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第46話 エリクシル

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「あの……黒田課長」

仕事をしていると、部下に気まずそうに声をかけられた。
時計を見ると、既に20時を回っている。

「どうした?」

「その……お願いがありまして。実は今日、結婚記念日でして……」

「ん?ああ、そうだったのか」

そう言えば、彼の結婚式に参加したのは今ぐらいの時分だったな。
そんな事を思い出す。

「分かった。残った分は俺が片付けといてやるから、早く帰るといい」

まあ早くと言っても、もう20時を周っているが。

「ありがとうございます!この恩は必ず!」

「ははは、気にしなくていい」

笑顔で見送りはしたが、彼の抜けた分を埋めるため、今日は午前様確定だ。
既に20連勤もしてるし、流石にきつくなってきた。

とは言え、休む余裕なんてないんだよなぁ。
今俺が仕事を抜けると、プロジェクトが回らなくなってしまう。

いくら何でも人手が足り無さすぎだよ。
この会社。

まあ愚痴っても仕方がない。
とにかく頑張るとしよう。

「部長、お疲れ様です」

深夜を周って退社。
部長も同じタイミングの様だ。

「おう、お互い明日も頑張ろう」

頑張ろうという部長の言葉には覇気がなく、酷く弱弱しい。
この人も俺以上に連勤していて、そのうち死ぬんじゃないかと心配になってしまう。

「部長、大丈夫ですか?」

「安心しろ。俺はまだ死なん。家族の為、そして共に働く社員どうしのためにも」

「ははは。そうですね」

この不景気の御時世、会社が潰れれば路頭に迷いかねない。
俺は独り身だからどうにでもなるが、結婚している部下や同僚達はそうもいかないだろう。
彼らの生活を守る為にも、気合を入れてこの会社を守らなければ。

「じゃあ、ゆっくり休め」

「部長も」

お互い別々のタクシーに乗って帰途に就く。
家までは10分ほど。
寝るには短いので、暇つぶしにゲームでもしようかとスマホをポケットから取り出す。

が、どうもやる気が出ないのでやっぱり止める。

そういや、もう何年も真面にゲームしてないよな。
俺。

学生時代は良くRPGをしていた物だが、今の会社に入って遊んでる余裕がどんどん減って行って……

「仕事仕事の毎日……か」

「大変ですねぇ。お客さん」

「ははは。早く定年退職したいですよ」

あと30年ちょっと頑張って、退職したらゆっくり一人で生活するとしよう。
どこか田舎に引っ越してスローライフなんてのも、いいかもしれない。

畑でも耕して……

でも、その前に何かする事があったような気がする。
何だったかな?

うーん、思い出せない。
まあ思い出せない様なら、大した事ではないんだろう。

「お客さんは結婚されてるんですか?」

「いえ、この年になってもまだ独身ですよ」

俺は首を竦めてそう答える。
このままだと、確実に独り身で終わるだろう。
家の血は途切れてしまうけど、まあそこはしょうがない。
そう言う運命だったって事だ。

「そうなんですか?子供は良いですよ。うちの子なんかちょっとおバカですが、本当に可愛いんです」

「羨ましい限りですね」

「ははは、まあでももちろん大変な事もありますよ。この前も勇者ごっこだーって、木の棒でパンパン叩いて来て。最近やってたアニメの影響ですかねぇ。子供は凄い元気ですから、こっちはヒーヒー物ですよ」

「ははは」

子供か……

ふと、ピンクの髪をした青い瞳の少女が脳裏に浮かぶ。
その少女は、太陽の様な眩しい笑顔をしている。

――懐かしいその笑顔。

――俺はその少女の事を知っている。

「何だかんだでこの仕事もきついんですが、それでもあの子の笑顔のために頑張らにゃって。あの子は私の宝ですから」

宝……か。
そうだな。

彼女は手のかかる娘で。
そして、俺の宝だった。

例え失われても、二度と会えなくとも、それは決して変わらない。

――だから俺は彼女との約束を果たすんだ。

――力を貸すと言った。

――その約束を果たすため、俺が彼女の代わりに魔王を倒し世界を守る。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「…………さい」

声が聞こえる。
それに何だか温かい。

「アド……ししょ……目を……」

これはベニイモの声か……

「アドル師匠!目を覚ましてください!!」

「そう……怒鳴るなよ」

俺はゆっくりと目を開け、彼女に返事を返した。

「し……師匠!!」

ベニイモが俺を力いっぱい抱きしめる。
ハッキリとは見えなかったが、彼女の目からは涙が流れていた様に見えた。

「泣いてるのか?」

「当り前じゃないですか!心臓……止まってたんですよ!!」

「え!?」

マジか!?
タロイモやエンデさんの方を見ると、二人も泣いていた。

どうやら冗談ではないらしい。
俺はかなり危ない状態だった様だ。

「ソアラ師匠が死んじゃって。それでアドル師匠までって……そう考えたら……私……私……」

「すまない。心配かけたな」

俺は抱き着いたまますすり泣くベニイモの頭を優しく撫でて、落ち着かせる。

「師匠……体は大丈夫なのか?」

「ああ。何ともない」

体に異常は特に感じない。
むしろ絶好調なぐらいだ。

「そういやタロイモ。ここに老人がいなかったか?ってか、どうやって中に入って来たんだ?」

「どうやってって……入り口が勝手に開いて。それで師匠が倒れてたんで、俺達急いで駆け付けたんだ。でも老人は見てない」

あの老人は一体何者だったんだろうか?

この広間の中央に、もう球体は浮かんでいない。
俺が死んだと思ったからどこかに消えたという可能性もあるが、意識を失う前に聞いた「痛みを乗り越えた時」って言葉が気になる。

「そうか……」

「アドル君。一体、中で何があったの?」

「実は――」

俺は覚えてる範囲を説明する。

「不思議な話ね。一体何者で、何がしたかったのか。それに賢者の石……賢者のクラスと関係があるのかしら?」

エデンさんが、顎に手をやり考え込む。
本当に謎だらけだ。

とは言え――

「そうですね。でも、結局ここにはそれらしき物が無さそうなんで――」

周囲を見渡しても、あるのは只の広い空間だ。
老人や賢者の石に繋がりそうな物は転がっていない。

「まあ、考えてもしょうがない。今はとにかく、脱出する事だけ考えましょう」

考えても答えの出ない問題を、悩んでいてもしょうがない。
仮に調査をするにしても、とにかく先に脱出路を見つけないと。

「そうね」

「ベニイモ。出発するけど大丈夫か?」

「は、はい。みっともないとこ見せちゃって……」

「気にするな」

なんだかんだ言って、まだベニイモは17歳だ。
親しい人間が死んで――まあ死ななかったけど――泣くなと言う方が無理な話だろう。

「でも、師匠。本当に体は大丈夫なんですか?」

「ああ、何ともない」

体に不調は感じられない。
まあだが一応ステータスだけでも確認しておこう。
そう思って確認すると。

「ん?なんだ?」

スキルの中に、見覚えのない物が三つ増えていた。

エリクシル・血紅けっこう
エリクシル・黄金おうごん
エリクシル・暗黒あんこく

「何でこんなスキルが……これはっ!?」

その中の一つ――エリクシル・暗黒の効果を見て俺は絶句する。

そこには――

死者蘇生と記されていたからだ。
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