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雪まつり
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列車が停車したのは、長野県内の小さな駅だった。
「わぁ、雪……」
細々とした灯りに照らされた、雪に埋もれたホーム。いつの間にこんなに降っていたんだろう、と思うくらいにたくさんの雪。
トレインクルーさんたちに案内されながら、私たちを含む乗客は他に誰もいないホームに降り立つ。
ドレスからは着替えて、買ってもらったばかりのコートをきっちりと着込む。
ブーツで雪を踏み締める。あまり慣れていなくて、ちょっと変な歩き方になった。
「麻衣」
謙一さんに名前を呼ばれて、手を繋がれる。えへへと照れ笑いして、そうっと握り返した。こっそり。
ここまで甘えておいてなんだけれど、時折思ったりもする──甘えてて、いいの?
ひゅうと風が吹く。頬に雪片が当たった。
「ではクルーズの皆様、こちらへ!」
案内されるままに無人の改札を抜けると、今まで乗っていた電車と同じデザインの観光バスが止まっていた。
「……もしかして、このバス、このクルーズ専用のバスだったり」
「する」
謙一さんがそう答えて、私は「はぁ」とも「わぁ」ともつかない、曖昧な返事をした。
そりゃひとり百万円近くするよー……。このバスの本来の収容人数と、今から乗るお客さんの数、全然合わないもん……。
バスの中も、普通の観光バスと全然違った。黒い皮張りの椅子は、シェル型になっているから後ろの人に遠慮することなくリクライニングできる。
「こういう夜行バスなら乗りたいです」
「……寝台特急は?」
「乗りたいんですか?」
みたいな会話をしつつ、すぐに目的地に到着した──らしかった。
到着して、私は思わず感嘆の声を上げた。
「わ、すごい。なんていうんですか、雪まつり?」
「そんな感じらしいな」
正確には、会場の入り口に「スノーフェスタ」と書いてあるから、そうなんだろうけれど……雪像が並んでいるわけじゃない。
たくさん並んだかまくらの中に、それぞれ雪を固めてできたっぽい椅子とカウンターがある。
そこで日本酒やワイン、軽食を楽しめるみたいだった。入り口すぐには、お汁粉のお店も。
人工のライトでも照らされているけれど、氷でできたランタンも綺麗。アイスキャンドルっていうのかな?
ふんわりと雪に温かな灯りが浮かぶ。風がふくごとに、ゆらゆらと揺れた。
謙一さんと手をしっかり握って、会場を歩き出す。ちょっと遅い時間というのもあってか、わりと空いていた。
「きれい……」
初めてのことだらけで、フワフワした気分になってくる。ただでさえ夢見心地なのに、余計に現実感がない。
「なにか食べたいものは?」
「……じつのところ、お腹いっぱいです。謙一さんは?」
「俺もさすがになぁ」
「ですよね」
苦笑して辺りを見回す。ぼんやりとしたオレンジの灯りが、かまくらのお店から漏れていた。ついでに、いい匂いも──お腹がすいていたら、手当たり次第にお店に入っていたかもだった。
「では、どこかで飲もうか」
「ですねぇ」
バスの中で配られた、首にかけるパス。これで食べ放題飲み放題らしいのです。せっかくだから使わなきゃ勿体ない──っていう考え自体が庶民的かも、と小さく笑った。
入ったかまくらのお店で、長野県産のワインとチーズと注文して、並んで口をつける。
「おいしー!」
私が注文したのは、甘いホットワイン。シナモンの香りがふんわりと鼻に抜ける。
「君は……ほんとうに、なんでも美味しそうにしてくれるなぁ」
「? いえ、美味しいから美味しいのですけれども」
「素直で可愛いって意味だ」
私は頬が赤くなるのを覚えて、ホットワインに目線を落とす。今日「可愛い」って言われるの何回めなのかな。
「……腰が冷えますね」
ごまかすようにそう告げた。雪でできている椅子だから、座っているうちになんだかヒンヤリしてくる。
謙一さんはぐい、と私の腰を引く。
「俺の膝に乗るか?」
「……公衆の面前!」
できませんって! と慌てて距離を取って──謙一さんが楽しげに笑って……私はなんだか楽しくて嬉しくて、えへへと笑いかえす。
(あ、どうしよう)
ふんわり、幸せ。
だから──何もかもが曖昧な私は、夢見心地な私は──こんな時間がずっと続けば良いと、そんなふうに思ってしまった。
色んなかまくらのお店をハシゴして、列車の部屋に戻ったのは深夜過ぎだった……にも関わらず、謙一さんは宣言通り(?)とても元気で。
……結局、下車するまで檜風呂は一度も使わなかった。
バタバタ浴びるシャワーで手一杯なくらいに時間がなかったのです。
「うう、勿体無いことをした気がします」
一生に一度、入れるかどうかな列車内のお風呂ー!
悔しがっている私に、謙一さんはことも無げに言う。
「まぁ、これからいくらでも入れるから」
「……もしかして、目的地って温泉です?」
クルーズトレインを降りた私たちは、別の列車に乗り込む。こちらも特急の列車で、今度は4人掛けのソファが並ぶ個室だった。
「どうだろうな」
謙一さんが小さく笑う。それから何か言いたげにしたけれど…….結局、何も言わずに私の髪をそうっと撫でただけだった。
「……謙一さん?」
「どうした?」
柔らかく目元を細めて、謙一さんは安心させるように私を見つめる。
不思議に思いながらも、私は車窓の雪景色に視線を移す。
(温泉かぁ……)
すっかり温泉気分になった私は、ぼんやりとこれから行く(多分)温泉地に思いを馳せていたのだった。
「わぁ、雪……」
細々とした灯りに照らされた、雪に埋もれたホーム。いつの間にこんなに降っていたんだろう、と思うくらいにたくさんの雪。
トレインクルーさんたちに案内されながら、私たちを含む乗客は他に誰もいないホームに降り立つ。
ドレスからは着替えて、買ってもらったばかりのコートをきっちりと着込む。
ブーツで雪を踏み締める。あまり慣れていなくて、ちょっと変な歩き方になった。
「麻衣」
謙一さんに名前を呼ばれて、手を繋がれる。えへへと照れ笑いして、そうっと握り返した。こっそり。
ここまで甘えておいてなんだけれど、時折思ったりもする──甘えてて、いいの?
ひゅうと風が吹く。頬に雪片が当たった。
「ではクルーズの皆様、こちらへ!」
案内されるままに無人の改札を抜けると、今まで乗っていた電車と同じデザインの観光バスが止まっていた。
「……もしかして、このバス、このクルーズ専用のバスだったり」
「する」
謙一さんがそう答えて、私は「はぁ」とも「わぁ」ともつかない、曖昧な返事をした。
そりゃひとり百万円近くするよー……。このバスの本来の収容人数と、今から乗るお客さんの数、全然合わないもん……。
バスの中も、普通の観光バスと全然違った。黒い皮張りの椅子は、シェル型になっているから後ろの人に遠慮することなくリクライニングできる。
「こういう夜行バスなら乗りたいです」
「……寝台特急は?」
「乗りたいんですか?」
みたいな会話をしつつ、すぐに目的地に到着した──らしかった。
到着して、私は思わず感嘆の声を上げた。
「わ、すごい。なんていうんですか、雪まつり?」
「そんな感じらしいな」
正確には、会場の入り口に「スノーフェスタ」と書いてあるから、そうなんだろうけれど……雪像が並んでいるわけじゃない。
たくさん並んだかまくらの中に、それぞれ雪を固めてできたっぽい椅子とカウンターがある。
そこで日本酒やワイン、軽食を楽しめるみたいだった。入り口すぐには、お汁粉のお店も。
人工のライトでも照らされているけれど、氷でできたランタンも綺麗。アイスキャンドルっていうのかな?
ふんわりと雪に温かな灯りが浮かぶ。風がふくごとに、ゆらゆらと揺れた。
謙一さんと手をしっかり握って、会場を歩き出す。ちょっと遅い時間というのもあってか、わりと空いていた。
「きれい……」
初めてのことだらけで、フワフワした気分になってくる。ただでさえ夢見心地なのに、余計に現実感がない。
「なにか食べたいものは?」
「……じつのところ、お腹いっぱいです。謙一さんは?」
「俺もさすがになぁ」
「ですよね」
苦笑して辺りを見回す。ぼんやりとしたオレンジの灯りが、かまくらのお店から漏れていた。ついでに、いい匂いも──お腹がすいていたら、手当たり次第にお店に入っていたかもだった。
「では、どこかで飲もうか」
「ですねぇ」
バスの中で配られた、首にかけるパス。これで食べ放題飲み放題らしいのです。せっかくだから使わなきゃ勿体ない──っていう考え自体が庶民的かも、と小さく笑った。
入ったかまくらのお店で、長野県産のワインとチーズと注文して、並んで口をつける。
「おいしー!」
私が注文したのは、甘いホットワイン。シナモンの香りがふんわりと鼻に抜ける。
「君は……ほんとうに、なんでも美味しそうにしてくれるなぁ」
「? いえ、美味しいから美味しいのですけれども」
「素直で可愛いって意味だ」
私は頬が赤くなるのを覚えて、ホットワインに目線を落とす。今日「可愛い」って言われるの何回めなのかな。
「……腰が冷えますね」
ごまかすようにそう告げた。雪でできている椅子だから、座っているうちになんだかヒンヤリしてくる。
謙一さんはぐい、と私の腰を引く。
「俺の膝に乗るか?」
「……公衆の面前!」
できませんって! と慌てて距離を取って──謙一さんが楽しげに笑って……私はなんだか楽しくて嬉しくて、えへへと笑いかえす。
(あ、どうしよう)
ふんわり、幸せ。
だから──何もかもが曖昧な私は、夢見心地な私は──こんな時間がずっと続けば良いと、そんなふうに思ってしまった。
色んなかまくらのお店をハシゴして、列車の部屋に戻ったのは深夜過ぎだった……にも関わらず、謙一さんは宣言通り(?)とても元気で。
……結局、下車するまで檜風呂は一度も使わなかった。
バタバタ浴びるシャワーで手一杯なくらいに時間がなかったのです。
「うう、勿体無いことをした気がします」
一生に一度、入れるかどうかな列車内のお風呂ー!
悔しがっている私に、謙一さんはことも無げに言う。
「まぁ、これからいくらでも入れるから」
「……もしかして、目的地って温泉です?」
クルーズトレインを降りた私たちは、別の列車に乗り込む。こちらも特急の列車で、今度は4人掛けのソファが並ぶ個室だった。
「どうだろうな」
謙一さんが小さく笑う。それから何か言いたげにしたけれど…….結局、何も言わずに私の髪をそうっと撫でただけだった。
「……謙一さん?」
「どうした?」
柔らかく目元を細めて、謙一さんは安心させるように私を見つめる。
不思議に思いながらも、私は車窓の雪景色に視線を移す。
(温泉かぁ……)
すっかり温泉気分になった私は、ぼんやりとこれから行く(多分)温泉地に思いを馳せていたのだった。
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