上 下
37 / 38
第二章 中宮殿

九ノ巻ー子猫②

しおりを挟む


「夕月」

「はい」

「お前、今後どうする?」

「え?」

「中宮様をはじめ、静姫や右大臣家の楓姫までお前を召し抱えたいと書状を頂戴している。中宮様に至ってはお前は信用できるので清涼殿で御上に仕える上臈女房として献上したいとまでおっしゃって……まあ、中宮様は御上の周辺を探らせるためお前が欲しいのだろう。でもそれを知った晴孝が狂ったように反対していたので難しいとは思うがな」

 びっくりした。清涼殿付きの女房?冗談は大概にしてほしい。まともに裳を付けて速足もできない私をどうやって……まず、宮中の作法が多すぎて絶対的に不向きだ、私はそんな細かいことに注意することはできない。

「兄上は私を外に出したいのですか?」

「……何を言ってるんだ」

「だって……」

 兄上は私を見てため息をついた。

「お前は変な意味で名が知れ渡った。しかも、というやつだ」

「知る人ぞ知るって……」

「女房やら三位以上の貴族連中は知らなくても、御上や弘徽殿、中宮様といった後宮の女人、果ては右大臣、左大臣や、その一の姫と筆頭女房がお前を知っているという事態だぞ」

 そう言われてみればそうだった。錚々たる方々。普通はお目にかかれないし、お話までしたのは私くらいかもしれない。

「藤壺の尚侍にもができている。彼女は私に吉野のあやかしの棟梁を紹介してきた。私もでは有名になった」

ですか?」

「ま、そんなところだな」

「ぷっ!ふふふ……」

「笑い事ではない。我ら兄妹は味方にしたい違う意味の力を持つ一大勢力となった」

 確かにそうかもしれない。こういった力のすごさを知る人にとっては脅威の存在だろう。でも……。

「兄上」

「なんだ」

「今までと変わらないのでは?」

「何が?」

「兄上の力は前からすごかったのに、わざと後ろに下がって世を見ておられたではございませんか。父上の遺言もあって官職も辞退されていたと思いますけれども」

 兄上の力がすごいのは知っていたし、知る人はいたはず。特に左大臣様は亡き父上から話を聞いていたから、兄上にいつ出仕させるか時期を見ていたと中宮様がおっしゃっていた。正直今の地位など、昔から想像ができた。

 それに、兄上の力ははかりしれないところがあるのだ。妹からしても怖い。

「お前を守りたかった。世俗へ出ると、敵も作る。お前のことも心配だったのだ」

「兄上様」

「お前のいいようにしろ。ただ、権力の中枢に行くと、駒にされる可能性がある。私はお前を盾にされるのは困るのでな」

 そう、その通りだ。兄上の力を得るために私を利用しようと思う悪い人達がいるやもしれない。兄上に、とある人物を呪詛せよと命じたり、そうしないと私を弑すと脅してきたり、考えられることはあるのだ。

しおりを挟む

処理中です...