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第一章
三の巻ー根回し➁
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翌日にも早速晴孝様は文をお届け下さった。そして……なんとすぐに楓姫から直接返事が来た。ここまで早いとは思わなかったので実のところとても驚いた。
返事を頂いた文には、話したいことがあると歌に詠んで仄めかしていた。私は早速次の夜、伺いますと返事をしたのだ。
そして今、萩野と一緒に牛車で揺られている。女車を引くのは権太。車の周りにはこうもりが飛んでいる。これは兄の式神だ。何かあればこれを兄への使いにする。夜目の利くコウモリは兄がよく使う。
遠くからもわかるほどの灯りが見えてきた。右大臣邸だ。豪奢な寝殿造り。今いる左大臣邸も素晴らしいが、それを上回るほどの造りだ。かなりの金子が使われているのだろう。右大臣は華美だと言われていたが、本当だったんだ。
これは、この御殿を帝が目にされたなら、きっとお許しにならないかもしれない。
「すごいですね、夕月様。きらきらと灯りがこちらまで川面に揺らめいています。ここは極楽でしょうか?」
萩野が目をキラキラさせて外を覗いている。
「極楽ね……言い得て妙だわ……まあ、とにかくすごいわね。本殿のほうは庭も素晴らしいと聞いたことがあるわ。今日は離れのほうだからきっと目立たない造りだと思うけれどね」
文にはどうやって離れに入ればいいのか、合図に萩の花を持ってくるように言われたので、権太がそれを牛車の横に飾りのように付けている。
「夕月様。すんなり入れました。合図の花を見て入れてくれましたよ」
権太が扉越しに私達へ小さい声で言った。
確かに裏門から入ったようだ。ここは静かだ。灯りも少ない。だが、車寄せの側にはきちんと灯籠に火を入れてくれている。今日来ることがわかっていたので、迎え入れるために準備をしてくれていたようだった。
こういう所を見ても、楓姫はきちんとしている人なのだということがわかる。内密で訪問している。楓姫の指図がなければこういった迎えはない。いかに楓姫が女房達をきちんと統率しているかがこれだけでわかるのだ。
それはそうだろう。次期帝の皇子へ最初に輿入れを打診された姫だ。うちの静姫と同じくらいの見目麗しく、気配りのできる人なのだろう。それがいまやこんなところへ幽閉されて、本当にお気の毒だ。同情してしまう。
「萩野さん。夕月様に何かあったらすぐにこの石を鳴らして下さい」
権太が小さな石をふたつ萩野に渡した。
「わかりました」
「夕月様。車寄せにおりますが、合図頂けたらすぐにお助けに参ります」
「ありがとう。権太」
「いいえ。きちんとお守りするよう主様からも言われておりますれば……」
主様とは兄上のことだ。兄上は父から神社や役職を引き継いだ際に、自分に従わせるあやかしをきっちりと管理しはじめた。
父は善良なあやかしのことは好き勝手させていたが、兄は彼らに役割を与えて従えてしまった。きちんとやったら賞してやり、出来なければ罰するという人の世のやりかたで彼らも掌握したのだ。
もちろん、兄上の力が強いから彼らは文句を言えなかった。父上よりも兄上はそういった力が強かったのだ。
兄上のせいで、バラバラだったあやかし達に秩序や序列が出来た。あやかしも褒められたり、特別に何か許されるのは嬉しいようで、手柄を立てようと必死になる。権太は狸のあやかし一族の親玉だから、一族のためにこういうときは必死なのだ。
兄上は種族の違いであやかし達が諍いを起こさないように気をつけている。それぞれの特徴を生かして使っているのだ。兄上は本当にすごいし尊敬する。
「ありがとう、権太。何かあったら頼むわね」
「はい」
私は離れに着いた牛車を降りて、萩野と一緒に指定された入り口へと向かった。
返事を頂いた文には、話したいことがあると歌に詠んで仄めかしていた。私は早速次の夜、伺いますと返事をしたのだ。
そして今、萩野と一緒に牛車で揺られている。女車を引くのは権太。車の周りにはこうもりが飛んでいる。これは兄の式神だ。何かあればこれを兄への使いにする。夜目の利くコウモリは兄がよく使う。
遠くからもわかるほどの灯りが見えてきた。右大臣邸だ。豪奢な寝殿造り。今いる左大臣邸も素晴らしいが、それを上回るほどの造りだ。かなりの金子が使われているのだろう。右大臣は華美だと言われていたが、本当だったんだ。
これは、この御殿を帝が目にされたなら、きっとお許しにならないかもしれない。
「すごいですね、夕月様。きらきらと灯りがこちらまで川面に揺らめいています。ここは極楽でしょうか?」
萩野が目をキラキラさせて外を覗いている。
「極楽ね……言い得て妙だわ……まあ、とにかくすごいわね。本殿のほうは庭も素晴らしいと聞いたことがあるわ。今日は離れのほうだからきっと目立たない造りだと思うけれどね」
文にはどうやって離れに入ればいいのか、合図に萩の花を持ってくるように言われたので、権太がそれを牛車の横に飾りのように付けている。
「夕月様。すんなり入れました。合図の花を見て入れてくれましたよ」
権太が扉越しに私達へ小さい声で言った。
確かに裏門から入ったようだ。ここは静かだ。灯りも少ない。だが、車寄せの側にはきちんと灯籠に火を入れてくれている。今日来ることがわかっていたので、迎え入れるために準備をしてくれていたようだった。
こういう所を見ても、楓姫はきちんとしている人なのだということがわかる。内密で訪問している。楓姫の指図がなければこういった迎えはない。いかに楓姫が女房達をきちんと統率しているかがこれだけでわかるのだ。
それはそうだろう。次期帝の皇子へ最初に輿入れを打診された姫だ。うちの静姫と同じくらいの見目麗しく、気配りのできる人なのだろう。それがいまやこんなところへ幽閉されて、本当にお気の毒だ。同情してしまう。
「萩野さん。夕月様に何かあったらすぐにこの石を鳴らして下さい」
権太が小さな石をふたつ萩野に渡した。
「わかりました」
「夕月様。車寄せにおりますが、合図頂けたらすぐにお助けに参ります」
「ありがとう。権太」
「いいえ。きちんとお守りするよう主様からも言われておりますれば……」
主様とは兄上のことだ。兄上は父から神社や役職を引き継いだ際に、自分に従わせるあやかしをきっちりと管理しはじめた。
父は善良なあやかしのことは好き勝手させていたが、兄は彼らに役割を与えて従えてしまった。きちんとやったら賞してやり、出来なければ罰するという人の世のやりかたで彼らも掌握したのだ。
もちろん、兄上の力が強いから彼らは文句を言えなかった。父上よりも兄上はそういった力が強かったのだ。
兄上のせいで、バラバラだったあやかし達に秩序や序列が出来た。あやかしも褒められたり、特別に何か許されるのは嬉しいようで、手柄を立てようと必死になる。権太は狸のあやかし一族の親玉だから、一族のためにこういうときは必死なのだ。
兄上は種族の違いであやかし達が諍いを起こさないように気をつけている。それぞれの特徴を生かして使っているのだ。兄上は本当にすごいし尊敬する。
「ありがとう、権太。何かあったら頼むわね」
「はい」
私は離れに着いた牛車を降りて、萩野と一緒に指定された入り口へと向かった。
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