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留学生

第55話 ポセイドン

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「開始!」

審判を務める氷部の澄んだ声が響く。
試合開始の合図だ。

金剛は槍を能力で生み出し、その切っ先を下げるような形で構えた。
片やゲオルギオスは自然体だ――何故かブーメランパンツ一丁の格好で。

頭がおかしいのだろうか?
確かに今日は少し暑いが、それでもパンツ一丁は流石にない。
ギリシア人の考える事はよくわからんな。

「いくぞ!」

金剛が勢いよくゲオルギオスに向かって突っ込んだ。
相手の能力は不明だが、どんな能力であろうとも対応できるだけの自信が彼女にはあるのだろう。

一気に間合いを詰めた金剛は、低い姿勢から高速の一撃を放つ。
だがその一撃はゲオルギオスの手に現れた赤い槍によって防がれてしまう。

「金剛と同じタイプの能力か」

だが彼の能力はそれだけでは無かった。
ゲオルギオスの全身から水が勢いよく噴き出す。
どうやら水関係の力も扱える様だ。

「――っこれは!?」

俺は奴のパンツ一丁を頭のおかしい奴で片付けようとしたが、どうやらそうでは無かった様だ。
その姿には、明確な理由があった事を知る。

奴の放出した水は散る事無く周囲を包み込む。

やがてそれは巨大な球形を形作った。
半径は十メートルぐらいあるだろうか。
まるで糞でかい金魚鉢の様だ。

「ふふふ!これが!弟がポセイドンと呼ばれるゆえんよ!その名もウォーターフィールド!これに捕らわれた者は、成すすべもなく蹂躙されるしかないのよ!」

エヴァが御大層にゲオルギオスの能力の説明をしてくれる。
そんな彼女も、何故だか制服を脱いで際どいビキニに着替えていた。
まあこっちは完全に趣味の範疇だろう。

お陰でさっきから泰三の鼻が伸びっぱなしだ。
岡部も顔を赤らめながら、宇佐田にはバレない程度にちらちらとエヴァの胸元へ視線を送っていた。

――もちろん俺もガン見だ。

俺は視界を広く保ちつつ、かつ全体に集中して見る事が出来る。
お陰で試合の様子も、エヴァの胸の微細な動きも完璧にとらえる事が出来た。

正に一挙両得、転生万歳だ。

「あいたっ」

「どこ見てんだよ」

理沙に蹴られてしまった。
どうやら黒目の部分がそっちを向いてしまっていた様だ。
しょうがないので俺は黒目の位置を修正し、見てないふりでガン見を続けつつ、目の前の試合に集中する。

「この試合、どう思う?」

武舞台上の氷部が場外付近にやって来て、俺に尋ねて来た。
審判が外野に話しかけてどうする?
まあいいけど。

「まあきついだろうな。金剛は明らかに水中戦に慣れてない様に見えるし」

勝負は完全に金剛が不利な状況だった。
ゲオルギオスは水中を魚の様に軽やかに泳ぎ回りながら、手にした槍で金剛に攻撃を仕掛けている。
それを金剛は、何とか必死に捌いている感じだ。

「それにあの槍。何か特殊な力が込められてるな」

ゲオルギオスの手にした槍の切っ先が、先程から何度か金剛を掠めている。
そのたびに金剛の動きが鈍く――かなり微々たるものではあるが――なっていくのが俺には分かった。
あの程度の傷で動きが鈍るなどありえないので、間違いなく槍に何らかの力が込められているはずだ。

「ふふ、流石はキングだわ。弟の槍の力に気づくなんて」

ギリシア側にいたエヴァが、こっちに来て俺の横へと立った。
その位置だと胸が見えないので離れてくれませんかね?
そう言いたいのを、俺はぐっと堪えた。

「あの槍の名はレヴィアタン。傷つけた物を蝕む槍よ」

「成程」

手にしているのが三叉の槍じゃなかった時点で思ってはいたが、通称がポセイドンの癖に、トライデントは使わない様だ。
まあどうでもいいと言えば、どうでもいい事ではあるが。

「ふふ。弟のウォーターフィールドにつかまった以上、あの男女にもう勝ち目はないわ」

「ん?女って知ってたのか?」

「もちろんよ」

俺はてっきりエヴァは金剛の事を男だと思い込んでいると思っていたが、どうやら女だと言う事には気づいていた様だ。
だったら何であんなに当たりが強かったのだろうか?

同性愛者っぽいムーブしてたのを、嫌ってたとばかり思っていたのだが……

「ああ、その使い方じゃダメだ」

金剛が闘気の一撃を放つ。
それはゲオルギオスに、旋回する様にサラリと躱されてしまう。

追い込まれた今の状況で放った苦し紛れの一撃など、明らかに有利な状況で堅実に攻める相手に通じる訳がない。
ラッキーパンチなんて物は、相手が間抜けでなければ成立しないのだ。

「氷部。もう止めた方が良いんじゃないか?」

「え?確かに金剛は不利な状況だけど、まだ戦えてるわ」

「持って10秒だ。いいから審判としての仕事をしろよ」

――水中戦での酸素の消耗は激しい。

確かにまだゲオルギオスの猛攻を捌けてはいるが、もはや限界だろう。
彼女は肺の中の空気を殆ど吐き出しきっている。
今は根性で動いてはいるが、このままだと後10秒と持たずに意識を失って溺れてしまうのは目に見えていた。

だから早めに声を掛けたのだ。

「分かったわ」

水球に走り寄った氷部は、氷の刃でそれを豪快に切りつけた。
斬られた一部が凍り付き、気づいたゲオルギオスが能力を解除する。

ウォーターフィールドは水風船の様に弾け飛び、周囲が水浸しになる。
もちろん直ぐ傍に居た氷部も――と言いたい所だが、彼女は氷の結界の様な物を張って水を凍らせ止めていた。

茨城の方も素早く飛びのき、水しぶきを躱している。
相変わらずいい動きだ。

「ゲホっ……う……く……」

水球から放り出された金剛が背中から落ち、苦し気に咽せた。
その顔は白く、唇は紫色に変色している。
チアノーゼという奴だ。

「勝者!ゲオルギウス!」

まあ勝敗は明らかだったが、改めて氷部が決着を宣言する。
が、名前普通に間違ってるんだが……氷部って案外おっちょこちょいなのだろうか?

「くそっ……」

金剛が悔し気に拳を地面に叩きつけた。
同じ槍使いに負けたのが悔しいのか……いや、違うな。
相手の能力にしてやられ、手も足も出なかったのが悔しかったのだろう。

「完敗だな」

俺は武舞台に上がって彼女に声を掛ける。
普通なら慰めの言葉をかける所だろうが、金剛にそんな物は必要ないだろう。

金剛に必要なのは――

「ああ。こうもいい様にやられたんじゃ、言い訳もできない」

「ちゃんと水中戦を想定した訓練をしてないから、そんな風になるんだぜ」

「いや、水中戦用の訓練なんて普通は……ひょっとして鏡は出来るのか?」

「あったりまえだろ」

異世界では、海の魔物と戦う事も当然あった。
乗っている船が水中の魔物に沈められる確率は極めて高く、必然、身一つで何度も水生の魔物と戦う羽目になった俺は水中戦もばっちりこなせる。

「頼む鏡!俺に水中戦の稽古を付けてくれ!」

言うと思った。
もちろん俺もそのつもりで声を掛けたわけだが。

「良いぜ」

金剛は一応ライバルだしな。
そいつが不得意な相手にボコられて終了では、流石に俺も気分が良くない。
水中戦が最低限モノになる様、ビシバシしごいてやる。

「という訳で……終了したばかりで悪いんだが、1週間後に金剛と再戦してやってくれないか?」

「……分かった」

ゲオルギオスは表情を変える事無く承諾する。
奴はきっと、一週間程度では何も変わらないと思っているのだろう。

――だが俺が金剛に叩き込むのだ。

一週間後の彼女は、今日とは別人レベルに仕上がっている。
きっと奴の度肝を抜く事だろう。

……たぶん。
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