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17話 勇者御一行(上)

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 隠れ家の食堂では、賑やかな声が響いていた。 2つある窓からは陽射しが入り、風神が庭の草を食んでいる様子や、雷神が相変わらず、池の魚を狙っている様子が見えていた。 フィルとフィンが銀色の少年少女の姿で、美味しそうに朝食を楽しんでいる。 フィルは優斗の隣で、フィンは華の隣で丁度、真ん中の席を陣取っている。 テーブルで並んでいる料理が全て手に届く位置だ。

 瑞々しい弾けるような小気味いい音を鳴らしながら、フィルがリンゴに齧りついている。 美味しそうにリンゴを咀嚼するフィルを見て、優斗も自然とリンゴに手を伸ばした。 一口頬張ると、甘酸っぱい味が口の中に広がる。 優斗は『うん、旨い』と独り言ちた。

 優斗たち『羽根飛び団』は街を移動し、ギルドで受けた依頼をこなしながら、勇者の力が眠っているダンジョンを探していた。 いつもの恒例の『今日の予定』を決める。

 「今日はどうする? 何処に行こうか?」

 瑠衣は朝食が片付いたテーブルに世界地図を拡げ、優斗たちに問いかけてきた。 地図に乗っている国を指さして、ズームさせる。 地図を眺め、優斗が呟いた。

 「そうだな。 この辺まだ、調べてないよな? ここに行くか?」
 「ああ、小さいダンジョンが密集してる場所か。 隣の州境か、ここから近いな」

 優斗が地図を指した場所がズームされ、詳しい詳細が表示される。 ズームされた場所を皆が覗き込んだ。

 「うん、小さいからもう、攻略された後かも知れないけどな。 行ってみないか?」
 「そうだな、行ってみるか。 1つくらい残ってるかもしれなし」
 「花咲と鈴木もいい?」

 2人に確認を取ると、優斗に頷いて了承の意を示した。 そして、優斗と瑠衣の会話に華が入って来た。 華はまだ、優斗をまともに見られないでいる。 テーブルに数個の回復薬を置いて、説明を始めた。 見た目は従来の回復薬と同じに見えるが、中身は魔力水で作ったエルフの回復薬モドキだと言う。

 セレンの血を受け継いだ時、華の頭の中の魔法陣のファイルに、エルフの秘術ファイルが加わった。 エルフの血を受け継いでから1週間、試行錯誤して完成させ、フィンにお墨付きを頂き、この度お披露目と相成った。

 「やっと出来たの、エルフの回復薬モドキ。 前のより断然、良くなってるから。 後、使ってみた感想も聞かせてね」
 「華、頑張ってたもんね。 前のより綺麗だね。 ありがとう」
 「本当!! ありがとう」
 「まぁ、以前のよりはいい出来なのは、保証するわよ」
 「いつもありがとうね、華ちゃん」
 「ありがとう、花咲」
 「ううん、こんな事しかできないけど」

 優斗たちが『充分、いつも助かってるよ』、とそれぞれ各1つずつ受け取ると、優斗は腰のベルトに引っ掛けた。 優斗が華から回復薬を受け取る時、自然と華と視線が合う。 また華は赤くなって視線を逸らした。 胸に小さい棘が刺さるが、華の表情をよく見ると、前みたいに逃げるような感じではなかった。 どっちかっていうと照れている感じで、目が泳いでいる。

 華から視線を外して、テーブルに広げた世界地図を片付ける。 何故か、停止していた【透視】スキルが自動で始動した。 頭の中に流れてくる華の映像は、何処か寂し気な表情だった。

 (なっ、勝手に始動した! 花咲? なんでそんな寂しそうな目で俺を見てるんだ? さっきは照れてる感じだったよな?)

 華の様子に、再び優斗が振り返ると、華はまた、優斗から視線を逸らした。 優斗は訳が分からず、逸らされた視線にショックを受けた。 頭の上に、岩が落ち来たような衝撃である。

 2人の様子を遠目で見ていた瑠衣と仁奈が、優斗と華が醸し出す雰囲気に、呆れた表情をしていた。 瑠衣と仁奈の表情から『さっさとくっつけばいいのに、じれったいな』と思っている事がありありと出ていた。

 ――『魔物の気配はありません。 安全です』

 優斗の頭の中で監視スキルの声が響いた。 優斗たちは、小さいダンジョンの密集地区に辿り着いていた。 密集地区には、ダンジョンの入り口が5個程、砂地の地面から飛び出している。

 ダンジョンの入り口は、岩の扉だったり、切り株の扉だったりと色々だ。 瑠衣がダンジョンの入り口を見回して、優斗たちに問いかける。

 「どれにする? それか全部、攻略するか?」
 「とうぜん、ぜんぶだよ。 ぬしさまがつくったダンジョンをさがさなきゃ」
 
 優斗の頭の上で、フィルの大きな声が降りてくる。
 
 「じゃ、どれから行く? フィルとフィンは、主さまの気配とか感じないか?」

 優斗の質問に2人とも身体全体を横に振り、『何も感じない』と残念な様子だった。 取り敢えずどれかに入ってみようという事で、どれにするか決めかねていたら、馬車を牽く蹄の音と、車輪が土を蹴る音が砂地に響いて来た。

 他の冒険者かと、振り返った優斗たちの顔が青ざめる。 ダンジョンに乗り付けた馬車には、王国の紋章が刻まれていたからだ。 優斗たちは近くにあったダンジョンの入り口の影に隠れ、王国の馬車の様子を伺った。

 馬車から出てきたのは、黒髪黒目の少年少女たちだ。 世界樹に視せられた映像の中にあった勇者召喚の場に現れた日本人の少年少女だった。 中に良く知っている人物を見かけ、優斗たちは目を見開いて驚いた。

 「ねぇ、本当にこのダンジョンに勇者の力が眠っているの? しょぼそうなんだけど」

 遠目だったが、聞き覚えのある声に確信した。 同級生の『結城真由』だ。 優斗たちは目を見かわしてどうするか相談する。 華は結城真由を見た瞬間、仁奈の後ろへ隠れた。 華の様子に、結城真由がどれだけ酷い仕打ちをしたのかと、優斗は怒りが込み上げてくるのを抑えられなかった。

 優斗たちに気づいていない勇者御一行は、ダンジョンの入り口を調べながら、優斗たちが居る方向へ近づいて来る。 真由以外の勇者御一行は全員、王国の騎士服を着ていた。 真由は何処の貴族のご令嬢だと思わせる胸元が開いたドレスを着ていて、仁奈が真由の場違いな格好に眉を顰めた。

 「なにあれっ?! 何処のお貴族様?!」

 仁奈は余程、真由が嫌いらしく、嫌悪感を露わにしていた。 フィンが慌てて、仁奈の口に手を当てる。

 「ニーナ! 静かにっ!」

 仁奈の声は聞こえてなかった様で、勇者御一行は、優斗たちに気づいていない様だった。 勇者御一行の側で控えている騎士が、真由の質問に答えていた。

 「はい。 噂ですが、武器があるようです」
 「ふ~ん。 武器ね~。」
 
 真由は興味がないのか、気のない返事をしていた。
 
 「全て、調べる」
 「いいねぇ。 春樹、どっちが先に武器を手に入れるか競争しようぜ」

 短髪細目の少年がもう1人の少年に勝負を挑んでいた。 春樹と呼ばれた少年は端正な顔立ちで、結城真由が好きそうな美男子だった。 春樹は溜め息をついて短髪細目の少年の方を見る。

 「桜、お前はそればっかりだな。 くだらない事ばっかり言ってないで行くぞ」

 桜と呼ばれた短髪細目の少年は『はいはい』、と軽い返事をし、勇者御一行は岩のダンジョンの入り口を選んで入って行った。 優斗たちは勇者御一行の話を聞いて後を追う事にした。

 間違っても勇者に先を越されてはいけないと思ったからだ。 優斗たちは頷き合って勇者御一行を追い、ダンジョンへ入って行った。

 ――『前方に勇者御一行の気配を感知、追跡します』

 優斗の監視スキルは、勇者御一行を敵認証したようだ。 頭の中で地図が広がると、現在地と吹き出しが指している横に、優斗と華の青い点が点滅している。 数メートル先で、勇者御一行の吹き出しが指している青い点が移動しているのが分かった。 背後にいる優斗たちには気づいていないのか、勇者御一行は楽しそうに話をしながら歩いている。 勇者御一行のその他大勢の話し声は、岩の迷路の中で響き、後方に居る優斗たちまで届いていた。

 「しかし、世界樹ダンジョンが閉じてるなんてな。 勇者以外は入れないはずだろ?」
 「って、王さまが言ってたな。 誰かが先に力を手に入れたとか?」
 
 優斗たちは聞こえてきた内容に大きく肩を跳ねさせた。
 
 「それだったら名乗り出て来ないか? 勇者の力があったら優遇されるだろうし、魔王を倒せば、元の世界に戻れるじゃん?」
 「その前に、どうやって俺たちを出し抜いて、世界樹ダンジョンに行ったか知りたいわ」
 「ああ、それな!」

 優斗たちは一斉にフィルとフィンを見る。 フィルは優斗の頭の上に乗っていて、フィンはスライムの姿で華に抱っこされていた。 2匹は同時に顔をというか、身体全体を横に振って勇者御一行の話を否定した。 身体を振ると、2匹の白い羽根がパタパタと跳ねる。

 「いったでしょ。 まおうをたおしても、もどれないよ。 いせかいのとびらは、いつでも、いっぽうつうこうなんだよ」
 「それは、おうさまもしってるはずよ。 なんでおうさまは、そんなうそをつくのかしら?」

 フィルとフィンの声は小声ではあるが、しっかりと優斗たちの耳に届いた。 優斗たちはフィルとフィンに頷いて返事をし、他にも何か情報が得られるんじゃないかと思い、足音を忍ばせて勇者御一行の後を追った。

 瑠衣が小声で風神の名前を呼ぶ。 風神が頷いて、地面に風神の魔力を拡げる。 不思議な事に、優斗たちの足音が風神の魔力でかき消えた。 瑠衣が優斗と目を合わせ、『風神は幻影魔法が使えるんだ』とこそっと呟いた。 念の為、姿が消える幻影魔法もかけたという。

 風神の幻影魔法は、相手からは見えないが、かけられている方は、お互いが薄っすらと透けて見える。 一応、お互いの事は確認出来るようになっていた。

 (これで、急に振り向かれても大丈夫だな)

 瑠衣と仁奈は慣れている様で、優斗と華、フィルとフィンの4人は、不思議そうにお互いを見つめて合っていた。 勇者御一行のその他大勢の声が聞こえ、慌てて彼らの後を追う。

 「王女さまも可哀そうだよな。 不治の病なんてさ。 折角の美人なのに」
 「美人薄命って言うもんな」

 お前ら本当に可哀そうって思てるのか?と言いたくなる様な、勇者御一行のその他大勢の言葉だった。 フィルによると、王女が病気なのは全国民が周知の事実で、もう助からないだろうという噂も国中に広まっているらしい。 勇者御一行のその他大勢の次のセリフに、優斗たちは驚きを隠せなかった。

 「でも、本当に帝国に王女さまを治す薬があるのか? 帝国の魔王が隠し持ってるって言ってるけど」
 「まぁ、魔王を倒せば元の世界に帰れるし、王女さまも助かるからいいんじゃないの?」
 「な~んか、嘘っぽい感じがするんだよなぁ」

 ((((((帝国の魔王?!)))))))

 優斗たちはまた、フィルとフィンを見た。 再度、フィルとフィンは身体ごと横に振って『知らない』と言っている。 瑠衣は風神と見つめ合い、何かを伝え合っているようだ。

 優斗たちは聞こえてきた内容に気を取られ、周囲を警戒するのを忘れていた。 石のタイルが擦れ合って鳴る音が優斗たちの足元から響く。 背後から地鳴りのような音が遠くの方で聞こえた。

 同時に、優斗の頭の中で、監視スキルの警戒の声が響いた。

 『後方から大岩が転がってきます。 回避してください』

 仁奈が両手を上げ、そろりと右足を上げる。 どうやら、仁奈が罠を踏んだようだ。 優斗たちは顔を引き攣らせ、地鳴りの音を聞いていた。 回避するにしても逃げ道が前方にしかない。

 前方には勇者御一行と王国騎士団がいる。 優斗たちが選んだのは、前方へ進む事だった。 優斗たちは無言で走り出した。

 前方でのんびり歩いていた勇者御一行と、王国騎士団も気づいたようで、オロオロと騒いでいる姿が見えた。 壁や天井を削り、大岩が転がってくる音が近づいて来る。 誰の声か分からない声が洞窟内に響いた。

 「振り返るな~! 前だけ見て走れ~!」

 大勢が一斉に走り出す騒音が響く中、優斗は頭の中で地図を拡げ、何処か逃げ先はないかと地図を眺めた。 地図上では先に勇者御一行の青い点、少し離れた位置で優斗と華の青い点が点滅している。 勇者御一行と優斗たちの丁度、中間の地点、左に折れる道があった。 優斗が先頭に出て、皆について来るように無言で頷いて合図を送る。 瑠衣たちも無言で頷いて優斗の後に続いた。

 『左の道の奥に、魔物を感知、危険度は高です』

 「ユウト、ひだりはまものがいるよっ!」
 「大岩に曳かれてぺったんこになるか、魔物と戦うかどっちにする?」
 「「「「「魔物と戦う!」」」」」

 瑠衣たちが即答して、全員の声が揃った。 優斗たちは左に折れ、横道を駆け抜けた。 優斗たちの背後で大岩が音を立てて前方の勇者御一行と、王国騎士団の集団に突っ込んで転がって行くのを身体で感じた。

 優斗たちは真っ直ぐに奥まで走っていった。 遥か後方から勇者御一行と、王国騎士団の叫び声がダンジョン内で響き渡る。

 「ひえぇぇ! ごめんなさい! 勇者御一行と騎士団の人達、大丈夫かな?」

 原因である仁奈が、勇者御一行と王国騎士団の叫び声を聞いて、情けない声を出した。 優斗は地図を確認すると、勇者御一行と王国騎士団は、先にある開けた場所で塵尻になって逃げきっていた。

 しかし、何人かは怪我をしたようだ。 大岩がダンジョンの壁にぶつかったのが地図上で表示されるのと同時に、大岩が壁にぶち当たった音がダンジョン内に響き渡った。 奥で壁や天井、崩れる音が続いた。

 優斗の地図上では、大岩がぶち当たった壁の『出口』の吹き出しに、赤字で×が上書きされていた。 どうやら、出口を潰してしまったらしい。 『ボス』を倒しても、出口から出られない事を示していた。

 (まじかっ! 出口が潰れた!)

 優斗たちは、足を止めて後方を振り返った。 視界には大岩が通った後の削れた壁や、天井しか見えなかった。 優斗たちが選んだ道の奥から、魔物の咆哮がダンジョン内に響き渡った。

 頭の中の地図上では『ボス』の吹き出しが奥の道を指していた。 優斗の脳内で監視スキルの声が響く。

 『ボスの魔力が高まっています。 警戒して下さい』

 どうやら出口が潰された事で、ボスの縄張り意識を刺激したらしい。 優斗は監視スキルの声で、『ボス』が居る道の奥を見据えた。 瑠衣たちも魔物の咆哮を聞き、息を呑んだ。
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