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第二章 中宮殿
二ノ巻ー相談③
しおりを挟む「それで……何が気がかりなんだ?」
「今の御上の寵姫は藤壺の典侍。彼女の母親は吉野の巫女だったそうで、おそらく藤壺皇子を次期東宮にしたいがため、探っているのではないかと思います。もしかすると、急に具合のお悪くなった中宮様も……」
兄上は顎に手を当て考えていた。
「なるほど。吉野の神社は戦の神がいると言われてその筋では昔は有名だった。だが、最近はそんなこともなくなったようだ。藤壺様の生家として、縁結びの神がいると言われているそうだ。少し調べてみる必要があるだろう」
「そうだったのか。つまり、呪詛で中宮様を追い落として、次は京極皇子を……そして自分の皇子を次の東宮に……いやしかし、いくらなんでも藤壺皇子はまだ赤子だろう。御上もまるでお考えではないだろう」
晴孝様が兄上を見ながら話した。
「いや、わからぬ。京極皇子になにかあったり、後継ぎがすぐに生まれなければ、次はその藤壺皇子となろう」
「……おい!」
「兄上様。静姫様のところへあやかしが来たのは、以前の私のことも知っていて、あやかしや式神がいないか探りに来たのではないかと思います」
「……そうかもしれないな」
「静姫様が中宮殿にあがられるのはもうほぼ決定です。御上からのご依頼とあれば、左大臣様もお断りにはなれませんし、そうしないと、いつになっても京極皇子の東宮宣旨が行われません。中宮様の代わりに取り仕切るため姫様は上がられるのです」
兄上は眉間にしわを寄せている。姫様のことが心配なのだろう。
「だからといって、夕月を連れて行くのはだめだ。なあ、兼近。お前もそう思うだろ?」
「……いや。夕月……もしかして姫には一緒に中宮殿へ女房としてあがりたいと話してきたのか?」
「はい。兄上のお許しがあればとお伝えしました。兄上も御上よりお誘いが左大臣様経由で来ているそうではありませんか。それでしたら、兄上も私と呼応して対処できるのではありませんか?」
兄上は正式に御上の任ずる陰陽師のひとりとして働くよう再三再四言われているのだ。左大臣様も今回は受けるべきだと仰せのようで、おそらく姫様のことも考えて、兄上の身分を上げるつもりなのだろう。
左大臣様は亡き父上の友だった。だからこそ、兄上を静姫とめあわせることに反対はされていないと聞いている。
左大臣様は、息子の晴孝様に期待されているのだ。娘の静姫には甘い。亡くなった北の方の代わりをずっと務めているし、どちらにしても妹姫である奏姫が東宮妃となるのは決定しているからだ。
「にゃにゃ、にゃあーにゃ(あ、白藤が戻ってきた。すごい顔だぞ)」
私の膝の上にいる猫の鈴が言った。いつの間にか、白藤は人の姿になり、兄上の前に座った。
「白藤……それでどうだった?」
兄上が低い声で尋ねた。
「あちきの管轄するこの都近くではそんな子供のあやかしは清涼殿へ出ておりませんでした。もしかすると、山向こうの神社付近はあちらの管轄なので……」
「……そうか……わかった。酒をもう一本持て」
「あい」
嬉しそうにした白藤はちろりと御簾内の鈴の顔を見て笑いながら出て行った。
「にゃにゃあーにゃ(あいつ、適当に逃げたな)」
「鈴ったら。本当なんじゃないの?鈴だって山向こうのあやかし猫は把握しきれていないでしょ」
「にゃ、にゃにゃーあ。にゃんにゃんにゃあ(はあ?馬鹿にするな。調べようと思えばできる)」
鈴は前脚で顔をかいた。兄上がそんな鈴をじっと見た。鋭い兄上の視線に驚いた鈴は脚を頭の上からそのまま下ろした。
「鈴。これから夕月の側をどんなときも離れるな。どこに行こうともついていけ。気配に気をつけよ。お前の知らぬあやかし猫を中宮殿で見かけたらすぐにお前の配下にあとをつけさせて内情を把握しろ。一戦交える前に必ずだぞ」
「にゃあ(了解)」
「おい、兼近、どうして……」
「お前もこれから葵祭りの仕事で参内が増えるだろう。中宮殿に毎日寄ることも出来よう」
「は?おい、兼近まさかお前」
「私も清涼殿での仕事をお受けしよう」
「……兄上」
「今度こそ、お前ひとりを矢面に立たせることはしない。それに一度京極皇子にお目にかかりたかった。時期帝となられるかもしれぬ方だ。見極めも必要だ」
「兼近は勝手すぎる」
晴孝様が怒り出した。
「お前、夕月に通ったらどうだ?」
「は?」
「そして、毎日夕月と作戦会議をしてほしい。私も連絡を取るが、私はお前の姉上様を守らねばな。夕月は鈴とお前に任せたぞ」
「にゃにゃーにゃ?(なんだそれ?)」
あきれたように鈴が言う。じろりとこちらを見た兄上に鈴はおびえて後ろを向いた。
「白藤」
「あい」
「お前は私と一緒に清涼殿へ入り込み、例の女の童だけでなく、藤壺尚侍の周辺のあやかしを確認しろ」
「あい」
「私は急いで吉野の神社へ行って調べてくる。権太、旭丸も付いてきて、私と共に配下を使って調べてくれ」
狸のあやかしである権太と犬のあやかしである旭丸はうなずくと準備のため消えていった。
この時から新たな戦いが始まったのだ。
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