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本編

会談要請

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 シェムは俺の帰還を待ち構えていた。

「どうだった?」
「目視確認した範囲では、四、五十人ってとこだ。今は野営の準備をしてるとこだった」
「うへえ。勇者が四、五十人とか……。ほんと勘弁して。そういうのは、僕じゃなくて誰か別の人が魔王やってるときにしてくれないかなあ」

 シェムが頭を抱えて泣き言をこぼすが、俺だって同じ気持ちだ。

「明日になったら、チーム分けして分散する予定らしい。その前に手を打ちたい」
「そうだね」

 魔王役と四天王役も呼び、俺が見てきたことと、聞いてきたことを話す。

「明らかにアニス狙いだね」
「だよなあ」

 シェムと俺がうなずき合っていると、レイフが口を挟んだ。

「相手に話し合いする気があるんなら、まずは俺とモーガンで接触するのはどうすかね? いきなり威圧感バリバリの武闘派がお出ましになるより、もしかしたら平和的に進められるかもしれないっすよ」

 確かに一理ある。それにレイフとモーガンは、どちらも幻影魔法の使い手だ。分身を使って接触すれば、たとえ相手に誠意がなかった場合でも、本体に危険が及ぶことはない。

 その後、数時間にわたり、相手の出方次第でどのように動くかをいくつものパターンにわたって検討し、詳細を詰めた上で解散した。結果として、このときの検討はすべて無駄になるのだが。


 * * *


 翌朝、いつもよりだいぶ早めに全員が本部に集合した。当事者となるアニスには、昨夜のうちに状況を説明しておいた。一応、本部にはアニスも呼んである。呼んであるというか、本人がどうしても来ると言って聞かないので、仕方なく許可した。

 人間たちが散らばる前にと、レイフとモーガンは早朝のうちに出かけて行く。やきもきしながら待っていると、思っていたよりずっと短い時間で戻ってきた。

「とりあえず、最低限の人数に絞ってもらって、それ以外は国境から出てってもらったっす」
「すごいじゃないか。よく人間が、そんな要求をのんだな」
「こっちが話し合いに応じる姿勢を見せたからじゃないっすかね」

 驚いたことに人間側は、話し合いの相手を指名してきた。

「ダリオンと話したいそうっす」
「え、俺?」
「そうっすよ。どうして名前なんか知ってるんすかね?」

 これは完全に想定外だ。レイフが疑問をこぼすと、アニスの顔から血の気が引いた。

「私のせいだ……」
「どうしてそうなる。アニスは何も関係ないだろ」
「だって、あのときダリオンの名前、いっぱい呼んじゃったもの」

 レイフは「ああ、そういうことっすか」と納得している。なるほど、言われてみればそうだったかもしれない。別に人間に名前を知られたからって、どうってことないが。それはそれとして、やつらが交渉相手として魔王ではなく俺の名前を出すというのが、なんとも不可思議だった。

「なんで俺なのかわからんが、指名されたなら行くか」
「だめ! 絶対にだめ!」

 なぜかここで、アニスが俺の腕に両手でしがみつき、激しく拒否をした。この頃はもう簡単に泣いたりしなくなったと思っていたのに、涙まで浮かべている。重心を下げて両足を踏ん張り、何があっても絶対に行かせない構えだ。

「どうした? 何がそんなに嫌なんだ?」
「だって、あいつらは嘘をつくもの。嘘ついて騙した挙げ句に、ダリオンに大けがさせたもの! 死んじゃうかと思ったんだから!」

 なるほど、あれがトラウマになっちゃってるのか。確かに小さいけがとは言えないが、かといって命にかかわるほどのものじゃなかったのに。それにあのリーダーの口ぶりから推測するに、今回はそういう非道なことはする気がなさそうなんだよな。

「あのときとは別の人間が来てると思うぞ」
「でも! やだ! やなの‼ やだあ……」
「あー、もう。わかった、わかったから。泣くな」

 俺は弱り果てた。アニスに泣かれると、どうにもお手上げだ。まいった。

 俺が途方に暮れていると、ニコルはアニスの肩を抱きながら「ダリオンが心配なんでしょ」と言う。俺だって、心配してくれてることくらいはわかる。でもだからって、人間たちをあのままにしておくわけにもいかないじゃないか。

 ここでニコルは、なだめるようにアニスの背中をさすりながら、とんでもないことを言い出した。

「アニス、大丈夫よ。そんなに心配なら、一緒について行けばいいの」
「いいの?」
「当たり前よ。もう自分の身は自分で守れるようになってるんだから。教えたでしょう? 先手必勝、攻撃こそが最大の防御って。ダリオンに手を出そうとしたら何が起きるか、圧倒的な力の差を事前に見せつけてやりなさい。手出ししようとも思わなくなるよう、先に心を折っておくの」

 待て。待て待て待て。

 せっかく平和的に話をつけようとしてるのに、いったい何を吹き込んでくれちゃってるの。アニス、そこで真剣に「わかった」とうなずくのはやめなさい。シェムも腹を抱えて笑ってないで、何とか言ってくれよ。お前、魔王だろ。収拾つけろや。

 俺はため息をつきながら、アニスにハンカチを渡した。

「ほら、顔を拭いて。涙の跡なんかつけて交渉の場に行ったら、足もとを見られちまうぞ」

 アニスはハッと目を見開き、あわてて目もとをぬぐう。こういうところは、まだまだ子どもなんだよなあ。

 シェムと一緒になって笑い転げていたレイフは、目じりの涙を指でぬぐいながら顔を上げた。

「全員で行けば、ちょうどいいんじゃないんすか。あちらさんも八名っすからね。数を合わせたってことで」

 数だけ合わせてもなあ。勇者と言っても、あのスッカスカな魔力量じゃ、魔法なんて何も使えないだろう。どう考えても、こちら側の戦力過多だ。威圧感を与えすぎて、話し合いがこじれないといいんだけど。

 そんな俺の心配は、完全に杞憂だった。

「俺がダリオンだ」

 人間たちの野営地に赴き、リーダーとおぼしき男の前に進み出て名乗ると、なぜか人間たちの間に動揺が走った。さすがにリーダーはわずかに目を見張った以外、顔には出さなかったが、その後ろに並んでいる男たちがひじでつつき合って、小声でささやきを交わす。

 風を繰ってそのささやきを拾ってみれば、やつらが動揺した理由がわかった。

『おい、どこが凶悪なんだよ』
『聞いてた話と全然違うじゃないか』

 ああ。なるほど?

 この見てくれのせいか。レイフの言葉を借りれば、確か「正統派さわやか王子さまフェイス」だったっけか。ま、後ろに控えてる四天王役に比べたら、あまり強そうには見えないもんな。でももしかして今のこの状況だと、この見てくれは案外、有利に働くかもしれない。
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