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第二章 中宮殿
九ノ巻ー子猫③
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「そうですね。私はどのお屋敷にも出仕しません。その代わり、頼まれれば理由によってはしばらくお手伝いも致します。左大臣家だけでなく、政敵の右大臣家、果ては中宮様や藤壺様までどちらかの派閥に所属しないよう気を付けます」
「さすが夕月。それが一番いい。どこかに属せばその派閥の門下だと我が神社も思われる。陰陽寮の仕事をするうえでそれは一番避けるべきと父上から言われていたことなのだ」
どこかの門閥に入ると守られるが、御上には不都合だ。どちらも同じくらいの力の均衡を保つことで政治を成り立たせている。そのために、右大臣、左大臣家両家から御上は姫を娶り、皇后と中宮にしているのだ。
ご自身のお気持ちから女人を選ぶのは難しいお立場。それも、これも政治の安定の為だ。
どちらにしろ、右大臣派の朱雀皇子が失脚し、京極皇子が東宮になられるのなら、近いうちに左大臣派が盛り返す。
しかも、私達の想い人は左大臣様のお子。左大臣様は亡き父の友人だったし、左大臣家に足を向けるなどできようはずもない。わかりきったことだが、それでも肩入れしすぎないようにしないと御上のご機嫌を損なうということを兄上はわかっているのだ。
「それに……我が親友はうるさい」
「え?」
「お前をどこぞの屋敷に奉公へ出せば、官職のある貴族にお前を狙われるとうるさいことこの上ない」
晴孝様ったら……うふふ。
「とにかく、宮中は絶対ダメだとこの間もかみつかれた。あそこは狼の巣。しかも晴孝など女馴れしないやつには戦えないくらい、百戦錬磨の歌の達人やら、女性に言い寄るのが本当にうまい出世できそうな男どもの巣だ」
「そんなことは……」
「あいつが歌はからきし駄目なのを知っているだろ。だからこそ、お前で我慢しているのかもしれないぞ。あいつは見目だけは麗しい。これで歌がうまかったら、もっといいおなご……」
「兄上のバカ!」
「……」
「静姫様との文のやり取りができやすいように、兄上様が静姫様と直接お目にかかれるように、私が静姫様をこちらにお招きしようと計画していましたが、やめます!」
「……あ、おい、夕月!」
プイっと横を向いた私に気づいた兄上は中腰になり、頭を下げた。
「さっきのは戯言だよ。わかっているくせに、意地悪言うなよ。静姫の、それだけは頼むよ。夕月、お願いだ」
「……ふふふ、あはは」
「おい、夕月……」
「あー、面白い。兄上がそんな顔するの初めて見ました。静姫はすごいですね。大丈夫、それだけはやります。何しろ、あちらも乗り気ですからね」
「夕月、お前、兄をからかうなんて……」
兄上の大きな声で目覚めたのだろう。
「にゃー、にゃにゃあ?(夕月、どこ?)」
可愛い声が聞こえた。鈴は起きるといつも私を探す。母猫の代わりなのだろう。私は立ち上がると、かごの中の鈴を抱き上げた。
「起きたの?鈴。いい子ね。私はここよ」
つぶらな目が私を見た。にゃ、と嬉しそうに鳴いた。
その日の夕方、兄上様がおっしゃる通り、新たなお客様がうちへお見えになった。
私の平穏な毎日はそのせいでそう長く続かないのだが、そのお話はまた今度しましょう。
完
「さすが夕月。それが一番いい。どこかに属せばその派閥の門下だと我が神社も思われる。陰陽寮の仕事をするうえでそれは一番避けるべきと父上から言われていたことなのだ」
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ご自身のお気持ちから女人を選ぶのは難しいお立場。それも、これも政治の安定の為だ。
どちらにしろ、右大臣派の朱雀皇子が失脚し、京極皇子が東宮になられるのなら、近いうちに左大臣派が盛り返す。
しかも、私達の想い人は左大臣様のお子。左大臣様は亡き父の友人だったし、左大臣家に足を向けるなどできようはずもない。わかりきったことだが、それでも肩入れしすぎないようにしないと御上のご機嫌を損なうということを兄上はわかっているのだ。
「それに……我が親友はうるさい」
「え?」
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晴孝様ったら……うふふ。
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「そんなことは……」
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「兄上のバカ!」
「……」
「静姫様との文のやり取りができやすいように、兄上様が静姫様と直接お目にかかれるように、私が静姫様をこちらにお招きしようと計画していましたが、やめます!」
「……あ、おい、夕月!」
プイっと横を向いた私に気づいた兄上は中腰になり、頭を下げた。
「さっきのは戯言だよ。わかっているくせに、意地悪言うなよ。静姫の、それだけは頼むよ。夕月、お願いだ」
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「おい、夕月……」
「あー、面白い。兄上がそんな顔するの初めて見ました。静姫はすごいですね。大丈夫、それだけはやります。何しろ、あちらも乗り気ですからね」
「夕月、お前、兄をからかうなんて……」
兄上の大きな声で目覚めたのだろう。
「にゃー、にゃにゃあ?(夕月、どこ?)」
可愛い声が聞こえた。鈴は起きるといつも私を探す。母猫の代わりなのだろう。私は立ち上がると、かごの中の鈴を抱き上げた。
「起きたの?鈴。いい子ね。私はここよ」
つぶらな目が私を見た。にゃ、と嬉しそうに鳴いた。
その日の夕方、兄上様がおっしゃる通り、新たなお客様がうちへお見えになった。
私の平穏な毎日はそのせいでそう長く続かないのだが、そのお話はまた今度しましょう。
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