23 / 61
Ⅰ.トーキョー・ファントムシーフ
(21)礼拝堂ノ秘密
しおりを挟む
書斎を辞した後、トウヤは一人で礼拝堂に向かった。
祭壇の前に立ち、聖母マリアの像を見上げながら、この像の持つ本当の意味に身震いする。
あの後、ノノミヤ公爵はこう続けた。
「礼拝堂を見ただろう」
「はい、探偵選考試験の説明で」
「実は、あれはキリスト教の教会ではない」
「……というと?」
――このマリア像は、ヒカルコには彼女の母と伝えてあるが、実際は彼女の曾祖母、オージオの妻に似せたもの。
そして、正面の薔薇窓。
中央に描かれた十字架は、イエス・キリストを示すものではなく、全ての罪を背負って断罪された、勇者オージオを現したもの。
――つまり、この礼拝堂自体が、ノノミヤ公爵のイザナヒコに対する逆心の決意なのだ。
そして、その時のための準備もここで進めているらしい。
「まだその時ではないのだがな」
と、公爵は言っていた。
どうやら、イザナヒコの周囲の人物を味方に付ける計画を進めているようだ。タジミ公爵の件もその一環なのだろう。慎重を期すため、多大な時間と財力が必要なのだ。
……なぜ彼が、ここまでオージオに心酔するようになったのか。
それは、彼がまだ幼い頃に遡る。
当時、ノノミヤ家には非魔人の奴隷がいた。
幼い公爵は、その状況が当たり前と信じて疑わず、彼らに対し横柄な態度で接していた。
そんなある時。
彼らが集まって何やら話しているところを見て、公爵は覗きに行った。
そして彼らが、勇者オージオの英雄伝を彼らの子供たちに語り継いでいるところを見て、その教材として使われていた本を取り上げた。
それを持って公爵が父に報告すると、奴隷たちは全員殺された。
公爵は、自分のした行いが怖くなった。
そして、なぜ彼らが殺されなければねらなかったのか、考えるようになった。
実は、父に見せたのは取り上げた本のほんの一部で、何冊かは自分の部屋に隠し持っていた。
手描きで作られた粗末な冊子。
簡単な言葉しか使われず、絵で内容が伝わるようになった絵本だ。学業とは縁遠い彼らの知恵で作られたそれを読んで、公爵は衝撃を受けた。
非魔人も、彼と同じ人間であったからだ。
同じ人間なのに、人間として扱われないのはおかしい。
人間として生きるために、自分は人間であると訴えよう。
ただそれだけの事が書かれた本。
けれどそれは、存在してはいけないものなのだ。
強く世界の歪みを認識した公爵は、だが同時に、自分の無力さも噛み締めていた。
魔人として、公爵という爵位の中で生きなければならない呪い。
爵位を捨てれば、家族、使用人、彼に関わる全ての人が路頭に迷う事になる。
だから、勇者オージオへの思いを燻らせたまま、ここまで生きてきたのだ。
しかし、帰国した娘の様子を見て決意した。
娘の本当の幸せを叶えるには、どうすればいいのかと……。
「罪滅ぼしなのだ、私なりのね。正しい考えを持った人々を死に追いやり、妻すらもすくえなかった。それに……」
ノノミヤ公爵はこう付け加える。
「子供の頃に受けた衝撃というのは一生ものでね。多くの子供が牛若丸や真田十勇士に憧れるように、私はオージオに、ヒーローとして憧れてしまったのだよ」
……ヒーロー……憧れ……
その言葉は、何よりもトウヤに説得力を持たせた。
いつも彼の心の中には、師匠でありヒーローである、怪盗十九号が存在するのだから。
マリア像を見上げる。
身ごもった腹部を愛おしく撫でる姿は、母の象徴。
――そして、英雄の血を後世に引き継ぐ決意。
あまりの展開に目眩がする思いだ。
たかが怪盗。ヒノモトの未来というお宝はあまりにも重すぎる。
いっそ……
「このまま逃げてもいいのよ」
突然声がして、トウヤは振り返った。
すると礼拝堂の入口にヒカルコがもたれていた。
「父に聞いたわ。ごめんなさいね、妙な事に巻き込んでしまって。こんな重い話を聞かされても困るわよね」
柔らかな日差しの礼拝堂に彼女の声が響く。
「探偵だなんて言い訳で叛逆に巻き込もうとするとか、普通じゃないわ。それだけ、何としても怪盗ジュークを見付けたかったの」
「どうして、その役割に俺を?」
トウヤが振り返ると、ヒカルコは、
「それは……」
と顔を伏せた。
「ミソギの方の方が、協力を得やすいと思ったし、それに……」
ヒカルコは首を横に振る。
「でも、もういいの。やっぱり、あなたを巻き込むのは間違ってる。記憶消去の魔法だけ掛けさせてもらうから。全部忘れて、私の事も――それがいいのよ」
ヒカルコはそう言うと、手にした手杖の先を伸ばした。
「魔法なんて使うの、何年ぶりかしら。力加減を間違えたらごめんなさい」
と、彼女はトウヤに杖を向ける。
「蘇生魔法しか使えないんじゃないのか?」
「私が使えないのは、潜在魔力が魔法の強度に影響するもの。イチかゼロかの結果しかない魔法は、潜在魔力に関係ないから……使い道がなさすぎて忘れてたわ」
そんな彼女の視線の中を、トウヤはゆっくりと進む。
そしてヒカルコの目の前に立つと、杖の先端を指で押して収納した。
「全然分かってねえな」
そうしてトウヤはマリア像を振り返る。
「秘めた野望を抱え込んで生きてきた公爵と、図らずも同じ夢を持ってしまったご令嬢……見てられねえよ、危なっかしくって」
「えっ……」
「捨てるモンが多すぎんだよ。万一、この話が外に漏れたらどうする? ワカバヤシ執事もタマヨさんも、君に関わる人みんなが、どうなるか分かってんのか?」
「…………」
「そういう時はな、一人近くに置いておくモンなんだよ――部外者を」
そう言って、トウヤは振り向く。
「いつでも責任を丸投げして縁を切れる立場の奴を側に置く。そのための俺じゃねえのか? ……魔法くらいで忘れられるくらいなら、もうとっくにここにはいねえよ」
彼を見上げるヒカルコの横の壁に手を置く。そして、黒ダイヤの瞳を覗き込んだた。
「俺は執念深いタチでね、約束はずっと覚えてるからな」
「……あ、あの……」
「俺にプロポーズさせるんじゃなかったのか? ……公爵様にも頼まれたしな、しばらく君の側にいる事にする。君が言い出した事だ。諦めな」
するとヒカルコはヘナヘナと座り込んだ。両手で顔を隠してジタバタと頭を振る。
「……そ、そういうの、予告なしで言わないで……無理……ホント無理……ッ!」
その途端。
礼拝堂に足音が駆け込む。
「お嬢様! 何かございましたか!」
タマヨである。
彼女はその大きな体でヒカルコの肩を抱えると、キッとトウヤを睨んだ。
「――お嬢様に何を言ったんですか?」
低くドスの効いた声に、トウヤは慌てた……また投げ飛ばされたらたまらない。
「べ、別に、何も……」
「そ、そうよ、タマヨ。何も言われてないから……ッ!」
「そ、それならよろしいのですが……」
と、タマヨは未だ顔を伏せるヒカルコを離れ、トウヤに歩み寄る。
そして耳元で囁いた。
「お嬢様を悲しませたら、私が許しませんから」
◇
その夜から、トウヤはノノミヤ公爵邸の住人となった。
とはいえ、客人としての扱いではない。使用人である。とりあえず、雇われ探偵としての身分を与えられたのだ。
一階の端にある、使用人部屋が集まる区画。
その中でも、主任執事に次ぐ広さの部屋だから、なかなかの厚遇と言える。
飾り気はないが、十分に整った調度品。
寝心地の良いベッドに、机と椅子。鍵付きの棚もある。
本棚には、ヒカルコが気を回したのか、ヒノモトの歴史書や魔法についての本が並んでいる。
そして何より、壁に造り付けられたクローゼットの天井の一部が開き、一階と二階の隙間に入れるようになっている。怪盗道具の隠し場所や逃走経路に最適だ。
「……フゥ、今日は今日とて疲れたな」
ベッドに身を投げ、目を閉じた途端に猛烈な睡魔に襲われる……そういえば、一昨日からまともに寝ていない。
だが、腹の上にポンと落ちてきたリュウがそれを遮った。
「腹が減ったでアリマス」
屋敷の壁にでも擬態して、一部始終を見ていたのだろう。ようやく光学迷彩を解いたリュウは、ペタペタと前足で存在をアピールする。
と、トウヤはその尻尾をつまみ上げた。
「やってくれたよなぁ、リュウ」
「……な、なんの話でアリマスか……」
「内蔵の原子時計がズレたとは言わせねえぜ」
リュウは短い手足をジタバタさせながら金切り声を上げる。
「け、結果良ければオールオッケーでアリマス! ワガハイはドブネズミに噛まれなくて済むし、トウヤはフカフカのベッドで寝られるでアリマス!」
――否定できないのが余計に腹立たしい。
トウヤはリュウを傍らに下ろし、棚に金平糖を取りに行く……これを得るために、「無類の金平糖好き」という意味の分からない設定まで増えてしまった。
机に数粒転がしてやると、リュウは一気に頬張った。彼も疲れていたのだろう。
トウヤも一粒口に入れ、再びベッドに仰向けになり天井を見上げた。
舌の上で砂糖の塊を転がすと、甘さが口いっぱいに広がり疲労感を和らげる。
……果たしてコノエ公爵の言葉は、そのまま信じて良いのだろうか?
怪盗稼業を続けていると、人を信じる事が難しくなる。特にあの公爵のように、策略に長けた人物ほど信用できない。
何か事が起こる前に、文殊の白毫を盗み出してズラかる、というのもひとつの方法だ。
だが……。
すると、リュウが枕元にやってきた。
「トウヤは、ヒカルコお嬢様を好きでアリマスか?」
一瞬、トウヤは言葉に詰まる。
昨日から抱えていたモヤモヤの正体を、言い当てられた気がしたのだ。
「……あ、アレは、アレだよ。この屋敷にしばらくいる事になるんだから、理由付けとして、そういう立場の方がだな……あくまで、俺がこの屋敷にいる理由は、怪盗の仕事がしやすくなるからで……」
だがすぐに、トウヤは言葉を切り、枕に顔を伏せた。
「俺は怪盗なんだよ。絶対に手に入らないものは、求めちゃならないんだ」
祭壇の前に立ち、聖母マリアの像を見上げながら、この像の持つ本当の意味に身震いする。
あの後、ノノミヤ公爵はこう続けた。
「礼拝堂を見ただろう」
「はい、探偵選考試験の説明で」
「実は、あれはキリスト教の教会ではない」
「……というと?」
――このマリア像は、ヒカルコには彼女の母と伝えてあるが、実際は彼女の曾祖母、オージオの妻に似せたもの。
そして、正面の薔薇窓。
中央に描かれた十字架は、イエス・キリストを示すものではなく、全ての罪を背負って断罪された、勇者オージオを現したもの。
――つまり、この礼拝堂自体が、ノノミヤ公爵のイザナヒコに対する逆心の決意なのだ。
そして、その時のための準備もここで進めているらしい。
「まだその時ではないのだがな」
と、公爵は言っていた。
どうやら、イザナヒコの周囲の人物を味方に付ける計画を進めているようだ。タジミ公爵の件もその一環なのだろう。慎重を期すため、多大な時間と財力が必要なのだ。
……なぜ彼が、ここまでオージオに心酔するようになったのか。
それは、彼がまだ幼い頃に遡る。
当時、ノノミヤ家には非魔人の奴隷がいた。
幼い公爵は、その状況が当たり前と信じて疑わず、彼らに対し横柄な態度で接していた。
そんなある時。
彼らが集まって何やら話しているところを見て、公爵は覗きに行った。
そして彼らが、勇者オージオの英雄伝を彼らの子供たちに語り継いでいるところを見て、その教材として使われていた本を取り上げた。
それを持って公爵が父に報告すると、奴隷たちは全員殺された。
公爵は、自分のした行いが怖くなった。
そして、なぜ彼らが殺されなければねらなかったのか、考えるようになった。
実は、父に見せたのは取り上げた本のほんの一部で、何冊かは自分の部屋に隠し持っていた。
手描きで作られた粗末な冊子。
簡単な言葉しか使われず、絵で内容が伝わるようになった絵本だ。学業とは縁遠い彼らの知恵で作られたそれを読んで、公爵は衝撃を受けた。
非魔人も、彼と同じ人間であったからだ。
同じ人間なのに、人間として扱われないのはおかしい。
人間として生きるために、自分は人間であると訴えよう。
ただそれだけの事が書かれた本。
けれどそれは、存在してはいけないものなのだ。
強く世界の歪みを認識した公爵は、だが同時に、自分の無力さも噛み締めていた。
魔人として、公爵という爵位の中で生きなければならない呪い。
爵位を捨てれば、家族、使用人、彼に関わる全ての人が路頭に迷う事になる。
だから、勇者オージオへの思いを燻らせたまま、ここまで生きてきたのだ。
しかし、帰国した娘の様子を見て決意した。
娘の本当の幸せを叶えるには、どうすればいいのかと……。
「罪滅ぼしなのだ、私なりのね。正しい考えを持った人々を死に追いやり、妻すらもすくえなかった。それに……」
ノノミヤ公爵はこう付け加える。
「子供の頃に受けた衝撃というのは一生ものでね。多くの子供が牛若丸や真田十勇士に憧れるように、私はオージオに、ヒーローとして憧れてしまったのだよ」
……ヒーロー……憧れ……
その言葉は、何よりもトウヤに説得力を持たせた。
いつも彼の心の中には、師匠でありヒーローである、怪盗十九号が存在するのだから。
マリア像を見上げる。
身ごもった腹部を愛おしく撫でる姿は、母の象徴。
――そして、英雄の血を後世に引き継ぐ決意。
あまりの展開に目眩がする思いだ。
たかが怪盗。ヒノモトの未来というお宝はあまりにも重すぎる。
いっそ……
「このまま逃げてもいいのよ」
突然声がして、トウヤは振り返った。
すると礼拝堂の入口にヒカルコがもたれていた。
「父に聞いたわ。ごめんなさいね、妙な事に巻き込んでしまって。こんな重い話を聞かされても困るわよね」
柔らかな日差しの礼拝堂に彼女の声が響く。
「探偵だなんて言い訳で叛逆に巻き込もうとするとか、普通じゃないわ。それだけ、何としても怪盗ジュークを見付けたかったの」
「どうして、その役割に俺を?」
トウヤが振り返ると、ヒカルコは、
「それは……」
と顔を伏せた。
「ミソギの方の方が、協力を得やすいと思ったし、それに……」
ヒカルコは首を横に振る。
「でも、もういいの。やっぱり、あなたを巻き込むのは間違ってる。記憶消去の魔法だけ掛けさせてもらうから。全部忘れて、私の事も――それがいいのよ」
ヒカルコはそう言うと、手にした手杖の先を伸ばした。
「魔法なんて使うの、何年ぶりかしら。力加減を間違えたらごめんなさい」
と、彼女はトウヤに杖を向ける。
「蘇生魔法しか使えないんじゃないのか?」
「私が使えないのは、潜在魔力が魔法の強度に影響するもの。イチかゼロかの結果しかない魔法は、潜在魔力に関係ないから……使い道がなさすぎて忘れてたわ」
そんな彼女の視線の中を、トウヤはゆっくりと進む。
そしてヒカルコの目の前に立つと、杖の先端を指で押して収納した。
「全然分かってねえな」
そうしてトウヤはマリア像を振り返る。
「秘めた野望を抱え込んで生きてきた公爵と、図らずも同じ夢を持ってしまったご令嬢……見てられねえよ、危なっかしくって」
「えっ……」
「捨てるモンが多すぎんだよ。万一、この話が外に漏れたらどうする? ワカバヤシ執事もタマヨさんも、君に関わる人みんなが、どうなるか分かってんのか?」
「…………」
「そういう時はな、一人近くに置いておくモンなんだよ――部外者を」
そう言って、トウヤは振り向く。
「いつでも責任を丸投げして縁を切れる立場の奴を側に置く。そのための俺じゃねえのか? ……魔法くらいで忘れられるくらいなら、もうとっくにここにはいねえよ」
彼を見上げるヒカルコの横の壁に手を置く。そして、黒ダイヤの瞳を覗き込んだた。
「俺は執念深いタチでね、約束はずっと覚えてるからな」
「……あ、あの……」
「俺にプロポーズさせるんじゃなかったのか? ……公爵様にも頼まれたしな、しばらく君の側にいる事にする。君が言い出した事だ。諦めな」
するとヒカルコはヘナヘナと座り込んだ。両手で顔を隠してジタバタと頭を振る。
「……そ、そういうの、予告なしで言わないで……無理……ホント無理……ッ!」
その途端。
礼拝堂に足音が駆け込む。
「お嬢様! 何かございましたか!」
タマヨである。
彼女はその大きな体でヒカルコの肩を抱えると、キッとトウヤを睨んだ。
「――お嬢様に何を言ったんですか?」
低くドスの効いた声に、トウヤは慌てた……また投げ飛ばされたらたまらない。
「べ、別に、何も……」
「そ、そうよ、タマヨ。何も言われてないから……ッ!」
「そ、それならよろしいのですが……」
と、タマヨは未だ顔を伏せるヒカルコを離れ、トウヤに歩み寄る。
そして耳元で囁いた。
「お嬢様を悲しませたら、私が許しませんから」
◇
その夜から、トウヤはノノミヤ公爵邸の住人となった。
とはいえ、客人としての扱いではない。使用人である。とりあえず、雇われ探偵としての身分を与えられたのだ。
一階の端にある、使用人部屋が集まる区画。
その中でも、主任執事に次ぐ広さの部屋だから、なかなかの厚遇と言える。
飾り気はないが、十分に整った調度品。
寝心地の良いベッドに、机と椅子。鍵付きの棚もある。
本棚には、ヒカルコが気を回したのか、ヒノモトの歴史書や魔法についての本が並んでいる。
そして何より、壁に造り付けられたクローゼットの天井の一部が開き、一階と二階の隙間に入れるようになっている。怪盗道具の隠し場所や逃走経路に最適だ。
「……フゥ、今日は今日とて疲れたな」
ベッドに身を投げ、目を閉じた途端に猛烈な睡魔に襲われる……そういえば、一昨日からまともに寝ていない。
だが、腹の上にポンと落ちてきたリュウがそれを遮った。
「腹が減ったでアリマス」
屋敷の壁にでも擬態して、一部始終を見ていたのだろう。ようやく光学迷彩を解いたリュウは、ペタペタと前足で存在をアピールする。
と、トウヤはその尻尾をつまみ上げた。
「やってくれたよなぁ、リュウ」
「……な、なんの話でアリマスか……」
「内蔵の原子時計がズレたとは言わせねえぜ」
リュウは短い手足をジタバタさせながら金切り声を上げる。
「け、結果良ければオールオッケーでアリマス! ワガハイはドブネズミに噛まれなくて済むし、トウヤはフカフカのベッドで寝られるでアリマス!」
――否定できないのが余計に腹立たしい。
トウヤはリュウを傍らに下ろし、棚に金平糖を取りに行く……これを得るために、「無類の金平糖好き」という意味の分からない設定まで増えてしまった。
机に数粒転がしてやると、リュウは一気に頬張った。彼も疲れていたのだろう。
トウヤも一粒口に入れ、再びベッドに仰向けになり天井を見上げた。
舌の上で砂糖の塊を転がすと、甘さが口いっぱいに広がり疲労感を和らげる。
……果たしてコノエ公爵の言葉は、そのまま信じて良いのだろうか?
怪盗稼業を続けていると、人を信じる事が難しくなる。特にあの公爵のように、策略に長けた人物ほど信用できない。
何か事が起こる前に、文殊の白毫を盗み出してズラかる、というのもひとつの方法だ。
だが……。
すると、リュウが枕元にやってきた。
「トウヤは、ヒカルコお嬢様を好きでアリマスか?」
一瞬、トウヤは言葉に詰まる。
昨日から抱えていたモヤモヤの正体を、言い当てられた気がしたのだ。
「……あ、アレは、アレだよ。この屋敷にしばらくいる事になるんだから、理由付けとして、そういう立場の方がだな……あくまで、俺がこの屋敷にいる理由は、怪盗の仕事がしやすくなるからで……」
だがすぐに、トウヤは言葉を切り、枕に顔を伏せた。
「俺は怪盗なんだよ。絶対に手に入らないものは、求めちゃならないんだ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる