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第七章 揺動と傷痕
第三節
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朝食を済ませてから、美咲は部屋に、南條は一度、自分のアパートに戻って着替えをした。昨晩は風呂は入れさせてもらったものの、さすがに衣類までは借りるわけにはいかない。どちらにしても、高身長の南條が貴雄のものを貸してもらったとしてもサイズが合わないのは考えるまでもない。
素早く支度をし、再びアパートを出て藍田宅に行くと、美咲は家の前で待機していた。南條の方が待つことを考えていただけに、これは意外だった。
「待たせて悪かったな」
美咲が助手席に乗り込んだタイミングで謝罪すると、美咲は「いえ」と首を横に振る。
「前に散々南條さんを待たせてしまいましたから……。実はさっき、お母さんにも散々急かされてしまって。悔しいから、ちょっと頑張って支度したんです」
ニッコリと肩を竦める美咲を、南條は微笑ましい気持ちで見つめる。たまに気の強さを垣間見せるものの、こうしていると、やはり普通に愛らしい少女だと思う。
「それじゃあ、そろそろ行くか? どうする、希望はあるか?」
南條の問いに、美咲は首を傾げてしまった。
「うーん、改めて言われると思い付かないです……。どこでもいい、じゃダメですか……?」
おずおずと訊き返してくる美咲。南條は口元に笑みを浮かべながら、「いや」と続けた。
「美咲がどこでもいいならそれでも構わない。ただし、俺に任せると退屈な思いをさせてしまうかもしれないぞ?」
「全然です。南條さんと一緒なら……、退屈なんて思いません、から……」
そう言いながら、美咲の頬がみるみるうちに染まってゆく。自分で口にした台詞がよほど恥ずかしかったのか。
だが、美咲以上に南條は美咲を意識した。サラリと言ってくれたら南條もさほど気にしなかったのだが、こうも初々しい反応を見せられてしまうと、かえってリアクションに困る。表面上は平静を装いつつ、胸の鼓動の高鳴りは増す一方だ。
「出来るだけ、退屈させないようにしてやろう」
照れ隠しも含めて南條はあえて口に出し、ようやく車をスタートさせた。
◆◇◆◇
車を走らせること二時間近く、辺りの景色は一変し、民家があまりない田園地帯に差しかかった。先に何もないのはよく知っていたから、途中で大型ショッピングセンターに寄り、そこで花を二束と500ミリペットボトルのウーロン茶を二本購入した。
美咲は花束を買ったことが不思議だったらしい。だが、特に深く追求してくるわけでもなく、南條に言われるがままに花束を抱えて車に戻った。
それからは、目的地に着くまでほとんど会話がなかった。元々、南條は口達者ではないから、どうしても話しかけるきっかけが掴めない。美咲もまた、南條に声をかけてくることがなかったから、カーステレオもかかっていなかった車内はエンジンの音だけが鳴り響いていた。
今日は日曜日だが、時季から外れているから周囲は閑散としている。駐車スペースもすぐに確保出来、目的の場所から一番近い所にバックで入れるとエンジンを停めた。
「さ、着いたぞ」
シートベルトを外しながら、ようやく美咲に声をかける。
美咲は目を丸くさせ、「ここって」と続ける。
「もしかして、お墓、ですか……?」
「そうだ」
「じゃあ、さっき買った花は、やっぱり……」
「ああ、墓に供えるために買った」
「なるほど。けど、誰のお墓なんですか?」
美咲が疑問に思うのは無理はない。そもそも、南條も墓参りに来たのは急な思い付きだった。ただひたすら車を走らせるのは好きだが、観光施設に興味があるわけではないから、当然、そういった場所にも詳しいわけじゃない。そうなると、墓参り以外に行く場所は考えられなかった。
南條は少しばかり間を置いてから、「俺の親父のだ」と答えた。
「本当はもっと気の利いた場所に連れて行ってやりたかったが……。悪いな、俺に合わせるとこうなってしまう」
さすがに気まずさを覚え、肩を竦めながら謝罪する。そんな南條に、美咲は首を横に振って見せた。
「構いません。だって、南條さんにお任せしたのは私ですもん。それに、ちゃんと南條さんのお父さんにも挨拶した方がいいかな、なんて」
「そうか?」
「はい」
屈託なく頷く美咲に、南條は申し訳なく思う一方でホッとする。もちろん、手放しで喜んでいるとはとても思えないが、不愉快な気持ちになっていないのも確かなようだ。
「さて、それじゃあ行こうか? 墓参りが済んだら、そのままメシを食いに行こう」
何の気もなしに口にした南條に、美咲は再び目を見開き、それから口元を押さえてクスクスと笑い出した。
突然のことに、さすがに南條も呆気に取られてしまう。
「何か、変なこと言ったか……?」
怪訝に思いながら訊ねると、美咲は笑いながら、「だって」と続けた。
「南條さん、気が早いんですもん。お墓参りに来たばかりなのに、ご飯に行こうなんて」
「――やっぱり変か……?」
「いえ」
美咲は首を振るも、相変わらず笑い続けている。
「ちょっと面白いと思っただけです。南條さん、よっぽど私に気を遣ってるんだな、って。全然気にすることなんてないのに」
美咲の言う通り、美咲に多少なりとも気を遣っていたのは確かだから否定出来ない。しかし、笑うほどのことだろうかと、南條は少々複雑な心境だった。
(まあ、つまらない思いをさせてしまうよりはいいのか?)
結局、そう自分に言い聞かせて納得させた。
素早く支度をし、再びアパートを出て藍田宅に行くと、美咲は家の前で待機していた。南條の方が待つことを考えていただけに、これは意外だった。
「待たせて悪かったな」
美咲が助手席に乗り込んだタイミングで謝罪すると、美咲は「いえ」と首を横に振る。
「前に散々南條さんを待たせてしまいましたから……。実はさっき、お母さんにも散々急かされてしまって。悔しいから、ちょっと頑張って支度したんです」
ニッコリと肩を竦める美咲を、南條は微笑ましい気持ちで見つめる。たまに気の強さを垣間見せるものの、こうしていると、やはり普通に愛らしい少女だと思う。
「それじゃあ、そろそろ行くか? どうする、希望はあるか?」
南條の問いに、美咲は首を傾げてしまった。
「うーん、改めて言われると思い付かないです……。どこでもいい、じゃダメですか……?」
おずおずと訊き返してくる美咲。南條は口元に笑みを浮かべながら、「いや」と続けた。
「美咲がどこでもいいならそれでも構わない。ただし、俺に任せると退屈な思いをさせてしまうかもしれないぞ?」
「全然です。南條さんと一緒なら……、退屈なんて思いません、から……」
そう言いながら、美咲の頬がみるみるうちに染まってゆく。自分で口にした台詞がよほど恥ずかしかったのか。
だが、美咲以上に南條は美咲を意識した。サラリと言ってくれたら南條もさほど気にしなかったのだが、こうも初々しい反応を見せられてしまうと、かえってリアクションに困る。表面上は平静を装いつつ、胸の鼓動の高鳴りは増す一方だ。
「出来るだけ、退屈させないようにしてやろう」
照れ隠しも含めて南條はあえて口に出し、ようやく車をスタートさせた。
◆◇◆◇
車を走らせること二時間近く、辺りの景色は一変し、民家があまりない田園地帯に差しかかった。先に何もないのはよく知っていたから、途中で大型ショッピングセンターに寄り、そこで花を二束と500ミリペットボトルのウーロン茶を二本購入した。
美咲は花束を買ったことが不思議だったらしい。だが、特に深く追求してくるわけでもなく、南條に言われるがままに花束を抱えて車に戻った。
それからは、目的地に着くまでほとんど会話がなかった。元々、南條は口達者ではないから、どうしても話しかけるきっかけが掴めない。美咲もまた、南條に声をかけてくることがなかったから、カーステレオもかかっていなかった車内はエンジンの音だけが鳴り響いていた。
今日は日曜日だが、時季から外れているから周囲は閑散としている。駐車スペースもすぐに確保出来、目的の場所から一番近い所にバックで入れるとエンジンを停めた。
「さ、着いたぞ」
シートベルトを外しながら、ようやく美咲に声をかける。
美咲は目を丸くさせ、「ここって」と続ける。
「もしかして、お墓、ですか……?」
「そうだ」
「じゃあ、さっき買った花は、やっぱり……」
「ああ、墓に供えるために買った」
「なるほど。けど、誰のお墓なんですか?」
美咲が疑問に思うのは無理はない。そもそも、南條も墓参りに来たのは急な思い付きだった。ただひたすら車を走らせるのは好きだが、観光施設に興味があるわけではないから、当然、そういった場所にも詳しいわけじゃない。そうなると、墓参り以外に行く場所は考えられなかった。
南條は少しばかり間を置いてから、「俺の親父のだ」と答えた。
「本当はもっと気の利いた場所に連れて行ってやりたかったが……。悪いな、俺に合わせるとこうなってしまう」
さすがに気まずさを覚え、肩を竦めながら謝罪する。そんな南條に、美咲は首を横に振って見せた。
「構いません。だって、南條さんにお任せしたのは私ですもん。それに、ちゃんと南條さんのお父さんにも挨拶した方がいいかな、なんて」
「そうか?」
「はい」
屈託なく頷く美咲に、南條は申し訳なく思う一方でホッとする。もちろん、手放しで喜んでいるとはとても思えないが、不愉快な気持ちになっていないのも確かなようだ。
「さて、それじゃあ行こうか? 墓参りが済んだら、そのままメシを食いに行こう」
何の気もなしに口にした南條に、美咲は再び目を見開き、それから口元を押さえてクスクスと笑い出した。
突然のことに、さすがに南條も呆気に取られてしまう。
「何か、変なこと言ったか……?」
怪訝に思いながら訊ねると、美咲は笑いながら、「だって」と続けた。
「南條さん、気が早いんですもん。お墓参りに来たばかりなのに、ご飯に行こうなんて」
「――やっぱり変か……?」
「いえ」
美咲は首を振るも、相変わらず笑い続けている。
「ちょっと面白いと思っただけです。南條さん、よっぽど私に気を遣ってるんだな、って。全然気にすることなんてないのに」
美咲の言う通り、美咲に多少なりとも気を遣っていたのは確かだから否定出来ない。しかし、笑うほどのことだろうかと、南條は少々複雑な心境だった。
(まあ、つまらない思いをさせてしまうよりはいいのか?)
結局、そう自分に言い聞かせて納得させた。
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