21 / 38
第二章 中宮殿
二ノ巻ー相談③
しおりを挟む「それで……何が気がかりなんだ?」
「今の御上の寵姫は藤壺の典侍。彼女の母親は吉野の巫女だったそうで、おそらく藤壺皇子を次期東宮にしたいがため、探っているのではないかと思います。もしかすると、急に具合のお悪くなった中宮様も……」
兄上は顎に手を当て考えていた。
「なるほど。吉野の神社は戦の神がいると言われてその筋では昔は有名だった。だが、最近はそんなこともなくなったようだ。藤壺様の生家として、縁結びの神がいると言われているそうだ。少し調べてみる必要があるだろう」
「そうだったのか。つまり、呪詛で中宮様を追い落として、次は京極皇子を……そして自分の皇子を次の東宮に……いやしかし、いくらなんでも藤壺皇子はまだ赤子だろう。御上もまるでお考えではないだろう」
晴孝様が兄上を見ながら話した。
「いや、わからぬ。京極皇子になにかあったり、後継ぎがすぐに生まれなければ、次はその藤壺皇子となろう」
「……おい!」
「兄上様。静姫様のところへあやかしが来たのは、以前の私のことも知っていて、あやかしや式神がいないか探りに来たのではないかと思います」
「……そうかもしれないな」
「静姫様が中宮殿にあがられるのはもうほぼ決定です。御上からのご依頼とあれば、左大臣様もお断りにはなれませんし、そうしないと、いつになっても京極皇子の東宮宣旨が行われません。中宮様の代わりに取り仕切るため姫様は上がられるのです」
兄上は眉間にしわを寄せている。姫様のことが心配なのだろう。
「だからといって、夕月を連れて行くのはだめだ。なあ、兼近。お前もそう思うだろ?」
「……いや。夕月……もしかして姫には一緒に中宮殿へ女房としてあがりたいと話してきたのか?」
「はい。兄上のお許しがあればとお伝えしました。兄上も御上よりお誘いが左大臣様経由で来ているそうではありませんか。それでしたら、兄上も私と呼応して対処できるのではありませんか?」
兄上は正式に御上の任ずる陰陽師のひとりとして働くよう再三再四言われているのだ。左大臣様も今回は受けるべきだと仰せのようで、おそらく姫様のことも考えて、兄上の身分を上げるつもりなのだろう。
左大臣様は亡き父上の友だった。だからこそ、兄上を静姫とめあわせることに反対はされていないと聞いている。
左大臣様は、息子の晴孝様に期待されているのだ。娘の静姫には甘い。亡くなった北の方の代わりをずっと務めているし、どちらにしても妹姫である奏姫が東宮妃となるのは決定しているからだ。
「にゃにゃ、にゃあーにゃ(あ、白藤が戻ってきた。すごい顔だぞ)」
私の膝の上にいる猫の鈴が言った。いつの間にか、白藤は人の姿になり、兄上の前に座った。
「白藤……それでどうだった?」
兄上が低い声で尋ねた。
「あちきの管轄するこの都近くではそんな子供のあやかしは清涼殿へ出ておりませんでした。もしかすると、山向こうの神社付近はあちらの管轄なので……」
「……そうか……わかった。酒をもう一本持て」
「あい」
嬉しそうにした白藤はちろりと御簾内の鈴の顔を見て笑いながら出て行った。
「にゃにゃあーにゃ(あいつ、適当に逃げたな)」
「鈴ったら。本当なんじゃないの?鈴だって山向こうのあやかし猫は把握しきれていないでしょ」
「にゃ、にゃにゃーあ。にゃんにゃんにゃあ(はあ?馬鹿にするな。調べようと思えばできる)」
鈴は前脚で顔をかいた。兄上がそんな鈴をじっと見た。鋭い兄上の視線に驚いた鈴は脚を頭の上からそのまま下ろした。
「鈴。これから夕月の側をどんなときも離れるな。どこに行こうともついていけ。気配に気をつけよ。お前の知らぬあやかし猫を中宮殿で見かけたらすぐにお前の配下にあとをつけさせて内情を把握しろ。一戦交える前に必ずだぞ」
「にゃあ(了解)」
「おい、兼近、どうして……」
「お前もこれから葵祭りの仕事で参内が増えるだろう。中宮殿に毎日寄ることも出来よう」
「は?おい、兼近まさかお前」
「私も清涼殿での仕事をお受けしよう」
「……兄上」
「今度こそ、お前ひとりを矢面に立たせることはしない。それに一度京極皇子にお目にかかりたかった。時期帝となられるかもしれぬ方だ。見極めも必要だ」
「兼近は勝手すぎる」
晴孝様が怒り出した。
「お前、夕月に通ったらどうだ?」
「は?」
「そして、毎日夕月と作戦会議をしてほしい。私も連絡を取るが、私はお前の姉上様を守らねばな。夕月は鈴とお前に任せたぞ」
「にゃにゃーにゃ?(なんだそれ?)」
あきれたように鈴が言う。じろりとこちらを見た兄上に鈴はおびえて後ろを向いた。
「白藤」
「あい」
「お前は私と一緒に清涼殿へ入り込み、例の女の童だけでなく、藤壺尚侍の周辺のあやかしを確認しろ」
「あい」
「私は急いで吉野の神社へ行って調べてくる。権太、旭丸も付いてきて、私と共に配下を使って調べてくれ」
狸のあやかしである権太と犬のあやかしである旭丸はうなずくと準備のため消えていった。
この時から新たな戦いが始まったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
翡翠の歌姫-皇帝が封じた声【中華サスペンス×切ない恋】
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に巻き込まれる【詳細⬇️】
陽国には、かつて“声”で争い事を鎮めた者がいた。田舎の雪国で生まれ育った翠蓮(スイレン)。幼くして両親を亡くし孤児となった彼女に残されたのは、翡翠の瞳と、母が遺した小さな首飾り、そして歌への情熱だった。
宮廷歌姫に憧れ、陽華宮の門を叩いた翠蓮だったが、試験の場で早くもあらぬ疑いをかけられる。
その歌声が秘める力を、彼女はまだ知らない。
翠蓮に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。
誰が味方で、誰が“声”を利用しようとしているのか。歌声に導かれ、三人は王家が隠し続けてきた運命へと引き寄せられていく。
【中華サスペンス×切ない恋】
ミステリー要素あり/ドロドロな重い話あり/身分違いの恋あり
旧題:翡翠の歌姫と2人の王子
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる