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第二章 中宮殿
五ノ巻ー準備①
しおりを挟む翌日昼過ぎのことだ。中宮殿からお召があり、とうとうひとりで向かった。
内密で御簾内に入り、二本の几帳をくぐり、とうとう中宮様の御前に出た。
「楽にして頂戴」
そうは言われても楽になどできようはずもない。
「ほほほ。あの二人があそこまであなたを大切にしているのよ。私も知らなかったとはいえ、あなたが色々してくれたこと感謝せねばならないわね」
「いえ、恐れ多い……」
脇息にもたれ、相変わらず辛そうだ。
「京極に東宮としての地位が巡ってきたのは運命だったというものが私の周りにいますが、そうではなかったということです」
「中宮様」
「もとより、朱雀皇子がいたのですから考えてもおりませんでしたが、色々あったという話を聞くにつけ、東宮殿にあがることで何かあったらと考えますれば心配でなりません」
「中宮様は私が来たことにどんな意味があるとご存じでいらっしゃったんでしょうか?」
兄上がどのようなことを御上に書面で奏上したのか、聞いてみたが、知らなくてよいと言うのだ。
あの兄上のことだ。
おそらく、先々まで見通して何か奏上したのだろう。
「葵祭に際して、そなたの兄上に神事を任せたいと御上より話があった。だが、藤壺尚侍より彼女の父も神官ゆえ、何かお手伝いさせてくださいと頼まれたそうな」
「そうでしたか」
「驚いていないようですね。藤壺のことは知っていたの?」
「いえ……。はっきりと申し上げます。中宮様のその病、呪詛ではないかと疑っております。そして病をお治しするため、兄とともにお近くへ参りました」
中宮様は脇息から身体を起こされ、身を乗り出した。目が輝いている。
「やはりそうでしたか。私は最近なぜか不思議な夢を見たり、うなされることが多くなりました。そのせいで昼間もだるいのです。御上は京極のことを心配しすぎて心労からだろうと仰せでした。そんなはずはないのです。自分で言うのもなんですが、わたくし、深く物事を考えるような性格ではありません」
「中宮様!」
私が驚いて顔を上げたのを見ては嬉しそうに口元を扇で隠し、ふふふと声を上げて笑われた。
「だから、今までうなされたこともなかった。変だと思ったのです。気を病むまでには至りませんでした。神経質な方なら病気になっていたでしょう。これは毎夜眠れないせいでだるいのです。ただ、食欲が落ちてきました」
「よくありません」
「ええ。でも急に元気になってきました。私の病はだれかの指金で、あなたたち兄妹が来たからには治してもらえるのでしょう?早く元気になって京極のためにできることを静姫と一緒にやらなくてはなりません」
「はい。本日より兄が中宮様の寝殿の外で夜間は祈祷をします。憑坐にすべて移すことができましたら、楽になられるかと思います」
「そう。頼もしいことです」
「静姫様と晴孝様からお聞き及びのことと思います。女童のことです」
「ええ。驚きました」
「そういうものが入るには、手引きするものがいます。そして、そういった者達は人馴れしている。つまり、人間が遣っているあやかしだということです」
「そうなの」
私は頷いた。
「京極皇子の東宮擁立を阻むため、宣旨の儀式に出席なさる中宮様の病はうってつけです。同じ御殿の対で寝起きするのですから、藤壺と使用人も行き来できる。特に女童など下人はわかりづらいのです」
「藤壺尚侍……」
「御上の皇子はもうおひとりおられて、藤壺尚侍が母上。そのご実家について調べればすぐにぴんときます」
「なんということでしょう。私は入内してすぐの藤壺尚侍を気遣ってきたわ。弘徽殿の皇后様は怖いお方ですから。藤壺尚侍の指し金だとは思いたくないですが、どうなのかしらね」
「女童のこと、視えないとは思えません。私程度でもわかったのです。尚侍様は巫女としての力がどのくらいおありかわかりませんけれども……」
「そう。それで?私は何をすればいいの?あなたがこの御殿で動きやすいよう手伝うのが私達の役目と静姫からも聞いていますよ」
「はい。それではお願いします。静姫が中宮殿に入ったご挨拶として藤壺に行くのをお許しください。私がついていきます。その際準備頂きたいものがございます。香木です」
「香木?」
「ええ。あやかしが苦手な香を調合致します。特別な香なので材料が珍しいものなのです。こちらでしたらあるかもしれぬとお聞きしました」
「わかりました。そこの女房に準備させましょう」
「藤壺尚侍様はおそらく私の存在を知っていますが、姫をお連れすることで彼女が力を使うことを止めるのです。そして尚侍様の人となりを見てまいります」
「あの子はいい子だと思うんだけれど、そうじゃなかったとしたら……」
「大丈夫です。あやかしからも情報が入りますので、わかり次第ご報告いたします。中宮様はとにかく夜兄上の調伏がうまくいきましたらきっと楽になられます」
「そうね。ありがとう」
私は細かい香の材料などについて、筆頭女房を入れて打ち合わせを始めた。後ろにいた鈴へ頷くと、鈴はすぐに外へ出た。他のあやかし猫を使い、兄上に連絡するためだ。
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