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16話 パーティー名は『羽根飛び団ーFlying Feather-』

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 毎朝の恒例になるかもしれない監視スキルの声が、優斗の脳内で響いている。 異世界へ落とされて4日目の朝、 微睡んでいた優斗の脳が、監視スキルの声で覚醒した。

 『【花咲華を守る】スキル、【透視】【傍聴】スキルを開始します。 花咲華の位置を確認、安全を確認、就寝中の危険はありませんでした。 今朝の花咲華の映像を送ります』

 (ちょっと待て!!)

 優斗の制止の声は届くことなく、脳内で華の寝姿の映像が流れてくる。 優斗は枕に顔を埋めて脱力した。 頭の中に地図が広がり、隠れ家の2階の見取り図が開かれた。 華の青い点が点滅する。

 丁度、優斗のベッドの壁の向こう側、壁を挟んだ場所で点滅していた。 という事は、壁の向こうが華の部屋という事になる。

 (花咲のベッドが壁を挟んで向かい合わせになってるのか。 ちょっとドキドキするな。 と、そんな事、考えてる場合じゃない! 【透視】と【傍聴】のスキルは停止してくれ。 今日は、朝食当番だから。 朝練、早めに終わらせないとっ)

 『【透視】【傍聴】スキルを停止します』
 
 優斗は伸びをしてから身支度を整えると、華が新しく作ったログハウスへ急いだ。 ログハウスに入ると、中は体育館並みの広さで作られており、右端は弓道場になっていて、柵で仕切ってあった。

 瑠衣は既に起きていて、道着を着て弓を射っていた。 瑠衣の左目の前には、ユリを模した魔法陣が輝いている。 1度に何本もの矢が放たれ、弓を射る音が鳴る。 魔物モドキの叫ぶ声が多目的道場で響いていた。 半分程が的に中り、半分が魔物モドキの心臓を貫いた。 的までの中間あたりで、魔物モドキが出て来る仕様になっているらしい。

 奥では仁奈が薙刀ではなく、世界樹の武器である槍を持ち、魔物モドキと戦っていた。 得意の空中にユリを模した魔法陣を展開させ、空中戦の訓練をしている。 唖然として眺めていると、優斗に気づいた瑠衣が話しかけてきた。 瑠衣は柵に寄りかかって、汗を拭いている。

 「おはよう、優斗。 遅かったな」
 「おはよう、瑠衣。 これ、凄いな。 なんか、花咲らしいわ」
 「だよなぁ。 華ちゃんって、何処かズレてるよな。 優斗も早く始めないと、朝飯に間に合わないぞ」
 「ああ」

 瑠衣の『華ちゃん』呼びは気に食わないが、呼び捨てよりはマシか、と納得させて優斗も朝練を始めた。 剣道場のスペースでも、魔物モドキが出てきた。 氷魔法の練習が出来て、一石二鳥だ。

 慣れてくると、ゲーム感覚で楽しくなってきていた。 優斗は朝練をそこそこで終わらせ、瑠衣と一緒に朝食の準備の為、キッチンへ急いだ。

 ――遠くで魔物の咆哮が聞こえる。
 
 草原に複数の疾走する影が出来る。 草を踏みしめ駆け抜ける足音と、マントのはためく音が鳴る。 優斗たちは大虎を探して、大虎がよく出るという草原へ来ていた。

 街から少し離れた森に隠れ家を置いた優斗たちは、街へと出かけたが、大事な事をすっかり忘れていた。 街までは徒歩で行ける距離なので、風神と雷神は隠れ家でお留守番だ。

 冒険者ギルドで登録をしようと思ったのだが、登録料が要ると言う。 アンバーとセレンのお陰で、食費と宿代に困る事が無かったので、お金の事をすっかり忘れていた。

 異世界へ落とされてから各自調べてみたが、制服のポケットに入れていた財布と携帯は何処にも無かった。 元の世界の物は、華が持っていた学生鞄と、学生鞄に入っていた弁当箱と水筒、そして桜の匂い袋だけだった。

 食料は、隠れ家のデカい冷蔵庫に1ヵ月分は入っている。 アンバーが持っていけないから、と置いて行ってくれたのだ。 宿代は言わずもがなである。

 『前方に魔物の群れを確認、危険度は中です』

 優斗の頭の中で地図が拡がり、魔物の位置が表示される。 華が早くも、結界を発動させる映像が流れてきた。

 『花咲華の危険を感知、虫除け結界が発動されました。 安全な位置を確認』

 『虫除け結界』の呼び名に、優斗はこめかみをピクリと引き攣らせた。 並走していた仁奈が、優斗に勝負を挑んでくる。 マントをはためかせ、優斗を見つめる仁奈の瞳には、面白がるような色が滲んでいる。

 「王子! 何匹、倒すか勝負しようよ」
 「鈴木! 王子って呼ぶなって前から言ってるだろう!」

 前方の草地で銀色の足跡が輝く。 優斗の瞳がキラリと光り、足跡を踏んで跳躍する。 マントが風に煽られ、軽々と仁奈たちを引き離す。 着地すると、後方から仁奈の『それ、反則!』の抗議の声が聞こえてきた。

 優斗は仁奈の声を無視して、1人で大虎の群れへ突っ込んで行った。 脳内で華の映像が流れ、フィンとの会話が【傍聴】スキルによって流れ込んできた。 フィンは銀色の少女の姿で、華のそばでぴったりと引っ付いている。 華の不安そうな声が頭の中で響く。

 『私、何も出来ないのについて来て良かったのかな?』
 『ユウトにしたら、町で待ってられるよりいいんじゃない? 常に目の届く場所に居て欲しいって思ってるはず』

 (フィンっ! 余計な事、言うなよ!)

 『えっ』
 
 華の顔が真っ赤になっていた。 華の様子を無視してフィンはお喋りを続ける。
 
 『ハナには、ハナのやる事があるのよ。 皆が倒した魔物から素材を取り出すのよ。 良い物は高く売れるから、傷つけない様に気を付けてね』

 フィンの瞳が怪しくキラリと光り、華はたじろぎながらも、フィンの言葉に大きく頷いた。 そこで優斗の頭上から、フィルの声が降りてくる。

 「ユウト! いまはめのまえの、まものにしゅうちゅうして! ハナのことは、フィンにまかせてれば、だいじょうぶだから」
 「分かった!」

 優斗は脳内の映像を隅に置く。 唸り声をあげている大虎を前に、木刀を中段に構えて対峙した。 フィルと同化する感覚が全身を駆け巡る。 直ぐに、全身に魔力を纏う。 木刀に魔力を流すと、音を立てて氷を纏っていく。

 目の前の大虎が振り下ろしてくる前足をかわして、一旦、後ろに引く。 相手が怯んだと思った大虎が、大口を開けて噛みついてきた。 大虎の足元で銀色の足跡が輝く。 足跡を踏んで踏み込むと、大虎の口の中へ突きを穿つ。 氷の木刀から冷気が漂う。

 氷の魔法を放つと、大虎の腹から氷の棘が突き出した。 一瞬で大虎が凍りついていく。 凍り付いた大虎は砕け散り、氷の欠片が魔法石に変わっていった。

 「ユウト! まほうせきのかいしゅうは、まかせて!」

 フィルはスライムの姿で舌を伸ばし、魔法石に変わった大虎の欠片を、舌で巻き込んで飲み込んだ。 優斗はフィルの姿を見て引き気味になりながらも、目の前の大虎と対峙した。

 大虎を薙ぎ払う度に桜の花びらが舞い、桜の香りが匂い立つ。 優斗は銀色の足跡を踏んで、大虎の腹に氷の魔法を打ち込み、襲い掛かって来る大虎の攻撃をかわしつつ、大虎の群れの中心部まで突き進んでいく。

 背後から、瑠衣の援護の複数の矢が飛んできて、目の前の大虎が草地に縫い留められていった。 瑠衣と仁奈の会話が聞こえて来る。 瑠衣と仁奈がやっと、優斗に追いついたらしい。

 「仁奈! 無理するなよ!」
 「分かってるって!」

 仁奈は、別の場所から大虎の群れを崩していた。 大虎が宙を舞い、槍の鉾が心臓を貫く。 空中で足場となるユリを模した魔法陣の花が咲き乱れていた。 優斗の脳内で監視スキルの声が響き、地図が拡がる。

 『大虎の群れの中心部へ到達しました』

 優斗の青い点は、大虎の群れの赤い点の中央で点滅していた。 華の青い点が群れから離れた場所で点滅している。 華の映像が優斗の脳内に流れてくる。 華はフィンと一緒に大虎の爪を剥いでいた。 華は顔を歪めながら、フィンが爪を剥がしやすい様に、大虎の手を押さえている。

 華の不安気な様子を、優斗は『花咲、大丈夫か』、と心配そうに流れて来た映像を眺める。 真剣に映像を眺めていると、監視スキルの声が脳内に響く。

 『花咲華の周囲の安全を確認、危険はありません』

 (うん、そういう意味での心配ではないんだけどな)

 「ユウト! いまだよ!」

 フィルの合図で、優斗が大きく頷く。 思いっきり地面に氷の木刀を突き刺す。 草地で魔力の波紋が拡がり、氷の木刀に魔力を流す。 桜の花びらが舞い、凍結の魔法が放たれ、優斗の全身から大量の魔力が流れていった。

 『全てを凍り尽くせっ!!』

 草地から氷の棘が飛び出し、大虎たちを突き刺していく。 周囲では冷気が漂い、大虎の群れと周囲の草木が音を立てて凍りついていく。 優斗たち以外の周囲が全て凍りつき、口からは白い息が吐き出された。

 凍り付いた大虎が砕け散り、欠片が魔法石に変わっていく。 瑠衣の心配気な声が聞こえ、次いで大量の魔法石を見つけ、感嘆の声を上げた。

 「優斗、大丈夫か? おお、凄いな! これだけあったら暫く大丈夫なんじゃないか?」
 「ああ、瑠衣は大丈夫か。 そうだな。 フィルのお腹の中にまだ魔法石入る余裕あるかな?」
 「俺は大丈夫だ」
 
 (そうだ! 花咲は?)

 優斗の脳内で、華の映像が流れてくる。 華は魔法石に変わらなかった凍りついた大虎を、キラキラした瞳で見つめていた。 脳内に華の声がこだまして、優斗は身体ごとガクッと固まった。

 『これ、持って帰りたい。 きっと、小鳥遊くんの防具に加えたら、絶対に似合うはず』
 
 (うん、花咲の趣味が分からない。 何で俺のだけそんなちょっとズレてるんだ! 氷漬けの大虎は持って帰っても溶けるだけぞっ)

 頭上から降りたフィルが、優斗が発した言葉を受け、『ぼくにまかせて』、と舌を伸ばして魔法石を飲み込んでいく。

 (俺もさっき知ったばっかりだけど。 改めてみると、ちょっと引くな。 何処まで伸びるんだあの舌っ)

 魔法石以外の物は無理だと、フィルが瑠衣と仁奈に話していた。 大量の大虎の素材は、どうなっているのか分からないが、華の学生鞄に全て納まった。 優斗たちは満足して街まで戻り、ギルドへ向かった。

 初めて狩をしてお金を手に入れた優斗たちは、無事にギルドに登録ができた。 優斗たちのパーティー名は『羽根飛び団ーFlying Featherー』になった。 名づけ親は華だ。 名前の由来は、お揃いのマントのフードの羽根を参考にしたのだと、華がドヤ顔で言っていた。 瑠衣と仁奈は『いいんじゃない』と面白がっている様子だ。

 フィルとフィンは、華の名づけのセンスに唖然としていた。 忘れている様だが、フィルとフィンの名づけ親も華なのだ。 しかも、両方とも『羽根』とか『飛ぶ』とかの意味だったりする。

 そしてリーダーは、瑠衣の方が性格的に合ってると思うのだが、瑠衣が押し付ける形で、全員一致して優斗に決まった。

 「俺は、瑠衣の方が合ってると思うんだけど」
 「まぁまぁ、いいじゃん」

 不意に華と視線が合い、優斗は笑みを浮かべたが、華は視線を逸らしてから、真っ赤になって俯いた。

 (ん? 今、視線、逸らされた?)

 ――異世界へ落とされて1週間、最近、華の様子がおかしい事に優斗は気が付いた。
 
 華は最近、優斗と視線が合うと逸らすという事を繰り返していた。 視線を逸らされるたびに、元の世界での事を思い出す。 元の世界でも、華に話しかけても、遊びに誘っても断られ、目が合っても視線を逸らされていた。

 華とまともに話したのは、入学して間もない頃に少しだけ。 それ以降は、結城真由と取り巻きの女子に邪魔をされ、華に近づく事もままならなかった。 異世界へ来てからは、視線を逸らされる事が無かった優斗は、かなり落ち込んでいた。

 華が優斗と視線を合わせられない原因は、隠れ家でのセレンとの会話だ。 優斗に『好きだ』と言われた事を今更だが、思い出したのだ。 男の子に告白されたのは初めてで、告白を思い出して以降、皆でいる時はいいが、2人の時にどう接したらいいのか、華は分からないでいた。

 華の心情を知らない優斗は、フィンに言われていた事を思い出す。

 『苗字呼びしない方がいいわよ。 苗字は王侯貴族と勇者しか持ってないから』

 フィンの助言で、下の名前で呼び合うかという事になったが、優斗はいまだに華の事を『華』と呼べないでいる。 もし、『華』と呼んで困った顔をされたら、2度と華の事を名前呼び出来ないだろう。

 余談だが、セレンが苗字を持っているのは、代々村長を務める家に生まれた為だ。 アンバーは平民で苗字がなく、物凄く長い名前を省略したあだ名である。

 悶々としている優斗を他所に、瑠衣に『華ちゃん』呼びを先に越され、優斗が嫉妬の炎にまみれた事は言うまでもない。
 
 ――今朝もいつものように、優斗は監視スキルの声で起こされた。 寝不足の脳に、監視スキルの声はキツイ、と朝から項垂れていた。

 『【花咲華を守る】スキルの【透視】【傍聴】スキルを開始します。 花咲華の位置を確認、安全を確認、就寝中の危険はありませんでした。 花咲華の今朝の映像を流しますか?』

 監視スキルが初めて、優斗に映像を流すか伺いをかけてきた。 優斗は驚くと同時に、監視スキルに『【透視】と【傍聴】スキルは危険が及んだ時にしてくれ』と言うと、監視スキルは素直に【透視】と【傍聴】スキルを停止させた。 その代わりに、実況中継する事は止めない。

 『花咲華は今、キッチンで朝食準備を鈴木仁奈としています。 花咲華の位置を送ります』

 優斗の頭の中で地図が広がり、華の青い点が1階のキッチンの位置で点滅している。 暫く眺めていると、華の青い点は冷蔵庫があるだろう位置、コンロがあるだろう位置、中央には作業台が置いてある。 作業台があるだろう位置に移動すると、キッチンを出て行った。 出て行った先は食堂で、中央にはテーブルが置いてある。 テーブルがあるだろう場所を1周回る。 華の青い点はまた、キッチンへ戻って行った。

 (うわっ、めっちゃ寝坊した。 もう、朝食の時間だ。 今日は朝練、無理だなぁ)

 華が何故、視線を合わせてくれないのかと、ぐちゃぐちゃと考え込んでいるうちに、昨晩は中々寝付けなかった。 朝食当番じゃなくて良かった、と優斗は独り言ちてベッドから起き上がる。

 リビングへ降りる。 食堂で、今日も騒がしいフィルとフィンが、賑やかに朝食の準備を手伝っていた。 全員が食堂に集まると、毎朝の恒例になりつつある、今日の予定のミーティングを始めた。
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