春風 ~四季の想い・第二幕~

雪原歌乃

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第六話 揺らめきの行方

Act.2-01

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 実家に戻り、宏樹は車を、朋也は荷物を自室に置いてからすぐに家を出た。予想通り、母親には、「もうちょっと落ち着けないの?」とぼやかれたが、兄弟揃って聴いていないふりを装った。
 ふたりが向かった先は、徒歩十分ほどの場所にある焼き鳥屋。朋也が家を出て間もなく出来た店らしい。
 焼き鳥屋だけあって、店の中は煙が充満している。換気扇は回しているようだが、あまり意味をなしていない。とはいえ、煙たさもまたその店の味だと思えばさほど気にならない。
 朋也と宏樹は一番奥のテーブル席に着いた。カウンター席も決して悪くないが、宏樹なりに気を遣ってくれたのかもしれない。確かに、カウンター席だと密談するには不向きだ。それを考えると、奥の席が空いていたのは幸運だった。密談と呼ぶには大袈裟かもしれないが。
「まずはビールでいいよな?」
 宏樹に訊かれ、朋也は「ああ」と頷く。それを見届けてから、宏樹が店の従業員を呼び、瓶ビールと焼き鳥をお任せで注文した。
 ほとんど待つことなく、ビールは運ばれてきた。一緒にお通しもそれぞれの前に置かれる。
 従業員が離れてから、宏樹がビール瓶を持ち上げる。そして、注ぎ口を朋也に無言で向けてきた。
 朋也は少し慌ててコップを手に取った。わずかに傾けて差し出すと、琥珀色の液体がコップの中にゆっくりと注がれてゆく。
「次は俺に寄越せ」
 そう言いながら、今度は宏樹からビール瓶を分捕った。同じように注ぎ、互いのコップにビールが満たされてから、どちらからともなく軽くコップをぶつけ合った。
 乾いた喉にビールの苦みが染み渡る。あっという間に一杯目を飲みきり、宏樹が素早く瓶を手にして新たに注いでくる。
「不思議だな」
 ゆったりとしたペースでビールを飲みながら、宏樹が不意に口を開く。
 朋也はコップを握り締めたままで、「なにが?」と問い返した。
「お前と一緒に酒を飲んでることがだよ」
 宏樹は口元に弧を描きながら続けた。
「俺とお前は十歳離れてるからな。お前が小学校の間に俺が成人して、酒を飲むようになったら、散々嫌味を言われたこともあった。それがいつの間にか、お前も大人になってしまったから。俺もトシを取るはずだな……」
「なに急に年寄りくせえこと言ってんだよ……」
 朋也は苦笑いしながら箸を持ち、お通しの肉じゃがに手を付けた。
「兄貴はまだ三十ちょいじゃねえか。ジジイになるにはまだ早過ぎるし」
「三十過ぎたらあっという間だぞ?」
「なんの脅しだよ、それ?」
「別に脅しちゃいない。事実だ」
「偉そうに言うほどのことじゃねえだろ……」
 朋也は一口サイズに裁断したジャガイモを咀嚼してから、それをビールで流し込んだ。
「どうせ兄貴のことだ。紫織とのトシの差のことも未だに気にしてんだろ? 紫織はそんなもん、ちっとも気にしちゃいねえってのに」
「ん? 俺が気にしてるように見えたか?」
「俺はそこまで鈍感じゃねえよ」
「そうか」
 朋也の指摘に宏樹は短く答え、朋也に倣うように肉じゃがの肉を口に入れた。
「で、紫織の友達絡みの話って?」
 不意を衝いて、宏樹が話題転換をしてきた。
「今日は俺の話を聴くために来たわけじゃないだろ?」
 確かに宏樹の言う通りだ。だが、いざとなるとやはり切り出しづらい。それ以前に、上手く頭の中で内容を整理出来ずにいる。
 どうしたものかと考え込んでいたら、焼き鳥の盛り合わせが運ばれてきた。素材によって味付けを変えているのか、塩とタレの二種類が違う皿に盛られている。
「焼き鳥は熱いうちに食うのが礼儀っつうもんだろ」
 適当なことを言って話題を逸らした朋也は、早速塩の焼き鳥に手を伸ばす。何だろうと思いながら口に入れてみたら、モツだった。
「モツの焼き鳥なんて初めて食う! うめえよ!」
 焼き鳥に無邪気に喜ぶ朋也を前に、宏樹は微苦笑を浮かべている。だが、話を急かすわけでもなく、宏樹もまた、塩の皿からレバーの串を一本取り、ゆったりと口に運んでは噛み締める。
「お、ビール空だな」
 ビール瓶に手を伸ばした宏樹が咄嗟に気付いたらしい。たまたま側を通りかかった従業員を呼び止め、追加のビールと、自分が飲みたかったのか、日本酒の冷やも注文していた。
「時間はまだある。急ぐ必要はないよな」
 ひとり言のように呟き、宏樹は新たにタレの皿からぼんじりを取った。
 ビールと冷や酒はほどなくして運ばれてきた。朋也は温くなったコップの中のビールを飲み干すと、真っ先にビール瓶に手を伸ばして宏樹に注ぎ口を差し出した。
 朋也から進んでビールを勧めてくるのは予想外だったのかもしれない。宏樹はわずかに目を見開き、けれどもすぐに口元に笑みを湛えながら朋也の酌を受ける。そして、今度は無言で朋也からビール瓶を受け取って注いでくれた。
 やはり、冷蔵庫から出したての、しかも栓を抜いたばかりの冷えたビールは格別だ。調子に乗って一気に呷り、素早く自分で手酌して新たにコップに注いだ。
 酔いが回ってきた。辺りの風景もぼんやりとしてきて、身体もふわふわとしている。
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