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めっちゃ好き(昴成視点)

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「こーせー。今日、車貸して」

 朝、イトコのエリがぼっさぼさの頭と寝起きです~って顔でリビングにひょいと顔を出した。俺はちらっと見ただけで視線をコーヒーに戻す。なんで休日の朝っぱらからコイツのヘソなんか見らなあかんのや。今日は瀬奈とデートやいうのに。

「あかん」
「なんでやケチ」
「俺も使うんや」
「買い物? せやったら一緒いこ」
「デート」
「……は?」

 エリは思いっきりぽかんとした顔をして俺を見る。それからにんまりと笑った。

「うそやーんまっじっか!こーせーくんにもついに春が来たん!? しっぽりしてくるん、しっぽり。童貞卒業?」
「……お前はそんな言葉どっから覚えて来るんや」

 しっぽりて。

「田中さんが」
「あのオッサンは一回シメなあかんとは思うてたんや」

 俺は立ち上がりながら言う。エリがこんななったんはウチで醸造部長しとる田中のオッサンのせいや。……いやそんなことないわ。ガキん頃からこうやったわ。

「それからひとつ言うとく」
「なーん?」

 エリの揶揄うような視線を背後に感じながら俺は言う。

「童貞ちゃうわ」

 言い捨ててリビングを出た。直後に大爆笑が聞こえる。クッソ腹立つわほんま……

「……絶対同居はせんとこ」

 俺は来るべき瀬奈との新婚生活に思いを馳せる。
 絶対同居はせぇへん。
 母親どころか、あんな下品なイトコまでひとつ屋根の下なんか、瀬奈は気が休まらんやろ……いやそもそも瀬奈にエリを会わせたくないねんけどどうしたらええんや。
 ……その前に色々やることがある。何がなんでも新婚に持ち込んだる。

 まずはデートを成功させなあかん。

(とりあえずは今日の脱出ゲームやな)

 瀬奈に送ったデート先候補のうち、なんとなく付け足した、大阪の港のはう──水族館とかあるあたり──で開催されるイベント。
 瀬奈、ホラー好きやったんか。知らんかった。

(ほんまに、俺は……)

 凹む。なんで俺はちゃんとこういうのを瀬奈と話したことがなかったんや。瀬奈のすきなもの、嫌いなもの、これからはちゃんと聞いて記憶して絶対絶対忘れへん。
 ──と、俺は決意したしもう今後実行していく気満々やったけど、瀬奈のホラー好きは訂正せなあかん。
 瀬奈はホラーが嫌いや。

「ぜ、全然怖くなんかないんだから」

 嘘やん……
 俺はあまりの瀬奈の可愛さにめまいがした。
 可愛すぎて髪の毛ぐちゃぐちゃにしながら撫で回したくなる。
 なんこれ。なんなんこれ。

 このホラー系脱出ゲームは、今は使われてへん物流倉庫で開催されていて、要はお化け屋敷の謎解きバージョン。
 設定としては──この倉庫でかつて起きた大量殺人、その殺された人らぁの幽霊と闘いつつ、真犯人を見つけるという……まあ割と見かけるタイプのやつやと思う。

「い、いま足音聞こえたけどっ!?」
「あー。俺らの足音やで」
「そ、そうかなぁ」

 きゅうと俺の腕にしがみついて来る瀬奈。あんま大きくないけど柔らかくて吸い付くみたいな瀬奈の可愛いおっぱいが腕にぐいぐい押しつけられてて俺は勃ち……いやあかん、こんなところで押し倒すわけには……
 薄暗闇のなか、ばちりと瀬奈と目が合った。
 はっとした表情で、瀬奈は俺の腕から手を離す。耳まで赤い。

「……っ、ち、違うの! なんか楢村くん怖いかなってくっついてあげてたの!」
「……」

 果たして、その台詞を信じる人間がこの世におるんやろうか。
 ぐいっと瀬奈を引き寄せて手を繋ぐ。

「……あの、楢村くん?」

 不思議そうな瀬奈の頬が暗いのに真っ赤やってわかって、ほんまに胸が痛い。なんやこれ可愛い。俺は世界に叫びたい、俺の彼女(のはずや!)は世界一可愛い!
 瀬奈は可哀想なくらい可愛く戸惑って口を開けたり閉じたり何度も目を瞬いてみたりと忙しそう……でそれを見てる俺はもう悶え死にしそうで辛い。

「……な、んで?」

 戸惑う声音の瀬奈の手を引いて歩き出す。小さくて細い手。繊細な手。爪の形まで思い出せる、可愛らしい手。
 俺は気がつく。
 外でこんな風に手を繋いだんは、初めてやって。

(俺のクソ! アホ! 死ね!)

 過去の俺にやっぱり怒りが湧いて苦しくなる。

「──っ、無理して、繋がなくて」
「してへん」

 知らず声が低くなった。瀬奈がびくりと肩を揺らす。瀬奈のせいちゃうのに!

「俺が」
「……え?」
「……なんでもない」

 めっちゃ不思議そうな顔されたから俺は結局「俺が手を繋ぎたくて繋いだ」って言えへんかった。
 全然成長してへんぞ俺……

(あかん!)

 こんなんでは結局前の二の舞や。
 夢のリアル新婚生活に突入するためには、俺は瀬奈に感情をもっとちゃんと伝えて、そんで瀬奈に素直になってもらわなあかん。
 瀬奈は『楢村くんだと流されちゃうんだよ』なんてことを言うけれど、流されるとかそんなんで男と寝るような人間やない。この間はその確信が欲しくて押し倒したんやけども。
 瀬奈は俺が好き……なんやと思う。

(素直になってもらえへんのは、過去の俺のせい)

 ぐいっと瀬奈を引き寄せて、そのこめかみにキスをした。頭にも。頬にも。形のいい耳殻に唇を落として、それから小さな声で言う。

「好き」
「──っ!」

 ばっと俺から距離を取ろうとする瀬奈を抱きとめて、ぎゅうぎゅう抱きしめて俺は何回も言う。

「好き。好き、めっちゃ好き、愛しとる」
「は、離して」
「嫌や」

 離してとか言う割に、少しずつ瀬奈の身体から力が抜けていく。
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