進めてくれ」
 「ジーン様は、新人に厳しく当たらないで下さいよ。 それで去年は新人が続かなくて、生徒会が我々だけになったんですから」
 「……相手がシアに手を出さなければいい」

 ムスッとした表情で呟き、ユージーンはサイモンを睨みつけた。

 「子供みたいな事を言わないで下さい。 女子生徒だったとしても、シア様に辛くあったただけで酷い目に合わせたでしょう」
 「シアを虐める奴は性別、年齢関係なく許さない」

 ユージーンが気持ちを隠す事なく、表現してくれるのは嬉しいが、リィシャもTPOを考えてくれとは思う。 そして、報復はもっと穏便にして欲しい。

 サイモンが抵抗を見せるユージーンに、更に厳しい眼差しを向ける。

 「……暴力は振るっていないだろ」

 ユージーンは憮然とした表情でサイモンから視線を逸らした。

 相手が泣いているにも関わらず、容赦なく追い詰める事は言葉の暴力だよっ、ジーン……。

 今の生徒会は、エドワードが生徒会長、ユージーンが副生徒会長、サイモンはニ年生の時からずっと会計だ。 で、リィシャは必然的に、誰もいない書記になった。

 「もういい。 兎に角、しっかりと生徒会業務をしてくれ。 しかし、先が思いやられるな……このメンバーで、将来の黒カラス族と白カラス族を支えるのかっ……」
 「エド、僕は最強の布陣だと思っているけど」
 「……そうかっ」

 そして、サイモンの言う通り、生徒会は三年生しかいない。 本年も一年生が入って来たとしても、ユージーンの所為で続かなそうだ。 ユージーン以外の三人は、眉尻を下げるのだった。

 ◇
 
 「ねぇ、あの人、白カラス族の方かしら? 素敵ね、私のタイプだわ」

 食堂のカウンターにいるユージーンを見た一人の女子生徒が黄色い声を上げる。

 女子生徒と一緒にいる他の女子生徒たちは、素敵だという意見には賛同するが、諦めている様な声を出した。

 「あぁ、素敵なのは同意するけれど、あの方はやめた方がいいわ」
 「ええ、そうね。 貴方も入学式で見たでしょう?」
 「私、入学式は寝こけてしまって出ていないのよ」
 「出ていないって……貴方、色々な提出物はどうしたのよっ」
 「ああ、図書室で寝ていて、終わった頃にしれっと皆に混ざったわ。 それより、やめておいた方がいいってどういう事?」

 周囲の令嬢たちは呆れた様な表情を浮かべた。 一人の令嬢が自身の首筋を指した。

 「ちゃんと首筋を見なさい。 番の刻印が刻まれているから」
 「えっ、嘘っ! もう番がいるのっ?! 刻印って本物の? 本当にっ?!」
 「本当よ。 ほら、首筋の刻印が銀色に光っているわ。 私も初めて見たわ」
 「私もよ。 入学式の時も仲睦まじくしてらしたものね」
 「憧れるわよね」

 女子生徒たちがユージーンを見て騒いでいる様子を、リィシャは直ぐ後ろの席で居た堪れない様子で眺めていた。

 入学式の事を言われると恥ずかしいわねっ。

 「あの方、こちらに来るわ。 わたしの事が気になったのかしらっ」

 ユージーンが少女たちの方へ来ているのは、少女たちの後ろにリィシャがいるからだ。 リィシャは心の中で謝ったが、少女の事は『ちょっと図々しくないか?』と思った事は否定できない。

 周囲の少女たちも、勘違いしている少女に呆れた様な視線を送っている。

 二人分のトレイを持ったユージーンが少女たちの前へ辿り着くと、少女ははにかみながら、何かを言いかけた。 しかし、ユージーンは素っ気ない態度をとる。

 「申し訳ないけど、そこ通してくれる?」
 「は、はい、こちらこそすみませんっ!」

 勘違い少女の腕を引っ張り、一緒に居た少女たちがユージーンに道を開けた。

 「ありがとう、君たちは一年生かな?」
 「は、はいっ!」
 「通路で広がってお喋りしていたら、邪魔だよ。 お喋りするならテーブルに着くか、注意される前に、端に寄るかしなさい」
 
 冷たい眼差しで注意された少女たちは、呆然としながら返事を返した。 勘違い少女が一番固まって、口を開閉させていた。

 リィシャは再び、内心で少女たちに謝罪した。 もう少し、柔らかく言ってあげればいいのにと。

 目の前にトレイが置かれ、ユージーンの優しげな笑みが現れる。

 「シア、お待たせ。 シアの好きな物を乗せて来たからね。 いっぱい食べて」
 「ありがとう、ジーン」

 リィシャが直ぐ後ろで座っていた事に気づかず、噂話していたい少女たちは、リィシャの存在に気づき、そそくさと離れて行った。 三度、リィシャは内心で謝った。

 本当に、間が悪くてごめんねっ。 わざとじゃないからっ!

 「ジーン、もう少し優しく言ってあげないとっ」
 「えっ、充分優しく言ったはずだけど?」
 「ジーン、もう少しだけ笑顔でっ」

 リィシャが笑顔でと言うと、ユージーンは黒い笑みを浮かべた。

 「怖すぎるっ!」
 「えっ、そうかなっ?」
 「絶対、わざとでしょっ!」

 食堂での一件は一年生の間にあっという間に広まり、ユージーンが番にしか優しくないと噂が広まった。 更に、生徒会に生徒が寄り付かなくなった。 

 ◇

 新入生歓迎会は、生徒会が主催して行われる。 毎年、人気の楽団が呼ばれた。

 「エドワード様、今年も無事に人気の楽団に頼める事になりました」
 「そうか、今年はギリギリまで決まらなかったな」
 「ええ、楽団の方で色々あった様で、間に合って良かったです」
 「ああ」

 旧温室の生徒会室はガラス張りで、九月にしては暖かい日差しが差していた。 確実に季節は秋へ向かっている。

 「で、あいつらは何処に行った?」 
 「ジーン様とシア様は、新入生歓迎会で使う飾り付けの確認に、倉庫へ行かれました」
 「そうか、真面目に仕事をしているならいい。 俺たちは他の業務を行おう」
 「はい」
 
 歓迎会の飾り付けが納められている倉庫は、生徒会室である旧温室の隣にある。

 まだ明るい日差しが倉庫内を差し、細かい埃が舞い、光を反射して漂っている。

 「埃っぽいね。 シア、窓を開けて」
 「は~い」

 リィシャが窓を開けていく音が倉庫に響く。

 昔は農具を入れてあったのだろう。 当時の名残りが残されている。 シャベルやバケツが倉庫の端に置いてある。 何個か置かれている木箱の一つに、飾り付けに使用する装飾品が入っている。

 ユージーンは木箱の蓋を開けた。

 「うん、木箱に入れてあったし、大丈夫みたいだね」
 「ねぇ、ジーン、新しい飾り付けを増やさない? 毎年同じ物ばかりだとつまらなくない?」
 「そうだね、でもそうすると、忙しくなるよ? もう、一週間もないし、シアはコモン子爵領の仕事もあるでしょ」
 「大丈夫よ、頑張るわ」
 「う~ん、取り敢えず、何を増やそうとしているのか、聞いてもいい?」
 「そうね、輪っかのチェーンではなくて、リボンを何本か束ねて柱を飾ってみましょう」
 「ふむ、なるほど、それなら新しい装飾品を作らなくていいね。 後輩には出来上がりを写真に撮っておこう。 リボンだけ何本もあっても意味が分からないだろしね」
 「そうね、流石、ジーンだわっ!」
 
 楽しそうに手を合わせるリィシャに、ユージーンが眩しそうに瞳を細める。

 ユージーンは、突然スイッチが入った様にリィシャを求めて来る。 強く抱きしめられ、ユージーンの口付けが降りて来る。

 倉庫の扉を閉め忘れ、窓も自身が開けたにも関わらず、開け放たれている事も忘れてユージーンの口付けを受け入れる。

 『学園でこんな事するなんて、恥ずかしいっ』と思いながら、ユージーンを突き放せなかった。

 リィシャとユージーンの口付けは、第三者の登場で突然止んだ。

 「あ、生徒会の方ですかっ! 私、生徒会に入りたくてっ……あぁっ!」

 開け放たれた扉に、食堂でユージーンに注意された女子生徒が口を大きく開けて固まっていた。
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