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第二章 中宮殿
七ノ巻ー戦い②
しおりを挟む「旭丸が率いているあやかし達もすでに吉野のあやかしと外で交戦中だ。どうやら人間は皆眠らされているようだから気にせず大掛かりで来るだろう。夕月、自分から出るな。約束を破るな」
鈴が私の目の前で三倍以上の大きさになった。立ち上がり毛を逆立てた。目が光っている。
いつの間にこんな力を得たの?私でも気圧されるものすごい力だ。
几帳が鈴の力でめくれあがった。もはや子猫のときの面影はまるでない。これが本来の姿の鈴……。
私は異常な気配に気づいたときから、とりあえず二枚札を出し、すでに指を立てて呪文を唱え始めていた。
香は何の役にも立たなかった。知られていたのだろう。
探られていたと言うのが正しいのかもしれない。兄上様が探っていたように、あちらもうちの神社について探りを入れていても不思議ではないのだ。
前回の敵よりもっと強い気配。嫌な予感は的中した。
兄上があちらで祈祷をしているときに、もしかすると襲って来るやもしれないと思ってはいた。
今回のことはすべて私が藤壺に行ったせいだ。おそらく、藤壺様からお父様の神官に連絡がいっているはず。式神も使えるのだから、すべて筒抜けであったろう。
お父様の野望はほぼついえた。なぜなら私が藤壺様を刺激したから。
神官の味方であったはずの彼女は、私と話したことで気持ちを固めた。
父上様と対決してでも中宮様や御上を守ると口にした。皇子がいずれ皇位につくことなど望んでいないとはっきりと言った。
これでは吉野の神官が望んだことも、力の強い娘によって邪魔されてしまう。すべて私のせいだと恨まれてもおかしくはないのだ。
来た!
黒いものが三体襲って来た。大きくなった鈴と連なる猫のあやかしが三角形になってなにか鳴らしている。
すると私の周りに結界が出来た。だが上から三体がひとつになってぶつかってきた。何回かぶつかり、小さな穴から一体が入り込んできた。
私は札を持ち上げ念を込めた。うまくいった。修行の成果はあったようだ。黒い影が消失した。
だが、すぐにまた新しい黒い影が来た。次の札に念を込めている間に目の前に来た。
白藤が飛び込んできて爪でひっかいた。その黒いものが白藤にまとわりついた。
「白藤!」
彼女は黒いものをひきつけたまま、外に出た。それと交代で何かが入ってきた。
「……夕月、無事か!」
彼の……晴孝様の声がする。
「晴孝様……」
蚊の鳴くような私の声に気づいたのだろう、御簾を蹴り上げ入ってきた彼は周りを見て事態に驚いたようだ。
見たこともない鈴の姿。私を覆った彼ら。黒い雲が几帳を倒し渦を巻く。
晴孝様は例の剣を出すと、黒い雲を切り刻み始めた。
私はさらに三枚の札を出し、とにかく呪文を集中して唱えた。気を削がれると術が……晴孝様に気を取られてはだめだ。
鈴たちは満身創痍。あまり持たない。真剣に呪文を唱え始めた。念を込める。
「夕月、何が起きてもあわてるな……くっ!私たちを盾にしてあちらを巻き込む。死んでもお前は守る」
鈴が胸にぶらさげていたお守りをひっかいた。そして大きな声で何か唱えた。
「鈴、だめ、絶対だめよ!」
目の前の鈴の仲間の一体が揺れている。消えそうだ。
黒い影が一体だけそこをすり抜けて私の前に来た。間に合わない、鈴がとっさに私の身体のうえに覆いかぶさった。
私は呪文を唱えながら、鈴の手の上に札を貼り付けた。すると、ぱあっと頭上から光のようなものが刺した。
「怨霊退散!」
兄上様の声だ。
黒い影に向かって、頭上を舞う数十体の黄蝶。兄上様の式神だ。その羽の間から鱗粉が放たれ、光る。
すごいまぶしい光。皆が目をつむった。瞬間ぎゃーという声がする。
光が収まり、静寂が戻った。鈴が私の上で力なく倒れた。
「鈴!しっかりして!いやだ、死んだらいや!」
私は涙を流して小さくなった鈴にすがりついた。すると、晴孝様が私の身体を抱きしめた。
「夕月、ああ、良かった……」
彼の腕が震えている。ああ、どうしたらいいの。鈴が死んだら生きていけない……。
その時、声がした。
「……夕月、無事か?すまない、遅くなった。まさか、この手でくるとはな。間に合ってよかった」
庭先に息を切らした兄上がいた。
「……あ、あにうえ……すず……を……たす……け……て……」
「「夕月!!」」
私はまたも晴孝様の腕の中で気を失った。
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